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ベン・ハー   BEN-HUR(1959・アメリカ)
■ジャンル: 史劇
■収録時間: 222分

■スタッフ
監督 : ウィリアム・ワイラー
製作 : サム・ジンバリスト
原作 : ルー・ウォーレス
脚本 : カール・タンバーグ
撮影 : ロバート・L・サーティース
音楽 : ミクロス・ローザ

■キャスト
チャールトン・ヘストン(ユダ・ベン・ハー)
スティーヴン・ボイド(メッサラ)
ハーヤ・ハラリート(エスター)
ヒュー・グリフィス(イルデリム)
ジャック・ホーキンス(アリウス将軍)
ベン・ハー
間違いなくこの作品はスクリーン、特にシネラマで観るべき作品である。そういう点においては映画の中の映画である。しかし、大画面のテレビで観たとしてもその迫力は十分に伝わってくる。とにかくどこまでも人間も馬も活き活きしてる作品である。史劇にとって重要なのは、まさにこの点である。男らしさ、女らしさを超えた人間くささがコレにはぷんぷん漂ってくる。そして、そんな臭味がないと史劇は、ただの紙芝居か学芸会の出し物になってしまうのである。

■あらすじ


紀元26年、エルサレム。ローマから大軍を率いて新任の司令官としてメッサラ(スティーヴン・ボイド)が戻ってきた。早速親友のユダヤの王族ベン・ハー(チャールトン・ヘストン)は再会を喜ぶのだったが、今やメッサラにとって立身出世が最重要であった。ベン・ハーにローマに対して反逆行為を行おうとしているユダヤ人の名を密告せよと迫り、拒絶され、仲違いする。そして、翌日新総督がエルサレム入りし、通りがかるのを見物していたベン・ハーの妹が誤って瓦を落としてしまう。そして、ベン・ハー一族は反逆の罪をメッサラによって着せられ、ベン・ハーは奴隷に、母と妹は地下牢に閉じ込められるのだった。こうして無実の罪を着せられたベン・ハーはメッサラへの復讐を誓うのだった。


■この作品には、一人の人間が経験しうる全てがつまっている


ベン・ハーベン・ハー
20世紀において未来永劫に語り続けられる至宝の芸術品。それが1959年に完成した『ベン・ハー』である。
この作品の中には人間の生み出す感情の全てがつまっており、その感情の普遍性が物語られている。全てが極上の一級品であり、この作品には子供騙しではない完璧なまでの大人の空間が広がっている。

この物語はおおまかに5つの重要な物語から成り立っている。それは「友情が敵愾心に変わっていくベン・ハーとメッサラの物語」「奴隷に堕とされたベン・ハーがキリストに救われ信仰心を取り戻していく物語」「らい病になった母と娘の苦闘の物語」「偉大なるローマ人アリウスと義理の息子となったベン・ハーの物語」「ベン・ハーとエスターの真実の愛の物語」である。

更により単純に、全てをベン・ハーの立場から言い直すと
「親友に対する胸も張り裂けんばかりの復讐心」「神に対する信仰の不信と再生」「地獄の日々を送る肉親への胸も張り裂けんばかりの悲しみ」「民族に対する誇り」「苦楽を共にし愛情はより普遍的なものに変わる確信」の物語である。

まさしく、この映画には一人の人間が程度と格調の差こそ違えども経験しうるものが全てつまっている。


■スクリーンという一枚の布切れに躍動感の息吹が与えられる瞬間


ベン・ハー ベン・ハー
やはりこの作品の見所は、物語の素晴らしさをも凌駕するその大戦車競走のシーンだろう。ここにベン・ハーと仇敵メッサラの宿命の戦いは切って落とされるのである。スタートからゴールまで8分46秒のシーンの中に、宿敵2人の間の生々しい感情の交錯と馬の躍動感、唸りを上げる砂塵、軋む車輪、熱狂する歓声といったさまざまな要素が混在され、
奇跡的な「熱狂との一体感」が演出されている。

全く同じショットの存在しない192ショットから組み立てられたこの大戦車競走シーンは、全てのアクション映画の
「カタルシスを生み出す為の教材」になっている。まさしくこの大戦車競走シーンの中の騎手と、馬と、観客の間には一体感が生み出されているのである。ここにCGの限界が明確に浮きぼりにされる。

ベン・ハー
イタリアのチネチッタ撮影所の野外撮影所に一年かけて建設された一周4600mのトラックを兼ね備える円形競技場のセットが実に素晴らしい。この壮大な競技場において大戦車競走のシーンのためだけに、約4ヶ月のリハーサルが出演者とスタッフの間で行われ、5週間かけて撮影された。そして、競技場の観客のエキストラとして15000人が雇用された。

よく映画専門誌に誇らしげに(?)
「アカデミー賞を撮る為に複数人のスタントマン(スティーヴン・ボイドのスタントマンを含む)の死は隠されていた」という話が記されているが、コレは捏造された嘘である。実際はスタントマンは一名も死亡していない。しかし、逆に言うと今この作品を見た人でさえもそういった話を信用するほどに、この大戦車競走シーンが、迫力と現実味溢れているという事なのである。

ベン・ハー ベン・ハー
そして、この映像の躍動感が最大限に効果を発揮した理由としてあげられるのは、何と言ってもヘストンとボイド自身が実際に大戦車競走のシーンで走っている事だろう。この事によりロングショットで撮る必要がなくなり、堂々と接写出来たところに映像の生み出す躍動感が生み出す迫力の源流はあった。

ちなみにこの競走シーンの撮影中に、『尼僧物語』(1959)を撮影中のオードリー・ヘップバーンもセットに訪れた。そして、エキストラとしてオードリーが競走シーンに登場しているという噂が流れたが、それはあくまでも噂である。ちなみに赤のフェラーリが一瞬映るやら、ヘストンの腕に腕時計がはめられているショットがあるといった噂もあるが、それらもあくまで噂であり、真実ではない。


■鉄槌が奏でる断末魔の「リズム感」


チャールトン・ヘストン ベン・ハー
この作品のカタルシスの骨格が大戦車競走であるならば、
ベン・ハーの生への執着の説得力の根幹はガレイ船からの生還のシーンである。ベン・ハーが、奴隷としてガレイ船の漕ぎ手という過酷な作業に従事している姿を見事に描くことによって、彼の転落に説得力が生み出された。アリウス将軍の指示の元に叩き出される鉄槌のリズムに合わせて奴隷達が汗だくになって漕ぐ姿である。とにかく漕ぐ漕ぐ。とことんまで漕いでいくこのシーンからは、筋肉の躍動感を超えた断末魔がリズム感たっぷりに軋む悲鳴を上げていた。

この冷酷なまでに筋肉を酷使させられる躍動感がホンモノだったからこそこのベン・ハーの生への執着も真実味を帯びるのである。そして、このシーンにおけるチャールトン・ヘストン(1924− )の眼力の強さも並みではない迫力に満ちていた。
ヘストンという役者は実に不思議な役者で、彼の真価はまさに「奥行きの無い空間での繊細な演技」よりも「無尽蔵の奥行きを持った空間を作り上げる力強い演技」にあるのである。

これは多分に彼の実直さから生み出されるものなのだろう。『ボーリング・フォー・コロンバイン』(2002)以降、ヘストンは、銃規制反対運動の先鋭と見られており、実際その通りなのだが、例え彼が白人至上主義であったとしても、私は彼の功績を否定するつもりは全く無い。その思想においてはクソったれな部分もあるだろうが、俳優としてのその仕事ぶりの素晴らしさとごちゃ混ぜにするのはあまりにバカげている。

ベン・ハー ベン・ハー
ちなみにこのベン・ハー役はキャスティングに相当手間取っている。当初ポール・ニューマンで考えられたが、デビュー作の史劇『銀の盃』(1955)の悪評に懲りて、
「私は二度とああいった衣装を着る映画には出演したくない」と出演を辞退。次に候補となったバート・ランカスターは、脚本を読み「(無心論者の)私はこういう暴力的な道徳観を持った主人公が好きになれない」と言い、さらに「私はキリスト教の布教活動には興味がない」とまで言って辞退している。ちなみにこの時もしランカスターがベン・ハー役を引き受ければ、メッサラ役にはロバート・ライアンをと考えられていた。

さらにロック・ハドソン、マーロン・ブランド、カーク・ダグラスとベン・ハー役候補の考慮がされた末に、監督のワイラーが『大いなる西部』(1958)で起用したヘストンに白羽の矢が当たったのである。


■ミクロス・ローザ!限りなく神々しい名前の音色


ベン・ハー
誰もが「何が始まるんだこの大仰な音楽は!」と驚かずにはいられない序曲の壮言さと背景の絵画の神々しさが、ミクロス・ローザという限りなく神々しい名前の男によって奏でられる。

ローザはこの作品の音楽を作曲する為に、古代ローマと古代ユダヤ音楽を2年半に渡って研究した上で、8週間かけて作曲に取り掛かったという。そして、その総計140分にも上るスコアは、ロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団によって演奏された。

昔のスペクタクルと現在のスペクタクル映画の違いは、音楽の重厚感にあるのではないだろうか?どうしても最近のスペクタクル史劇の音楽は、音色は良くても重厚感に欠ける嫌いがある。


■憎悪は生きる力を与えるからな!


スティーヴン・ボイド
主人公の復讐心の根本にあるもの次第で、物語の価値が生まれてくる。
そして、この作品においてのベン・ハーの復讐心は「ベン・ハーの妹が愛した男」「ベン・ハーの大親友」であるメッサラに向けられるところが、物語に素晴らしい価値を生み出している。

メッサラはローマで生まれ変わった。出世欲と冷酷さを手にした代わりに、優しさと誇りを捨て去ったのだった。
「権力が偉大になれば、誤りもまた大きくなるものだ」というセリフが出てくるが、これはまさしく彼のような人間に相応しい開き直りのセリフだろう。

ベン・ハー ベン・ハー ベン・ハー
よくベン・ハーとメッサラの関係を、一方的なホモセクシャル的求愛に対する拒否が、生み出した憎悪からと言及されているが、この側面は、脚本にゴア・ヴィダルが参加したことによって付け加えられた。再会シーンの撮影前にワイラーはボイドを呼びつけ「キミとヘストンは幼馴染であり、やがて青年になるにつれてホモセクシャルな関係になったんだ。そして、キミはローマに旅立ち、関係も終わりを告げることになるのだが、キミは帰国し、ヘストンと再び昔の関係を求めるんだ。しかし、ヘストンは拒否する。そこんとこをわかってやってくれ」と伝えた。

それに対しボイドはこう尋ねたという「ヘストンにも同じ話をしてるのか?」と。それに対しワイラーはこう答えた
「ヘストンに言う必要はない。彼はホモ嫌いだからな」と。しかし、実際のところこの2人の関係のスパイスは、この作品を観ていくにあたり、あまり重要ではないと思える。むしろ、そんなことよりもメッサラがローマに行って、人間性が変わったことの方が重要である。

ベン・ハー ベン・ハー
結果的にベン・ハーは、自分の家族をボロボロにしたメッサラに対して大戦車競走にて復讐を遂げるのだが、その後にはただただ「虚無感」のみが渦巻く。
『ベン・ハー』の素晴らしい所は、復讐は一瞬の爽快感を生み出すだろうが、それだけ費やした時間と感情が、振り出しに戻すこともプラスの何らしかを生み出すこともないという決定的な事実を描いている点にある。そして、観ている側は、では復讐心を出来るだけ早く捨て、前向きに進むべきなんだなと思考するように誘導されていくのである。

しかし、この作品の深い所は、結果的にそういった綺麗事を否定している所にある。
「人間は大切なものを失った時、復讐せずにはおれない。例えそれが虚無感を生み出す結果になろうとも、打ちのめされた人間にとって復讐心はその人の酸素となり、もはやそれなくしては生きていけなくなるのである」。そんな決定的な感情の事実を描き出しているからこそ、観ているものはベン・ハーが長い苦難の末に復讐を遂げ、その後に虚無感を感じ、改心する姿に心打たれるのである。


■ベン・ハーの魅力的な共演者たち


スティーヴン・ボイド スティーヴン・ボイド
しかし、私がこの作品を10代の半ばに最初に見た時に、最も印象に残った役者はスティーヴン・ボイド(1931−1977)だった。その顔つきといい程よいマッチョさといいまさにローマ軍司令官そのものだと感じた。そして、
今でも感情表現の力強さ=「芝居の緩急の見事さ」が生み出した再会のシーンと絶命のシーンには、只者ではない存在感を感じる。

ちなみにボイドにメッサラ役が回ってくる前にスチュワート・グレンジャーにオファーされたが、彼はヘストンの助演を心良しとせず辞退した。他にもレスリー・ニールセンがオーディションを受けている。結局役を手にしたボイドは、ブルー・アイを茶色にする為にコンタクトレンズを着用するようワイラーから指示された。

ジャック・ホーキンス ベン・ハー ヒュー・グリフィス
そして、ベン・ハーの復権のきっかけとなるアリウス将軍を演じたジャック・ホーキンス(1910−1973)も、ただの善人ではない魅力的な好人物を演じ上げていた。本作においてオスカーを獲得したヘストンともうひとりの俳優が、ヒュー・グリフィス(1912−1980)なのだが、正直私にはそれほど印象的な芝居をしているようには見えなかった。それだったらボイドの方が遥かに名演だったのではないだろうか?


■時代に左右されるヤツは常に時代の奴隷となる


ハーヤ・ハラリート
この作品に登場する3人の女性は決して華やかな振る舞いはしないが、現在の女性が見失っている女性の美徳に溢れている。母が子ベン・ハーを思う想い。妹の運命を耐え忍ぶ健気さ。そして、エスターの自分の愛する男性と愛する人の家族をできうる範囲に渡り手助けし続けるその姿。

考えが古かろうが、新しかろうが、女性の重要な役割の一つは忍耐強く家庭に情愛を注ぐその姿である。女性が自立や、気の赴く人生を歩むのは結構だが、私は本当に尊敬すべき女性とは、私の母親のように
どんなに苦しいときでも家庭に微笑を与えてくれる女性が最高の女性と考える。

企業家で巨万の富を生み出す女性よりも、尊敬に値する家庭を築き上げた女性の方が、尊敬されてしかるべきである。
昨今の女性の社会進出は結構だが、その風潮が、家庭に微笑を与える素晴らしい母親たちの存在を軽視していることには、怒りさえも感じる。

「お金があっても家庭が崩壊していたら、そんなの価値が無いんじゃないのか?」私は本心からそう考える。女性こそが家庭の華であり、家庭を顧みない母親から、愛情豊かな子は一人たりとも生まれた試しがない。
まさにこの作品は、女性にとって「あなたが出来る素晴らしいこと」を思い出させてくれる作品でもあるのだ。

ハーヤ・ハラリート ハーヤ・ハラリート ハーヤ・ハラリート
エスターを演じたハーヤ・ハラリート(1931− )は、現在のパレスチナのハイファ生まれのイスラエル人女優である。1964年に早々に引退しているが、すごくエキゾチックな美女で、この作品が始めての大作となった。あまりセリフを語らないことによって、表情で微妙な感情の機微を表現していた。

ハーヤ・ハラリート ハーヤ・ハラリート
一方、ベン・ハーの母ミリアムを演じるマーサ・スコット(1912−2003)は『十戒』(1956)でもヘストンの母親役を演じていた。しかも面白いことに舞台では2回ヘストンの妻(!)を演じているのである。『ベン・ハー』はヘストンの要望により本来の母親役の変わりに、彼女が演じることになった。

そして、ベン・ハーの妹ティルザを演じるのはキャシー・オドネル(1923−1970)である。彼女はワイラー監督の義姉である。その純真無垢な雰囲気が役柄にぴったりと合っていた。

こんな2人が演じる母子が3年間も陽の射さない地下牢に閉じ込められらい病にかかり、そして、らい病者の集まる隔離された谷に自発的に向う姿は、かなりの悲愴感に満ちている。相当な苦労をした末に、キリストの死と共に2人の病は去っていくという描写は、「何故か日本においては許せない人」が多いようだが、サンタクロースの奇跡やキリストの奇跡を純粋に受け止める人々にとっては、むしろ素晴らしく感動的だと感じるシーンなのである。

私がどうも理解できないのは、芸術に対して現実主義で対峙する類いの人たちである。


■実は奇跡とは、「神の奇跡」ではなく「自然の恵み」


ベン・ハー
本作は正確に言うと「ベン・ハー/キリストの物語」なのである。だからこそ「新約聖書」の匂いが所々から漂っている。そして、宗教は偉大な芸術を生み出す人類の英知だと考える私からすればその雰囲気こそスペクタクル映画に切っても切れないものなのである。

それにしてもキリストの姿を最後まで見せなかったワイラーの演出が実に素晴らしい。宗教的に見ると細部に関しては少しいい加減な描写も見受けられるが、それはこの作品の本質が娯楽作品なので指摘するだけ野暮である。

この作品の全体に漂うのは
「水のイメージ=大地の恵み」である。ベン・ハが奴隷に貶められ、ガレイ船の漕ぎ手の使役の為に陸路延々と歩かされる中、水も与えられないのだが、そんな瀕死の状態のベン・ハーはキリストから与えられた水によって、体力と気力を回復していく。

さらには、ガレイ船においても水の存在がベン・ハーの名誉回復のきっかけになり、最後にはキリストが十字架を運ぶ時に、水を差し出そうとする。そして、大雨がベン・ハーの母妹の病を癒すのである。
この「水のイメージ」こそが、人類の自然との調和の大切さの謳う一つのメッセージなのである。

私達が肉体的にも精神的にもどん底な状態の時、自然から隔離されたアスファルト・ジャングルに閉じ込められることを臨むのだろうか?そういうときこそ人々は自然を求めるのではないのか?我々はあまりにも「家庭」と「自然」をないがしろにしすぎてやしないだろうか?この作品はそういう自戒の念を現在人に与える作品でもある。


■芸術品はこうして生みだされる


チャールトン・ヘストン ベン・ハー
本作の原作はルー・ウォーレスが1880年に書いた『ベン・ハー』(1936年に『風と共に去りぬ』が発刊されるまで、アメリカで最も売れた小説だった)である。元々サイレント時代(1907、1926年)に二度に渡って製作されていたこの作品を、倒産寸前のMGMは拡大するテレビの台頭に対する対抗策として、家庭では見ることができない超大作として製作することにした。

そして、セシル・B・デミルの『十戒』のような大作映画を撮る事を渇望していたワイラーに監督を依頼した。そのギャランティは当時の最高額である100万ドルだった。彼はかつて助監督の一人として1926年版の『ベン・ハー』にも参加していた。さて製作が開始されるのだが、肝心の脚本は40回に渡って書き直され、結局は撮影と同時進行で執筆される形となった。

実に完成までに6年半の歳月を費やしたこの作品は、全てにおいて規格外の作品だった。まずイタリアのチチネッタ・スタジオを2年半借り切り、300ものセットの建造が開始された。そして、当時天文学的数字といわれた1500万ドルの予算と477名(うちセリフのある役者350人)の俳優、約5万人のエキストラが動員された。(しかも撮影終了後、完成した全てのセットは、イタリア産の低予算映画に流用されないように解体された。ちなみに本作の助監督としてセルジオ・レオーネや、エキストラとしてジュリアーノ・ジェンマなどの多くのイタリアの映画陣が参加していた)

ベン・ハー ベン・ハー
公開と同時に世界中で大ヒットを記録し7500万ドルの収益を上げMGMの倒産の危機を救うことになった。ちなみに1960年度の日本の興行収入も洋画邦画合わせてダントツのNo.1ヒットになった。この作品までは毎年邦画がNo.1ヒットを占めていたが、この作品以降邦画より洋画が収益をあげる構図が定着していくのである。ちなみに、この作品に対して黒澤明はこう言い放ったという(製作費において)
「赤ひげなんてベン・ハーの1カットにも及ばない」と。1989年のリバイバル公開においても9000万ドルの収益をあげている。

さらに本作は11部門においてアカデミー賞を受賞している。これは『タイタニック』(1997)とタイ記録である。1959年度アカデミー賞作品賞、主演男優賞(チャールトン・ヘストン)、助演男優賞(ヒュー・グリフィス)、監督賞、撮影賞(カラー) 、劇・喜劇映画音楽賞、美術監督・装置賞(カラー)、衣装デザイン賞(カラー) 、特殊効果賞、編集賞、録音賞を受賞している。

− 2007年9月13日 −


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