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教授と美女   BALL OF FIRE(1941・アメリカ)
■ジャンル: コメディ
■収録時間: 111分

■スタッフ
監督 : ハワード・ホークス
製作 : サミュエル・ゴールドウィン
原案 : ビリー・ワイルダー / トーマス・モンロー
脚本 : チャールズ・ブラケット / ビリー・ワイルダー
撮影 : グレッグ・トーランド
音楽 : アルフレッド・ニューマン

■キャスト
ゲイリー・クーパー(バートラム・ポッツ)
バーバラ・スタンウィック(シュガープス・オ・シェア)
リチャード・ヘイドン(オドリー教授)
ヘンリー・トラヴァース(ジェローム教授)
ダナ・アンドリュース(ジョー・ライラック)
教授と美女
今を生きる私達に欠けているものの全てがここにある。「人生の朗らかさ」「偏った生き方でもくよくよ考えない姿勢」「あくまでも自分は自分」「年を取るということは可愛さを増すこと」「笑いはシンプルに」この作品の持つ「センス・オブ・コメディ」を体感したならば、確実にあなたの心のゆとりも広がっていくことでしょう。今こそ多くの人が見るべき作品。

■あらすじ


一つ屋根の下で暮らしながら百科事典の編纂作業に励む8人の世界的な教授たち。9年の時が経ち今やAから始まる事典はSの項目まで完成していた。そんなある日スラングのサンプルを町に集めに行ったお堅い教授ポッツ(ゲーリー・クーパー)は、一人の踊り子(バーバラ・スタンウィック)と出会った。実はギャングのボスの愛人である彼女は検察の手を逃れるために、ポッツらの邸宅に居候することになる。そして、いつしかポッツは彼女の思惑も知らずに惹かれていくのだった。


■この作品には人生の謳歌がある


教授と美女
素晴らしいコメディとはこういう作品のことを言うのだろう。それはまさに宝石のキラメキのように心の中に溶け込んでいく。ゲラゲラ笑うコメディとは次元の違うその感覚は、糧となりセンスが磨かれた実感を伴ない、人生に前向きな希望を与えてくれる。
つまるところ温かさ≠ノ満ち溢れている。

人と人が接することによって生まれる魅力的な瞬間。色々な立場にいる人たちが出会い対等に話し合える環境。
現在は人の役割が細分化されすぎであり、広い世界で生きているようで、狭い世界に生きている閉塞感をみんな感じている。だからこそ感じるこの作品を包み込む世界観の開放感。

教授と清掃屋、教授たちとギャングたち、教授とダンサー、教授と新聞売りの少年、教授とナンパ師・・・。そういった人々が盛んに交流することによって、お互いの視野はますます広がり、人生を楽しむ多くのスパイスを手に入れることが出来るのである。
生きる悦び≠ヘ独りで何かに励んだり、同じような仲間と何かに励んだりするだけじゃ決して得られないことをこの作品は伝えてくれているのである。


■単純な感情を肯定しよう


この時代の作品は、ビリー・ワイルダーが脚本を担当しているということもあってか、端役に至るまで役柄が実に活き活きとしている。この脚本の練りこみは、昨今の音楽とカメラワークでとってつけたように端役を強調している姿勢とは全く反対のものであり、本来、役柄の魅力は脚本でのみ創造しうることを我々は再認識しなければいけない。

昨今の映画には血が通っていないものが多く。出来の悪いコンピューターが作ったかのような作品ばかりで、出来のよいといわれている映画でも出来のいいコンピューターが作ってるのかという映画が多い。人間が人間らしさを失っていくと、単純な感情を否定し、単純な衝動のみを肯定していくようになるという。まさに昨今の映画は単純な衝動のみ刺激する作品が多い。


■バーバラ・スタンウィックとゲーリー・クーパー


バーバラ・スタンウィック バーバラ・スタンウィック バーバラ・スタンウィック
主役の2人の個性が見事に絡み合っているので、見ていて嫌味がない。特にバーバラ・スタンウィック(1907−1990)の魅力は、
どんな人をも虜にさせる「生きた」芝居をしている。特にあのウィンクする時のチチッという仕草の格好良さは。女も惚れる女的仕草だろう。

品の悪い女を演じても、ふとした表情で可憐な少女っぽさをかもし出せるのは、やはり実生活において「女優らしくない」と言われるその人柄の良さ由縁だろう。「誰もが共演したがる女優」とまで言われた彼女の広い了見が伴なっているからこそ、役柄の魅力が自然に生まれてくるのである。

当初このダンサー、オ・シェイ役はジンジャー・ロジャースにオファーされたが、1940年に『恋愛手帖』でオスカーを受賞していた彼女は、「オスカー女優がする役柄ではない」と断ったという。そして、ジーン・アーサーにオファーされたが、スタジオ間の問題で実現せず、キャロル・ロンバートは全く興味を示さなかった。そこでクーパーに誰か推薦してくれ?と尋ねたところバーバラの名前が出てきたという。

ゲーリー・クーパー ゲーリー・クーパー
そして、対峙するゲーリー・クーパー(1901−1961)も、実に素晴らしく。完ぺき主義でありながら、40歳まで童貞のどこか抜けている教授という役柄がぴったりとはまっていた。この人ほど芝居の作りこみが自然な人はそういない。ハンサムな男が抜け作を演じていると大概は、嫌味にしか見えないのだが、この人にはそういった所がなく逆に応援したくなるのである。

まさにハンサムには二種類あるである。
失敗を歓迎されるハンサムと、失敗を同情してもらえるハンサムの。


■幸福感の囁きを体感する喜び


昔々の・・・正確には1941年のお話し。ニューヨークと呼ばれる深い森に囲まれた所に8人の男たちが住んでいました。そして、彼らは百科事典の編纂をしていました。海の深さやホタルの成長、暴君ネロの行動まで知らぬことはありませんでした。しかし、彼らにもひとつだけ知らないことがありました。それは観てのお楽しみ・・・

「お〜〜朗らかな陽光。こうやって思いっきり吸うんだ。さあ大自然をかみしめてみろ。春の空気は体にいいぞ」
「もうキミに吸われて残ってないよ〜」

そんな洒脱な会話をしながら軽やかに公園を散歩する8人の教授たち。この教授たちが颯爽と行進する姿からして,観ている者を何ともいえない幸福感に包み込んでくれる。この時代はこういう感覚を与えてくれる作品が本当に多かった。

そして、一番年少のポッツ(ゲーリー・クーパー)が8人の教授の中で最も時間厳守で真面目な教授の役柄という面白さ。この役柄の設定が、彼らにはに年功序列のようなつまらんものは存在しないということに気づかせてくれるのである。そして、なんと百科事典の編纂のために9年間を費やし、やっとSの項目まで達したことも。このゆったりとした朗らかな空気がこの作品の特徴である。この作品は見ていてナチュラルな・・・本来人間のあるべき姿に触れ合っているような悦びを体感できるからこそ、観ている側も幸福感に包まれるのである。


■学んだこと、知ってる知識を相手に伝える悦び=学問の悦び


教授と美女 教授と美女
そんなお堅い8人の前に「懸賞クイズの答え教えて?」と突如現れる1人のごく普通のゴミ収集屋。こんな場違いな男性に対して、うれしそうに知性をひけらかす大人気ない8人の教授の姿。この子供のような知性のひけらかしこそが学問の悦びではないだろうか?

この作品の隠されたテーマは、
人々はどういうきっかけから知性の泉を満たし始めるのか?である。学問とはテストの点数でも、最終学歴へのこだわりでもなく、相手に伝えることが悦びになっているかどうかなのである。伝える気がなければ事典にもその教授にも何の価値もないのである。

そして、ポッツはオ・シェアに愛を伝えることによって、色々な伝え方と、感情を失った学問には価値がないということに気づいたのである。まさにこの物語は、1人の教授の学問的知性が開花した瞬間を描いた物語でもあるのだ。

「(ホイトイトイの)意味はパパに聞いてみな」

このゴミ収集屋のセリフこそが学問の悦びのA〜Zの全てなのである。そして、Sの項のスラングを担当する言語学専門のポッツは生きた言葉を求めてホイトイトイやら色々なスラングを求めて、町に繰り出すのである。この色んな人々に付き纏ってその会話をメモに取る姿の面白さ。これが学問の悦びの実践なのだ。


■ジーン・クルーパの「伊達男」と「歌姫」登場


町のクラブで「ドラム・ブギ」を歌うオ・シェア(バーバラ・スタンウィック)のとてつもなく魅力的な姿。その煌びやかな黄金のドレスからちらちらと見える美脚。
バックでは情熱のドラマー、ジーン・クルーパと彼のバンドが演奏している豪華さ。しかもソロでクルーパがパフォーマンスまで魅せてくれるのである。まさに「歌姫」と「伊達なドラマー」が音楽の高揚へと誘ってくれる。

取ってつけたような格好良さではなく、演奏の中で自然に沸きあがる恍惚感に身をゆだねているその姿を見ていると、
楽器の進化が何の進化につながったかという点に関してはっきりとした答えが見えてくる。楽器の進化が生み出したのは金儲けの進化であり、人間の音感を鈍らせる退化である。

クルーパがマッチ箱とマッチでブギを伴奏する姿のクールさが理解できない人は、音楽の領域のみならず人間の五感の領域においてかなりまずい状況に浸っていることを実感して欲しい。
ちなみにこの「ドラム・ブギ」の歌は当時の人気歌手マーサ・ティルトンが吹き替えている。


■足首の締まった女の後ろで群れを成して踊りたい生き物=男


バーバラ・スタンウィック 教授と美女
「タリホ〜」


チチッと言ってウィンクするバーバラの格好良さは、今時の女性が物足りなくなるくらいの格好良さである。魅惑の悪女オーラ満点な彼女がコートを脱いだ瞬間にちらちら見せつける脚線美に後ずさりする教授たちの面白さ。
やはりうぶな大人とすれっからしの美女の構図は、最高に面白い。

そして、徐々にストッキングを脱ぎ始め、美しい白い生足をぴんと伸ばしてポッツに触らせる。
白い生足が突き出された瞬間に8人の今までの世界は変化した。そのオ・シェイのぴんと伸びた白い美足の一振りにみなは魔法にかけられたのである。そうもうみんなが彼女のテンポに呑まれていくのである。教授だって老人だって、若い綺麗な脚の娘には弱いんだという当たり前のことを清く認めているところがすばらしい。だからこそこの作品は明るい陽気に包まれているのである。

それが見事に示されるのが、バーバラと7人の教授がコンガを踊るシーンである。このシーンがMTVでキメてヒップホップしてる若者達の姿よりも遥かに格好良く見えるのはなぜだろう?それはヒップホップの世界観は、同世代間の狭き世界観=せこさが充満しているのだが、こういったコンガの世界観には世代間を離れた朗らかさが満ちているところにあるのである。


■白雪姫の7人の小人たち


リチャード・ヘイドン
7人の教授それぞれが実に個性的だが一番目立っていたのが、植物学専門のオドリー教授を演じるリチャード・ヘイドン(1905−1985)だろう。
実はこの人は当時なんと35歳だったのである!そんな彼が演じる役柄がユーモラスで温かくて、この作品の見事な円滑油の役割を果たしていた。ヘイドンは他にも『サウンド・オブ・ミュージック』(1964)のトラップ大佐の友人マックスなどを演じている。

そして、歴史学専門のジェローム教授を演じるヘンリー・トラヴァース(1874−1965)。この人は『素晴らしき哉、人生!』(1946)の第二級天使でお馴染みの人のいいオヤジを演じさせたらナンバー1の役者だ。こういった名バイプレイヤーの助演が最後の最後のシーンで粋に物語を締めくくってくれるのも、見ていて実に心地良い。
オチは主役ではなく脇役に与えよである。


■もう一回ヤムヤムお願いします


教授と美女 教授と美女
「百科事典作りの仕事は航海のようなものだ。長く、辛く、退屈で、AからZまでの航海であり、財団という船に乗って以来海の掟に従い女性を遠ざけてきた。ひとりでも心を乱すと航海に影響するからだ。そして、キミが来て4日になる。今や磁石は方向ではなく、キミの足首を示している」


そんな不平を言ってオ・シェイを追い出そうとするポッツを色仕掛けで篭絡するために、オ・シェイはヤムヤムをする。ヤムヤム??なんだそれ?ヤムヤムとはキスのことである。ポッツが長身なのでオ・シェイは分厚い本を積み重ねた上に乗ってキスをする。そして、すっかりヤムヤムの虜になったポッツはオシェイに
「もう一回ヤムヤムお願いします」と恥ずかしそうにおねだりするのである。このゲーリー・クーパーの可愛さ。やはりこんな姿を見せ付けられたらどんな女も惚れるモンなんだろうなぁ。

「リチャード病(ill)?誰がリチャード病?それってなに?」「いや。リチャード三世(V)だよ」
早速ヤムヤム一つで結婚を決意したうぶなポッツが婚約指輪を即買いする。その指輪をオ・シェイに渡すときのこのやり取りのセリフが実に面白い。そして、こういったシーンでのバーバラのセリフの間合いの見事さにこそ、彼女の魅力がつまっている。この人の基本の表情はクールさであり、そのクールさが色々な彩りを放つときに魅力が発散されていくのだ。


■朝の散歩が長引いたと思えばいいじゃないか?


暗闇の中でキラキラ輝くオ・シェイの瞳。このシーンこそ白黒映画のみが生み出せる魅惑の空間の証明である。
このシーンはカメラマンのグレッグ・トーランドが、暗闇の中で両目だけを輝かせるために、バーバラの顔を黒く塗ったのである。このシーン一つでオ・シェイがトランプ(あばずれ)から真の愛に目覚めたことを観ているものに示してくれるのである。

ちなみにもう一つ撮影中の逸話として、オ・シェイがミス・ブラッグをグーパンチで殴りつけるシーンで、本当に顎にヒットしてしまい。彼女は顎を複雑骨折したという。それを知ったバーバラは周りが心配するほどに落ち込んだという。しかし、あのフック腰がはいってる!


■みなさん言葉はいずれ死に絶えるものです


そして、8人の教授がギャングに立ち向かう面白さ。顕微鏡と学術用語を駆使してギャングをやっつけていくのである。オドリー教授が相手の油断を誘うために
「この25セント撃てるかな?」といってびくびく震えながらギャングを挑発するシーンは爆笑ものである。

そして、ゴミ収集屋の収集車で颯爽とみんなで反撃に転じる爽快さ。ポッツが、収集車のゴミの入る所に座って「ボクシング術」の本を黙々と読んでいるおかしさ。ここからはサイレント映画的な動きで視覚的にコメディが展開していく。そして、ドタバタ劇の末に無事オ・シェイと結ばれたポッツがヤムヤムをしている間に、オ・シェイがしていた粋なチチッを7人の教授でして去っていく終わり方。素晴らしく粋である。


■ビリー・ワイルダーの開眼


教授と美女
本作の原案はビリー・ワイルダーがベルリンにいた時代から既に構想されていたという。それは「白雪姫」の七人の小人たちを現代を舞台に大人向けにアレンジしたものだった。監督を目指していたワイルダーは尊敬するハワード・ホークスの演出に付き添えることを条件に脚本の仕事を請け負った。脚本料として約8万ドルを受け取った。(これはバーバラ・スタンウィックよりも高額である)彼は、脚本のためのスラングを調査するためにロサンゼルスのサンセット大通りをうろつき女の子にアイスクリームやコーラをご馳走していたという。そして、彼は警察に変質者と勘違いされマークされていたという。

ワイルダーは語る。
「ホークスって人は、凄腕だった。場面を切り替える名人なんだ。観客はほとんどの場合、フィルムの継ぎ目に気づきもしない。だから、彼の映画はあんなに軽やかなんだ」

1941年アカデミー賞主演女優賞(バーバラ・スタンウィック)、原案賞、劇映画音楽賞、録音賞にノミネートされ、当時大ヒットしたこの作品は、のちに同監督でダニー・ケイとバージニア・メイヨー主演により『ヒット・パレード』(1948)としてリメイクされた。

− 2007年9月1日 −


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