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ドラゴン怒りの鉄拳   精武門 / FIST OF FURY(1972・香港)
■ジャンル: アクション
■収録時間: 100分

■スタッフ
監督・脚本 : ロー・ウェイ
製作 : レイモンド・チョウ
撮影 : チェン・チン・チェー
音楽 : ジョセフ・クー

■キャスト
ブルース・リー(チェン・チェン)
ノラ・ミャオ(リー・エー)
橋本力(スズキ)
ジェームズ・ティエン(ファン)
ロバート・ベイカー(ペトロフ)
マリア・イー(イェン)
ロー・ウェイ(刑事)
ドラゴン怒りの鉄拳
1974年空前のブルース・リー・ブームの中、ブルース・リー主演作品第三弾として公開された作品。映画の中に一つの新しい概念が注入された瞬間。そう「ホンモノを魅せる才能」を昇華させた男ブルース・リー。東洋人に憧れなかった西洋人や黒人さえも虜にした男。30年以上も経った今でもブルース・リーはスクリーンの中で躍動し怒りに震え続けている。彼は一級の武道家だけでなく、魅せ方を研究した芝居の求道者でもあった。スーパーヒーローと呼ぶに相応しい男の姿がココにはある。

■あらすじ


1908年上海。大日本帝国による介入がますます激しくなる中、一人の青年チェン(ブルース・リー)が戻ってきた。急死した彼の師匠の葬儀に参列するためだった。そして、実は日本人スズキ(橋本力)の経営する道場の差し金により師匠が毒殺されたと知るチェンは、結婚を約束した師匠の娘リー・エー(ノラ・ミャオ)に背中を向け、復讐の為に単身道場に乗り込むのだった。


■ヒーローは速やかに肉体から解脱し永遠となった


ブルース・リー ブルース・リー
この男は何故今の20代、30代のオトコを惹き付けて止まないのだろうか?間違いなく私たちが生まれていたときにはこの男は存在していなかった。しかし、この男はいまだに存在している。

今テレビや映画を観ていても出てくる同世代の男たちは、自分らしさなぞ持っていないように見える。みんながみんな目の前のものにしがみつき、「女性にもてる」「金を手にする」「知性をひけらかす」そんな次元でしか生きていないのが易々と分かる。
社会の自由がなくなり、他人に対する攻撃のみが閉塞感の捌け口になり、テレビに映し出されるものは全て欺瞞に満ちており、人間本来の感情さえも抑圧されている傾向にある現在の日本。

そんな風潮を敏感に感じるからこそ今の20代、30代の男性・女性の間で70年代以前の映画やテレビ、音楽、文化、藝術に対する追求心が高まっている。そして、70年代初めに現れ消えていったブルース・リーは間違いなくそんな私たちにとって象徴的な存在の一人である。

神秘性があり、神話性があり、計算しているのか暴走しているのか分からない個性があり、彼の生き様には躍動感があった。まさに降臨したかのように現れ、十字架に架けられたかのように消えていったその存在感が、人生に躍動感を求め始めているこれからの世代である我々を惹き付けて止まないのである。


■くだらん政治的思想を飛び越えブルースは中華民族の英雄になった


この作品には、清朝末期に中国を占領しようとした日本を始めとする列強諸国に対する怒り以上に、そんな列強諸国の奴隷と化した中国人自身の性質に対する怒りがある。そして、製作当時(今も)の中国共産党という新たな王朝に対する怒りのメッセージも秘められている。当時の中国は文化大革命真っ盛りに混乱に満ちていた。

ブルース・リーの姿は、歴史上踏みにじられてきた中華人民の姿そのものだった。王族に踏みにじられ、地元の権力者に踏みにじられ、他民族に踏みにじられて来たその歴史。だからこそ、本作は華僑が点在する東南アジアにおいて爆発的なヒットを生み出した。

毛沢東も周恩来も蒋介石も糞くらえだ!<uルース・リーこそが中華民族の誇りなんだと。
そして、権力者の願望も空しく、史上最初に世界各地に点在する中華民族の英雄になった人は彼だった。


■始まりはいつものロー・ウェイだった


ドラゴン怒りの鉄拳 ドラゴン怒りの鉄拳
オープニングからロー・ウェイ色丸出しのやる気のないテロップが画面上に登場する。やけに力の入ったナレーターの声も空しいほどの、才能の欠けらもないロー親爺の手抜きテイストたっぷりの晴天の青空の静止画と共に物語はココに始まる。

ブルース・リーの映画に対する愛情が、ロー親爺の手抜きっぷりと衝突し、奇跡的に生まれた傑作。それがコノ伝説・・・映画史上に燦然と輝く名作の誕生だった。洗練されていない親爺が、ハンサムな青年に出会い、一瞬若い女を虜にした瞬間・・・完全にブルースの助言と存在感がなければこの作品はいつもとおりのダメダメクンフー映画のはずだった。

ドラゴン怒りの鉄拳
ブルース・リーが上下白の中国服姿で登場する。たとえ建物の入り口で滑って転びそうになっても長廻しが続き、スコップで背後からどつかれる冒頭までは、間違いなくつまらないロー親爺らしい作品の一つに過ぎなかった。


■いいねぇ。この何故かソソるオープニング・コーラスは


ドラゴン怒りの鉄拳 ドラゴン怒りの鉄拳 ドラゴン怒りの鉄拳
胡散臭さ満天のオープニング・タイトル曲の格好良さ。「あ〜あ〜あ〜あ〜〜」と悲愴感たっぷりの男女混声コーラスによる大袈裟に扇情的な曲調が何とも70年代テイストで嬉しい
(しかも所々音飛びする所が)。あまりにも印象的過ぎて今やブルース・リーと言えばモエドラのテーマ曲よりもこっちを連想するくらいだ。しかもこのタイトル・デザイン・センスがかなりマカロニ・ウエスタン的。ちなみに音楽を担当したジョセフ・クーは後に『男たちの挽歌』(1986)の音楽も担当している。

そして、誰よりもオレが今だ最高に美しい女性とあがめるノラ・ミャオ(1952− )ちゃんの登場と相成る。後に出てくるピノコ・カット(「ブラックジャック」の主役の女の子)よりも冒頭の髪型のノラちゃんの方が断然カワイイ。

しかも隣にいるスタイルのいいお姉さんは、前作『ドラゴン危機一発』のヒロイン、マリア・イーだ(特別出演扱い)。この人にモエドラのアンジェラ・マオを加えて当時、嘉夭三大玉女と呼ばれていた。
『ドラゴンへの道』のノラちゃんもタカピーな感じで最高に良かったが、本作の可憐な乙女っぷりもかなり良い。


■ウェイ・ピンアオ・・・ツボだよなコイツは


ドラゴン怒りの鉄拳 ドラゴン怒りの鉄拳
とにかく70年代のクンフー映画と言えばイヤミキャラだよな。後にディーン・セキ、コレではウェイ・ピンアオ(『ドラゴンへの道』でも同じような役柄を)。コイツがとにかく憎たらしくて面白い。

「北斗の拳」の小悪党ばりにブルース・リーの横っ面を「オラオラ」とツンツンする仕草の憎々しさ。いつか殴られるぜ≠ニいう期待感を観客に持たせてくれるコイツのうっとおしさは一度観たら忘れられない(芝居では憎たらしいオヤジだが、実際はかなりイイ人らしい)。ちなみに上の写真でロー・ウェイが演出してる時のブルースの表情の方がリアルに切れそうで怖い。


■伝説の八人蹴り。そして、怪鳥音とヌンチャクの初登場


ブルース・リー ドラゴン怒りの鉄拳
そして、爆発するブルース・リー。この魅力なんだよなブルースの魅力は。後先関係なくブチ切れる堪え性のなさ!東映仁侠映画における高倉健の魅力に似ているようでいて似ていない。その違いはまさにブルースの触れば切れてしまうような肉体全体から発散される異様な緊張感から生まれている。

ブルース・リーの表情は静であればあるほど切れる寸前の緊張感に満ちており、しかも切れてしまったら最後もう誰にも止められない爆発力がある。
この迫力の前では、人形を振り回していようとヌンチャクを振り回してる時と同様の異様な説得力が生み出される。

パンチとキックの素早さが精製されるその引き締まった隆々とした肉体。摺り足の一挙手一投足の緊張感。ブルース・リーはクンフーとパントマイムを見事に融合させた人だった。
チャップリンがパントマイムを媒介して笑いの本質を伝えようとしたのに対し、ブルースはパントマイムを媒介し強さの本質を伝えようとした。

だからこそ、後に筋骨隆々の見栄えのいい役者が世界中に登場するが、誰も彼を超えられないのである。彼
は強さの本質を肉体的強さだけに安易に求めず、手振り身振りをその独特の感性によって誇張させ一つの領域に高めたのである。


■ヌンチャクと怪鳥音が、世界中のオトコの野生の本能を呼び覚ました!


ブルース・リー ドラゴン怒りの鉄拳
そして、強さの表現の究極の領域ヌンチャク<Vーンが始まる。この二本の棒を持った瞬間の緊張感。一つの鎖によって磁石のように引き離し引き寄せあう二つの棒がブルース・リーの肉体の上を弾けていく様の美しさ。まさに究極の強さを具現化した瞬間である。

まさにブルースが戦いの化身・阿修羅と化した瞬間である。そして、道場師範ヨシダと一騎打ちする。とにかく今の次元で考えても体のキレが異様に凄い。ちなみにヨシダを演じているのは中国人の俳優フォン・イーである。

ドラゴン怒りの鉄拳
そして、渚まゆみと室田日出男の名札が掛かる壁を殴り道場から立ち去っていくブルース。ちなみにこの道場シーンでユン・ピョウが投げ飛ばされ、ジャッキー・チェンの姿も見える(周辺でオドオドしている役柄)。


■反日的ではあるが、日本人の本質を捉えてはいる


犬と中国人入るべからず


この作品がアジア全域で大ヒットした背景にあるのは、経済大国になりつつあり、アジア人に対する優越感が高まりつつある日本に対する反発であった。犬のフリをしたら連れて行ってやるぜという日本人(ユン・ワー)に飛び蹴りを食らわし、2メートルちょっとある標札を蹴り上げ破壊する。
その姿は、日本に差を広げられつつある中華民族(及び他のアジア人)の苛立ちそのものだった。

しかし、この作品には、ある意味島国の民である日本人自身が戒めないといけない本質的な性質が描かれているのではないだろうか?
閉鎖的で差別的で、お上意識が強く、上にへつらい下には強いという今も根強く存在する本質的な部分が描かれていないだろうか?

フェミレスで働く友人の女性が、若い子でも凄い命令口調でオーダーすると言っていた。一方、居酒屋で働く友人の女性もしっかりした年恰好のビジネスマンが、上司らしき人と来る時は丁寧だが、部下らしき人と来る時は凄く横柄だと言っていた。


■妄想を逞しくさせるノラちゃん


ノラ・ミャオ ドラゴン怒りの鉄拳
一転して健気にクンフーの練習を繰り返すノラちゃんの姿が映し出される。体の動きがいちいち健気なその姿。そして、敵が押し寄せて来た時に戦うその姿の弱っちさがまたたまらない。しかし、本場のチャイナ戦闘服姿のノラちゃんを見てしまうと悦っちゃんのクンフーものを当分見る気がしなくなる。そして、戦いが終わり、都合よくマリア・イーも今までそこにいたかのような表情で登場する(さすがロー・ウェイ)。

この作品のメリハリ・・・それは二種類の戦闘シーンにより生み出されている。ブルースの戦うシーンとそうでないシーンの違いであるが、それは武術指導者の違いそのものだった。ブルースの戦わないノラちゃんの戦闘シーンでは、ハン・インチェ(前作『危機一発』のラスト・ボスであり、本作の裏切り者の執事)が武術指導を担当しているので従来っぽく迫力に欠けている。一方、ブルースの戦うシーンは本人が武術指導しているので異様な迫力がある。この明確な格の違いが本作に良い影響を与えている。

ここからしばし甘ったるい展開へと物語は誘導されていく。ブルースとノラちゃんがしみじみ語り合うシーンのピアノの音色の美しさ。ブルースの手の上に手を這わせるノラちゃんの艶めかしいこと艶めかしいこと。『ドラゴンへの道』を観ても妄想してしまうのだが、ノラちゃんって結構スケベな感じがする。

しかし、そんなノラちゃんよりもオレの視線を釘つけにしたのは、ブルースがおやすみの手をして眠りにつこうとするシーンである。おちゃめすぎだろ?


■犬の肉を喰らって、ノラちゃんの唇を奪う伝説のシーン


ドラゴン怒りの鉄拳 ドラゴン怒りの鉄拳 ノラ・ミャオ ノラ・ミャオ
師匠の墓の前に腰かけ、四足動物(たぶんホンモノの犬?)を焚き火であぶり食べるブルース。その肉も凄いが、墓の前で平然と食事する(そしてキスもする)神経は民族性なのだろうか?そういえばシドニーで中国人の綺麗な女性がリンゴを丸かじりしていたので、冗談でちょっと頂戴?と言ったら何のためらいもなくちょっと食べさせてくれた上に、オレが食べたところも普通にかじっていた。

やはりこの食べ物に関する感覚は一種独特なのかもしれない。どんなにおしゃれな子でも食事に対しては不衛生極まりないし、そのギャップが一時オレを虜にしたものだが・・・。「中華料理自体が不衛生を前提に作られてるから」気にならないと中国人の友人は言っていたが・・・。

そして、伝説のブルース・リー唯一のキスシーンへと突入する。しかも、恩師の墓の前で何の違和感もなくかなり濃厚に・・・。


■かつては幻だった温泉芸者のお座敷ストリップシーン


ドラゴン怒りの鉄拳 ドラゴン怒りの鉄拳
徹底的に評判の悪い温泉芸者のお座敷ストリップシーン。オレ的にはなんか東映のエロ路線ぽくて一息つけるシーンである。最もブルースの作品は全てエロ描写が挿入されている。しかし、1974年に日本で劇場公開された際にはこのシーンはカットされた。

一方、ブルースは人力車夫、白髪の老人、電話の修理の兄ちゃんに変装する。まさにピンク・パンサー顔負けのベタベタな三変化。特に圧巻は瓶底眼鏡姿のブルースのヘラヘラ笑い。一方、警察署長の役柄で何気にロー・ウェイが出演している。さすがに役者あがりだけあって、芝居は出来てる。


■その魅力は、容赦なく≠ノ尽きる


ドラゴン怒りの鉄拳 ドラゴン怒りの鉄拳
いよいよ最期の決闘へとなだれ込んでいく。この作品はどういう形を取ったにせよ袴を逆向きに履いたにせよ戦いを通じての異文化交流だった。この作品の面白さはクンフー映画に日本文化、金髪外人を登場させたところにある。あらゆる意味において、当時としては日本人の敵役、金髪外人の敵役がクンフー映画に登場することは斬新だった。

まずはヨシダとの再戦である。もうコノあたりのブルースの表情が怒りに満ちていて最高にいい。しかも怒りに反動して動きも異様なまでの強弱に満ちている。
まさにブルースがロー・ウェイに期待せずに、自分自身の力で観客を終盤のカタルシスへと導いていた。

ドラゴン怒りの鉄拳 ブルース・リー
そして、ロシアン・マフィアのボスであり武道家のペトロフとの死闘。扮するロバート・ベイカー(1939− )は、アメリカ時代のブルースの弟子だけあって動きの相性も抜群に良い(『ドラゴンへの道』にも悪漢の一人として出演している)。ちなみにコイツの英語のセリフの吹き替えはブルース自身によるものである。本作において、怪鳥音とペトロフのセリフのみがブルースの肉声である。

ドラゴン怒りの鉄拳 ドラゴン怒りの鉄拳
このペトロフとの死闘の寸前に本作に登場している二人の日本人の一人勝村淳扮するボディガードがブルースと対決している。秒殺されるのだが、見事な一本背負いでブルースを投げる。実際にこの勝村淳という人は昔プロレスラーをしていただけあって、この背負い投げによってブルースは人工芝の下はコンクリートという場所に叩きつけられ、数日間撮影が延期される事態に至ったという。

ペトロフとの死闘は、後世に残るブルースのイメージが頻発する。スローで拳法の構えが映し出される幻想的なクンフー・シーンを始め、腕ひしぎ逆十字をくらい噛んで逃れたり、金的を攻撃したりする不思議なユーモア(アメリカ人はこの描写をドライ・ユーモアと受け止めている)溢れるシーンなどである。

この死闘の描写こそがブルースの独特さである。
ただ戦うだけでなく、強さの押し売りでもない、でも確実に見ているものに浸透させるホンモノの強さ。「戦いは攻防戦で観せるのではなく間の芝居で見せる」これがブルースの本領である。顧みて他のクンフー・スターはこの領域のアクションをする余裕がない。だからこそブルースは別格になる。彼には余裕があり余裕をもてるだけの強さがあった。それが他のクンフー・スターとブルースを隔てる厚い壁である。


■ブルースと共に二人の日本人俳優も伝説に・・・


橋本力 ドラゴン怒りの鉄拳 ドラゴン怒りの鉄拳
スズキとの最期の死闘!ヌンチャク対日本刀の果てに、凄まじい飛び蹴りで必殺の一撃を喰らい吹っ飛んでいく(ジャッキー・チェンのスタント)スズキ。間違いなくその空中姿勢の美しさは世界中の人々の度肝を抜いたはずだ。

クンフーの美しさは実に映画的である。クンフーは、破壊力はなくともその速さと姿勢の様式美によって映画的な価値を持った。一方、空手はその破壊力ゆえの鈍重さと合理性を持って、映画的な価値を一切持たなかった。今だ『ベスト・キッド』以外にろくな空手映画が存在しない理由もそこにある。

このスズキ役は実際に橋本力(1933− 、元プロ野球選手)という日本人の役者が演じている。彼は『大魔神』三部作で大魔神を演じた事で有名な役者である。前出の勝村共々勝プロに所属していた時に、ブルース・リーが来日して勝プロに二人の日本人俳優の出演オファーをした。そして、勝新太郎によって何も分からぬままに本作出演を決定されたという。
当時香港映画は日本でほとんど公開されず、ブルース・リーも全くの無名だったので二人の心境を考えると大変興味深い。

いきなり香港に飛ばされ、ストーリーも教えられぬ中わけの分からないクンフー映画に出演した二人。やれやれ終わったと二週間後に帰国して、それから二年後に巻き起こる空前のブルース・リー・ブーム。二人ともさぞかし驚嘆したことだろう。当初このスズキ役はブルースの友人の倉田保昭にオファーされていたがライバル会社のショウ・ブラザーズに所属していた為実現しなかった。さらにサニー千葉にもオファーは出されていたという。


■ブルース・リーのイメージそのもの・・・


ドラゴン怒りの鉄拳
そして、銃を構えた警官隊の前に怪鳥音を発しながら凄まじい跳躍力で飛び蹴りを放つ瞬間銃声と共に映像は停止し、映画は終幕を告げる。
ブルースが永遠のシンボルへと昇華した瞬間がそこにあった。そして、このラスト・シーンで我々は思い巡らせる。

ブルースは何故我々の心を捉えて離さないのか?それは彼の存在自体が「悲劇的」だからではないだろうか?ハリウッドで成功し、これからという時に不慮の死を迎えたブルース。彼の永遠の輝きはまさにその悲壮感溢れるイメージから生み出されているものではないだろうか?

かつて昔の哲学者が言った
「悲劇に包まれた終焉を迎えることは、並みの人間には出来ない偉業」と。

当初ロー・ウェイは史実通り逃げ延びる結末にしようと考えていたが、ブルースがそれに反対した。そして、結局はブルースの意見が通り、最後に死ぬ結末になった。


■1974年日本中がブルース・リーに熱狂した!


ドラゴン怒りの鉄拳
本作はブルース・リー主演第一作目の『ドラゴン危機一発』の成功を受けて10万香港ドルで製作された。1972年3月に香港で封切られるや否や436万香港ドルの興行収入を上げる大ヒットとなりその年の興行収入第二位に輝いた。ちなみに第一位はブルース・リー主演第三作目の『ドラゴンへの道』だった(530万香港ドル)。

そして、日本ではブルース・リーの一周忌にあたる1974年7月20日に公開され、その年の洋画興行収入第四位(6億円)を記録する大ヒットとなった。ちなみに同年公開された『燃えよドラゴン』は洋画興行収入第二位(16億4200万円)を記録した。

本作をもってブルースとロー親爺の関係は悪化し、第三作目「冷面虎」主演を辞退しコンコルドプロダクションを設立した。

− 2007年11月20日 −


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