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突破口!   CHARLEY VARRICK(1973・アメリカ)
■ジャンル: アクション
■収録時間: 111分

■スタッフ
監督・製作 : ドン・シーゲル
原作 : ジョン・リーズ
脚本 : ハワード・ロッドマン / ディーン・リーズナー
撮影 : マイケル・C・バトラー
音楽 : ラロ・シフリン

■キャスト
ウォルター・マッソー(チャーリー・ヴァリック)
ジョー・ドン・ベイカー(モーリー)
アンディ・ロビンソン(ハーマン)
ジョン・ヴァーノン(ドイル)
シェリー・ノース(ジェウェル)
フェリシア・ファー(シビル)
突破口!
オヤジが黙々と敵と味方をはめていく姿。絶対に見逃すな。ヤツの時計と指輪を・・・そして、相棒のハーマンさえも生贄にする予定だったこの冷徹さを。この作品の凄みは、見終わったほとんどの観客が、「どんくさいマッソーが何となく生き残れた」と感じる所にある。

■あらすじ


ニューメキシコで農薬散布の会社を経営しながら、小さな強盗団を率いるチャーリー(ウォルター・マッソー)。そんな彼は妻と二人の相棒と共に、小さな銀行を襲撃した。そして、妻と一人の相棒を失いながらも現金強奪に成功して得た現金は、75万ドルという破格な金額だった。しかし、その現金は実はマフィアの隠し財産だった。そして、殺し屋モーリー(ジョー・ドン・ベイカー)が75万ドルを取り返すためにチャーリー達の殺害を命じられるのだった。果たしてチャーリーはこの凄腕の追跡をかわせるのか?


■射程距離内の美女と接するような作品


突破口!
70年代の犯罪映画の乾いた雰囲気が最高に良い。21世紀のハイテク犯罪映画よりも、こういった現実的なアウトロー映画の方がなぜか遥かに面白い。それはなぜか?理詰めで犯罪する映画は、映画というよりもゲーム感覚で人間味がない。そういった最近の映画に対して、70年代の犯罪映画は、多くを犠牲にしつつも何らかの勝利を勝ち取るというシビアさに満ちているところが実に味わい深い。

この作品の主人公は中年の冴えないオヤジで、カーレーサーだった妻と二人の仲間と共に銀行強盗に臨むのだが、結局妻も仲間も失い、大金だけを手に入れる。そんな展開が実際大銃撃戦をするわけでもないが、一定の緊張感で進んでいく。

最近の監督の最も苦手な描写は、緊張感の持続である。「何かに急かされて映画を撮っている」現在の監督は、強迫観念に迫られて、コレでもかというほど物語を走らせる。お陰で今の映画の大半は、車を運転していて、道を歩く美女を発見したかのような作品が満ち溢れている。

一方、70年代の作品は、こちらも徒歩の信号待ちで、向かい側に美女を発見したかのようなゆったりした喜びに満ちて溢れている。どう調理するかは貴方次第の展開である。つまり今の作品は、早すぎて何も出来ず何も残らずなのである。



■70年代とは束縛を否定した素晴らしい時代だった


題名はずばり主人公の名前「チャーリー・ヴァリック」である。元々ドン・シーゲルは「狼たちの最期」という題名で考えていたのだが、スタジオサイドが変更を要求して以上の題名になったという。本作は、このチャーリーと殺し屋モーリーを中心に展開する。この二人追うものと追われるものの関係だが、両者とも組織らしきものには所属していない(モーリーはマフィアに雇われたフリーの殺し屋である)。

70年代の作品には、組織に属さない古いタイプ≠フ人間と、組織に運命を支配されるより古いタイプ(新しいタイプでは決してない)≠フ凌ぎ合いの構図がある。そして、本作においてもその構図が物語の背景を占めている。


■女性の健気さが映画を引き締める


突破口!
銀行強盗から始まるオープニング。いかにも胡散臭い一組のカップルが引き起こす派手さはないが緊張感溢れるこのシークエンス。妻を演じるジャクリーン・スコット(1935− )の逞しさが素晴らしい。
女だてらにリンカーン・コンティネンタルを無言でかっ飛ばすその格好良さ。すぐに死ぬのだが、健気にわき腹を撃たれても逃走のために車を走らせる続けるのである。

そして、本当に撃たれたかのように助手席で静かに苦しむその姿の官能的なこと・・・。最近の映画には女性の健気さは失われてしまった。しかし、女性から健気さを取り除くと男性との違いは、肉体的な違いのみになりはしないのか?

女性から健気さが失われた時、それはただのガキ向けの世界観に成り下がるのである。


■今回のスコーピオもたっぷりいたぶられます


突破口!
マッソーの相棒を務めるのは、シーゲルの前作『ダーティハリー』(1971)でスコーピオを演じたアンディ・ロビンソン(1942− )である。相変わらずのいじめられっぷり最高なテイスト満点で惨殺されてしまうのだが、それがいかにもアンディ君らしくてとてもよい。

それにしても、マッソーという役者は、実に芸達者な人だ。抜け目のない詐欺師やら、ぐうたらオヤジを演じていたと思えば、本作では几帳面な悪党を全く違和感を感じさせず演じ上げる。

歯医者に忍び込み自分のカルテと相棒のカルテのレントゲン写真をさし替えたり、必要もない書類の偽造をして殺し屋をおびき寄せたりと、かなりさりげなく頭脳的である。


■男なら一度や二度はダメ男やっとけ!


突破口! 突破口!
ヒットマン、モーリーを演じるのはジョー・ドン・ベイカー(1936− )である。この頃のジョー・ドンは実にいい役者だった。そして、本作においても、雰囲気のある殺し屋を演じていた。こういう殺し屋が一番怖いんだろうなあという殺し屋である。

「金で寝る女は好きじゃない」とかなりイイ女でも、商売女を抱くことを拒否するモーリー。

一つ印象的なシーンがある。鉄柵に囲まれた屋敷から出てくるビキニ美女。彼女にモーリーが導かれて中にはいるとそこは売春宿だった。この雰囲気。まさにシドニーの売春宿もそっくりこんな感じだ。ソファーに座っていると何人かの女性が入れ替わり立ち替わり登場するのである。そして、その中からお気に入りを選ぶのである。

オレにとってこの昼間の売春宿の雰囲気はとてつも懐かしく、第2の故郷みたいで大好きだ。オレがシドニーで居候していた売春宿の感じは、まさにこのダーツをしているダメオヤジそのものだった・・・そして、オレもとてつもないダメ男だった。そんな生活が今になると何故か一番懐かしい思い出になるもんだ。
人生ダメ男な生活の一つや二つ出来る器量がないと男してる意味ないよな?


■大仕事の前に、ベッドで行きずりの女を愛せる男でいたい


シェリー・ノース シェリー・ノース
「イーストウッドには見えないわ」

偽造屋で登場するこの女性ジェウェルを演じるのは、50年代にマリリン・モンローの再来≠ニ言われたシェリー・ノース(1932−2005)である。それにしてもすごいホットパンツて登場するが、今見てもあまり違和感がない。というかファションは明確に回りまわっている。

この人の40代の擦れた雰囲気も70年代テイスト満点で魅力的だ。

シェリー・ノース シェリー・ノース シェリー・ノース
そして、モーリーが訪れ、彼女のヒップラインに欲情したモーリーは、彼女の頬を一発張り、ベッドインするのである。この作品には多分に中年女の欲情的な姿が描かれている。後にチャーリーもドイルの秘書とベッド・インするのだが、その姿もまた中年女の欲情的な姿だった。

70年代の作品に多い描写は、中年女性といえども行きずりの性行為をエンジョイする姿勢である。一方、
男は黙って大仕事の前には、行きずりの女と一発かますという姿勢である。


■ジャック・レモンの奥様とベッド・インするマッソー


フェリシア・ファー フェリシア・ファー
チャーリーとベッド・インする中年女性シビルを演じるのはフェリシア・ファー(1932− )である。この人、実生活ではマッソーの大親友ジャック・レモンの奥さんである。そんな親友の奥さんを裸で抱きしめるマッソーのこの表情・・・


■501ヤードの所から人生は始まる


突破口! 突破口!
「500ヤード以内に誰かいれば取引は終わりだ」ドイル「じゃあ501ヤードの所にいるぜ」モーリー

本作最大の見せ場であるチャーリーの操縦するプロペラ機と、モーリーの運転する車のチェイス・シーンの迫力。この疾走感が実にイイ。ひたすら砂塵を上げて疾走し、そして、一回転して墜落するチャーリー。

最後は、冷静な殺し屋モーリーの裏を掻き見事な終幕を迎える。この終わり方と去り方。
実に黙々と去っていくそんな最後の一瞬に車のエンジンがかからない・・・ただそれだけの緊張感。ただエンジンがかからないだけでコレだけの緊張感を演出できるシーゲル監督とマッソー。やはりこの二人は只者ではないと感じさせられる瞬間である。

緊張感とは、実はシンプルな土台の上でこそ観ている側に伝わるのではないだろうか?最近の映画人及び観客は70年代のこういった作品を見てもっと緊張感の感性を磨くべきである。

実際の所、マッソーはこの作品の脚本が気に入らず、芝居に熱が入っていなかったのだが、本作で英国アカデミー賞主演男優賞を受賞した。ちなみに冒頭の挑発的なへそだしルックで芝刈り機を動かすのは当時10代前半のドン・シーゲルの娘である。そして、シーゲル自身も東洋人のマフィアのアジトで卓球しているオヤジ役で出演している。


− 2007年11月2日 −


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