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特攻大作戦   THE DIRTY DOZEN(1967・アメリカ)
■ジャンル: 戦争
■収録時間: 150分

■スタッフ
監督 : ロバート・アルドリッチ
製作 : ケネス・ハイマン
原作 : E・M・ナサンソン
脚本 : ナナリー・ジョンソン / ルーカス・ヘラー
撮影 : エドワード・スケイフ
音楽 : フランク・デ・ヴォール

■キャスト
リー・マーヴィン(ジョン・ライズマン少佐)
チャールズ・ブロンソン(ジョセフ・T・ウラディスロー)
ジョン・カサヴェテス(ヴィクター・R・フランコ)
ロバート・ライアン(エヴェレット・ダッシャー・ブリード大佐)
ジョージ・ケネディ(マックス・アンブラスター少佐)
リチャード・ジャッケル(クライド・ボーレン軍曹)
特攻大作戦
ベトナム戦争の雲行きがどんどん怪しくなっていく中、この作品は作り上げられた。戦争の中での男達の魅力的な姿を描きつつ、その魅力的な男達が、大虐殺に身を染めて終わっていく後味の悪さ。そうこれが戦争の本質であり、その残酷行為は実に複雑な経過の中で行われているのだ。見終わった後の「複雑な余韻」はそのもの歴史上の残酷な軍隊行為の本質そのものなのである。そういった意味においては本作は、娯楽映画としてよりも戦争ドラマとして価値を見いだせる秀作である。

■あらすじ


第二次世界大戦、ノルマンディー上陸作戦前のイギリスで、アメリカ陸軍でもはぐれもののライズマン少佐(リー・マーヴィン)に極秘命令が下った。その内容は何と死刑囚などの重罪犯である12人の兵士を率いて、フランスにあるドイツ軍の保養シャトーを襲撃する任務である。マフィアだったフランコ(ジョン・カサヴェテス)や、ドイツ語に堪能な、冤罪を主張するウラディスロー(チャールズ・ブロンソン)らくせ者死刑囚たちを一つに纏め上げていく少佐。そして、きたねぇ12人≠ヘ自由を求めて戦場へと降り立つのだった。


■男汁に本気汁がブレンド!マジに軍隊で戦ったヤツラの凄み!


アルドリッチ、ブロンソン、リー・マーヴィン、ボーグナインときたらもう男汁400%は覚悟しないといけない。そして、そういう映画が好きな人にとっては涙に咽ぶ組み合わせである。
まずはっきり言明しておこう。この作品は一本で、マンダム何十本分にも値する男臭さに満ち溢れてる作品である。

そういった点においては、最近の頼りない男にうんざりしている婦女子にとっても、「男くさい男だらけの桃源郷」の世界が保障されている。ただし、最後のシーンの描写だけは目をつぶって欲しい。この作品はアルドリッジがハリウッドの拝金主義と折り合いをつけるために、娯楽の中に巧妙に反戦的なメッセージをまぶしているので、娯楽や男臭さを期待してみていると所々戸惑わせる描写が存在するのだ。

しかし、そういった所を目をつぶれば、そこには期待を裏切らない男だけの挽歌が展開されているのである。
「そう男は女の流す涙だけじゃ生きていけないんだ!」ちなみにこのマーヴィン(海兵隊)、サヴァラスとブロンソン(陸軍)、ボーグナイン(空軍)が実際に第二次世界大戦に出征している。つまりこの作品の男臭さは、男汁に本気汁がブレンドされているので、その濃さが伊達じゃないわけなのだ。

考えてみろよ!コイツらマジで軍服着て戦ってたんだぜ!


■「リー・マーヴィンのファンだろ?・・・俺も好きなんだ」by ミスター・ブロンド


リー・マーヴィン
実質的に3人が本作の主役として扱われている。マーヴィンとブロンソンとカサヴェテスである。そして、この3人を始めとして登場する男たちがどいつもコイツもいちいち魅力的なのだ。それも狙って魅力的というわけじゃないところがアルドリッチらしいソツのなさである。

まずは12人を纏め上げるオヤジ的存在ライズマン少佐を演じるリー・マーヴィン(1924−1987)。『キャット・バルー』(1965)でアカデミー主演男優賞を受賞し、最も脂が乗り切っていた。とにかく男のダンディズムを演じさせたらブロンソンでさえもボウヤに見えてしまうくらいの格好良さである。特に後半ナチ高官の変装でシャトーに侵入した時、ドイツ語が話せないので長時間一言も言葉を発さない芝居をするのだが、表情がいちいち決まっている。

すごく犬的な顔でハンサムでもないのだが、やはり12人のヤロウをまとめるには、この男くらい男臭く≠ネいと食われてしまいかねなかっただろう。ちなみに当初ライズマンの役柄はジョン・ウェインにオファーされた。しかし、『グリーン・ベレー』(1968)を監督・出演する予定だったので受けなかったという。


■ブロンソンとカサヴェテス


ジョン・カサヴェテス チャールズ・ブロンソン
当時上昇機運に乗っていたチャールズ・ブロンソン(1921−2003)。何気に当時46歳だった。つまりマーヴィンよりも年上なのである。1968年にブロンソンは決定的なスターとしての地位を固める2本の作品『さらば友よ』『ウエスタン』に出演することになる。男臭さについては語る必要のないほど語りつくされている人なので、何も言うまい。

そして、『アメリカの影』(1959)の監督であり、当時妻のジーナ・ローランズとアルドリッチの秘書リン・カーリン主演によって『フェイシズ』を撮影していたジョン・カサヴェテス(1929−1989)。彼は本作でアカデミー助演男優賞にノミネートされたのだが、そのひねくれぶりが、いい意味でこの作品の緩急の役割を果たしていた。

彼自身はベトナム戦争について当時こう語っている。
「ヴェトナム戦争で戦い続けて、どのくらいになるだろう?そんな破壊的なことに長い時間をかけるくらいなら、もっと建設的なことを4年ばかりやれないものかなぁ?否定的な目的のためにヴェトナムで時間を無駄にするなら、同じ時間を前向きな目的のために費やすことだってできるはずだよ」


■男だらけの挽歌


特攻大作戦 特攻大作戦
上記の3人以外にも、ボーレン軍曹役のリチャード・ジャッケル(1926− )も実にいい味を出している。彼はライズマン少佐の右腕であり、12人の勘定の中には入っていないのだが、この「汚い12人」+2人の1人なのであり、最後のシャトー襲撃でも大活躍するのである。黙っていても目で表情の移り変わりを表現できる素晴らしい俳優である。ちなみに彼は2年後の1969年に、ジョセフ・コットンと共に『緯度0大作戦』という日米合作映画に出演することになるのである。こちらは軽いヤンキーを演じていた。

そして、ドナルド・サザーランド(1934− )のやる気のないへらへらぶり。やっぱりこの人、テレビドラマで何故か人気のある息子と違って、存在感が叩き上げである。一方、ジム・ブラウン(1936− )に関しては、アメフト界において伝説的なフルバックの選手なのだが、芝居に関してはレビュー作だけあって、1人だけ黒人という美味しい役にもかかわらず全く駄目だった。

それにしてもライズマン少佐の同僚・アンブラスター少佐を演じるジョージ・ケネディ(1925− )が素晴らしい。このオヤジが微笑んでる表情は、大いなる母性を感じさせる。とにかく見てくれ!
演習のシーンで一身に美味しい役どころを引き受けてるのだ。この人はこの年のオスカーを『暴力脱獄』で獲得している。

最後に戦争映画には欠かせないロバート・ライアン(1909−1973)と、アルドリッチには欠かせないアーネスト・ボーグナイン(1917− )が所々出てくるたびに画面を引き締めてくれる。ちなみに精神的にちょっとおかしい役柄を演じたテリー・サヴァラスの役柄は、当初ジャック・パランスにオファーされたのだが、辞退している。パランスはアルドリッチ監督の『攻撃』(1956)の主演を務めていた。

ヒメネスを演じたメキシコ系アメリカ人の人気歌手トリニ・ロペスは、撮影の途中にギャラの吊り上げ交渉を行い、アルドリッチを激怒させた。そして、クビになりヒメネスはパラシュート落下により早々に死ぬことになる。当初はヒメネスがシャトーを爆破する手榴弾を投げる役柄を与えられていた。


■戦争の本質を3部作仕立てにした


本作は3つのパートで構成されている。前半はライズマン少佐が死刑囚達に連帯感を叩き込み、部隊として鍛え上げていく過程を描き、中盤はこの部隊が、ライズマン少佐と折り合いの悪いブリード大佐の部隊を出し抜けるかという軍事演習の過程を描きあげていく。そして、後半はドイツ占領下のフランスに侵入した部隊がナチ高官の集まる豪華なシャトーを襲撃する物語である。

つまり、前半で「死刑囚たち」→「魅力的な男たち」に変貌し、中盤において「頼もしい男たち」へと変貌していく。そして、その変貌した結果が、後半の「大虐殺者にすぎない勇者たち」の姿だった。この見事な描写は明らかに当時アメリカが東南アジアで行っていた戦争を意識しているのである。

鑑賞者のほとんどはこの12人+2人の最終的に取った行動にやるせなくなる。そして、彼らは、元々死刑囚だったんだから根が殺人者だったのね。と思うかもしれない。しかし、戸惑う部下達に虐殺の指令を出したのは他ならぬライズマン少佐だった。

この作品の本質はここにある。戦争とは、暴走して虐殺行為に走るのではなく、ほとんどは理路整然と命令されて虐殺行為は行われているということである。そして、
その立案者はいつの時代も決して手を汚さず、手を汚さないからこそ、罪の意識もなく、問い詰められると「戦争は綺麗ごとではすまない」とのうのうとのたまえるのである。しかし、私はこう考える「そもそも綺麗ごとですまない戦争をすること自体何か意味があるのか?」

戦争における虐殺行為は、常に罪の意識なぞ感じない種類の人間によって立案されているのである。それはこの作品におけるボーグナインたち「書類屋」である。


■こういう風な中年オヤジになりたい教科書


特攻大作戦 特攻大作戦
それにしても前半の厳しい訓練を約束されたにもかかわらず、修学旅行で消灯時間を過ぎても無駄話をしている少年達のようなノンキさが非常に可笑しい。「はよ寝ろ!」と軍曹に起こられたりするところも修学旅行そのものである。

しかも、訓練中も他のヤツラの訓練を駄弁りながら座って見ているのである。この緊張感のなさがある意味面白くて、アルドリッチらしいのである。ただし、彼は不器用な人間を描くのが下手であり、どうしても作品が平坦になるのも、一過性の男臭さを描き続けてきた弊害かもしれない。

よく考えてみるとこの作品には30代以下の男性は主要キャストの中に登場してこない。アルドリッチの真実はそこにあり、彼は「男臭い」のではなく「中年の魅力と醜さ」を描くことに長けた監督だった。

しかし、そんな12人の犯罪者部隊が、中盤の演習において、その軍紀違反によって刑を科せられた背景を逆手にとって、勝利するのである。
これこそが、人生の紙一重振りと、個人と集団の勢いの違いを感じさせてくれる素晴らしい描写である。1人だとただの犯罪者。それが12人になると一つの盲点をついた賢い行為により勇者たちになってしまうのである。


■後味の良い戦争なぞ存在するわけがない


特攻大作戦 特攻大作戦
12人の荒くれもの達がライズマン大佐を中心に一列になって食事する最後の晩餐のシーン。まさにこのシーンはライズマンと12人がキリストと12使徒に見立てられている。そして、晩餐中にフランスでのシャトー襲撃の予習が繰り返されるのである。そして、その予習が繰り返されていくうちに、輸送機の中に場面転換していき戦闘は自然の流れの中開始されていく。この編集の流れは見事である。

最後の最後にスケールの大きな戦闘が用意されており、戦闘の中で約100分の間ですっかり愛着の沸いた登場人物たちが矢継ぎ早に消えていくのである。ライズマンとウラディスローがナチの高官に変装して潜り込むその展開は、いい意味で緩い緊張感に満ち溢れている。

壮絶な戦闘の末に、最後の最後にジム・ブラウンが無邪気に地下室に閉じ込めたナチ高官たちを女もろともガソリンをかけて手榴弾で大虐殺する。結果的に1人のユダ=サヴァラスの狂気によって入念に練られた作戦は破綻し、無差別虐殺が行われることになったのだが、これこそ、戦場の中で狂気に支配された人間ただ1人がどれだけ全体に影響を与えるかという良い実例である。

ちなみにこのシャトーの大虐殺シーンの25日間の撮影のために4ヶ月かけてシャトー全体を建設したという。アルドリッチは後にこう言っている
「もしジム・ブラウンが手榴弾を投げ込むシーンを撮らなかったら私はアカデミー最優秀監督賞を受賞していただろう。このシーンは議論の的になった。それは黒人に白人の男女を殺させたからである。しかし、戦争の地獄を示すためには必要なシーンだったと今も考えている」

実に皮肉なことだが、この作品は東西ドイツで当時大ヒットを記録した。さらに全米で4530万ドルの興行収入を挙げた。結果的に1967年のアカデミー賞音響効果賞を受賞し、助演男優賞(ジョン・カサヴェテス)、音響賞、編集賞にノミネートされた。アルドリッチはこの作品で稼いだ金で撮影所を買い、アルドリッチ・プロを設立することとなった。

− 2007年8月28日 −


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