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クラッシュ   CRASH(1996・カナダ)
■ジャンル: エロス
■収録時間: 101分

■スタッフ
監督・製作・脚本 : デヴィッド・クローネンバーグ
原作 : J・G・バラード
撮影 : ピーター・サシツキー
音楽 : ハワード・ショア

■キャスト
ジェームズ・スペイダー(ジェームズ・バラード)
デボラ・カーラ・アンガー(キャサリン・バラード)
イライアス・コティーズ(ヴォーン)
ホリー・ハンター(ヘレン・レミントン)
ロザンナ・アークエット(ガブリエル)
ピーター・マクニール(コリン・シーグレイヴ)
クラッシュ
人間は年をとればとるほどに性的本能に従いたくなるという。そして、セックスの快感の半分以上は妄想からであり、物語性からであることを考えれば、この作品の魅力が理解しやすくなる。ある男が処女性を破壊することに喜びを感じるように、ある女が童貞を奪う快感に病み付きになるように、ある女が二つの穴を責められることに悦びを感じ始めるように、この作品の主人公は、自動車事故という極限の状況を、さまざまな調理方法で性的な妄想に結び付けていく試みにとり憑かれていったのである。

■あらすじ


CFプロデューサー・ジェームズ(ジェームズ・スペイダー)と、その妻キャサリン(デボラ・カーラ・アンガー)は、倦怠感の中、お互いに浮気の報告をしながら性行為に耽るという趣向にやみ憑きになっていた。そんなある日ジェームズは交通事故を引き起こしてしまう。そして、その体験によって、彼は交通事故が生み出す性的恍惚感の虜になってしまうのだった。


■体育会系人間の為の究極のフェチズム映画


私の大親友の女性は、この作品を心の底から愛している。彼女はポールダンサーであり、日本人離れした美貌と肉体の持ち主の女性である。そして、彼女は車に乗ると何故か胸の辺りや下半身をモゾモゾとする時がある。そんな彼女のこの作品に関しての主なコメントは以下の二つである。

「スペイダーは根っからの変態のはず」「コレはフェチズム満載の作品であり、エロ映画ではない」である。そして、彼女の性的趣向も多分にこの作品の登場人物に似ている。セックスする時は、必ず私の昔の彼女とはどうしてたか聞きたがる上に、ボンデージファッションが好きで、M的な性的趣向が強い。

実際、彼女のような性的趣向の女性は少なくない。特に感性を求められる仕事に関わる女性には、こういった趣向の持ち主が多い。彼女の友人のバレリーナもこの作品が好きであることを考えても、この作品は、
オタク系の作品と思われがちだが、実のところ自分の肉体をイジメ鍛え上げるというスポーツ選手やダンサーに理解される体育会系の作品だろう。

それでは、以降映像クリップを見ながら私の友人の解説に従って観ていこう。(〜線の部分が友人談。少々ストレートな発言もあるが、それは彼女の性質なのでご容赦を)


■性行為の倦怠感から逃れようとする夫婦


クラッシュ デボラ・カーラ・アンガー クラッシュ
〜金属フェチのデボラ。彼女は金属のヒンヤリ感を肌に感じながら男性の熱い肉体を受け入れたい人なの。こういう女性はまず間違いなく二つの穴を攻められたいはずよ。これを私は閉所快楽症と呼んでるの〜

オープニングタイトルのキャスト・スタッフの名前の金属文字の部分が所々腐食している。既にタイトルからして繊細なこだわりを見せるのは、クローネンバーグならではである。

そして、冒頭からデボラ・カーラ・アンガー(1966− )が恍惚の表情に浸ってくれている。飛行機の機体に寄りかかり肉欲に耽るその姿。そして、一方、対比的に夫であるジェームズ・スペイダー(1960− )がアジア系の女性の股間から顔をひょっこりと出す。この二人の夫婦は、愛し合っているのかいないのかわからないが、一緒にいて苦痛にならないベストパートナーなので共に生活している。

そして、お互いの性生活について報告しあい愛し合うのである。この二人にとって間違いなく通常の性行為は倦怠であり、より刺激的な性的興奮を望んでいた。


■ジェームズ・スペイダーの魅力が堪能できる


ホリー・ハンター デボラ・カーラ・アンガー
〜クローネンバーグは、よく知ってるわ。女はブラからおっぱいをさらけ出す瞬間に恍惚感を感じるものなのよ。それもぺろっとめくる感じで。それを男にしゃぶらせてるのがなんとも言えない快感なの。おっぱいの乳首は記号であり、スイッチなのよ。そして、お互いの合図なの。今からは言葉はおしまいよ・・・の〜

ジェームズは交通事故を引き起こし、対向車の運転手を死なせてしまう。そして、その時その対向車の助手席に座る女性の胸がはだける姿をさりげなく見つめるのだった。そして、この乳首が彼にとって、新しい性的衝動へのスイッチのボタンとなったのである。

この作品の効し難い魅力の一つは、ジェームズ・スペイダーの放つ妖しい目の光から生み出されている。この作品における彼は間違いなく役柄に溶け込んでおり、この世界観で生きていた。


■看護婦は絶えず性的衝動の境界線に立っている


デボラ・カーラ・アンガー クラッシュ
〜動けない男性の下半身を弄びたいって気持ちよく分かるわ。これって看護婦さんなら誰でも経験あるんじゃないかしら。例えば自分の好みの男性や少年が動けない状態で、身体は弱ってても日が経つごとに性欲だけは溜まってる事を知ってるんだから。つい手を出しちゃうわよね〜

左足に大怪我を追ったジェームズ。身動きの取れない夫の性欲を手で解放する妻キャサリンのそのクールな眼差しが、更にジェームズのM男心をくすぐる。こうして彼はさまざまな性的趣向を実践していくことになる。今彼は究極の拘束プレイへと踏み込んでいるのだ。

彼の下半身以外はモノであり、その下半身は妻の手に委ねられているのだ。


■女医ヘレンは、生死に冷静さを求められる仕事をしている


クラッシュ ホリー・ハンター クラッシュ
〜助手席にミニスカートで足を組んで、煙草を吸う女の姿。これはもう雄と雌の交尾のサインよね。助手席で女がミニスカートの足を組んだら絶対欲情してるサインよ。そして、狭い空間で生死を彷徨った二人は、狭い空間で性欲の揺らめきの中貪るように体液を交し合うのよ〜

自分の夫を事故死させたジェームズと助手席で性交に耽る女性ヘレン(ホリー・ハンター、1958− )の仕事は女医。女
医という仕事は無関心を装いつつ患者の肉体に人一倍興味を持たないといけない仕事。生死と密接に繋がった本能の叫びに、どうしても気を取られてしまう仕事。

そして、性行為もまた男女が本能の叫びを発する行為である。人の生死を左右する仕事だからこそ、冷静さを失えない。だからこそ彼女は年をとるごとに本能を剥き出しに出来る瞬間を求めるのである。心の底から自分の生死を感じる本能の叫びを上げたい!!



■車輪のついたベッド=究極の恍惚感を運ぶベッド


クラッシュ クラッシュ
「二人が出会ったのはほんの一瞬だけ。しかし、その一瞬の出来事がハリウッドの伝説となった」

〜生死を彷徨う交通事故によって、自分の肉体の脆さを実感したスペイダーは、逆に色んな人と交通事故のようなセックスをしたくなったの。彼は交通事故によって、自分と相手の激しい接触の虜になったの。だからこそ、接触の傷跡に興奮するのよ〜


女医の導きによって、交通事故を再現する趣向者の集会に参加し、その長である男ヴォーン(エリアス・コーティアス)に惹き付けられる。そしてオープンカーを運転しながら後部座席で彼が娼婦と性交に耽る姿をチラチラ見ながら、とてつもない興奮を感じるのだった。

最初は戸惑いながら、やがて積極的に新しい快感を求め彷徨う姿。この姿は全ての成熟した人間に理解できる衝動だろう。


■本当に愛し合ってるからこそ・・・


デボラ・カーラ・アンガー デボラ・カーラ・アンガー
〜セックスの中で会話をする私。知ってるでしょ。それはあなたに性的快感以上の安らぎを感じてるからよ。セックスの中で会話するということは愛情の裏返しでもあるの。つまりこの夫婦は強烈に愛しあってるの。だからどんな激しい性的行為でも強要し合えるのよ。つまりこの夫婦は物語の最初から愛に満ちてるってコトよ。愛の再認識のドラマなんて話しじゃないのよコレは〜

「自分のペニスを彼のお尻の穴の中に入れたい?」「精液を飲んだことあるの?」この妻の言葉に興奮も極地に達し果てるジェームズ。この描写は最強に変態としか言いようがない。しかし、この時点で、この妻は夫が男性にも興味を持ちうるということを見抜いているのである。

果たして現在どれだけの夫婦がお互いの性的衝動について認識しあっているだろうか?ほとんどの夫婦はお互いに興味すらなくなっているためなのか、気にも留めなくなってしまっていないだろうか?その点
この夫婦は間違いなくお互いの性的衝動に敏感であり、それだけお互いのことを気に留めるほど愛し合っているのである。

この作品の中で、全ての感情は乾燥しているという説明は、全く当て外れであり、実はこの夫婦ほどお互いを気に留めあって生活している夫婦はいないのである。まさに昨今の仮面夫婦とは対極の位置に存在する夫婦なのである。

クラッシュクラッシュ
〜セックスはオナニーの延長線上にあるのよ。オナニーを双方の手・足・口・性器などによってする行為それがセックス。でも不感症の女は必ずこう言うから「私の前でオナニーして」って。こういう子は不感症が多いわよ。セックスというのは、オナニーで妄想してる行為を思う存分実演する瞬間であるべきよ。不感症はセックスに対する未練から生まれるのよ〜

本当のセックスには言葉が必要であり、お互いの性的衝動を敏感に洞察する感性が必要である。この夫婦にとって共通の性的趣向は、違う男女の体液を感じてその汚れを流し合う瞬間にある。それはこの夫婦が肉体以上の次元でお互いを求め合っているからである。

そういう意味で言うと、この作品の夫婦は終わってるな。と薄ら笑いを浮かべている観客(もしそんな鈍感な鑑賞者がいたとするならば)の奥さんは、昼間に何をしているか分からないほどに距離が離れてしまっている可能性がある。
実際、現在の社会で浮気もせずに夫婦の機能を果たせてると過信することこそ、鈍感であり変態的であるのかもしれない。


■性的衝動の終点には、絶えず死の誘惑を求める心がある


クラッシュ クラッシュ
〜他の男に妻が抱かれているのに車の運転をやめることが出来ない。だから彼は興奮の絶頂に達するのよ。妻が他の男に抱かれてる姿を見て、愛する妻が奪われたことを想像するの。そして、興奮してしまうの。彼は「奪い奪われの寸止め」を楽しんでるのよ。コレができるのも本当に愛し合ってるからかもしれないわ。お互い信用しあってるからこそ出来るのかもね〜

玉突き事故の現場で熱狂的に写真を撮り続けるヴォーン。そして、その後洗車している間に後部座席で、運転席にいる夫の視線を意識しながら、性行為に耽る妻とヴォーン。ヴォーンは、集会のパートナーでもあった男シーグレイブが、金髪のウィッグをつけてジェーン・マンスフィールドの女装をして死んでいった姿に究極のカタルシスを感じてしまっていた。

ヴォーンがパートナーを失ったこの時点で、彼もまた最高のカタルシスを求めて死に完全にとり憑かれてしまった。そして、キャサリンの肉体を喰らうかのようなヴォーンの激しいセックスに戸惑うキャサリン。

妻の痣に唇を這わせながら。ヴォーンの最期が近いことを知り、ヴォーンの肉体を味わいたいと渇望するジェームズ。ジェームズもまた死にとり憑かれはじめていた。


■サイボーグ?アーマロイド・レディ?


クラッシュ ロザンナ・アークエット クラッシュ
〜ロザンナのこの衣装の発想って究極だわ。体が不自由になろうともそのハンデをフェチの領域に持っていく凄さ。ある意味ダルマ(四股を切り取られた人間)≠謔ヒ。ダースベーダーやアーマロイド・レディよね〜

痛々しさ極まりないガブリエル(ロザンナ・アークエット、1959− )との性行為。しかし、人間の首が360度回らない事実と同じように、彼女の足が動かない事実を受け止めれば大したことはない。と私の友人は言う。つまり獣姦もこれと同じ発想だという。

クラッシュ
まさに彼女の存在こそが、新たな性的衝動の扇動者なのだ。あのベンツのディーラーの表情は、確実に彼女の肉体に衝動を感じていた。
新しい性的な対象物を見つけたかのような表情。このフェチ感覚満点のギブス姿のガブリエルこそが、この作品のシンボルであり女神像だった。

ディーラーの前に必ず堕天使ガブリエルは戻ってくるだろう。そして、この男もまた新たな車の魅力にとり憑かれるのだろう。
つまりは性転換した美女と新しい感覚の性行為をするような領域に彼も導かれるのである。


■二人の愛は深く・・・続いていく・・・


クラッシュ クラッシュ
「自動車事故は破壊的ではなく生産的出来事だ。性的エネルギーの解放なんだ。事故で強烈な死に方をした人間の性的エネルギーを感じ、自分自身もそれを経験するということ。それがオレの本当のテーマだ!」

〜瀕死の重傷の妻に覆い重なりセックスに耽るスペイダー。凄いわよね。もうこれが究極よね。朦朧としてる中で、キスに応じる妻。その妻に性器を突っ込むスペイダー。ここからは言葉の領域じゃないわ〜


転覆したマツダ・ロードスター。そして、瀕死の重傷の妻に覆いかぶさる夫。このチャンスを逃すべからずとばかりに性行為に励む二人?
彼が妻に交通事故のカタルシスを教えたことは、彼にとって妻に対する究極の愛情表現だった。

クラッシュ
本作で異様な光を放っていたヴォーン役に、当初はマイケル・ハッチェンス(1960−1997)で考えられていた。彼はオーストラリアの人気ロック・グループ、イン・エクセスのヴォーカリストである。残念ながらハッチェンスは本作公開の翌年にシドニーのダブル・ベイのホテル「リッツ・カールトン」で妻子を残し首吊り自殺している。

本作は1000万ドルで製作され、1996年カンヌ国際映画祭審査員特別賞を賛否両論の中受賞した。

− 2007年11月16日 −


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