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わが命つきるとも   A MAN FOR ALL SEASONS(1966・イギリス)
■ジャンル: ドラマ
■収録時間: 120分

■スタッフ
監督 : フレッド・ジンネマン
製作 : ウィリアム・N・グラフ / フレッド・ジンネマン / ロバート・ボルト
脚本 : ロバート・ボルト
撮影 : テッド・ムーア
美術 : テレンス・マーシュ
音楽 : ジョルジュ・ドルリュー

■キャスト
ポール・スコフィールド(トマス・モア)
ロバート・ショウ(ヘンリー8世)
スザンナ・ヨーク(マーガレット)
オーソン・ウェルズ(トマス・ウォルジー)
ヴァネッサ・レッドグレーヴ(アン・ブーリン)
わが命つきるとも
自分の信念に向かって頑固に突き進む『頑固なオヤジ』の格好良さ。自分の人生にここまでこだわりを持って生きていけるそんなトマス・モアの姿に羨みさえ感じる。1000人がYESと言っても一人だけNOと言い続ける勇気。そんな男が少なくなればなるほど世の中は凡庸化していくのである。今こそ見るべき作品である。

■あらすじ


1528年、テューダー朝(1485年 - 1603年)時代のイングランド王国。時の国王ヘンリー8世(ロバート・ショウ)は、王妃の侍女アン・ブーリン(ヴァネッサ・レッドグレイブ)との再婚を望んでいた。そのため王妃と離婚するに当たり、離婚に反対したローマ・カトリック教会から英国教会を独立させ、自身が英国教会の頂点に立ち離婚を正当化しようとする。その行為に対して、時の大法官トマス・モア(ポール・スコフィールド)に賛同を求めるのだが・・・・


■1966年アカデミー賞を独占!


わが命つきるとも
1966年アカデミー作品賞、監督賞、脚本賞、主演男優賞、撮影賞、衣装デザイン賞の6部門に輝いた。更にロバート・ショウ、ウェンディ・ヒラー共々助演賞にノミネートされた。脚本のロバート・ボルト(1924−1995)は『アラビアのロレンス』(1962)『ドクトル・ジバゴ』(1965)『ライアンの娘』(1970)などの脚本を書いた名脚本家である。そのボルトが1960年に舞台用に書いた作品が本作である。舞台でもトマス・モアをポール・スコフィールドが演じている。

ボルトは語る。
「私は非常に社交的に洗練され、機知にとみ、魅力的な人柄の持主であり、いかなる場合でも自分をコントロールしうる人、またそのために一般に理解されている意味での情熱などは全然持たぬように見えるけれども、明らかに偉大な情熱の持主である――そのような人間を表現したかったのです。事実、私にとって彼(トマス・モア)はいわば理想的な人間です」

音楽は『リトル・ロマンス』(1982)でオスカーを受賞しているジョルジュ・ドリュ−が担当している。彼は1969年にアン・ブーリンを主役にした『1000日のアン』の作曲もした。


■ポール・スコフィールド(1922− )


イギリス生まれの舞台俳優。映画にも『大列車作戦』(1964)のナチの将校役や、『ハムレット』(1990)『クイズ・ショウ』(1994)などに出演している。
彼だけが唯一ナイトの称号を辞退した俳優である。舞台版の『わが命つきるとも(1962)』でもトニー賞を受賞している。

1990年『ハムレット』で主役を務めたメル・ギブソンは、スコフィールドと共演することについて
『マイク・タイソンとリング上で試合をするようなもの』と喩えていた。当初このトマス・モアの役をチャールトン・ヘストンがやりたがったがジンネマン監督はスコフィールドに固執したという。しかし、チャールトン・ヘストンはよほどこの役にほれ込んだのか、1988年に自身で監督・主演しヴァネッサ・レッドグレイブ共演でテレビ・ムービーを撮ったほどだった。


■当時の生活様式を忠実に再現


わが命つきるとも
本作において、さまざまなシーンで1530年代のイングランドでの生活習慣・服装・小道具が再現されている。こういった祈祷シーンなどの念入りな時代考証がこの作品の質を高めている。
ハリウッド産の古典劇が壮大なるセットの中で繰り広げられるドラマに対し、本作品が当時の生活の中で繰り広げられたドラマとしてひときわ特別な価値を示したのもそういった点による部分が多いだろう。

本作品で執事マシュー役で、コリン・ブレイクリーが出演している。実に小市民的な役柄を見事に演じきって、これほどの名優揃いの中でも、影の薄くならないいい芝居を見せている。特にトマス・マンが無職になり、お世話の者達に暇を与えなければならなくなったシーンでのマンとマシューの対話シーンは、見事な迫力を出している。本来は、このマシューが執事から物語の進展によってトマス・モアを斬首する処刑人となる予定だった。


■トマス・マン、大法官への道


オーソン・ウェルズ フレッド・ジンネマン
物語はトマス・モアが大法官になる少し前に遡り始まる。その時の大法官はトマス・ウォルジー(オーソン・ウェルズ)である。彼はヘンリー8世の命により、王妃キャサリンとの離婚手続のため法王庁へ赴くが、キャサリンとの結婚自体も法王の特免状まで得て強行されたものであるため、ヘンリーの恣意的な離婚は認められず法王庁との交渉は失敗した。

それを自分に対するウォルジーの悪意によるものと邪推したアンの策謀によって、権勢を極めていたウォルジーは責任を問われ失脚した。この物語ではそういった部分には、全く触れずに突然にウェルジーが失脚しているシーンへと話は飛ぶので少し分かりにくい。

それにしても、オーソン・ウェルズ(1915−1985)はどう見ても太りすぎである。当初あまりやる気のなかったウェルズはほとんどせりふを覚えてこなかったらしい。結果的にはスコフィールドと息が合い最高の芝居を見せているのだが、この男の画面から弾けださんばかりの存在感はただの肥満オヤジという説明では片付けられない何かがある。

ウォルジーに対してトマス・マンは言う。
「政治家が大義名分をかざして良心を捨てると、国に混乱を招く結果になります」


■実際に高潔なる女スザンナ・ヨーク

スザンナ・ヨーク わが命つきるとも
イギリス・ロンドン出身の女優。『トム・ジョーンズの華麗な冒険』(1963)『甘い抱擁』(1968)『ひとりぼっちの青春』(1969)『ロバート・アルトマンのイメージズ』(1972)『スーパーマン』(1978)が代表作。『ひとりぼっちの青春』で米アカデミー助演女優賞にノミネートされ、英国アカデミ助演女優賞を獲得する。1972年ヨーク自身が書いた「ユニコーンを探して」を映画化した『イメージズ』でカンヌ映画祭女優賞受賞する。

スザンナは王立演劇アカデミーで演技を学んでおり、演技力も文句なしなのだが、それ以上に賢さと母性愛と妖艶さと陽気さを重ね合わせた独特のフェロモンを発散している。
「賢くて優しくて、でも自分の意見はしっかり持っていて、それでいてセクシーな」男性にとって理想的な女性像を持つ女優である。そういった点においては、ゴールディ・ホーンと似た雰囲気を持っている。私生活においては、イスラエルの元核技術者でイスラエルの核開発とパレスチナ政策に反対を唱え18年刑務所に入れられたモルデハイ・バヌヌの支援活動の中心的役割を担っている。スザンナは語る。「人びとの本当の敵は、一時的なもうけのために、長期的な利益を犠牲にしてしまうような人間である」と。


■掛け値なしに一流の俳優で作りこまれた作品


ロバート・ショウ わが命つきるとも
ウォルジーが失脚し、大法官になったトマス・モアの邸宅を訪れるヘンリー8世(ロバート・ショウ)。この作品のロバート・ショウ(1927−1978)は決して出演時間が長いわけではないが、わずかな出演でヘンリー8世の存在感を文句なしに演じきっている。実際に処刑マニアだったというヘンリー8世の危険で、気まぐれで子供じみた性格が見事ににじみ出ている。移り気で、自分の思い通りにならなければ気がすまないという真のセレブの残酷さをショウは見せ付けている。

モアを裏切るリチャード・リッチ役にジョン・ハート(1940− )が扮している。本作が彼のデビュー作である。『ミッドナイト・エクスプレス』(1978)『エイリアン』(1979)『エレファント・マン 』(1980)等が代表作の名優であるが、この当時はゲイリー・オールドマンに似ている。このリッチはトマス・マンに仕官を紹介してもらおうとしている書生なのだが、結局紹介してもらえないと知るや、モアの政敵クロムウェルの手先に成り果てるのである。

「悪魔でも法を犯すまでは無罪だ。法を破って悪魔を追い払うか? 悪魔が逆襲したら何に頼るつもりだ? 英国は法で治められている。それを破るなら君は法の力をかえりみず風に立ち向かえるか? 法による悪魔の保護は結局 君のためだ。」このセリフを含む一連の芝居を見て以降ジンネマン監督は、スコフィールドを俳優と言うより聖人のような畏敬の目で何ヶ月も見ずにはいられなかったという。


■わずか120秒の出番でもその存在感を示せるもののみが役者と名乗れる


わが命つきるとも
バネッサ・レッドグレイブ(1937− )がノン・クレジットでアン・ブーリン役で出演している。本来はモアの娘マーガレット役で出演する予定だったが、新作劇『ミス・ブロディの青春』とミケランジェロ・アントニオーニの『欲望』とスケジュールの調整がつかず降板した。

そこで、アン役でノンクレジット、無給を条件に「1日の仕事」と言うことで出演した。ちなみに本作品には実弟コリン・レッドグレイブがマーガレットの婿役で出演している。もし、バネッサがマーガレット役で出演していたら、近親婚ではないか?そういう危うい妄想もまた演劇の楽しみ方の一つである。それにしてもバネッサ演じるアンの魅惑の雰囲気は素晴らしい。わずか120秒の出演でこれだけ存在感を出せるのも名優のなせる業なのである。

わが命つきるとも わが命つきるとも
遂にロンドン塔に幽閉されることになったトマス・モアが娘マーガレットに言う。
「天使は神の輝きをあらわし、動物は無邪気に植物は質素をあらわす。人間は賢明にも神に仕えるために作られた。神が苦悩を与えても、力の限り耐える 苦しくても戦うのがまことの勝利者だ。だが苦難は神からの一方通行 避けることも必要だ」


■素晴らしいものはゆったりとした時の流れにのみ存在しうる


ポール・スコフィールド
ロンドン塔に幽閉されたトマス・モアが家族の説得に対して放つ言葉が素晴らしい。
「誓いは言葉にすぎないと? よいか、人間が一度誓ったら両手でしっかり支えるのだ。指を開けば 自分を失ってしまう」「もし美徳が尊まれる国ならば我々は讃えられるだろう。だが周囲には、貪欲、怒り、傲慢、愚劣が渦巻き、慈愛 謙遜 正義 思想とはほど遠い。英雄になる危険を負ってでも節を守るべきだ」(この後のスザンナ・ヨークの表情はまさに神がかりに素晴らしい)。

トマス・モアの妻アリスを演じたウェンディ・ヒラーが相変わらず凄い。この人の凄さは眠れる獅子のような芝居をするところにある。『旅路』(1957)でアカデミー助演女優賞を受賞しているが、本来は舞台の人でジンネマンが彼女の出演を熱望しただけあって、モアとの最後の別れのシーンの芝居は最高に涙を誘う芝居である。
ヒラーとスコフィールドを見ているだけで、本物の芝居とはなんぞや?ということが良く分かり、何回も何十回も繰り返してみたくなるのである。

いい芝居とはまさに魔法である。何回も繰り返して見るほどに自分の底に眠る感情の波がざわめきたてられるのが感じとれる。
それほどこの最後の別れのシーンは映画及び演劇史上に残る偉大なるシーンである。

そして、審判のシーンへと物語は移行していく。遂にリッチの偽証によりモアの処刑が決定される。その時にモアが吐くセリフ。
「行き得ぬ世なら。生きようとは思わぬ!」


■映画を掘り下げてみる価値


わが命つきるとも わが命つきるとも
処刑の前にモアは最後の言葉を残す。
「私は王より、神のしもべとして死ぬ」(I die His Majesty's good servant, but God's first.)

ジンネマンは本作品について、
「アクションがほとんどなく、ヴァイオレンスは言うまでもない。セックスもなければ、あからさまなラブ・ストーリーもない。最も重要なことはスターがいない、実際アメリカの大衆が聞いたことのある俳優はほとんどいなかった」と語っている。

クロムウェルを演じたレオ・マッカーン(1920−2002)は、オーストラリアの俳優である。『HELP!四人はアイドル』(1965)『ライアンの娘』(1970)『オーメン』(1976)などにも出演しているが、シェイクスピアの舞台劇をメインとする舞台俳優である。彼は15歳のとき事故で左目を失っているので、義眼なのであるが、そんなことを感じさせない芝居を見せてくれている。実はこの作品で最も憎むべき役柄を演じた男が、最も尊敬に値する男の1人だった。これだから映画を深く掘り下げていくと言う行為は重要なことなのである。


実際のトマス・モアとヘンリー8世と妃たち


トマス・モア
トマス・モア(1478−1535)
この作品は実在の人物を描いているドラマである。名優ポール・スコフィールドが演じた男の実像を捉えてみよう。トマス・モアはロンドンの法律家の家に生まれる。そして、オックスフォード大学を卒業し法律家になる。1505年に結婚し、1515年より国王ヘンリー8世の外交使節団のメンバーになり、1517年より国王の要請により宮廷に仕える事になる。1529年官僚の最高位である大法官になる。

一方、ヘンリー8世は兄嫁であったイスパニア王女キャサリン・オブ・アラゴンと1509年に結婚・即位していたが 、彼女の侍女であったアン・ブーリンと恋に落ち、彼女と結婚するためにキャサリンと離別した。しかし、この離婚をローマ法王クレメンス7世は許可せず ここにヘンリー8世は英国国教会を設立してイギリスの教会のカトリックからの分離を断行した。このヘンリー8世の行為に対してモアは、大法官辞任という行為で反発する。1534年モアは国王をイギリス国教会の長とする国王至上法に反対し、ロンドン塔に幽閉され、1535年7月6日処刑される。モアは400年後の1935年にカトリック教会により守護聖人に列聖される。記念日は6月22日である。

彼が記した書『ユートピア』は、自然に従って生き、私有財産を持たない共同社会の姿を描き出している。自然法と自然状態が善である証明として書かれたその主著は、ユートピアという架空の国を舞台に、自由、平等で戦争のない共産主義的な理想社会を描いたものである。「ユートピア」とはトマス・モアの造語で「どこにも無い」という意味である。
「戦争でえられた名誉ほど不名誉なものはない」「羊が人間を食い殺す」という有名な言葉で、金もうけのために農民を犠牲にする領主・地主を激しく非難した。

ヘンリー8世
ヘンリー8世(1491−1547)
テューダー朝のイングランド王(在位:1509年4月22日(戴冠は6月24日) - 1547年1月28日)ヘンリー7世とエリザベス王妃の次男として誕生した。兄弟には兄アーサー(プリンス・オブ・ウェールズ)、姉マーガレット(スコットランド王ジェームズ4世に嫁ぐ)、妹メアリー(フランス王ルイ12世に嫁ぐ)がいる。1501年にキャサリン・オブ・アラゴンと結婚していたアーサーが急死し、ヘンリーは皇太子となった。ヘンリーはイングランド王室史上最高のインテリであるとされ、ラテン語、スペイン語、フランス語を理解し、舞踏、馬上槍試合などスポーツにおいても優れた才能を発揮した.父の死によって1509年にヘンリー8世として即位した。その2ヶ月後に未だ喪中であったがキャサリンとの結婚式をあげた。1536年ごろから患っていた梅毒により1547年死去した。

キャサリン・オブ・アラゴン アン・ブーリン ジェーン・シーモア アン・オブ・クレーヴズ キャサリン・ハワード
生涯に6人の妻を持つ。一番目の妻キャサリン・オブ・アラゴン(1485−1536写真左)は1533年の一方的な離婚後1536年に病死する。ヘンリー8世との間の娘メアリー(1516−1558)は後にメアリー1世として王位継承する。彼女こそ父王の行った宗教革命を否定し、カトリック復権のためプロテスタントを約300名処刑した女王である。それゆえに
「ブラッディ・マリー」と呼ばれた。

2番目の妻、アン・ブーリン(1507?−1536 写真左から2番目)エリザベス1世の生母。駐フランス大使トーマス・ブーリンの娘として産まれる。1526年に帰国しキャサリン・オブ・アラゴンの侍女に、のちヘンリー8世に見初められる。1934年5月王妃に迎えられる。1536年5月19日反逆、実の兄弟との近親相姦、4人との姦通及び魔術の罪でロンドン塔にて斬首刑になるが、無実だったとされている。とくに美人というわけでもなく、肌は浅黒く小柄でやせっぽちだったが、きらきら輝く漆黒の瞳や、しなやかな褐色の髪、鈴を転がすような笑い声には、男をとりこにする魅力があったといわれる。しかし、一方大変気性の激しい女性だったと言われている。アンの性格を示す逸話として、ヘンリー8世に口説かれたとき
「Queen or Nothing」と答えたと言う。処刑台を上るアンは、やつれ果ててはいたが、涙も見せず、取り乱しもせず、むしろ処刑されるのを喜んでいるかのようだった。アンがひざまづいて、目隠しをされ、死刑執行人の刀が振り下ろされると、アンの首は跳ね上がってかごの中に落ちた。それにしても当初魔女として火あぶりの刑の予定だったが、斬首刑に減刑って、減刑になってないと思うが・・・・すごい時代である。

3番目の妻、ジェーン・シーモア(1509−1537 写真左から3番目)エドワード6世の生母。アン・ブーリンの侍女だった。アン処刑の10日後王妃になる。出産後12日で死去する。国民はアン・ブーリンの呪いだと噂したと言う。

4番目の妻、アン・オブ・クレーヴズ(1515−1557)は、クレーフェ公ヨハン3世の娘。ヘンリー8世のもとに嫁いでいったが、王は実際の花嫁の顔を見るなり、「絵に描いてある女とは違う!」と激怒し、新王妃とは2度と顔を合わすことはなかった。時の大臣であったトマス・クロムウェルが王の見合いのために画家ハンス・ホルバインに依頼して肖像画を描かせたが(写真左から4番目)、アンの姿は肖像画に描かれたほど美人でなかったと言われる。事実、クロムウェルはその責任を取らされてロンドン塔で処刑された。1540年に結婚し、僅か半年で王から離縁されたアンは、「王の妹」という称号と所領と年金を与えられ、ロンドン市内のベイナーズ城で余生を送った。

5番目の妻、キャサリン・ハワード(1521? − 1542 写真左)は、2番目の王妃アン・ブーリンの従妹に当たる。1540年ヘンリー8世はキャサリンと再婚したが、この王妃は前の恋人との付き合いが絶えなかった。王も最初は見ぬ振りをしていたが、キャサリンの行為は益々エスカレートしていった。ついに王は激怒し、キャサリンはロンドン塔に送られ、不義密通で処刑された。キャサリンは逮捕前にヘンリー8世に嘆願をしたが聞き届けられず、断頭台の露と消えた。キャサリンには「刺のない薔薇」との愛称があり、「不美人だが機智とユーモアに富んだ洗練された女性」と褒める人のいるアンと違い、顔はきれいだが頭は良くなかった、との定評がある。また、同じ姦通疑惑で処刑されていても、アンに関しては無実との主張が主流なのに対し、キャサリン無実説はまず見ない。大抵はその思慮のなさから結婚前の恋人との付き合いが絶えなかったと認識されている。

6番目の妻、キャサリン・パー(1512?−1548)が、最後の王妃で、それぞれの母親の死後、里子に出されていたメアリーとエリザベスを呼び戻してプリンセスとして教育。結婚3年半目にヘンリー8世の死を見取った。この女性がいたからこそ大英帝国の基礎を築き上げたエリザベス1世が誕生したとも言われている。


■しかし、興行的に大ヒットとなった


実に気骨のある歴史劇である。この決して媚びない製作の姿勢は、まさに驚嘆の一言である。興行的に成功するとかそういった次元ではなく、芸術作品としての永遠の輝きを選択したフレッド・ジンネマンを始めとする作品に関わった人々の本気っぷりが画面上からひしひしと感じ取れる作品である。
こういった数少ない気骨な歴史劇に触れ合うか触れ合わないかで一人の人生は変わっていくものだと実感する次第である。

ポール・スコフィールドを通してトマス・モアという偉大なる歴史上の人物の精神に触れることができる本作品の歴史的かつ芸術的価値は、果てしないものがあるだろう。

結果的には200万ドルの予算で作られたこの作品は、世界中で2500万ドルの興行収入を生む結果となった。

− 2007年4月21日 −


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