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街の灯 CITY LIGHTS(1931・アメリカ) | |||||
| ■ジャンル: コメディ ■収録時間: 86分 ■スタッフ 監督 : チャールズ・チャップリン 製作 : チャールズ・チャップリン 脚本 : チャールズ・チャップリン 撮影 : ロリー・トザロー / ゴードン・ポロック 音楽 : アルフレッド・ニューマン 作曲 : チャールズ・チャップリン ■キャスト チャールズ・チャップリン(チャーリー) ヴァージニア・チェリル(花売り娘) ハリー・マイアーズ(金持ち) ハンク・マン(ボクサー) フローレンス・リー(娘の母) |
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■あらすじ 浮浪者チャーリー(チャールズ・チャップリン)は、ある日盲目の花売り娘(ヴァージニア・チェリル)に一目惚れする。そして、金持ちのフリをして彼女に卑屈ながらも取り入ろうとするチャーリー。やがて、チャーリーは彼女に盲目の治療をするためのお金を渡した後、強盗の罪で逮捕されてしまう。時が経ち釈放されたチャーリーは一層惨めな風体で街を歩いていると、そこには目が見えるようになった少女の姿が・・・ ■愛玩動物のような魅力 ![]() 映画という芸術体系の中にコメディを万人に認知させた天才児。それがチャールズ・チャップリンである。チャップリンの魅力は、その愛玩動物(ペット)のような愛らしさにある。共に時間を過ごす時、ペットに見つめられると心が和み、家を出る時にペットに見つめられるとふと悲しみがよぎるように・・・ そういった小動物化した非日常的な浮浪者が、自由奔放に当世をさまざまな切り口で見せてくれる。そんな中に笑いのもつ『残酷さ』が含まれてくるのである。チャップリンのパントマイムが素晴らしいのは「最も愛らしさ」を表現出来るパントマイマーだったからである。 普通、人は笑われないようにして生きている。周りに笑われないように取り繕って・・・だからこそ思いっきり笑えるチャップリンのような存在は永遠の心の愛玩動物なのである。 ■サイレントへのこだわり ![]() チャールズ・チャップリンの作曲による数々の音楽と、挿入されるスペインの作曲家ホセ・パディリャ(1889−1960)のタンゴ「ラ・ヴィオレセラ(花売りの唄)」が実に素晴らしい。やはり美しい音の調べは映画においては重要。気の利いたセリフ一つよりも、役者の芝居と音楽がかもし出す情景の方が見ているものの心に入り込む場合が多い。 『街の灯』がチャップリンの他の作品よりも一種独特の香りを放っている理由は、ロマンティシズム溢れるストーリー・ラインとこの芳しい音の調べゆえだろう。そして、チャップリンがサイレントにこだわったのは、見ている人々の想像力を尊重し、画面上で口をパクパク動かす映像から、豊かな言葉を人々自身で創造出来るようにとの心遣いからだったのだろう。 ちなみに1927年、世界初のトーキー映画『ジャズ・シンガー』が公開され、時代はサイレント映画から言葉を話す映画に移行していった。しかし、チャップリンはトーキー映画に対して「彫刻に着色するようなものだ」と、言って反対したのだった。 ■平和と繁栄の記念碑 ![]() 本作はオープニングの「平和と繁栄の記念碑」の寸劇から、実に見事に皮肉に満ちている。街の中心部に着飾った紳士淑女が集まって、記念碑の序幕を待っている。そして、幕が開くと、大理石の立派な女性の像の上に寝ている浮浪者チャーリーの姿が・・・ 時代は1930年世界大恐慌の中働きたくても仕事のない時代、チャーリーは仕事も帰る宿もなく寝ているのである。「平和と繁栄の記念碑」を打ち立てる記念碑自体が寝る場所のない浮浪者の寝る場所になってしまう事実。そして、紳士淑女達が獣のような表情で「出て行け!」と罵る姿。「平和と繁栄の記念碑」などそんなレベルのものなのだ。幕を開ければ内情はボロボロという、現在にも通じる「平和と繁栄」に対する痛烈な皮肉に満ちたシーンである。 しかし、オープニングで観客を笑いの渦に巻き込みながら。見事にチャーリーの現状をインプットしていくのである。寝るところのない浮浪者。穴の開いたズタボロの紳士服。山高帽とステッキ。ヒトラーのようなチョビ髭。全く無駄のない所もチャップリンなのである。 ちなみに世界大恐慌とは、1929年10月24日にブラック・サースデー(暗黒の木曜日)、続く29日に致命的なウォール街の株価の大暴落(ブラック・チューズデイ)によって起こった世界的な大恐慌である。この大恐慌が第二次世界大戦とファシズムと共産主義を加速させる要因となった。 ■全裸像とチャーリー ![]() 記念碑から追い出されたチャーリーは、街をとぼとぼと歩いているうちにショーウィンドウ越しに全裸の女性像を見つける。このシーンは明快に今後の物語の展開を暗示している。一人の美女、チャーリー、馬上の英雄(白馬の騎士)、上り下りするエレベーター、エレベーターから現れるのっぽの男。 『街の灯』の全てがこのシーンに凝縮されているのである。いわばこのシーンの約2分間は、全くカメラが動かないのだが、絵画を見ている感じで、一切動かないフレームの中で描かれる描写から自由に想像力を働かせてくださいという演出なのである。 ■盲目の娘との出会い ![]() 映画史上伝説的なシーンである。美しい音楽の調べのなか少女は浮浪者チャーリーを車のドアの閉まる音とその車が走り去る音で、白馬の騎士のような男性が自分に恵みを与えてくれたと勘違いするのである。まさにこのシーンこそ、私たち人間の希望の映像化なのである。 私たちも希望を持つときは最も美しい姿を、その希望に期待するのである。本作のテーマは、少女の希望を叶えてくれる夢の白馬の騎士と、現実に叶えてくれた浮浪者のギャップにもあるのである。 そして、それを表現するすべを「ドアを閉める音」に見いだすまでに実に342回この出会いのシーンは再撮影された。チャップリンという人は映画を作るにあたって、とりあえず撮影しながら一番良いものを引き出そうとする監督だった。 ■ヴァージニア・チェリル(1908−1996) ![]() 花売り娘を演じたヴァージニアは撮影開始当時20代前半の女性でまだ新人だった。身長が165pとチャップリンよりも3p長身である。チャップリンがボクシングの試合をロサンゼルスで観戦しているときに隣に座っていた女性がヴァージニアだった。この縁でチャップリンは次回作の主役にスクリーン・テストを受けてくださいと声をかけたらしい。 撮影においては完璧主義のチャップリンの厳しい演技指導にヴァージニアはだんだんうんざりし、撮影中はだんだんとギクシャクした間柄となり、1929年11月には、「美容院に行き」撮影時間に遅刻した彼女を解雇した。その代役に『黄金狂時代』(1925)のジョージア・ヘイルを立て、ラストシーンなどを撮影するも全て撮り直しをすると莫大な費用がかかると説得され、ヴァージニアが当初の2倍の出演料で再起用されることになった。しかし、この作品のヴァージニアは『恋愛小説家』(1997)のヘレン・ハントに似た雰囲気がある。 ![]() 1934年、映画のプレミアで知り合ったケーリー・グラントと結婚するが、一年で離婚する。そして、1936年に女優を引退する。1937年にイギリスの伯爵と結婚するが10年後に離婚し、第二次世界大戦中に赤十字やチャリティーの仕事をしている時に知り合ったパイロットの男性と結婚し、死ぬまで仲むつまじく暮らした。 ■金持ちと浮浪者 ![]() 寝る場所のないチャーリーは、川辺のベンチで寝ることにする。そこには自殺しようとしている一人の金持ち男が縄を体に縛りつけ石の重りごと川に飛び込んで死のうとしていた。慌てて止めにはいるチャーリー。そして、チャーリーは言う。 「明日が来れば鳥も歌います。勇気を出して!現実を直視しなさい!」 浮浪者チャーリーがこのセリフを言うところがいい。そして、「君こそ心の友だ!」とチャーリーに感謝する金持ち男。彼は酔いが覚めるとチャーリーの事など毎回忘れるのだが、酔っているとチャーリーを思いだすのである。何とも皮肉な金持ち描写である。 金持ちの二面性が、オープニングの記念碑のシーンとこのシーンにおいて見事に描写されている。一方チャーリーには二面性なぞないので、お金を手に入れれば自分よりも不幸な人に恵んであげるのである。この描写がのちに「赤狩り」でハリウッドから追放される原因となったのだが、チャーリーの思想のなかには、恵まれた人は決して貧しい人を助けようとはせずに、この世の中は貧しい人が貧しい人同士助け合うしかない現状なのだと訴えかけているのである。 ■執事と浮浪者 ![]() 執事に座るなと言われて、素直に従うが、執事がよそ見しているスキに座りかけて、振り向かれて愛想笑いしてごまかす絶妙の間。昨今の映画におけるカットの多様が、間を生み出さない=余韻に包まれない作品を増産しているのである。 金持ちの居間でのチャーリーと執事の掛け合いにはかなりの笑いの基本が詰まっている。「笑いの間」と「笑いのベタさ」である。「人を笑わせることに格好をつける必要はない」である。チャップリンは「あらゆる人を笑わせるためには女に愛される主人公ではなく、人から愛される役柄を演じなければならない」と言っているのである。 つまるところなかなか最近のコメディアンには、スケールの小さな人が多いが、それは根本的に笑いに対する姿勢が間違っているからだろう。「芸の肥やし」の前に肥やしをやる大地がしっかりとしていないと決して肥やしは役に立たないということである。 「腐乱した大地に肥やしをやれば更に腐乱する」である。最近のコメディアンはどうやらそう傾向にあるだろう。しかし、そういった輩の「つまらん寸劇」に若いうちから感化される事は別に悪いことではない。本当に良いものを理解するためには、つまらんものを若いうちから知っておくことは重要である。ただし、30歳を越えてこういった「つまらん寸劇」を楽しみ続けている人はかなりまずいだろう。 ■浮浪者が運転するロールスロイス ![]() 金持ちとパーティーに繰り出し、一騒動起こした末に朝がやってくる。金持ちと共に豪邸に帰ったチャーリーは、盲目の花売りの娘を見かけ、金持ちから金を無心し、ロールスロイスで娘を家まで送ってやる。 実に見ている人を戸惑わせる「金持ちから巻き上げたお金で」の描写なのだが、これこそ、究極の描写なのである。人類の歴史の多くは「持つものが持たざるものからむしりとる」歴史であった。そして、本作は「持たざるものが持つものからむしりとる」映画なのでもある。 金持ちが貧乏人より金をむしり取って享楽に講じているよりも、貧乏人が金持ちから金をむしり取った方が遥かに素晴らしいお金の使い方が出来るよ。そう言いながらも、チャーリーはロールスロイスに乗りながら、吸い差しで路上に捨てられた煙草を、他の浮浪者を蹴飛ばし奪うのである。実に皮肉なチャップリンという人。「金持ちが貧乏人からむしり取っている」を実演する象徴的なシーンである。 ■ボクシングをする浮浪者 ![]() 「娘を助けたい一心で仕事を見つけた」チャーリー。もちろん大恐慌時代なので、ろくな仕事などない。ついに賭けボクシングのボクサーの仕事をすることになる。そして、このボクシング・シーンが実に素晴らしい。チャップリンの笑いの本質が、一度目は笑いに笑い転がせ、二度目には笑った後に驚嘆させ、そして、三度目にはただただ感心させ。という風に極めて高いレベルの笑いを提供していることに気づかされるのである。 レフェリーの後ろにリズム良く隠れるあの抜群のタイミングといいあのボクシングのシーンが、いかにカットなしで多くのシーンが撮影されているか?そういう視点であのシーンを見ていれば、チャーリーと同じようにレフェリー、そして、相手のボクサーの芝居までもがどれだけ完璧に演じられていることが分かるはずである。実に皮肉的ではあるが、チャップリンの芸はパントマイムを基本としていながら、相手にも脅威のプロフェッショナリズムを要求する芸なのである。 ![]() それにしても、相手のボクサーに取り入ろうとするオカマっぽいチャーリーの仕草が実に良い。『男はつらいよ』の渥美清が最も影響を受けた芝居のパターンだろう。 ■再生する二つの魂が生み出すハッピーエンド ![]() 盲目の花売りの少女にお金を渡した後に、逮捕され、刑務所に入れられたチャーリー。やがて秋が訪れ、チャーリーは出所する。よりボロボロになった風体で新聞売りの子供達にバカにされながら歩くチャーリーの姿はもはや絶望感で満ち溢れている。そして、ふと足下を見ると、一厘の花が・・・ 道路沿いのショーウィンドウを見ると、そこには目が見えるようになった少女の姿が。食い入るように眺めていると少女が怪訝そうに馬鹿にした表情で一厘の花とお金を恵んでやろうと近づいてくる(このシーンはショーウィンドウ越しの設定だが、チャップリンが演出上の効果を狙ってガラスのない状態で撮影している)。立ち去ろうとするチャーリー。そして、少女がお金を渡そうとチャーリーの手に触れた時に少女は気づく。 「YOU?」 はっとした表情の中には、みすぼらしい格好はしているが自分を本当に愛し、助けてくれた男のその姿に喜びを隠せない少女の顔があった。そして、一瞬表情が暗くなる少女。彼女は昔祖母に言った言葉「でも、ただお金持ちなだけじゃない、それ以上の方なの」と言った心の純粋さを思い出し恥じているのである。そして、チャーリーの手を強く握り締め胸元に引き寄せる少女。自分の目が回復したのも彼によってならば、心から失われたものを再び取り戻してくれたのも彼によってだと気づく彼女だった。 まさに「目が見えなかった時の心を忘れていた自分」を彼女が取り戻した瞬間である。その表情を見て照れ臭そうに笑うチャーリー。彼女のためならチャーリーもどんな荒波も乗り越えることが出来るだろう。一人の少女に新たな生きる喜びを与えることにより、チャーリーも新たに生きる喜びを手に入れたのである。愛とはそういうものである。これほど強い絆で結ばれた愛はないだろう。 チャップリンは後に語っているこのラストシーンは、「彼女をじっと見ているうちにだんだん引き込まれていって、自分が自分でないような素晴らしい感じがしてきた」。まさに絶望の淵から幸運の絶頂に立たされた男の表情なのだ。 ■史上最高の傑作! ![]() 本作は1927年12月31日より製作開始された。そして、1928年12月から撮影開始されるも1929年6月に自殺シーンの撮影で水に飛びこむのを躊躇した金持ち役ヘンリー・クライヴを解雇し、代わるハリー・マイヤーズとすべての登場シーンの撮り直しする。 結局撮影を完了したのは1930年の10月のことだった。実に撮影日数180日を費やし150万ドルかけられて作られ、1931年1月31日にロサンゼルス劇場でプレミア公開する。チャップリンの隣にはアインシュタイン博士が座っていた。そして、2月6日上映開始されるやいなや大ヒットとなる。 本作はオーソン・ウェルズも全ての映画の中で最もお気に入りの作品であると言っている。ただし、「チャップリンは天才だ。議論の余地がないだろう。あの作品の酔っ払いは笑えたが、チャーリーは笑えなかった」とも発言している。 「サイレント映画は労働者階級のために作られた。サイレントだとあらゆるレヴェルの人間に理解可能だからだ。なるほどチャップリンやキートンが人気があるのはそれが理由だろう」ジャン・ルノワール ちなみに本作にはジーン・ハーロー(1911−1937)がレストランのシーンで、エキストラとして出演している。 − 2007年6月26日 − |
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