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エヴァの匂い   EVA(1962・フランス)
■ジャンル: ドラマ
■収録時間: 117分

■スタッフ
監督 : ジョセフ・ロージー
製作 : ロベール・アキム / レイモン・アキム
原作 : ジェームズ・ハドリー・チェイス
脚本 : ヒューゴ・バトラー / エヴァン・ジョーンズ
撮影 : ジャンニ・ディ・ヴェナンツォ
音楽 : ミシェル・ルグラン

■キャスト
ジャンヌ・モロー(エヴァ)
スタンリー・ベイカー(ティヴィアン)
ヴィルナ・リージ(フランチェスカ)
ジョルジョ・アルベルタッツィ (ブランコ)
エヴァの匂い
ファム・ファタール=運命の女であるが、それは悪女では実はなく、男性を再生させてくれる女という意味であることが実感できる。この冷酷なまでに男に無力感を感じさせるエヴァによって、いかに多くの男性達が涙を流しながら、自分自身の価値観を根底から覆し、再生したことか、この作品は現代にも通じる「聖女伝説」である。

■あらすじ


イタリアのヴェネチア。そこに1人の小説家がいる。名前はティヴィアン(スタンリー・ベイカー)。彼は美しい婚約者がいるにもかかわらずエヴァ(ジャンヌ・モロー)と出会い、その魔性の魅力の虜になってしまうのである。


■ジャンヌ・モローの魅力とは


ジャンヌ・モロー ジャンヌ・モロー
本作が製作されるきっかけは、ジャン・コクトーの一言だった。「いつかスターになったら、映画でこの役を演じるなさい」と『悪女エヴァ』(1945)の本を渡してくれた。そして、スターになったジャンヌ・モローは最初にジャン=リュック・ゴダールに監督を依頼したが、製作サイドがゴダールの作風を嫌がったので、次にモローはジョセフ・ロージーを推薦した。そして、映画化されることになった。

このジャンヌ・モローという女優の魅力は、一言で言うと存在感自体が恐ろしいほどに女優と言うことである。申し訳ないが日本の多くの女優に欠けている点が彼女には備わっているのである。外見の美しさよりも、外見の存在感、一過性の美しさよりも多面的な美しさ、潤んだ目の美しさよりも目の動きの力強さ、性的に女性というよりも動的に女性である所、そして、何よりも徹底して女優な姿。

ジャンヌは言った。「女優である私にとって、映画作りは一つの愛の形なの。そして、一緒に仕事をしたいと望んだ中でもっとも素晴らしい人たちが私に魅力をかんじてくれたのは、とても幸運だったわ」


■ジョセフ・ロージー


監督ジョセフ・ロージー(1909−1984)はウィスコンシン生まれのアメリカ人である。しかし、彼は本質的にヨーロッパ的なものに惹きつけられる人だったらしい。戦争前の長期の渡欧で、ブレヒトやセルゲイ・エイゼンシュテインと交流を持ち、帰国後共産党に入党した。1950年代の赤狩りで、イギリスに亡命することになり、以後二度とハリウッドで映画を撮ることはなかった。

代表作は『召使』(1964)『唇からナイフ』(1966)『暗殺者のメロディ』(1972)等である。彼はルイ・マル監督の『恋人たち』(1958)を見てフランス映画を崇拝するようになり、この主演女優をずっと一緒に映画を撮りたがっていた。

ジャンヌ・モローは後に、ロージーのことを色にたとえれば「黒と白」と言った。ちなみにトリュフォーは「青か緑」、アントニオーニは「黄」、ウェルズは「赤」ブニュエルは「紫」とたとえた。


■曇った窓ガラスをふき取る美しい手先


ミシェル・ルグラン(1932− )のおしゃれなジャズとヴェネチアの白黒映像を背景にジャンヌ・モローが登場する。この女優の登場のさせ方のこだわりように、当時のロージーのジャンヌに対する深い感情が感じられる。くもった窓ガラスを手で拭き男の顎に指をはわせるその仕草。そして、その複雑な表情。

この当時モローは34歳なのだが、とにかくこの冒頭の仕草と醜い表情のギャップがいい。冒頭から期待を裏切ってくれているところが素晴らしい。「ファム・ファタール=悪女(運命の女)」映画の最高峰と言われている本作がどうして、その女性の一番醜い表情から始まるのか?これこそロージーの真骨頂なのである。

ロージーはハリウッドの男性的権威主義がいかに、女性的なものに対する恐れから生まれているのかを感じ取っていた人である。だからこそ彼は女性を崇拝し、
男性は女性よりも本質的に劣るものだと考えていた。いや正確に言うと男性的なものは女性的なものに劣ると。

だからこそ、彼は女性経験の少ない男性が考えるような、もしくは少女マンガ的な発想のファム・ファタールではなく、現実的なファム・ファタールをチェイスの原作とモローの魅力を借りながら表現していく決意をしたのである。


■無言でドアを開けフランチェスカの写真を見せる


ジャンヌ・モロー ジャンヌ・モロー
ティヴィアン(スタンリー・ベイカー)が別荘に帰ってくると、そこに嵐の中無断で入り込んでいたエヴァ(ジャンヌ・モロー)と連れの年配の男がいた。美しい婚約者フランチェスカ(ヴィルナ・リージ)がいるにもかかわらず彼は、エヴァと一夜を過ごしたいと考えた。

大金を今までつぎこんだのだから、エヴァと今晩一夜を過ごすと言い張っていた年配の男を追い出し、エヴァにティヴィアンが迫るときに「女の客はめったにこないんだ」と誠実さを装った後に、無言でドアを開け、バスルームに飾ってあるフランチェスカの写真を見せるエヴァが震えるほど格好良い。

その後のエヴァの姿はこの作品の中でも一、ニを争う美しさである。「バカな男」という表情をちらっと見せながら、くるりと一回転してドアを閉めるこの瞬間の表情こそがエヴァの魅力なのである。

男性とは、常に女性に対して、母性愛をくすぐれるものと期待しすぎであるが故に、エヴァのようなタイプの女性にかかれば、骨抜きにされていくのである。エヴァは旧約聖書の「アダムとイヴ」のイヴのフランス読みであり、イヴにそそのかされ禁断の果実を食べたアダムは、共にエデンの楽園から追放されることになるのである。


■「世界中で一番好きなものはなんだい?」「ラルジャン」


ジャンヌ・モロー
エヴァを求めて、アルファ・ロメオ・スパイダーを走らせるティヴィアン。このカヴリオレなかなか格好いい車である。そして、ようやくエヴァとデートにこぎつけたティヴィアンが言うせりふが
「世界中で一番好きなものはなんだい?」である。エヴァは「ラルジャン(お金)」と即答する。

エヴァは一切自分の心を相手に対して開かない女性である。だからこそ、対比的に鏡が映像上に頻発する。
誰に対しても心を開かないエヴァという女性の生活は、一見豪華なモノに囲まれているが、その実一人で夜に寝タバコ、深酒と共に過ごす淋しい女なのである。

女性が本作を見ていて、仕草や表情の格好良さは認めるが、よく見ると
「ファム・ファタール」とは、幸せを放棄した女性の持つ魔性ではないかと感じるのではないだろうか?自分の幸せを放棄した女性は、自分の手にするもの全てを孤独と絶望の淵に引きずりこんでいくものである。

だからこそ男性は、排泄願望の強い生き物なので、もっともっと私の中の感情の全てを無残に打ち砕いてくださいと、心の中で吼えてしまうのである。エヴァは、男性の持つプラスの願望からマイナスの願望に変えてしまう。
そこらへんがファム・ファタールの所以である。


■「君は変わった女性だね?」「ウィ」


エヴァの匂い
「まだ11歳だったわたしを・・・」から「信じやすいのね」のエヴァ=ジャンヌ・モローの表情の変化が実に素晴らしい。11歳の時にレイプされたという深刻な話を聞いて、深刻な表情をするティヴィアンに、信じやすいのねと言って笑顔を見せるこの表情。この芝居は並ではない。

そして、エヴァのアパートメントでティヴィアンは言う。「君を僕のものにして幸せにしてあげたい」。
男性から父性愛をよみがえらせる女性こそファム・ファタールなのである。

かく言う私も20代後半にこういう女性に惹きつけられた経験がある。彼女の外見は、かなり美しいのであるが、躁鬱の女性だった。外見の美に対しては人一倍気を使っていた彼女は化粧品も何百と持ち、かなりの美貌にもかかわらず顔の細々とした整形に心血を注いでいた。そんな彼女の仕草が恐るべき程、このエヴァそのものだった。

窓を開ける仕草、髪を両手で上にかき上げる仕草。そして歩き方。私にとってその仕草はやがて何かを演じている鎧を被っているかのような重苦しい仕草に感じられた。一年ほど付き合ってから、何回かよりを戻した上で、今はもう別れて数年立つ。

最近の女性誌における勘違いの傾向として、ご大層にこうすれば格好いい女になれますなんて連載している人たちがいるが、私から言わせれば、「そういった他人の言葉に左右されない女性が一番格好いい女」だと感じる。そういうのを読んで格好良くなりたいや、私の意見を聞けば格好良くなれるという人が、一番格好悪く思えるのである。

仕草は内面が伴ってはじめて格好のつくものである。内面の伴わない見せ掛けだけの格好良さはマネキンのように不恰好だ。


■幸せにして見せて、でも恋はしないで


エヴァの匂い
エヴァはそういってティヴィアンと初めて体を交わす。セックスが終わり、満足感に水槽を背にまどろむ
ティヴィアンの顎を、エヴァは白い小さな足先でつんつんとする。もうこのシーンなんかを見てしまうと、100%駄目である。もちろん、自分もこんな女にこうされたい願望が芽生えてくると言う意味での駄目である。

黄金の七人』(1965)でも言及したことだが、男性の願望の中で揺るぎない一つの願望として、女性の足先にかしずきたいという願望があるのである。顎をちんちんと足先でしてくれる女ってかぎりなく理想である。そして、この瞬間にティヴィアンは魔法をかけられてしまったのである。この映画で最も充実感溢れる表情はこの瞬間である。

ちなみにエヴァのアパートメントにある装飾エッグのコレクションはジャンヌ・モロー自身のコレクションである。


■ヴィルナ・リージの美しさと醜さ


ヴィルナ・リージ
エヴァとの情事を終え、ティヴィアンが別荘に戻るとそこには美しい婚約者フランチェスカがいた。演じるのはヴィルナ・リージ(1937− )である。本当に美しい女優で、イタリア出身である。代表作は『女房の殺し方教えます』(1965)くらいだが、実は『バーバレラ』(1968)では彼女が結果的に断ったので実現しなかったが、彼女が主役で考えられていたのである。ずっと60年代以降は低迷していたが、『王妃マルゴ』(1994)で見事カンヌ国際映画祭主演女優賞を獲得する。

このフランチェスカが、実はこの物語の重要な部分を担っているのである。つまり、誰が見ても魅力的なフランチェスカを裏切ってまでなぜティヴィアンはエヴァを追い続けたのか?それほどエヴァは魅力的なのか?と言うことである。答えはノーである。

ではなぜ?その答えはフランチェスカの世界とティヴィアンの世界が、全く噛みあってない部分にあるのである。フランチェスカは映画関連の仕事で将来を嘱望されている。実力で華やかな地位を築いた女性である。一方ティヴィアンは死んだ兄の小説を盗作し、華やかな地位を築いたのである。

つまり他力本願であるティヴィアンは、エヴァと良く似た世界=世界観で生きていることに気づいたのである。だからこそ盗作の話もエヴァには打ち明けるのである。もしフランチェスカに打ち明けたとしても、いつかは自分が捨てられることは目に見えているので、打ち明ける気はないのである。

フランチェスカは誠実な女性であるが、冒頭のパーティーのシーンを見ても分かるように、その場の空気に飲み込まれやすいタイプの女性である。だからこそティヴィアンのような男に惚れたのだろうし、瞬間的に自殺を図ってしまったのである。

それは愛の深さ故の自殺ではなく、感情の誠実さ故の自殺なのである。つまり、その愛情と言う感情が冷めればすぐに彼の元を離れていくことをティヴィアンは知り尽くしているのである。だからこそ、余計に彼はエヴァを求めたのである。ティヴィアンも実はエヴァ的なのである。


■ピエール・カルダンとビリー・ホリデイ


ジャンヌ・モロー
突然炎のごとく』の撮影を終えた後に、ジャンヌ・モローはピエール・カルダン(1922− )と出会い、5年間の交際が始まる。それまではシャネル一色だったモローがカルダン一色になった。そして、本作においてもピエール・カルダンのサングラスから全ての衣装にいたるまでカルダンで統一されている。

音楽にはビリー・ホリデイが使用された。この選曲のきっかけは、ロージーが作品の打ち合わせにジャンヌのブルターニュの別荘に訪れると、暖炉のある部屋でジャンヌが、山と積まれたビリー・ホリデイのレコードに囲まれ座っていたことだった。二人ともホリデイ好きだった。ちなみに当初は音楽は、マイルス・デイビスで考えていたと言う。

ベッドの上や、散歩をしているエヴァが読んでる本はビリー・ホリデイの自叙伝『レディ・シングズ・ザ・ブルース』である。


ビリー・ホリデイ(1915〜1959)



本名。エリノラ・フェイガン・ゴフ。ジャズ・ヴォーカル史上最高の歌手の一人。10代の父母の間にフィラデルフィアに生まれる。のちに父親に捨てられた母親は売春をして生計を立て、エリノラを親族に預けた。やがて母親に引き取られるが、1926年に40代の男にレイプされる。1929年には母と一緒に売春行為で逮捕されている。

1935年からビリー・ホリデイとして本格的に売れ始めるが、当時のアメリカの黒人差別の中では彼女が正当な評価を受けるのはかなり努力が必要だった。1939年『奇妙な果実』が大ヒットを記録する(この曲の奇妙な果実とは白人にリンチされ木にぶらさがる黒人の死体という意味である)。

1940年代は麻薬中毒状態の日々であった。彼女は1941年に結婚するが、その夫によって麻薬の味を覚えこむことになる。1945年母の死によりますます薬漬けに。1947年に遂に大麻所持により逮捕され9ヶ月間刑務所に服役。入所記録には「異常に知能指数が低い」と記載された。

1950年代は麻薬とアルコールの影響で声域も狭まり人気も下落した。1959年肝硬変と心臓疾患で死亡する。ビリーは、楽譜は読めなかったが、ジャズ歌唱のひとつの新しい形を作った。奔放なフレージングと全身全霊を傾ける歌い方である。しかし、私生活の男運が悪くかなりの面食いだったという。そのため付き合う男は中身は最悪のギャングや麻薬常習者ばかりだったという。


■ヴェネチアの一流ホテルならいいわよ


なかなか相手にしてくれなくなったエヴァをつけまわすティヴィアンの元に突然電話がエヴァからかかってくる。「今すぐに来て!」と言われ、婚約者フランチェスカをほっぽらかして飛んでいくティヴィアン。「ヴェネチアの一流ホテルならいいわよ」と言ってヴェネチア最高級のホテル・ダニエリに滞在する二人。ここで初めてティヴィアンは自分が亡き兄の小説を盗作したことをエヴァに告白するが、告白する相手が間違っていた。

ティヴィアンに「私に払うお金は?」と言うエヴァ。そして、怒って出て行くティヴィアン。このシーンこそ明確なるファム・ファタールと言うものを物語っている。誇大なる表現をすると
「ファム・ファタールとは、誰にも愛される価値のない内面に反して、外観的魅力を持つ女性の、その性格の悪さに、惚れこむ様な男性を見つける能力を兼ね備えた女性」ということである。


■エデンの楽園から追放されたアダム


エヴァの匂い
エヴァを断ち切るために、フランチェスカと結婚したティヴィアンは、よりによってカジノで再会したエヴァを自宅につれて帰る。そして、アルコールの勢いでベッドに忍び込もうとするも拒絶され、リビングで一人やけ酒で倒れこむようにして眠っていた。やがて、フランチェスカが仕事を終えローマから帰ってきた。

エヴァがベッドルームに入っていったときには
存在しなかったマザッチョの『楽園追放』(1425−1427頃)の模造画が、フランチェスカがベッドルームの前でエヴァを見てショックを受けるシーンでは急遽存在するのである。そして、フランチェスカは自殺する。まさにこの突然現れる絵画の存在が、アダム=ティヴィアンの楽園追放の瞬間を表しているのである。


■あなたは男の恥よ


ジャンヌ・モロー
平気で他人を傷つけられるからこそ、彼女は一人ぼっちであり、お金かペット(彼女の場合は猫)しか一緒に存在できなくなるのである。
逆の立場で考えてみよう。ホテル・ダニエリに一人ぼっちで滞在する空しさは、エヴァにとっても相当なものであるはずである。

この作品は、実は『エヴァの悲劇』でもあるのだ。それは男を傷つけることによって、少なくとも自分が愛に振り回されずに、幸せに生きていけると勘違いしたもうそれほど若くない女の生き様である。そう、エヴァのアパートメントに転がる男達からの貢物は、死骸に過ぎず彼女からはその悪臭が漂うのである。

そして、その悪臭にエヴァも気づいているのである。だからこそ、そんな悪臭漂う自分に、寄り付いてくるティヴィアンだからこそあなたは男の恥よなのである。決して上からモノを言ってるのではなく同等のレベルで冷たく言い放っているのである。

ここからが本作の重要な点である。実は本作はティヴィアンの破滅ではなく再生を描いた作品なのである。ティヴィアンはフランチェスカとあのまま結婚生活を続けていたところで、本を書く才能なきゆえに不幸になった可能性が極めて高いのである。

しかし、エヴァの出現によりただのぐうたらで、嘘つきで、女好きなこの男の自尊心が、エヴァによって打ちのめされたことにより、その経験を乗り超えることによって、彼は本当の小説家になれるくらいの苦悩と繊細さを手に入れたのだった。つまりアダムはイヴによってエデンより追放されたが、その破滅によって新しいものを得ていくのである。


■スタンリー・ベイカーの過小評価


スタンリー・ベイカー(1927−1976)は、イギリスのウェールズ出身で、デビュー当時は悪役が多かった。代表作は『トロイのヘレン』(1955)『ナバロンの要塞』(1961)『ズール戦争』(1963)『アラン・ドロンのゾロ』(1974)である。かなりの酒豪で同じウェールズ出身で同じ先生から演技の勉強を受けたリチャード・バートンとは大親友である。1976年にはナイト受勲される(サーの称号)。彼自身、社会主義的で反核運動にも積極的だった。実生活においては1950年に結婚した妻と家庭を守る良き父であり、ティヴィアンの役柄とは全く違った人だった。

そういった点をふまえてスタンリー・ベイカーを見ると本作の惨めな男の芝居は、ジャンヌ・モローに匹敵するほど素晴らしかったのである。ちなみにロージーとは4回仕事をしている。『狙われた男』(1959)『コンクリート・ジャングル』(1960)『できごと』(1967)と本作である。

ベイカー自身はロージーについて「彼が一番私を芝居に没頭させ、いい部分を引き出してくれる監督である」と絶賛している。


■エヴァの成功


本作にはハーディー・クリューガーもブランカ役で出演する予定だった。ちなみにロージー(冒頭のハリーズ・バーの客)やヴィットリオ・デ・シーカがカメオ出演している。撮影自体は主役二人とロージーの相性は良かったが、イタリア人スタッフとロージーの間は何度も撮影の中断を余儀なくされるほど関係が悪化した。さらに最終的には製作者二人によって独断で編集されたので、国ごとにさまざまな公開バージョンが存在することになった。

ちなみに本作を見てフランソワ・トリュフォーはのちに生まれた娘にエヴァと名づけた。

− 2007年5月20日 −


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