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復活の日   (1980・角川春樹事務所/東京放送)
■ジャンル: SF
■収録時間: 158分

■スタッフ
監督 : 深作欣二
製作 : 角川春樹 / 岡田裕 / 大橋隆
原作 : 小松左京
脚本 : 高田宏治 / グレゴリー・ナップ / 深作欣二
撮影 : 木村大作
音楽 : 羽田健太郎 / テオ・マセロ

■キャスト
草刈正雄(吉住周三)
オリヴィア・ハッセー(マリト)
ボー・スヴェンソン(カーター少佐)
夏木勲(中西)
ジョージ・ケネディ(コンウェイ)
復活の日
「その頃呉で昌三は・・・」というナレーションばりに欣二お得意のコロコロ変わる場面転換が、世界規模で繰り返される。キャッチコピーは「愛は人類を救えるかっ!」南極から本栖湖まで、国境を越えた愛の果てに・・・バブルが生み出したその勢いに乗って作り上げられたものは、それ程悪いものではなかった。素晴らしい主題歌と南極を映し出すカメラ。この二つが映画とは別の次元で突出し、結果的に映画本体にも「まっ・・・悪くねえんじゃねェ〜の?」という求心力を生み出した。

■あらすじ


1982年の秋。人類は死滅した。南極大陸に863人の人間を残して・・・一体なぜこんなことに?事の発端は一握りのウイルスだった。そして、今大地震の余波で、アメリカの戦略核兵器が自動的に発射されようとしていた。ターゲットはソ連。もしソ連に核兵器が落ちれば、直ちにソ連の自動報復システムによりアメリカ全土と、アメリカの秘密基地がある南極にまで核兵器が投下される事になってしまうのだった。世界は二度滅ぶ!そんな事態を阻止するために吉住周三(草刈正雄)とカーター少佐(ボー・スベンソン)はホワイトハウス地下にある戦略核兵器の基地に侵入するのだった。


■ジャパン・アズ・ナンバーワン


バブル景気の勢いに乗って、まさに「ジャパン・アズ・ナンバーワン」的勢いで作り上げられた作品。バブル景気が日本人の根底を腐らせ、その世代を経験した若者が現在の少年少女の親の世代になっていることが、この国の末期症状の根源である。しかし、あの時代の異常な熱気がまた、面白いものを生み出してくれたのも事実である。

この作品は「ただ単に、金にあかして金儲けだけを狙い作った作品ではない」。その明確な理由は、角川映画独特のメディアミックス方式(テレビ局とタイアップして、宣伝を活発にし、さらに小説、マンガ、主題歌といった感じでその世界観自体を商売につなげていく方式。
2008年現在においてつまらない映画を生み出す原因≠ノなったクソッタレ映画製作方式≠ニして認識され始めている。)は置いておくとして、基本的にエログロさで勝負をしなかった点にある。

本作には、ベッドシーンもなければ、残酷な殺害シーンも殆どない。そして、全体的にその志しはかなり高い姿勢で製作されている。この角川春樹の製作姿勢は、素直に評価すべきだろう。やろうと思えば、ナース服姿の多岐川裕美をエロく脱がせ、オリヴィア・ハッセーが、ベッドで童貞水兵君に『青い体験』を決め込むシーンを映画に組み込めたのである。


■80年代から始まる英会話ボケを先取りしたような作品


太平洋戦争で敗北した日本人が、ジャパン・マネーにモノを言わせてハリウッドの俳優を雇用する側に立って、独自に超大作を作り上げた。まさにこの作品は
「日本の復活の日」だった。角川春樹という御曹司の息子は、数本の映画製作の成功により、ココで狼煙を上げる決意をした。

映画に芸術性を求めないビジネスマン角川春樹は、小松左京という映画化するのが最も難しいと言われるジャンルを題材に選び、深作欣二と新しい日本映画界の夜明け作りに取り掛かったのである。

『復活の日』この作品から日本映画の世界的な復活が始まるはずだった・・・しかし、結果的に日本映画の復活はなかった。
なぜなら日本人が頑張って英語を話す映画を観たいと思う観客なぞ誰一人いなかったからである。

ジャニス・イアンの英語の主題歌。英語を流暢に話す主人公。
この作品は、80年代から加速する英会話コンプレックスを先取りしたかのような作品だった。「ユー・アー・ラブ」「ライフ・イズ・ワンダフル」・・・その響きに対して、海外で生活した事のあるものなら直ぐに思うはず。この英語のセンスはクサすぎると。


■文句なしに素晴らしい主題歌


復活の日 復活の日
しかし、なんぼ腐そうともこの主題歌の音色の美しさには抗しようがない。どんなに嫌いになろうと思ってもやっぱりいい曲。これがジャニス・イアンの「ユー・アー・ラブ」である。

この作品の勝因は、
ジャニス・イアンと木村大作によるものであると言っても差し支えないだろう。それくらいオープニングの主題歌と映像のコラボレーションが美しすぎる。「南極に着く頃はクリスマスだ・・・」からテロップが流れ出す瞬間に流れ出すメロディー・・・これがこの作品の素晴らしさの全てである。

ちなみにこの主題歌だけを聞かされた深作欣二は「こんな曲調がこの作品に合うのか?」と、当初は疑心暗鬼だったという。そして、いざ映像に合わせてみたらこれが文句なしにぴったりだったのである。


■モーターボートで2人っきりのオレと多岐川裕美


復活の日 復活の日
日本の滅亡を描いていく過程で登場する多岐川裕美(1951− )、緒形拳、丘みつ子。イタリア風邪で死に絶える人々。病原菌が密集する病院という場所に、そんな事を100も承知で、病院の前に並ぶ列に加わらざるを得ない人々の終末的な姿。そういった描写が見事に描かれてるわけではないが、国会議事堂前に集結する自衛隊や死体を燃やす自衛隊員などの姿がそんな終末観の一端を描き出してはいる。

緊張感に極めて欠ける日本の描写においての最大の見所は、多岐川裕美のナース服だと期待してはいけない。実際、段々と病んで行く表情は結構真に迫っており、コスプレを楽しむ心情よりも、ちょっと汚いなあといった感想を観るものに与えてしまう。
多岐川裕美 多岐川裕美
特に母を失った子供と共にどこに行くともなくモーターボートで東京湾を南下しながら睡眠薬で死んでいく姿は、なんとも容赦のない死への描写だった。
もっともオレ的にはこんな姿(写真上)で裕美ちゃんが、ラストシーンでハッセーの代わりに走って来てくれても十分オッケーだったのだが・・・

それはともかくとして、あのモーターボートのシーン。あんな子連れ狼メイクの裕美ちゃんでも、当時のオレはあの子供ぐらいの年齢だったので、もし本当にあんなことが起こって、
ナース服姿の裕美ちゃんに拉致られ一緒に心中させられてもオッケーかなと妄想したりもした。


■ハリウッド俳優に、本気で芝居させた深作の凄さ


復活の日 復活の日
本作の特筆すべき点としてよく挙がるのが、
「日本人の監督が、ハリウッド俳優にまともな芝居をさせた」点にある。この作品以前の日本映画における外国人の描写はどれも違和感のある浮き上がった存在だった。(『男はつらいよ/寅次郎春の夢』(1979)のような描写)

それがこの作品においては、グレン・フォード、ロバート・ヴォーン、ヘンリー・シルバ、ジョージ・ケネディ、ボー・スヴェンソンといった役者に、(手抜きをさせずに)ちゃんとした芝居をさせているのである。これほど多くの名優にこれ程の芝居をさせた例は、邦画において後にも先にも存在しない。

この5人についてはとかく日本では過小評価されがちだが、フォードは1978年に『スーパーマン』に出演。ヴォーンは1978年にエミー賞助演男優賞を受賞。シルバは2年後の『シャーキーズ・マシーン』で注目。ケネディはこの頃も名脇役として引っ張りだこ。スヴェンソンも前年に『ノースダラス40』で活躍といった風に、いずれも第一線で活躍中の名優を集めている。

「もう少し時間があったら<}イヤー博士の最後の言葉だ」グレン
「人類はこの言葉を繰り返しそのたびに文明は滅んだ・・・歴史を忘れたものだけが過ちを繰り返す」ヴォーン

ちなみに本作でアメリカ合衆国大統領を演じたグレン・フォードは、翌年1981年大統領に就任したロナルド・レーガンの大親友であり、当時大統領を目指していたレーガンから大統領役のアドバイスを受けたという。


■トビー!ユー・アー・ノット・アローン!


復活の日
昭和基地につどうは、主役の草刈正雄(1952− )と、『戦国自衛隊』撮影中のサニー千葉と夏木勲、そして、渡瀬恒彦。更に森田健作、永島敏行という豪華さだった。やがて草刈と夏木以外はフェイドアウトしていくのだが(サニーのみがクリスマス・パーティーに無言で参加)、そんな面々を戸惑わせた迷シーンがこれである。

少年の名前はトビー・アンダーソンまだ5歳。少年がニューメキシコから発した通信を傍受したのは渡瀬兄貴。少年が送信スイッチを押したまま話し続けるので、渡瀬達の声が聞こえない。「ボクはひとりぼっち。ここにピストルがある。これで自殺するよ」と言う昇天発言に、「トビー!ユー・アー・ノット・アローン!」と叫び続けるが・・・

やがて銃声が響き渡る。5歳の少年がピストル自殺・・・マジかよと呆れてしまう展開である。しかも「空に向って撃ったんですよ」と慰めの言葉をかけたモリケンも、逆に渡瀬兄貴の鉄拳制裁を受ける始末だった。
(もっとも5歳の少年が拳銃自殺する時に、送信スイッチを片手で押したまま、片手で銃を持って自殺できるのかという疑問も生じるのだが・・・)


■あっさりと慰安婦にされてしまう8人の女性


草刈正雄
「女性が人類の最も貴重な資源になったのです」

南極で生存した人間863人中女性は8人だったという設定も凄いが、それ以上に凄いのは、その8人の女性の中に一人たりとも中高年の女性は存在しないことだった。男は、禿げたオヤジがワンサカいたのに・・・

そして、男は『ドクター・ストレンジラブ』並みの不気味さで語り始めるのである。人類存続が最優先事項であるだからエッチさせろと。しかし、ココで冷静な紳士であるオレは純粋な疑問を持った。

1.別に855人も男がいるなら自由恋愛させて、(何人かの)愛する男の子を産ませて種の繁栄をすれば済む話ではないのか?
2.何か起こったときに女性が妊娠していたら、むしろ生き残る可能性は低くならないか?
3.結局は、男の性欲の捌け口のために女に男の相手をさせるのか?しかし、855人が8人の女性をめぐって性欲を解消していたら、3ヶ月に一回しかセックスできない計算になり、欲求不満な男が女を独占しようと逆に醜い争いは起きやしないか?


オレ的にはどの角度からどう考えても、8人の女性に、無差別に男の相手をしなさいという道理が成り立たなかった。多分855人のうちには50人くらいホモもいるだろうが・・・


■ボー・スヴェンソンが渋いぜ!


復活の日
本作で儲け役だったのが、ボー・スヴェンソン(1944− )が演じたカーター少佐の役柄だろう。196pとかなりの巨漢の役者であり、一昔前の日本人がイメージするアメリカ人そのものの、粗野だが、実は情に厚いという役柄を演じている。草刈を雪の中で殴り飛ばすシーンの男臭さに痺れない男はいないだろう。

実際は生粋のアメリカ人ではなく、スウェーデン生まれの彼は、10代の頃両親と共にアメリカに移住してきた。そして、1959年から65年にかけて米海兵隊に所属し、ベトナム戦争にも出征経験している(もっとも60年から63人にかけて明治大学に留学しているが)。

実際のスヴェンソンは、柔道でオリンピック代表強化選手に選ばれたこともあり、武術の達人ではあるが、一方、海兵隊退役後UCLAで勉強していた事もあり、ちゃっかりした性格も持ち合わせており、本作においてギャラのアップなどの不平不満が最も多かった役者だったという。



■勘違い馬鹿なハリウッド女優のクビを切れ!


オリヴィア・ハッセー オリヴィア・ハッセー マリリン・ハセット
忘れてはならないのが、(SONY製のモニターを配するアメリカの秘密基地ではなく)本作のヒロイン・オリヴィア・ハッセー(1951− )である。当初マリト役には『ひとりぼっちの青春』(1969)『ミーン・ストリート』(1973)の
マリリン・ハセット(1947− 、写真右端)がキャスティングされていた。

清純派女優として行き詰まっていたこともあり、男性のトラブルなどで散々な状況の中、次第にハリウッドでいい役が貰えなくなっていた彼女は、精神状態がボロボロのまま本作に参加した。そして、アラスカの撮影で水に入ることを拒否したマリリンに、深作がぶち切れ、その場で解雇されてしまい、ハッセーの登板となるのだった。

この作品で解雇されて以降マリリン・ハセットは目立った活躍もなく、次第にスクリーンから消えていった。一方、ハッセーは、その可憐な持ち味を生かし、見事にマリト役を演じ上げた。オリヴィア・ハッセーの存在が、この作品のグレードを形上とはいえ一ランク上げたのは、紛れもない事実だろう。


■人類は数十人になり、自然の復活の日は始まった


復活の日 復活の日
ワシントンから延々と南下していく吉住。これは推測だが、南下するにあたって通過する国は、メキシコ、グアテマラ、ホンジュラス、ニカラグア、コスタリカ、パナマ、コロンビア、ペルー、チリのルートだろう。その距離は、東京からシドニーの直線距離よりも遥かに遠い。

そんな距離を数年(約4〜5年)かけて放浪する吉住。しかも途中で
マチュピチュ遺跡にまで観光するそのふてぶてしさ。そんな中廃墟と化した教会で、実に味わい深い骸骨との無言の対話を経て、ピンポイントでチリの最南端で生息するマリト達の下にたどり着くのである。

そして、本栖湖で抱き合う2人。この作品の特徴でもあるが、セリフのない自然の中の人間の描写がなかなか素晴らしい。そして、恐らく数年間沈黙の中放浪していた吉住は、マリトと抱き合い涙を流しあいはしたが、精神は孤独を求め自然の中に同化していくことになるだろう。

バブル景気の真っ只中に作られたこの作品の、本質にあるものは、「人類の再生の姿」ではなく「人類崩壊後にやってくる地球の再生の姿」だった。


■オール本栖湖ロケでリメイクされるかも


1964年に発表された小松左京の原作をもとに、本作は約1年の撮影期間をかけて、南極、北極近郊、カナダ、アラスカ、ペルー、フォークランド、アメリカ、日本等で撮影された。製作費約24億5000万円。当時クーデターにより世界から孤立していたピノチェト軍事政権の全面協力のもと、潜水艦と輸送艦を借りることに成功した。このチリの潜水艦(原子力潜水艦ではないが)が使用できたことが、本作に一種の魔法を与えた。

潜水艦の内部の撮影は、カナダ海軍の協力のもとカナダの潜水艦を使用して行なわれた。当初、角川春樹はジョン・フランケンハイマーに監督を望んでいたといわれる。結果的に1980年邦画興行収入第二位の23億7000万円の大ヒットを記録するが、製作費、宣伝費を合わせると赤字だった。

そして、『VIRUS』というタイトルで再編集されアメリカで公開されたバージョンも全くヒットしなかった。この作品以降、角川は薬師丸ひろ子、原田知世を主軸にしたアイドル路線に転換していく。結果的にこの作品は角川超大作路線の最後の日≠ニなった。

しかし、昨今のリメイク・ブームに乗り本作がリメイクされたなら、(今だテレビにすがりついている人々に)人気のある(アイドルや)俳優まがいを男女の主役に据えて、オール本栖湖&北海道ロケで、NOVAで働いていた(今は職にあふれてる)外人を100人くらい集めて、安っぽいCGを連発して作られるだろう。

テレビでは番宣、雑誌には提灯記事が羅列され、あの『日本沈没』リメイク版のような全国で5人くらいしか劇場で金払って見てなさそうな作品が出来るのが関の山だろう。

− 2008年2月1日 −


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