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ガス燈 GASLIGHT(1944・アメリカ) | |||||
| ■ジャンル: サスペンス ■収録時間: 114分 ■スタッフ 監督 : ジョージ・キューカー 製作 : アーサー・ホーンブロウ・Jr 原作 : パトリック・ハミルトン 脚本 : ジョン・ヴァン・ドルーテン / ウォルター・ライシュ / ジョン・L・ボルダーストン 撮影 : ジョセフ・ルッテンバーグ 音楽 : ブロニスラウ・ケイパー ■キャスト イングリッド・バーグマン(ポーラ) シャルル・ボワイエ(グレゴリー) ジョセフ・コットン(キャメロン) アンジェラ・ランズベリー(ナンシー) メイ・ウィッティ(ベシー) |
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■あらすじ 19世紀のロンドン。ポーラ(イングリッド・バーグマン)が14歳の時に大歌手だった叔母アリス・アルキストが殺害された。この事件をきっかけに叔母の邸宅からイタリアに移り住み、ポーラは歌手を目指すようになった。やがて10年の時が経ち、作曲家のグレゴリー(シャルル・ボワイエ)と恋に落ち、結婚することになる。そして、彼の希望によりロンドンの(叔母が亡くなった)邸宅で新婚生活を送ることになる。しかし、ポーラの周りで奇怪な出来事が起こるようになり、次第に精神を病んでいくポーラだった。 ■1944年のガス燈が照らし出すあなたの影 氾濫する情報化社会は、「自らを鋳型にはめ込む人間」を多く生み出していった。我々がよく目にする「〜すれば成功する」と書かれたいわゆるマニュアル本の氾濫が、生み出したものは、まさしく「自分の目で見たものよりも、本で読んだことを信用する」人たちだった。 周りの雑音に耳を傾けすぎて、自分の素顔を晒すことが恐くなり、色々な流行の仮面をつけているうちに、仮面を脱いでみたら、のっぺらぼうになっていた。まさにこの作品の主人公ポーラは、現在を映す鏡だった。「如何にして私たちは、氾濫する情報に左右され、自信を失い、平衡感覚を失っていくのか?」この映画のテーマはここにある。 究極の意味で言うならば、グレゴリーという現代社会を包み込む固定観念が、ポーラという人々を追いつめていき、人間の「理性」「誇り」「美的感覚」「自信」を失わせていく過程を描いた作品なのである。 ■生命を与えられた彫刻品 ![]() イングリッド・バーグマン(1915-1982)の魅力は、今まで彫刻品のような美しい女優たちが試みなかった繊細な心の動きを表現したところにある。その魅力を端的に表現するならば「内面を表現するミロのヴィーナス」である。だから、彫刻品に着色が似合わないように、バーグマンの輝きも白黒映画でこそ最高の輝きを増す。 怯えれば怯えるほど、彫刻された美貌は成りをひそめ、人間らしさを増していく。そして、その人間らしさが人妻の官能美に満ちてくる。ふくよかな腕、伏せ目がちにうつろう目、肉厚な半開きの唇・・・まさに彫刻品に息が吹き込まれた瞬間である。 ![]() 観客は、この作品のバーグマンにうっとりしたのではなく、幻惑されたのだった。彼女の視線が虚空を彷徨えば彷徨うほど、幽体離脱するかのように観客も彼女の虚空に引き寄せられたのだった。 ちなみに当初のポーラ役は、アイリーン・ダン、ヘディ・ラマーにもオファーされていた。そして、バーグマンがこの役柄にかける意気込みは相当であった。精神病院に何度も足を運び、精神衰弱の女性たちと話し、役柄の肉付けをしていったという。 ■オペレッタとピアノが導く19世紀のロンドン ![]() この作品の所々にクラシック音楽が意味ありげに挿入されている。最初の挿入は、10年の時が過ぎ、ポーラが歌の練習をしているシーンである。このアリアは、ガエターノ・ドニゼッティの「ランメルモールのルチア」の中の狂乱の場≠ナ歌われるものである。そんな曲をグレゴリーと恋に落ちて幸せの絶頂にあるポーラに歌わせて、ポーラの行く末を暗示しているのである。 そして、物語の中盤にグレゴリーがピアノで演奏するのが、ヨハン・シュトラウスの「こうもり」の中のワルツである。まさにお祭り気分のその音調に心地良くステップを踏むポーラ。さらにダルロイ邸の音楽会で流れるシューベルトのピアノ三重奏曲第2番第4楽章とベートーヴェンの「悲愴」第1楽章とショパンのバラード第1番ト短調。これらの音楽のシーンにおいてポーラは全て笑顔であり、うっとりしている。 冒頭で音楽を笑顔で愛し、中盤以降も笑顔でうっとりと曲に聞き惚れているのだが、そんなポーラが最も愛する音楽の恍惚感の中で、グレゴリーが彼女の精神状態を錯乱させるようと追いつめていくのである。そして、観ている側にも、自分が一番リラックスできる至福の時さえも奪われるその辛さが身にしみて理解できるのである。 ■シャルル・ボワイエ 真実の彼は愛に殉じた男だった ![]() グレゴリーを演じるのはフランスの名優シャルル・ボワイエ(1899−1978)である。バーグマンが懇願してこの共演は実現したという。この映画を観ている人が、感じる居心地の悪さは多分に2人の「目線の不信さ」から生み出されている。この2人の目線が時間を追うごとに全く交差しない所が、会話がないことが生み出す断絶感以上の断絶感を生み出しているのである。 特にボワイエの目の動きは不信極まりなく、ポーラが「テオドア」の楽譜に挟んであったセルジウス・バウアーの手紙を取り上げる時のあの目の吊り上げ方などは圧巻である。宝石の魅力にとりつかれた悪党≠ニいう究極に薄っぺらな役柄を、許せるのも一重に彼の存在感溢れる芝居のおかげである。 表情豊かに無表情を演じ、バーグマンを精神錯乱に追いつめていくその冷酷さは、「心理的に自殺に追い込んでいく鬼畜」そのものであり、見ていてぞっとするほどである。 ちなみにボワイエの方がバーグマンより数センチ背が低いので、冒頭のキスシーンと駅でのキスシーンは、ボワイエが箱の上に乗って撮ったという。こんな鬼畜男を演じたボワイエだが、実際は愛妻家で有名な人で、1934年に結婚した女優パット・パターソンを生涯愛した。そして、彼女が1978年に闘病の末、癌で死んだ2日後に、ボワイエもセコナールを大量服薬し後追い自殺した。 ■ヴァンプ女優 アンジェラ・ランズベリー ![]() 本作は助演陣も実に魅力的である。特に驚かされるのが、メイ・ウィッティ(1865−1848)で、彼女は『バルカン超特急』(1938)の役柄と全く同じ感じで、ポーラが乗る電車の中で遭遇するのである。そして、この人の憎めない役柄がこの物語の陰鬱さを緩和していた。特にラストの彼女の表情なんかは最高である。 さらに、ポーラを助ける刑事を演じるジョセフ・コットン(1905−1994)も孤立無援のポーラを助けるその頼もしさぶりが実によかった。そして、忘れてはいけないのが、アンジェラ・ランズベリー(1925− )である。この作品が彼女のデビュー作であり、当時17歳だった。しかも前職はデパートの受付嬢である。 デビュー作にして、バーグマンを鼻で笑うその姿は、なんとも逞しすぎる。しかも、微妙に尻軽女の尻の軽さに振り回されみたいなという悪女の魅力も発散していた(しかもメイド服がグッド!)。この作品で彼女はアカデミー助演女優賞にノミネートされた。 ちなみにスイスのコモ湖畔のホテルやロンドン塔、ロンドンの邸宅の全てのシーンは、ロンドンで撮影したのではなく、カリフォルニアのMGMスタジオで撮影されている。 ■明るい朝の訪れは、新しい恋と共に・・・ ![]() キャメロンの奮闘もあり、遂にグレゴリーの化けの皮をひん剥くことになるのだが、最後のグレゴリーとポーラの対面シーンが、実に刺激的で面白い。今まで散々グレゴリーに翻弄されてきたポーラが、グレゴリーに仕返しをするのである。 そして、ラストは、「時々、様子を見に立ち寄らせてください」と言うキャメロンに「あなたはとても親切だわ・・・」と寄り添って物語は終了するのである。ある意味賛否両論の終わり方だが、私的には、この終わり方は「大歓迎」である。 「過去に捉われるな。一日も早く新しい朝に導かれて、暗闇の中から抜け出した開放感を満喫せよ」である。 本作は1944年度アカデミー賞主演女優賞(イングリッド・バーグマン)、室内装置賞を受賞した。さらに作品賞、主演男優賞(シャルル・ボワイエ)、助演女優賞(アンジェラ・ランズベリー)、脚色賞、撮影賞(白黒) にノミネートされた。 − 2007年9月15日 − |
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