HOME
■サイト内検索

■洋画
 □カタカナ順
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
 □クラシック
 □ドラマ
 □コメディ
 □サスペンス
 □アクション
 □ポリス
 □スパイ
 □犯罪
 □カー
 □ミュージカル
 □史劇
 □文芸
 □戦争
 □西部劇
 □アドベンチャー
 □パニック
 □ギャング、マフィア
 □SF
 □ホラー
 □スポーツ
 □香港
 □ドキュメント
 □アニメ
 □エロス
 □B級
 □アカデミー賞
 □カンヌ映画祭
 □ヴェネチア映画祭



■邦画
 □ひらがな順
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
 □名作
 □ドラマ
 □喜劇
 □サスペンス
 □アクション
 □刑事
 □時代劇
 □戦争
 □文学
 □パニック
 □東映ヤクザ
 □ギャング、ヤクザ
 □特撮
 □怪奇
 □ドキュメント
 □アニメ
 □エロス
 □B級
 □海外映画祭受賞
戦争の犬たち   THE DOGS OF WAR(1980・アメリカ)
■ジャンル: 戦争
■収録時間: 119分

■スタッフ
監督 : ジョン・アーヴィン
製作 : ラリー・ドヴェイ
原作 : フレデリック・フォーサイス
脚本 : ゲイリー・ディヴォア/ジョージ・マルコ
撮影 : ジャック・カーディフ
音楽 : ジェフリー・バーゴン

■キャスト
クリストファー・ウォーケン(シャノン)
トム・ベレンジャー(ドルー)
コリン・ブレイクリー(ノース)
ジョベス・ウィリアムズ(ジェシー)
戦争の犬たち
『皆殺しの雄叫びをあげ、戦争の犬たちを解き放て・・・』―ジュリアス・シーザー(シェイクスピア)
この作品は傭兵たちの物語である。しかし、見事なまでにその部分が描ききれていない。人物描写に魅力がないので、戦闘シーンも全く盛り上がらず、パインウッド・スタジオの閉塞感ばかりが目立ち、アフリカでの戦闘を見ている気が全くしない作品。物語が進行するにつれ盛り下がっていくただの駄作である。

■あらすじ


傭兵として世界中を転戦するシャノン(クリストファー・ウォーケン)は、西アフリカの独裁政権の転覆工作を依頼される。仲間のドルー(トム・ベリンジャー)たちを引きつれ、見事成功したのも束の間、依頼者は政権転覆の顛末を知る彼らを葬り去ろうとしていた。


■遥かに素晴らしい原作


フレデリック・フォーサイスの名作『戦争の犬たち』(1974年出版)を映画化した作品である。原作は傭兵と言う職業に従事する男達をダイナミズムたっぷりに描いた作品であった。それは以下の印象的な傭兵達の描写にも現れていた。

後部に座っていた5人の傭兵たちは、ライトに眼をしばたたきながら、同乗の客たちをチラッと見やった。それは今まで飽きるほど見てきた光景だった。5人とも嫌悪に胸をふたがれたが、誰も顔には表さなかった。人間はどのようにむごたらしいことにも結局慣れてしまうのだ。コンゴでも、イエメンでも、カタンガでも、スーダンでも、いつも同じことが起こり、いつも子供達が犠牲者だった。そしていつも、どうすることも出来ないのだ。傭兵たちはめいめいそう考えて、煙草を抜き出した。

フレデリック・フォーサイス(1938− )という男は、イギリス空軍、ロイター通信、BBCの特派員を経て1970年に『ジャッカルの日』をわずか35日で書き上げた。そして、その印税の全てを使って、独裁者マシアス・ンゲマの赤道ギニアに対し傭兵部隊を雇い1972年クーデター未遂を起こした。(ナイジェリアの内戦で敗れたビアフラ人に同国を与えようと言う腹積もりだった)そして、その体験を基にして作り出した作品が本作である。


■ミスキャストな主人公


クリストファー・ウォーケン 戦争の犬たち 戦争の犬たち
その体格からしてクリストファー・ウォーケンが傭兵という役柄にはどうしても無理がある。1978年の傭兵映画の傑作『ワイルド・ギース』のリチャード・バートン、リチャード・ハリスと比べてみるとどうしても、男臭さや戦場での汗のすえた臭いが感じられない。そして、相棒に扮するトム・ベレンジャーもまだ脂が乗り切っていない線が細い頃なので、『プラトーン』や『山猫は眠らない』の時のようなイイ雰囲気が全く出ていない。しかし、何よりも問題なのは監督であるジョン・アーヴィンである。この監督は『ハンバーガー・ヒル』(1987)『バッドデイズ』(1997)などという作品を撮っているが、いつまでたっても物語の盛り上げ方を知らない人なのである。

戦争を題材にする作品に最も重要な要素は、男臭さと孤独と異国情緒と緊張感である。本作品においては異国情緒(アフリカ・ロケは中央アフリカ)以外の全てが中途半端であった。

若干の救いは、イギリス人ジャーナリストを演じたコリン・ブレイクリーの見事な存在感である。彼の熱気あふれる芝居だけが本物の現地ジャーナリストそのものだった。正直シェイクスピア劇俳優である彼が、こんな芝居も出来るのかと驚かされる。

「血のにおいがしてるだろ?しかし世界中が血なまぐさいから誰も見向きもしない」
こんなセリフも違和感のないほどに見事にはまっている役柄であった。


■監督としての才覚なし ジョン・アーヴィン


シャノンが唐突に元妻に会いに行く。その行動にいたるまでの感情の推移の描写が全くないので、結局元妻ジェシーとよりを戻せずに戦場に戻るという展開も、全く説得力のないものになってしまっている。本来はすごく魅力的なジョベス・ウィリアムズでさえも本作においては、薄っぺらなストーリーラインにのっかかった芝居なので、彼女が出演する必要は感じられなかった。

戦場に嫌気を感じていたシャノンが戦場に戻っていくという大切なプロセスを描ききれないところに、ジョン・アーヴィンの限界点が指し示されている。彼は、主人公の転機を描くことが出来ない監督なのである。

トム・ベリンジャー
それにしても、トム・ベレンジャーの死に様がなんとも余韻のないものだった。せっかく美味しい死に方をしたにも係わらずこの余韻のなさはあんまりではないか?アーヴィンには申し訳ないが、彼の今までの作品で、他の作品よりも輝きを失った俳優こそあれ、他の作品よりも輝いていた俳優は1人もいないとしか言い様がない。
彼にかかると全ての俳優は地味の一言で片付けられてしまうのである。


■武器商人をスポンサーにつけて作った悪魔の作品


グレネード・ランチャー
マンビルXM−18グレネード・ランチャー。かなりいかつい殺人兵器である。クレジットでA.T.S.INCという武器販売会社の名前が出ているが、映画の中で使用してもらって実際の戦場で売りさばこうと言う魂胆だったのだろう。この姿勢にこの作品の本質が窺える。


■実在の独裁者達をモデルにしたキンバ


アベイド・カルメ デュバリエ トントン・マクート セク・トゥーレ
シャノンが暗殺することになる南アフリカのザンガロ国の独裁者キンバは原作によると、「ザンジバルのアベイド・カルメ(写真左)とハイチのパパ・ドク・デュバリエ(写真左から2番目の白髪の老人。隣は息子のジャン=クロード。19歳にして世界で最も若い大統領となり、国民を飢餓に貶めながら、本人は太りに太りまくっていた)とギニアのセク・トゥーレ(写真右)の3人を足して2で割った」ような男であるらしい。カルメは、1971年に暗殺されるまでにザンジバルで恐怖政治をしいていた。一方、デュバリエは1960年当時代世界でも5本の指に入る猟奇的独裁者である。1957年から1986年のクーデターまでデュバリエ親子が世界最恐の秘密警察
トントン・マクート(写真右から2番目。黒のサングラスを隊員たちは着用している)を駆使してハイチを支配した。そして、1958年から1984年の死去まで終身大統領だったセク・トゥーレも恐怖政治でギニアを支配していた。

そんな3人の独裁者を足して3で割るのではなく、2で割るほどの独裁者であるキンバという人物が支配するザンガロという国の恐怖が、正直本作においては全く描けていないのである。

そして、見え透いた修正をほどこしたキンバの肖像写真― ザンガロで不足していない数少ない品物の一つだった「原作より抜粋」

原作で描かれている、アフリカの貧富の歪んだ実情と独裁者の狂気が、さらりと描かれているので、ラストにシャノンが行う行動にも全くの重みがないのである。


ボブ・ドナール(1929− )とクーデター・アイランド


ボブ・ドナール ボブ・ドナール
原作者フレデリック・フォーサイスが『戦争の犬たち』を執筆するに当たってモデルにした男。(左上の写真は1978年当時のボブ・ドナール)自らを
「インド洋の海賊」と呼ぶ。フランス・ボルドー生まれ。7回結婚し8人の子供がいる。

1952年のインドシナから始まり、ジンバブエ、イエメン、イラン、ナイジェリア、アンゴラ、ザイール、コモロと言った戦乱の国で傭兵部隊を率いて転戦する。1968年から1978年にかけてガボン政府の警護隊長として雇われる。1978年から約10年間、コモロ大統領警護隊長として約500名もの警護隊員を率いていた。(アフリカ中に傭兵を派遣したりしていた。
「コモロの影の独裁者」と恐れられた)

1995年9月28日、33人の傭兵を率いてコモロに上陸し、首都モロニの大統領官邸を襲撃しジョハール大統領を人質にする。更に島の空港も制圧し、モロニの監獄の囚人(1992年のドナールによるクーデターで逮捕された仲間も含む)を全て解放し反政府軍約300名を加えるも、11月3日夜からの約600名のフランス特殊部隊とフランス外人部隊の上陸によりクーデターは失敗し投降する。(右上の写真は投降後の会見中の写真である)2006年6月にパリにて凶悪犯罪者団体結成の罪で執行猶予付き禁固5年の判決を言い渡された。現在はアルツハイマー病を患っている。

コモロ コモロ
コモロ諸島とはインド洋上にある4つの島(東京都とほぼ同じ面積)からなる人口約60万人のイスラム教小国である。別名
「クーデター・アイランド」とも呼ばれ世界最貧国の一つである。シーラカンスが近海で捕獲されることでも有名である。

19世紀末よりフランスにより植民地化、1975年独立3ヶ月後に毛沢東主義者のアリ・ソワリヒがクーデターを起こし、社会主義化するが、1978年に亡命していたアーメド・アブラダ大統領がボブ・ドナール率いる白人傭兵部隊をを率いて報復クーデターを起こし、アリ・ソワリヒは暗殺される。(写真右は処刑寸前のアリ・ソワリヒ)

以後アブダラによる独裁政治が始まるのだが、83年、85年、87年とクーデター未遂が頻発し、遂に1989年ボブ・ドナールらの裏切りによってアブダラは暗殺される。そして、ジョハールという新大統領が就任するも、経済は破綻をきたし、1995年コモロに再上陸したボブ・ドナールらにより幽閉される。これが先に書いたクーデター未遂事件である。事態収拾後、結局は1999年にアザリ大佐によりクーデターが起こり政権掌握されるのだが、未だに正常不安定な世界最貧国である。


■かくして素晴らしい小説は、つまらない戦争映画に成り下がった


重傷を負って動けない者に出会ったら傭兵として最後の贈り物を与えてやらなくてはならない。捕えられてゆっくりと殺されるよりも、すっぱり死んでいく方が本人もうれしいのだ。それが傭兵のルールであり、彼らはみな過去にそれを経験しているのだ。「原作より抜粋」

それにしても、今も昔も国際政治上の権力者が、富と権勢のために一国の運命を弄んでる事においては全く変わっていない。基本的にアメリカという国は昔から、ナチス・ドイツ以上に汚い工作を好んで行う国である。そういう姿勢が第二次世界大戦後のアフリカ及び中東政策に如実に現れているのである。

しかし、本作の最大の見せ場であるべき最後のクーデター敢行シーン。ただ単に戦略もなしに火力で押しに押して攻め落としただけ・・・という所がなんとも言いようのないセンスのなさである。あれほど丹念にクーデターを準備してこの戦略はないだろと誰もが思うシーンを飄々と撮るジョン・アーヴィンの姿をドキュメンタリーで見ていたほうがよっぽど面白そうである。そうゴキブリを素手で殺すシーンを演出する姿を見ているほうが・・・

どんなに素晴らしい小説も、その小説を映像化しようとする人々の感性一つで全く違ったものに歪められていくのである。これはまさにどんなに素晴らしい政治思想や理念もそれを行使する人間の品性により歪んでいくのとそっくりそのまま同じである。

− 2007年2月1日 −


当サイト内で使用している画像・映像キャプチャー等は、あくまで映画文化の熟成及び芸術復興を標榜する当サイトの意図により、
「映画を文章だけで云々することの不誠実さ」と「目で感じる芸術及び娯楽」である映画に対する敬意の姿勢で使用しております。よって著作権等は、全て各製作者・会社に帰属します。
画像・映像キャプチャー等の使用に関して表記の問題がある場合、又は削除依頼がある場合は迅速に応対させていただきますのでご連絡ください。
このサイトは、100%非営利に、純粋に「映画解釈の究極」を求めて運営されています。取り上げるべき作品・感想等ございましたらどんどんメールください。
当サイトはリンク・フリーです。
Copyright (C) 2007 Geijyutsu Taizen. All Rights Reserved.
Mail:webmaster@summaars.net