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2001年宇宙の旅   2001: A SPACE ODYSSEY(1968・アメリカ/イギリス)
■ジャンル: SF
■収録時間: 139分


■スタッフ
監督・製作 : スタンリー・キューブリック
原作 : アーサー・C・クラーク
脚本 : スタンリー・キューブリック / アーサー・C・クラーク
撮影 : ジェフリー・アンスワース / ジョン・オルコット
特撮 : ダグラス・トランブル


■キャスト
ケア・デュリア(デヴィッド・ボウマン)
ゲイリー・ロックウッド(フランク・プール)
ウィリアム・シルヴェスター(ヘイウッド・R・フロイド)
ダグラス・レイン(HAL9000の声)
2001年宇宙の旅
間違いなくこの作品が示したものは「超越=トランセンデンス」である。作品自体も従来の映画を超越し、内容自体も人類の超越思想がこの根底には流れていた。そして、何よりもこの作品が超越した点は、この作品に触れ合う全ての人に、この作品を越えたいと思わせた所にあったのだ。賛美者には「理解と解釈」により、反対者には「意味の無い難解」といった反論によって。しかし、全ての者がその存在を無視できずに超えたいと潜在的に望ませた瞬間からキューブリックの我々に対する「超越」は完了していた。

■あらすじ


遥か昔まだ地球に生物が存在する前に、「神=異星人」は三つのモノリスを三箇所に設置した。時は経ち類人猿が、一つ目のモノリスを発見し、彼らは道具を使うことを覚えた。やがて数百万年の時は過ぎ、宇宙時代に突入していた人類は、二つ目のモノリスを月で発見することになる。そして、三つ目のモノリスを求める宇宙船ディスカバリー号の大航海が始まるのだった。


■言葉の領域を超えた所に映像はある


2001年宇宙の旅
映像と音楽と僅かな台詞から自分自身のオリジナルの哲学を導き出せ!そうモノリスとは観客に対しても己が哲学を導き出す師なのである。この作品に明確な解釈なぞ存在しない。ただあるのは知性を刺激するモノリス≠フ存在のみである。

我々はまだあの冒頭の獣の骨を宙に放り投げた猿人なのである。周りの様々なことを新鮮な目で、見つめ直すことによって100年に満たない人生というものが与えられたそれぞれの意味を導き出そうという好奇心が沸き起こるはずである。

知性に対する諦め、好奇心を馬鹿にする冷めた心、難解であることすら認められない狭い了見。この作品はそういった人間に対する挑戦でもあり、
「何も感じないなら、誰もがキミを見て、もう何も感じないはずだ」とまで訴えかけているのである。

難しい言葉は最小限で十分である。理解するに当たって難解な言語は、思考停止に繋がりかねない。だから、この作品はこう訴えかけるのである。
「見よ!そして、感じよ!もしあなたが一人なら、言葉なぞ必要ないのだから」


■あくまでも観客の奴隷ではない姿勢


2001年宇宙の旅 2001年宇宙の旅
まず最初に、この映像のテンポは一つの物差しとなっている。思考能力の退化は、緩慢さを我慢できないことからつまり集中力の低下から生まれる。この少し遅いくらいの物語の進行は、実に高度に確信的なのである。
「もし、快適に新しい英知が手に入るとしたならば、あなたはそれに対して感謝できますか?」ということである。

4年の歳月をかけてこの作品を作り出したキューブリックは決して観客の奴隷ではなく、むしろ我こそは観客に対するモノリスであるという意識があるので、観客をじらせることにより、鑑賞者を選別していくのである。
「途中で思考停止したければしてくれ」と。

キューブリックという男は実に見事に知っているのだが、
普遍性は指揮者が指揮する音楽からのみ奏でられ、指揮者が観客にせかされて指揮するような音楽からは決して生まれないのである。

だからこそこの作品の冒頭はこの始まり方なのである。


■2001年宇宙の旅とは?


細部を説明する前に、物語のおおよそ言わんとすることを記そう。ただし、これ以降記す文章に関しては、あくまでも私見であり、この私見に関して「どうだ、私のみが見つけ出した境地だ!」などという誇大妄想な感情は一切無いことを表明しておきます。

地球上に生物が誕生する以前の太陽系に、「神=超人類」が訪れた。そして、3ヵ所に3種類のモノリス(板チョコのようなもの)を設置した。やがて、最初に地球上に設置されたモノリスに、類人猿が触れた。そして、この類人猿は、知恵を授けられた。「獣の骨を武器として使う知恵」である。

時は過ぎ人類は月面にも生活できるようになった。そして、2つ目のモノリスを発掘する。このモノリスは太陽光線を浴びることによって、木星に信号を飛ばす役割を担わされていた。こうして2001年宇宙の旅は始まるのである。

宇宙船ディスカバリー号は、木星に向かって進んでいく。そして、木星の衛星軌道上に設置された最後のモノリスを発見した最初の人類が、「神」にとって最も優秀な人類として、スターチャイルドとして超人類の次元に引き上げられた。そうこの人類を選び出すことだけのために、「神」は地球上に類人猿や生物を作り出したのである。そして、もはや不必要になった地球はスターチャイルドの玩具として与えられたのである。


■類人猿は「武器を使うこと」を覚えた


2001年宇宙の旅 2001年宇宙の旅
壮大なリヒャルト・シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」が流れ、この壮大な物語は始まる。しかも宇宙空間から始まるのではなく、地球上の類人猿の生息から始まるのである。そして、そこに一つのモノリスが登場し、類人猿は戦いに生き残ることを覚えるのである。

2001年宇宙の旅 2001年宇宙の旅
敵対する類人猿の首領を骨で殴り殺し、その骨を宙に投げ上げるシーンが、人工衛星に切り替わっていく瞬間の美しいこと。この瞬間、
類人猿の進化の象徴である「身近のものを武器にする」能力は、人類の進化を象徴する「遠くからでも攻撃できる」能力へと切り替わったのである。

そして、ここから真の宇宙の旅の物語は展開していくのである。ヨハン・シュトラウスの「美しき青きドナウ」の調べに乗って。


■スペースワルツ


2001年宇宙の旅
シュトラウスの調べに乗り、回転する宇宙ステーション、ゆっくりと移動するシャトル、そして、船内で宙に浮かぶペン。スペースワルツの心地良い幻想空間である。この幻想空間は、空気のない宇宙空間(光の屈折が存在しない為に、全てが均質にはっきりと見える)を再現した映像が背景に流れているからこそ生まれた効果である。演奏はベルリン・フィル・ハーモニー、指揮者はヘルベルト・フォン・カラヤンである。
2001年宇宙の旅 2001年宇宙の旅
そして、物語が始まることまさに25分38秒目にして初めて人間の言葉が発せられるのである。スチュワーデスによって。

この作品が撮影されたのは1965年12月29日から1966年7月7日であり、特撮の撮影もほぼ同時期に行われている。そして公開されたのが、1968年。つまりアポロが月面着陸に成功した前年なのである。にもかかわらず今見ても決して見劣りしないこの宇宙空間、そして、宇宙生活の描写の現実感はなぜ生まれたのだろうか?その答えは、こうである。特撮のために106名のエキスパートが集められ、そして、NASAで働く現役の科学者が全面協力し、この作品は作り上げられたのである。

この106名のエキスパートの一人にはのちに『未知との遭遇』(1977)『ブレードランナー』(1982)の特撮も手がけたダグラス・トランブルも参加している。さらに衣装デザイナーとして、英国王室に所縁のある当時新進気鋭のファッション・デザイナー、ハーディ・エイミースが担当した。

そして、木星へと導く第2のモノリスを人類は発見するのである。


■実は生命の誕生に宇宙の神秘を解く鍵は秘められていた


2001年宇宙の旅
木星探索船ディスカバリー号が映し出される。ここに月のモノリス=「ペニス」から放出されたディスカバリー号=「精子」は、木星到達のスターゲート=「ワギナ」目がけて突入するのである。

ディスカバリーに乗員するのは5人であり、うち3人は木星到着時に「睡眠」から目覚めるように人工冬眠している。そして、もう1人の6人目の乗組員それがコンピュータHAL9000である。通称「ハル」。

結果的に「ハル」の暴走を食い止め、唯一宇宙船内で生き残ったボウマン船長は、スターゲートを超えて「神の鳥篭=ロココ調の一室」にて急速に老いた上で、超人類=スターチャイルドとして転生するのだが、この作品の流れは実にユニークである。

モノリス
つまり最初のモノリスの存在が、類人猿に、地球上の他の生物を道具化することを自覚させ、そして、第2のモノリスの存在が、人類に一般の人間を道具化することを自覚させたのである。そして、第3のモノリスの存在は、全人類の消滅と新たな超人類が地球を道具化することが許された瞬間なのである。

つまり、この作品の根底にあるメッセージは、「人類の所有欲の膨張がやがては身を滅ぼす必然性を生み出す」とまで言っているのである。



■もちろんテーマはツァラトゥストラに隠されている


スターチャイルド 2001年宇宙の旅
HAL9000の暴走は、人間そのものなのでなんら不思議ではない。実は万能マシーンの暴走が怖いのではなく、人間がもし万能な権力を持ったときの怖さをHALは感じさせるのである。そして、HALの暴走は、そのまま人類の暴走の歴史そのものだった。

モノリスの存在が、「道具として活用する」能力を人類に与えていったということは、つまり人類に「共存の放棄と知性の暴走」を許していく過程なのである。そして、結果的にはスターチャイルドという、超人類という響きだけが大層なただの何も出来ない胎児に変貌していくのである。

2001年宇宙の旅 2001年宇宙の旅
そう、モノリスが示した先にあったものは人類の滅亡へのスイッチだったのだ。この作品が突きつけるものは「超越」であり、その結果が生み出すものの無常観がものの見事に描かれているのである。つまりこうである。類人猿は仲間と暮らしていた。やがて宇宙時代に入り人類は、親子でさえも離れ離れになり、孤独な環境に置かれていく。そして、HALでさえも狂うような環境の中で、ただ一人残されたボウマンは、発狂し、
「超越した孤独」の中で、スターチャイルドへと進化したのか?もしくは妄想した。

結果的に、モノリスの導きは、共存の破壊から生まれた「超越した孤独」の誕生でしかなかったのだ。

「ツァラトゥストラはかく語りき」の中でニーチェが書いた一文
「人間にとっては、かれの最悪なものが、かれの最善のもののために必要だということだ。最悪のものはすべて人間の最善の力であり、・・・人間はより善くなると同時により悪くならなければいけないという・・・」

この一文がこの作品のテーマそのものだった。だからこそ観るものは、あのツァラトゥストラの伴奏と共に現れるスターチャイルドの姿を一瞥した瞬間に、ぞっとするまでの戦慄で背筋を凍らせるのである。


■この作品についてかく語られり


「スクリーンは魔法のメディアだ。感動や雰囲気を伝える際に観客の興味をつなぎとめる力は、他のどんな芸術様式も真似できない」キューブリック

「『2001年』について語りたくないのは、これが本質的に非言語的な体験だからです。台詞は映画の半分もありません。この映画のねらいは知性よりもむしろ潜在意識や感覚に訴えることです。視覚をないがしろにする人たちは、基本的に問題があると断言できます。彼らは聴いているのです。この映画は聴いてもあまり得るところはありません。自分の目を信じない人は、この映画を正しく理解できないでしょう」キューブリック

「この映画の主題は“神”という概念だ。ただし、これまでのような神ではなく、科学的な定義による神なのだ。宇宙の知性的存在、生物的進化の最先端としての神である。」キューブリック

「この映画が本当に成功したかどうかを知るには、2001年になってみないとわからないだろう。」クラーク

「もし、この映画が、一度で観客に理解されたら、われわれの意図は失敗したことになる」クラーク

「スタンリー・キューブリックは究極のSF映画を創った。そして、誰にもこれ以上の映画を製作することはできないだろう。技術的に比較することはできるが、私は『2001年宇宙の旅』が遙かに優れていると思う」『スター・ウォーズ』と『2001年宇宙の旅』について、ジョージ・ルーカス

「どこからとも無く聞こえた。これは地獄を描いた作品ですか?と」プレミアにてロック・ハドソン


■2001年経過後も魅力的な宇宙の旅


スタンリー・キューブリック
本作はスタンリー・キューブリック(1928−1999)とアーサー・C・クラーク(1917− )による一年以上の共同作業の結果生み出された作品である。1965年2月にMGMより製作発表がされ、600万ドルの製作費が振り当てられた(結果的に16ヶ月も完成予定より遅れ、製作費はさらに450万ドル超過し、総計1050万ドルになった)

当初キューブリックは美術監督を手塚治虫に依頼したという。しかし手塚のスケジュールが合わず実現しなかった。脚本においては、実際のところ撮影に入る寸前までエンディングは決定していなかった。そして、ボウマン船長が身長3メートルもの緑色の異星人を遭遇するシーンや、異星人の住む光の都市を映画のクライマックスに登場させようとしていたという。そして、全編に渡ってストーリーを解説するナレーションを入れる予定もあったが、キューブリックが最終的に全て削除した。

1968年に公開され、アカデミー賞監督賞、脚本賞、美術監督・装置賞にノミネートされ、特殊視覚効果賞の一部門を受賞した。結果的に本作は世界中で2億5000万ドルの大ヒット作品となった。

− 2007年9月10日 −


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