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ドーン・オブ・ザ・デッド   DAWN OF THE DEAD(2004・アメリカ)
■ジャンル: ホラー
■収録時間: 98分

■スタッフ
監督 : ザック・スナイダー
製作 : マーク・エイブラハム / エリック・ニューマン / リチャード・P・ルビンスタイン
脚本 : ジェームズ・ガン
撮影 : マシュー・F・レオネッティ
音楽 : タイラー・ベイツ

■キャスト
サラ・ポーリー(アナ)
ヴィング・レイムス(ケネス)
ジェイク・ウェバー(マイケル)
メキー・ファイファー(アンドレ)
マイケル・ケリー(CJ)
リンディ・ブース(ニコール)
ドーン・オブ・ザ・デッド
スピーディーな展開がオレの思考力もぶった切ってくれる!たまにはこういう鬼ごっこ♂f画も悪くない。しかし、こういう映画ばかり見ていると確実にヤバイ作品。芸術とか娯楽とかそういった次元の作品ではなく、「何かに急かされてるかのような映像的強迫観念のみを追求した作品」。この作品をまともに語るべからず。むしろこのゲーム感覚・・・そして、この監督のゾンビ思考をただ行きずりの女(もしくは男)とのセックスを楽しむかのように楽しもう。つまり楽しめるが、その程度の作品。

■あらすじ


看護士のアナ(サラ・ポーリー)は、残業を終え自宅で夫と甘い一時を過ごす。そして、翌朝目を覚ました二人の前に近所の娘ヴィヴィアンが佇んでいた。様子のおかしい彼女に夫が近づいたと同時に首を噛み付かれ殺される。ヴィヴィアンはゾンビになっていたのだ。そして、今やゾンビとなった夫にまで襲われるアナは、すんでの所で車に飛び乗りひたすら逃げる。ん・・・どうやら街中がおかしい・・・世界崩壊のカウントダウンは始まった。


■少女が走った時点でゾンビではなくなった


ドーン・オブ・ザ・デッド
ヨーイ、ドンスタートでお願いしま〜す。


そう演出する助監督の姿が想像に難くない
<ビートルズを追いかけてたあの映画のグルーピー並み>に「走るゾンビ」がコレでもかと登場する。本来のゾンビの怖さは、そのとろさと弱さが、ひとたび獲物を捕獲すれば食い尽くす瞬発性にあった。しかし、このゾンビには瞬発性はない。この監督の清さ!彼はロメロになろうとは夢にも思っていない。恐怖の演出能力が自分にないことも知っている。

さすがに消費社会の最先端でもあるCM業界出身だけあり、明確に
「影響されやすい人だけをターゲットにする」方法でこの作品は全て作り上げられている。だからこそ、ヨーイ、ドンスタートでいいのだ!そして、ゾンビ映画は殺人マシーンに対峙する単なる人間の戦いへと転化していった。


■う〜〜〜ん。青春だよね!走れ!明日に向って!


ドーン・オブ・ザ・デッド
恐らくゾンビ映画を愛する人たちにとっては憤慨モノな作品だろう。一方、そんなにこの作品に目くじらを立てなくても「ゾンビが走ってもいいじゃない」という人々の気持ちも分かる。しかし、そもそもこの作品はロメロ=ゾンビ作品の継承でもなく、その王冠を借りて作り上げた消費映画の一つに過ぎないのだ。あまり真剣に批判するだけの価値がある作品ではない。

監督自身も旧作を2004年の解釈で作ったと抜けぬけと答えている。最もこれはただの消費社会の牽引者の方便に過ぎないのだが。それにしても、この監督が如何にマジメな人かが分かる。はっきりいってこの作品にはオリジナルに見られた遊び心が全くない。


■ゲームの国のCGが人間に成り代わっただけ


さあこのドアを開ければヨーイドンでゾンビが襲い掛かってきます。何が何でも生き延びてください。死んでも10人分の登場人物がいますのでご安心ください。


それだけの作品なのだが、ホラー映画に抵抗のある女性と見に行くと結構はまってくれる素晴らしい作品でもある。あの『ゾンビ』のゆっくりとしたテンポは、デートにはなかなか向かない。しかし、このハイテンポは、女性からあらゆる単純な感情の波を誘発させ、手を握っても強く握り返してくれる力を生む。

そうこの作品の価値は、淋しい男が一人DVDで観る時に価値を生む作品ではなく、エッチしたい女性と一緒に映画館かラブホで観る時に効果を発揮する作品なのである。ああ・・・そんな流れで男の手に落ちた女性が何千人あのゾンビベービーのような子を産んだことか・・・

主人公の感情表現もゲーム感覚なので、お粗末極まりない。人間を襲うゾンビの群れに対しても順応が早く、夫を亡くした主人公アナが、すぐに違う男に恋をしてしまう単純明快さ。
まさに1+1=2の世界観で作られた奥行きの全くない脚本である。


■オレなら間違いなくサラ・ポーリーに惚れるね


サラ・ポーリー サラ・ポーリー サラ・ポーリー
この作品における女性の扱いは、オリジナルよりも退化している。実際主役の女性以外は、セックスに励むか、ゾンビになって襲い掛かるか、ゾンビベービーを出産するか、犬を追いかけて仲間を道ずれにして自分はちゃっかり生き延びるかといった役割しか果たしていない。

ある意味鈍感な若い男には、感じられないだろうが、この作品を見た私の女性の友人達は嫌悪感を感じたという。
50年前の映画よりも女性がバカすぎという発想に。しかし、オレから言わせて貰うとその分、サラ・ポーリー(1979− )の魅力が輝いていた。

彼女のポニーテール姿・・・オレ的にはそんな彼女が活躍しているだけでこの作品はグーなんだよな。脚本自体はダイアン・レインのイメージでアナは描かれていたという。


■一人一人の人間の描かれ方は、ゾンビレベル


ドーン・オブ・ザ・デッド ドーン・オブ・ザ・デッド
本作はショッピング・モールに立て篭もる登場人物がやたら多い。「淋しがりやの若者(っていうかオレより遥かにオヤジだが・・・)」が撮ったような作品だけあって、一人一人の登場人物は薄っぺらなのだが、2、3の俳優はなかなかいい存在感を出している。主人公の女性と恋に落ちるマイケル(ジェイク・ウェーバー)と、黒人警官ケネス(ヴィング・レイムス)、そして、バート・レイノルズ似のCJ(マイケル・ケリー)だ。

こいつらの役柄の薄っぺらさを超越した存在感がなければ、この作品は恐るべき程のB級ムービーとなっていただろう。特に頼りないマイケルが結局は一番しっかりしていたというポイントと、ご都合主義的に善良で男気に満ちるCJの活躍は、そんなんマンガチックにカッコよすぎという批判はさておき、魅力的であることは事実である。


■とにかく笑ってすませてくれ!


ドーン・オブ・ザ・デッド
オープニングの10分間は最高にノレる作品である。特にサラの夫ルイスの活躍を見せ付けられてコレは間違いなく傑作に成り得るかもと期待させられた。カメラワークもサラの可愛い足のショットも全てが素晴らしかった。
そして、何よりもベン・ジョンソン並みに必死こいて疾走するルイスも・・・

救急車に轢き殺されるオヤジとあの疾走シーン、新たな獲物を見つけ方向転換する爆笑シーン、『』をモロにぱくった俯瞰ショットで町の崩壊の全体像を伝えるシーン、更にタンクローリーが給油所に突っ込み大爆破するシーンなど何から何まで新しいゾンビ・ムービーの感覚に包まれていた。

しかし、CM上がりの監督は、どうしても持続力に欠けるのだった。この10分間の勢いを緩急つけて100分間に凝縮できたならばこの作品は、一つの記念碑になりえただろう。最もこの監督は明確に興行収入を自分自身の評価と考えている監督なので、そんな次元で映画を作ろうという姿勢は全くないのだが・・・。


■ゲーム感覚の世界観が(一部の)現代人をなぜ魅了するのか?


ドーン・オブ・ザ・デッド
本作においてゲーム感覚に満ちた代表的なシーンは、プロパン爆弾をバンから投げつけて爆破するシーンだろう。まさにこのシーンに、多くの観客が求めてるモノが、凝縮されている。それは
「分かりやすさ」である。現代人は分かりやすい答えを求めて生きているのである。

そして、そんな分かりやすさに満ちた作品が、それなりの集客率を集めている。分かりやすいほどに画面狭しと満ち溢れるゾンビの海の中に投げ込むプロパン爆弾・・・その数といいその展開といいもはやゲームであり、マンガそのものだ。

そして、こんな「分かりやすい」作品ばかりを観て、キャーキャー喚いているヤツラの方が、オレにとってはどうしようもなく不気味に見えてしまうのである。これは価値観の違いではなく、価値観以前の感性の問題だろう。


■サブリミナル効果とはただの作家性の欠如


ドーン・オブ・ザ・デッド
そして、案の定始まったラストにおけるつじつま合わせ。本当にマジメな監督だ。最後まで説明しないと気がすまないのだろう。しかし、こういう何とも子供騙しなサブリミナル映像を見せるんなら、しゃきっとラストを締めくくるか、余韻を持たせて観客の手に委ねた終わり方をする方が遥かに良いのだが、これがオレより約10歳上の世代の(一部の)人間の悲しい性だ。

どこまでも丁寧に説明してしまう「正確さ」を求める世代である。ゾンビ映画こそ不確かさが似合うものなんだが。全体的にこの正確さがこの作品から恐怖を喪失させ、分かりやすさだけを置き去りにする結果を生み出したのだった。

ちなみにこの作品には、トム・サビーニ(テレビ画面に登場する保安官)、スコット・H・ライニガー(テレビ画面に登場する軍の将校)、ケン・フォーリー(テレビ画面に登場する牧師)といったオリジナル版のキャストがゲスト出演している。

本作は2800万ドルの予算で製作され、5880万ドルの興行収入をはじき出した。


− 2007年10月28日 −


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