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第三の悪名   (1963・大映京都)
■ジャンル: ヤクザ
■収録時間: 90分

■スタッフ
監督 : 田中徳三
原作 : 今東光
脚本 : 依田義賢
撮影 : 宮川一夫
音楽 : 鏑木創

■キャスト
勝新太郎(八尾の朝吉)
田宮二郎(清次)
月丘夢路(お妻)
長門裕之(粟津修)
藤原礼子(お照)
西村晃(松島の元締)
南道郎(カポネ)
第三の悪名第三の悪名
期待させる題名!「第三の悪名」。その第三の悪名とは、長門裕之の事だった。彼は勝新と田宮二郎のスター性に立ち向かえたのだろうか?その結果は実に無残だった。悪名シリーズの魅力さえもぶっとばす「ウジウジ」度150%の芝居が、本作をイライラする作品に変えてくれた。折角出演した月丘夢路の魅力も中途半端なまま、どこまでもしみったれたムードで進んでいく悪名。第三の悪名を名乗らせるならもう少し魅力的な役者に演じてもらいたかった・・・

■あらすじ


お照(藤原礼子)のもとに居候している朝吉(勝新太郎)の前に、清次(田宮二郎)がやって来る。キャバレーの支配人の職にありついたとの事だった。そんな時朝吉の名を訪ね歩く戦争時代の上官粟津(長門裕之)は、今や渡世人になっていた。そんな粟津の動向を心配する義理の母であり女親分お妻(月丘夢路)。朝吉はお妻の事を思い、粟津を堅気にしようとするが、そんな折清次のキャバレー絡みのトラブルに巻き込まれるのだった。『悪名』シリーズ第五弾。


■男の生き様は単純明快さにあるだろ!


第三の悪名 第三の悪名
朝吉と清次という凸凹コンビに共通している魅力は、その単純明快さ!そして、それはそのもの一番輝いていた頃の勝新と田宮二郎の魅力でもあった。後に田宮はニヒルさを売り物にするのだが、それが生きたのもこの頃の単純明快さがあったからである。

スターとはなぜスターなのか?それは一言で言うと、影のない・・・いや
影を生み出さない真昼の太陽そのものの有無を言わせぬ明快さを、観ている者に感じさせられたからではないだろうか?60年代はそんなスターの存在が許される最後の時代だった。

ところで、普通「第三の」ってパターンの場合は、主役の二人を食わんばかりの魅力的な役者が配されるんじゃないのか?前4作の面白さを更に持続させるために必要なのは、主役を食わんばかりの単純明快に魅力的な新キャラの登場。オレはいろいろ妄想した。第三の悪名が茶川一郎だったなら・・・城健三郎だったなら・・・100%不可能な市川雷蔵だったなら・・・しかし、実際の所は、スター性の欠けらもない長門裕之(1934− )だった。

ここにこの作品の負の要素の全てが存在する。現在の吉岡秀隆(昔はまだいい役者だった)のように、いつの時代にも、何故かもてはやされる根暗なオーラを発する俳優がいる。1960年代初め長門裕之はそういう存在だった。


■月丘夢路にこそ第三の悪名を演じてもらいたかった


第三の悪名 第三の悪名
「女かわいがっといて何をごちゃごちゃ言うてんねん」

格好良すぎなセリフだよな。朝吉を押さえ込みまくりのしょっぱなのお妻(月丘夢路)のキップの良さ。いっそのこと彼女を第三の悪名にして、長門の役柄は全消しした方が良かったのでは?

そう言いたくなるほど月丘夢路(1922− )が、この作品の救いだった。朝吉との絡みも文句なしに良く、以降度々登場する他の女優の演じる女親分衆の中でも彼女がずば抜けて格好良い。

上記のセリフが出るシーンにおいて、お妻は朝吉と宝塚で一夜を過ごすのだが、この一夜の逢瀬は朝吉を味方に引き込んだ・・・という解釈よりも、義理の息子(長門)と再会し、募る愛情を消し去るように朝吉に抱かれたという解釈の方が正しいだろう。しかし、そういった義理の母子の愛というやっかいな素材は、『悪名』には相応しくなかった。


■辰のエロ顔と般若の形相のお照


第三の悪名 月丘夢路 第三の悪名
「スカタン!ええかげんにしとけ!」

とにかくキップのいい月丘夢路の女親分ぶりが実に魅力的だった。しかし、そこに長門が絡んでくることにより、『悪名』本来の爽快さの魅力が、致命的なほどに影を潜めてしまった。
相変わらず辰(丸凡太)はいい味出しまくりなんだが・・・いっその事第三の悪名は辰でも良かったんじゃないか?

それにしても朝吉が朝帰りして、般若の形相で待ち構えるお照に家から閉め出しを食らう朝吉の姿が、実生活で、玉緒に閉め出しを喰らう勝新の姿とやけに重なる。閉め出しを喰らいアタフタする勝新も最高に母性愛をくすぐるだろうが、それにも増してこの頃の藤原礼子が実に色っぽい。そりゃ若山富三郎も惚れるよな・・・


■朝吉も清次も魅力的なんだが・・・もうひとりが・・・


第三の悪名 第三の悪名
「河内もんは昔から丁稚やおなご衆があんたらの家によう奉公にあがったもんや。ほいで顔の映る様なお粥すわされて、霜焼けで手や耳も崩れてもうて、よされや涙を拭くのを忘れて寝たもんや。そない人間コキつこうて金をため、だんはんお家はん御領はんって気楽に暮らせる世の中はもう来まへんで。胡蝶白粉の暖簾は奉公人の涙と汗が染み込んでまんねや。これ忘れてはあかんで」
朝吉

物語後半で、朝吉が胡蝶白粉の旦那に一言言うこのシーン。なんか今の日本の経済情勢も全く本質が変わっていない事を思い知らされるそのセリフの内容にスカっとさせられる。

更に、清次が、兄貴の仇を朝吉から聞かされても、「兄貴は兄貴、わいはわいや。んな兄貴の仇までしょわされたらかないまへんわ」と開き直り朝吉を怒らせるシーン。これぞ清次の魅力そのもの!とにかく「第三の悪名」の魅力のなさがこの作品の全ての負の部分だった。


■ココにはやはり普遍的な男の魅力が存在する


第三の悪名 第三の悪名
「こりゃ間違えた間違えついでにもういっちょ」

ついでにしばいといたれ!魂全開の最後の大混戦の果てに、お妻と粟津の幸せを願いつつ、雪の中を無言で去っていく朝吉。一度は身体をかわいがりあった女の幸せの為に出来るだけのことをして、引き際を知るこの男の格好良さ。今の時代、男は自分自身の役得の為だけに生きがちである。そんな男とは対極に位置するのが、朝吉という男の魅力。
ホストのように女を食い物にして賢くゼニを貯めるのが格好いい男の生き様だろうか?

そう思う男女は、そっちに走っていけば良い。しかし、そんなハイエナがのさばる世の中は、女にとって不幸なだけだろう。朝吉のような男が多くいる世の中こそ、女も自分の女としての存在に価値を見いだせるんじゃないだろうか?

ホスト、ホステス・・・そんなものに過度の価値を吹き込んで、視聴率を稼ごうとするテレビ局のプロデューサー共、そんな最も腐り果てた蛆虫のようなヤツラに踊らされてるうちは、日本の男女の魅力も潜在的能力の30%も出せていない事になるだろう。

第三の悪名 第三の悪名
「朝吉に見る男の履歴書」シリーズも、はや第五作目になった。本作において、長門裕之の存在が明らかに浮いていた。とにかく1960年代当時もっとも渡世人らしからぬその渡世人像は、1970年代においての小倉一郎のチンピラ役のありえなさほどのインパクトも持たずに地味に、本作の魅力をそぎ落としていった。

しかし、第六作目において、『悪名』シリーズは奇蹟的な巻き返しを見せる事になる。そう、
21世紀に確実に70年代生まれの男性の偶像になるだろう(?)瑳峨三智子様が遂に降臨するのである。

− 2008年1月31日 −


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