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デッドコースター   FINAL DESTINATION 2(2003・アメリカ)
■ジャンル: ホラー
■収録時間: 90分

■スタッフ
監督 : デヴィッド・リチャード・エリス
製作 : クレイグ・ペリー / ウォーレン・ザイド
脚本 : J・マッキー・グルーバー / エリック・ブレス
撮影 : ゲイリー・カポ
音楽 : シャーリー・ウォーカー

■キャスト
アリ・ラーター(クレア・リバーズ)
A・J・クック(キンバリー・コールマン)
マイケル・ランデス(トーマス・バーク刑事)
トニー・トッド(ミスター・ブラッドワース)
キーガン・コナー・トレイシー(キャット)
デッドコースター
前作『ファイナル・デスティネーション』よりも、全てにおいてパワーアップしたことは認めるが、見終わった30分後にはほとんど何も残らない暇つぶしに最適な作品。いかに殺すか?という一点に集中して「死をゲーム感覚」で描いたよくあるタイプの作品である。

■あらすじ


ハイウェイで、大事故に巻き込まれる白昼夢を見たキンバリー(A・J・クック)は、道路をバンで閉鎖することによって後続の本来大事故に巻き込まれる予定だった8人を救うことになる。しかし、「死ぬ運命」は止められない。一人、また一人と生き残った人々が残酷な死の運命から逃れられない状況を、キンバリーは、一年前の180便事故の唯一の生存者クレア(アリ・ラーター)と共に阻止しようとする。


■カタルシス満点のハイウェイの大事故シーン


デッドコースター
冒頭のハイウェイの大事故シーンはなかなか見ごたえがある。とにかく見事に死が連鎖していくのである。そして、それぞれ殺害されるシーンも、ホッと一息させておいてやっぱり死ぬという、
「セーフ」やっぱり「アウト!」パターンで殺されるシーンが、ジェットコースターに乗っているかのように緩急小気味良く展開される。

まさにジェフリー・ダーマーが一人殺すごとに殺し方が手の込んだものになってきたように、本作も前作よりも更に手の込んだ殺し方になっている。つまり殺しのエスカレーションである。ある意味本作を見ている人の多くは被害者の立場よりも死神の立場で殺しを楽しんで見ているのである。


■いい女優に成長してほしいアリ・ラーター


デッドコースター デッドコースター
前作の生き残りクレア・リバーズ(アリ・ラーター)が、ブロンドヘアーに魅惑の変身を遂げて再登場する。本作での彼女はマイタイプなのでよかった。やはりこういう娯楽映画には、男性にとって魅力的な女性、女性にとって魅力的な男性、ゲイにとってかわいい男の子の存在は絶対重要である。

しかしアリ・ラーターという女優はある意味ミラ・ジョボヴィッチやニコール・キッドマン系のルックスの美女である。なかなかこの人は化ける可能性があるかもしれない。ただし、本人にドラマを演じる気があればの話だが、ダイヤの原石かもしれない。



■相変わらず志しの低い作品


「生き残るのは死んでも無理」う〜〜ん、日本劇場公開においてのこのキャッチコピーは、なかなか良い。しかし、本作を見ていて気づかされたのだが、前作も本作においても逃れようのない「死の連鎖」に対しての登場人物の絶望的な感情が見ている側に全く伝わらない点である。

意図してかどうかは分からないが、CGゲームのような世界観の中、
「死のご都合主義」で物語は進んでいき、登場人物も表面的な感情しか表現しない。この人間性の欠如が、本作の死に方を楽しむと言う点においては効果を挙げているのだが、息子を失った母親や、恋人を失った女性、次は自分の番だと恐れおののく人の描写の気薄さが、本作を遊園地のアトラクションのようなレベルにまで引き落としていることは明確である。

結局のところ本作の作り手がCGのようにかなりドライだと言うことである。
感情は気薄に、殺害方法は濃厚になのである。


■ビジュアル思考がホラーを退化させた


デッドコースター
最近の映画の傾向として、ビジュアル的なショック描写で、見ている側をびびらせると言う描写が多い。つまりショック=おばけ屋敷のような描写が多い。これは明確に、
感情の構築が出来ない脚本家が増えていると言うことである。しかし、本当に魅力的なホラー映画は、感情の構築により後に残る怖さを秘めた作品なのである。

基本的に偶然の一致といった符号的なものを強調しすぎると答えのある計算式の中を歩いているだけのつまらない作品になってしまうのである。描写の構築がショック映画とすれば、感情の構築が真のホラー映画なのである。つまり描写の構築をしているからこそ、本作は一過性の娯楽を与えることに成功をしているが、その成功の代償として、全く後に残らない人間味に欠ける作品になっているのである。

− 2007年6月10日 −


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