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燃えよドラゴン   ENTER THE DRAGON 龍争虎闘(1973・香港/アメリカ)
■ジャンル: アクション
■収録時間: 103分

■スタッフ
監督 : ロバート・クローズ
製作 : フレッド・ワイントローブ / ポール・ヘラー / レイモンド・チョウ / ブルース・リー
脚本 : マイケル・オーリン
撮影 : ギルバート・ハッブス
音楽 : ラロ・シフリン

■キャスト
ブルース・リー(リー)
シー・キエン(ハン)
ジョン・サクソン(ローパー)
ジム・ケリー(ウィリアムス)
アーナ・カプリ(タニア)
アンジェラ・マオ(スー・リン)
燃えよドラゴン
日本にブルース・リーの存在が知れ渡った時、もうすでにこの人は存在していなかった。僅か4作の主演作を残して彼はこの世を去った。「そして、永遠になった」。ブルース・リーの身体の中で蝕みつつある病が、彼の中で鬼気迫る迫真の演舞を生み出した。彼の永遠の輝きは、魂が消耗していく最後の気迫を映像の中に封じ込めた瞬間であり、1人の人間が滅んでいく瞬間に発する一つのエネルギーが芸術を生み出したのである。本作はある意味バレエの舞いであり、「デス・バレエ」である。その志の高さが作品のクオリティの低さを超越した稀有な例だからこそ、彼は「永遠の存在」なのである。

■あらすじ


少林寺拳法の使い手リー(ブルース・リー)の元にCIAから、麻薬組織のボス・ハン(シー・キエン)が三年に一回開催する武道大会に出演して実態調査してくれ、と依頼される。そして、大会の開かれるハンの島に乗り込むリーであった。そこにはリーの妹が自殺するきっかけを作ったハンの手下オハラもいた。


■ブルース・リー・スタイル


ブルース・リー ブルース・リー
ブルース・リーという神話が刻まれた瞬間である。私が生まれた時にはすでにブルース・リーは死んでいた。
実際日本で彼の作品が公開されている時には彼は死んでいた。これほどドラマティックな人間はいるだろうか?32才という若さで死んでから世界中の名声を掴み、20世紀でも10本の指に入るアーティストになったのである。彼こそが格闘技の芸術性をいち早く世界に伝えた人であり、映画スターを越えた存在である。

そして、これほどあらゆる人種の人々に影響を与えた男も地球上に存在すまい。『タクシードライバー』や『イージーライダー』のポスターには黒人は見向きもしないが、『燃えよドラゴン』のポスターには、クールだと自分の部屋に飾る程の人気を誇った。
ある意味人種を超越した存在で、アジア人で始めて世界中の人々の心を掴んだ俳優である。

燃えよドラゴン
そして、その頑固なまでに自分のスタイルを突き詰めた結果、チャップリンと同じく「永遠の存在」になり、多くの模倣を生み出しはしたが、誰一人として今だに本流を越えることのできない絶頂の極みに存在しているのである。

ブルース・リー・スタイルとは、研ぎ澄まされた剃刀であり、滅びの美学であり、肉体の躍動感、そして、筋肉のリズムなのである。筋肉が表現している=ブルース・リー・スタイルなのである。


■最後のブルース・リーの姿はオープニング・ショット


ワーナー
やっぱワーナーと言えばコレだよな?

ブルース・リー
ブルース・リーの作品がフルバージョンで存在しているのは厳密に4作である。その中で唯一ハリウッドと共同で製作した作品がこれである(ワーナー・ブラザーズ(米)とゴールデン・ハーベスト傘下のコンコルド・プロダクション(香港)の合作)。過去にブルース・リーは、アメリカのTVシリーズ「グリーン・ホーネット」(1966−67)や『かわいい女』(1969)にも出演してはいたが、そういった作品は一切香港の資本は絡んでいない。

ちなみにアメリカ時代の作品と、本作の英語版のセリフでのみブルース・リーの肉声が使用されている。ただし、怪鳥音だけは本作以外にも『ドラゴン怒りの鉄拳』『ドラゴンへの道』でもは本人の肉声である。

本作のオープニングは、全撮影の工程が終了した後にブルース・リーの要望により追加撮影されたものである。サモハン・キン・ポーとの黒パンツ一丁とオープンフィンガーグローブによる公開演舞のシーンである。とにかく異様なほどに削ぎ落とされたブルースの肉体が目に飛び込んでくる。

全てが筋肉だけまさに体脂肪率数%の領域だが、それがある種の鬼気迫る演技を超えた何かを生み出している。
このオープニング・バトルだけでもブルースのぞっとするほどの気迫が見るものの心を捉えずにはいられないのである。ある意味この出で立ちがオープニングに存在することが、クンフー映画のお決まりの価値観を180度変換させた瞬間ともいえるのである。そして、試合の内容も全くクンフーではないのである。

ところでこのオープニングでするするっとトンボ返りするシーンは、ブルース・リー自身ではなく『サイクロンZ』の悪役や『ポリスストーリー3』で有名なユン・ワーが代役している。ちなみにユン・ワーも本作でハンの島に招待された武道家役で出演している。

ちなみにブルースはこの撮影の約一ヵ月後の1973年5月10日にゴールデン・ハーベストのスタジオで、音声吹き込み中(本作は全編音声無しで撮影されている)に、昏倒し意識不明の重体に陥り、そのまま病院に運ばれ入院する。13日には退院するが、撮影中から、初めてのハリウッド映画の主役という重責もあり、過度の緊張と頭痛やなかなか取れない疲労感に悩まされていたという(そして、7月20日に急死する)。


■Don't Think! Feel!!


燃えよドラゴン
オープニング・バトルの後にロイ・チャオ演じる師匠にブルースが言うセリフがある。
「好機が訪れても私は攻撃しない。あくまで流れに従うまでです」このシーンでは、ブルース・リーの武術に対する姿勢が示されているのだが、劇場公開当時は、カットされている。

そして、その後のシーンで弟子に横蹴りをさせた後にブルースは言い放つ
「気合を入れろ!気合とは怒りじゃないんだ!」と。そして、弟子の額をぱちんと叩いて更に言うセリフがこれである。「Don't Think! Feel!! (考えるな!感じろ!)」まさにこれぞブルース・リー哲学の真髄である。

「まさに月を指差すのと似たようなものだ。指先ばかりに全神経を集中するな!その先にあるものを捉えよ!さもないと栄光は得られん」そう全ての物事は目先だけで考えていてはいけないのだ!不器用でもいいから興味のあることをこつこつと続けていく方が、要領よく目先の事柄をこなしていくよりも、望みにかなった人生が築けるものなんじゃないだろうか?継続は力である、だからこそ自分が掴みたいものに目標を設定しなければ、その継続も続かないのである。

世の男性・女性にとってこれほど普遍性ある哲学的セリフはそうそうないだろう。
我慢することのみに捉われてはいけない。本当に自分が、興味のある事柄を見つけ出し、それをこつこつと継続することが栄光を得る唯一の方法なのだと。


■今や伝説のテーマ曲


燃えよドラゴン 燃えよドラゴン
そして、「ウァタァ〜!」の怪鳥音と共に唐突に始まるテーマ曲。『ダーティハリー』など数々の名テーマ曲を作曲してきたラロ・シフリン(1932− )によるこのテーマ曲の存在は、本作においてすごく重要な役割を果たしている。
まさにブルース・リーとこのテーマ曲は切っても切れない関係であるほど素晴らしい。もうこのテーマ曲が流れるだけで血沸き肉踊るである。

ちなみに監督のロバート・クローズ(1928−1997)だが、彼は本作においてはほとんど重要な役割を果たしていない。基本的にテレビ・ドラマ上がりのクローズは現場の収拾さえもろくに出来ないほどのダメぶりだったという。それ故に多くのシーンをブルース自身が演出しながら撮影したという。

クローズは翌年、本作の世界的大ヒットを受けてジム・ケリー主演で『黒帯ドラゴン』や全くヒットしなかったユル・ブリナー主演の『SF最後の巨人』(1975)『死亡遊戯』(1978)ジャッキー・チェンのハリウッド進出失敗作『バトルクリーク・ブロー』(1980)などの監督をつとめたが、やがては静かに消えていった。


■アンジェラ・マオイズム

アンジェラ・マオ アンジェラ・マオ
それにしてもアンジェラ・マオ(1950− )演じるスー・リンが襲われるシーンの、迫力のなさ!これが従来の香港クンフー映画の緩さだった。このシーンは、意図せぬ形でブルース・リーの凄みをより一層引き立たせる効果を生み出しているのである。

ちなみにアンジェラは、ブルースの推薦で本作に抜擢されたという。このクンフー・シーンもブルースにより武術指導されているのだが、いかんせん彼女は台湾の復興戯劇学院出身であり、京劇臭さ満点の美しい型を基本とするクンフーなので迫力が生まれない。最も女性的な可憐さの片鱗は伺えなくもないのだが・・・アンジェラ・マオは1980年代に映画界を引退し、現在はアメリカでレストラン経営をしているという。

しかし、このアンジェラ・マオの生々しい切腹シーンが、多くの少年に影響を与えたのではないだろうか?私も少年期に本作をゴールデン洋画劇場かなんかで見て、
彼女のシーンで、中国娘=レイプされそうな娘という間違ったイメージを引きずってしまったものだ。しかし、今だにこのアンジェラちゃんが追いつめられる姿と表情、かなりツボだよな・・・



ブルース・リーの死


ブルース・リー ブルース・リー
― 葬儀にてスティーブ・マックィーン、ジェームズ・コバーン、チャック・ノリス ―

ブルース・リーは撮影中の『死亡遊戯』を保留にし、長年の夢であるハリウッド映画の主役の座を『燃えよドラゴン』の出演により叶えた。
そして、1973年1月8日より撮影は開始された。撮影中に様々なトラブルが重なったが、さらに撮影とは全く関係のない所からもトラブルを抱え込んでしまった。

それは3月1日に公開された『麒麟掌』という作品で、ブルースが武術指導している姿の盗撮映像が、無許可で劇中に使用された事である。それを知りブルースは激怒した。この呪われた作品『麒麟掌』はブルース・リーの幼馴染であり大親友のユニコーンという全く冴えない俳優が主演した作品である(ちなみにユニコーンは『ドラゴンへの道』にもレストランの同僚の一人で最後までブルースが強いことを信用しようとしなかった役柄で出演している)。

そもそもユニコーンのお陰でブルース・リーはアメリカから帰国後に香港で主役の作品を作ってもらえたので、その恩返しもかねて『麒麟掌』の武術指導を快諾する。しかし倉田保昭も出演しているこの作品は台湾の黒社会系の映画会社が製作した作品であり、はなからユニコーンをだしにしてブルースを売りにして利益を手っ取り早く稼ぎ出そうとした作品だった。後日このトラブルが、黒社会がブルースを殺したという一つの根拠になったのである
(ちなみに黒社会の嫌がらせで撮影のセットの近くに、殺された若い女性の死体が放置されていた事もあったという)

こういったストレスの中で1973年4月に『燃えよドラゴン』の撮影を無事終了したブルース・リーは、同月にジェームス・コバーンが『サイレントフルート』の製作企画を持って香港へやって来たのを嬉々と出迎えている。前途は揚々だった。しかし、7月5日に、ゴールデン・ハーベストの試写室でロー・ウェイ(ブルース・リー作品2作を監督した人)に暴行を働き警察沙汰となってしまう。

そして、7月20日に女優であり愛人のベティー・ティンペイの部屋で倒れ、病院へ運ばれるも、午後11時30分に急死する。そして、死の一ヵ月後の8月19日に全米公開され、世界中にカンフー・ブームを巻き起こすことになる。続く10月18日に香港公開(スキャンダルの影響もあり、公開されたブルース作品の中では最もヒットしなかった)。日本公開は12月22日からであった。そして、半年の当時ロングラン上映の末日本映画史上第2位の驚異的な興行収入を記録した。


■実は優しい人アーナ・カプリ


アーナ・カプリ アーナ・カプリ アーナ・カプリ
しかし、この船上生活者や船上売春宿の雑多で猥雑な雰囲気が、実に香港の一つの魅力を現していて魅力的である。そして、物語はハンの島へと移行していく。ちなみにこの島で、空手の胴着を着て練習している空撮シーンが写しだされるが、実際はあの場所はテニスコートである。しかもこの胴着を着ているエキストラ達の大半は黒社会の関係の人らしい。

このハンの島でのトーナメントの撮影中に、黒社会構成員(
ウ・ミンサイも含む)のエキストラの中で、ブルースに喧嘩を売るやつまで出てきたという。そして、もちろんブルースにあっさりのされたという(1973年3月15日の出来事)。

ちなみに、ハンの島で「ギフトよ」と言って、アーナ・カプリ(1945− )扮するタニアが女達をあてがっていくシーンがある。しかし、どの女も美女ばかりを集めたにしては、ちょっと疑問が残る美女の質である(アーナは良しとして)。もちろん黒社会の構成員のエキストラと同じく、ハンの側女達の多くは本物の売春婦である。何か折角007そのもののストーリー・ラインにもかかわらず、このレベルの女ばかりだとハンの権勢も大したことないなと一番感じる瞬間である。
やはり映像的に悪党の権勢を誇りたい場合は、どんなしょぼいセットであろうともその美女のはべらし具合で決まるだろう。

ちなみにこのハンの島で「どの子が好み?」と尋ねられるシーンがブルースの最初の撮影である。この時緊張でNGを連発するブルースにアーナは絶えず優しかったという。

ちなみにこのハンの島で登場するもう1人の美女メイ・リンを演じるベティ・チュン(1949− )は、台湾で有名なナイトクラブあがりの歌手である。


■本当はこの2人の一騎打ちを一番望んでいた。


ブルース・リー ブルース・リー ブルース・リー
上から撮り下ろされるブルース・リーの筋肉のはり、そして、躍動するパンチ、停止する蹴り。全てが美しくも凄すぎる。
まさに彫刻を見ているようで暴力的というよりも彼の動きは芸術的である。そして、このブルースの動きの芸術性が、サクソンは勿論のことジム・ケリーでさえも彼の前では、弱々しく見えてしまうポイントなのだろう。実は、ブルースが素人目に見ても強く感じる要素は、その行動様式の芸術性にあるのである。

燃えよドラゴン 燃えよドラゴン
しかし、何よりも不満なのは、「必殺お姫様ダッコ」のボロがブルースと一騎打ちをしなかった点である(これを見せなくて何を見せる?)。ブルースとボブ・ウォール(ブルースのアメリカ時代の友人。1970年全米カラテ・チャンプでありチャック・ノリスの愛弟子)の一騎打ちの後にこれがないと・・・

しかし、「Boards don't hit back」(板は殴り返してこないぜ)とブルースが捨てゼリフを吐きながらのボブとの一騎打ちも実に素晴らしいのである。とにかくブルースが速い上に、ムーンサルト・キックまで披露する!そして、ステップの軽やかさと後ろ廻し蹴りの鮮やかさ。さらに今や伝説となった、ボブを受け止めたエキストラが骨折した程の破壊力満点のサイドキック。

燃えよドラゴン 燃えよドラゴン
そして何よりもラストのボブを踏み殺すシーンでのこの泣きの表情。なんかこの表情すごく演歌的。そして、まさに排泄しているかのようなカタルシス満点の表情なのである。
まさにブルースといえば妹の復讐を果たし、初めてその憎しみを身体全体で表現するこのシーンだろう。このシーン、人を殺した悲しみではなく、妹の復讐を果たしたカタルシスに満ちているのである。

ちなみにビール瓶のシーンは本物の瓶が使用されており、このシーンでブルースは手首を切ってしまい大量の出血に見まわれたという。


■東洋人が映画史上初めて世界中でクールだと認められたシーン


ブルース・リー ジャッキー・チェン ジャッキー・チェン
コブラを捕まえるシーン(このシーンにおいても実際にコブラに腕を噛まれてしまう)からの一連のシークエンスで、遂にブルース・リーのクンフーが本格的に炸裂する。上半身裸でこれでもかと暴れまくってくれるのである。ちなみにこのシーンでジャッキー・チェンが後ろから羽交い絞めしようとして逆に首を折られる役で出演している(池に落とされるシーンもジャッキーのスタントである)。

そして、伝説のヌンチャクのシーン。僅か数分のシーンだが、この僅か数分が世界中の男達の東洋人に対する畏敬の念を生み出したのである。
この僅か数分のシーンが、生み出した人類史上におけるインパクトはウィンストン・チャーチルの『鉄のカーテン』演説に優に匹敵するものがあるだろう。

ブルース・リー ブルース・リー ブルース・リー
アメリカ生まれのブルース・リーが、たえず苦汁を飲んできたハリウッドを始めとするアメリカ社会に渦巻く白人上位の体質に、初めて本格的に風穴を開けた映画作品が、この作品なのである。
この作品を見て、世界中の白人男性は、東洋人に生まれ変わりたいと願望しさえしたのである。

そういった意味においては、映画の持つパワーと言うものは、そんじょそこらの政治家同士の国際協力や、国家間の文化交流よりも、明確なる尊敬と理解の一歩に近づくパワーを持ちえるのである。



■ジョン・サクソンとジム・ケリー


燃えよドラゴン 燃えよドラゴン
それにしてもボロに勝つジョン・サクソンの説得力のないこと。しかも最後は急所蹴りで勝利って、それは有り得ないだろうという展開である。しかし、なぜこれほど強さの説得力に欠けるサクソンが生き残って、強さの説得力のあるケリーが殺されたのだろうか?
実は脚本においては、ケリーが最後まで生き延びサクソンが死ぬ予定だったが、サクソンのエージェントが圧力をかけ、役柄を入れ替えたという。

本作最大のミスキャストと誰もが考えるのがローパーを演じるジョン・サクソン(1935− )なのだが、50年代デビュー当時は「第2のトニー・カーティス」として売り出されもしたのである。その後イマイチぱっとせずこの頃はB級映画に出演していたのだが、
そのへっぴり腰の後ろ蹴りにも関わらず、実はカラテの黒帯保持者なのである。

燃えよドラゴン 燃えよドラゴン
ちなみにウィリアムスを演じるジム・ケリー(1946− )は1971年全米中量級のカラテ王者である。このばりばりに決まったアフロヘアーにもみ上げ姿は、この作品に登場する男性陣の中でも群を抜いての格好良さだろう。そして、このアフロヘアーを見つめるサクソンの視線がつい気になってしまう。ジムはこの後1975年にプロのテニスプレイヤーになり、現在はカリフォルニアでプロのテニスコーチをしている。


■シー・キエンとの一騎打ち


燃えよドラゴン 燃えよドラゴン
乱闘シーンになだれ込むのだが、このシーンのブルースは明らかに何かにとりつかれている。とにかく蹴りのコンビネーションが尋常ではないほどしなやかで非現実的なのである。
それにしても黒服が一斉に逃がされて戦うシーンで、上半身裸のブルースが画面の右端で武術指導している姿がさりげに写っている所はなんとなく微笑ましい。こういうのも映画的楽しみである。

燃えよドラゴン 燃えよドラゴン
そして、シー・キエン(1913− )演じる鉄の爪を付けたハンとの8000枚の鏡を使用した鏡の部屋での最終決戦。このシーンの音楽は強烈に不気味に幻想的である。そして、
ブルースの身体に刻み込まれる四条の血の雨が美しく。それを舐めてペッと吐く姿なぞ身震いするほどの格好良さである。

それにしてもこのシーンの映像的センスだけは、文句なしに素晴らしい。ガラスに囲まれた部屋での死闘。オーソン・ウェルズの『上海から来た女』(1947)からアイデアを得た(ロバート・クローズの妻考案。っていうかクローズはどこまで他人任せなんだ?)と言われているが、それを遥かに越えた70年代的インパクトに満ちた名シーンである。

シー・キエン シー・キエン
ちなみにシー・キエンはこの頃は高齢でクンフーに冴えはないが、幼い頃から武術を学び、蟷螂拳、羅漢拳、番子拳、朝元拳などの北派少林拳の達人である。しかし、この人を見ているとかつてのフィリピンの独裁者マルコスを思い出してしまう。彼は英語を全く話せないので口パクであったが、ブルースがこの人しかいないとハン役に推薦したという。


■ブルース・リーは伝説に


燃えよドラゴン 燃えよドラゴン
元々のタイトルは『Blood and Steel』『Han's Island』『The Deadly Three』のどれかで考えられていたという。しかし、香港を舞台にした東洋らしさを出すべきだと言うことでおなじみの原題にすることに決定した。本作は北米だけで2500万ドルの興行収入を上げ(1973年11月全米No.1)、全世界で9000万ドルの興行収入をあげた。しかも、3ヶ月足らずで完成した上に製作費はたったの85万ドルだった。

1974年日本の男たちは、『燃えよドラゴン』のブルース・リーと『仁義なき戦い』の文ちゃんに熱狂した。異常なほどに熱い年になったのである。しかし、ふと考えるのは、もしブルース・リーの吹き替えを神谷明でしたならばどうなるだろうか?と・・・もちろん「アチョー」は「アター」で。大ヒンシュク物だろうが、ある意味面白くないかい?

− 2007年7月3日 −


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