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将軍たちの夜   THE NIGHT OF THE GENERALS(1966・アメリカ)
■ジャンル: サスペンス
■収録時間: 149分

■スタッフ
監督 : アナトール・リトヴァク
製作 : サム・スピーゲル
原作 : ハンス・ヘルムート・カースト
脚本 : ジョセフ・ケッセル / ポール・デーン
撮影 : アンリ・ドカエ
音楽 : モーリス・ジャール

■キャスト
ピーター・オトゥール(タンツ将軍)
オマー・シャリフ(グラウ少佐)
トム・コートネイ(ハルトマン伍長)
フィリップ・ノワレ(モラン)
ドナルド・プレザンス(カーレンベルゲ将軍)
将軍たちの夜
冷戦の最中ポーランドのワルシャワでロケされた異色サスペンス。ピーター・オトゥールがぞっとするほどにナチズムの体現を感じさせてくれる。破壊するという行為の継続がいかにその人間の精神に負担をかけ、その行為を正当化させる頑ななまでの頑固さを磨き上げていき、人間らしさの喪失を生み出すのかということが痛いほどによく理解できる名作である。

■あらすじ


1942年ドイツ占領下のポーランド・ワルシャワで娼婦の惨殺死体が発見された。ドイツ軍情報部のグラウ少佐(オマー・シャリフ)は、目撃者の情報からタンツ将軍(ピーター・オトゥール)ら3人の将軍のうちの1人が犯人であることを確信する。それから2年後のフランス・パリで再び娼婦の惨殺死体が発見される。


■ピーター・オトゥールのブルーの瞳


ピーター・オトゥール
おしゃれ泥棒』と同じ時期に作られたとは思えないピーター・オトゥールの不気味さぶりにあっけをとられる。
こういう人間が戦争の中でのし上がり、自滅していったんだろうというということを易々と理解させてくれる彼の名演は本作の圧巻である。

やはり彼の透き通るようなブルーの瞳は、こういった役柄で最も効果を発揮するのであろう。しかし、あのゴッホの絵画を眺めるシーンだが、モーリス・ジャールの音楽とゴッホの自画像とオトゥールのあの表情のコンビネーションを見せられて実際発狂した人がいるんじゃないかと言うほどの総合的な映像の迫力に満ちている。

見方によってはかなりオーバーな芝居だが、見方によってはかなり見ている側の神経をかき乱す芝居である。


■かなりのクセもの系豪華キャスト


将軍たちの夜
共演者も曲者ぞろいである。まずはエジプト人のオマー・シャリフが、メイクをしてドイツ人将校を演じているのである(まさにマーロン・ブランドが日本人役を演じたとき並みのメイク・レベルであるが)。しかもどう見ても善人には見えない登場シーンから一転してだんだんと彼は、人間としてはどうやらまともだと言うことに気づかされるのである。

そして、カーレンベルゲ将軍を演じるドナルド・プレザンス。この頃の彼はどんな役柄をやらせても実に魅力的だった。本作においても例外なく只者ではない存在感をしっとりと出してくれている。そして、『長距離ランナーの孤独』(1962)『ドクトル・ジバゴ』(1965)『ドレッサー』(1983)のトム・コートネイが相変わらず神経質そうな役柄で出演している。

他にもロンメル将軍役でクリストファー・プラマーがほんの数分出演していたり、『大脱走』のゴードン・ジャクソンや『地下鉄のザジ』(1960)のフィリップ・ノワレ、『007/ダイヤモンドは永遠に』(1971)のチャールズ・グレイ、シャンソンを歌う歌手役でジュリエット・グレコまで出演している。

「セックスと美食は両立しないものだ。どちらか決めるんだね」とモラン役のフィリップ・ノワレが言うセリフはちょっとした名セリフである。ちなみに3人のうちの2人の将軍を演じたプレザンスとグレイは、007映画でジェームズ・ボンドの宿敵ブロフェルド役を双方とも演じている。


■ジョアンナ・ペティット(1944− )


将軍たちの夜 ジョアンナ・ペティット
本作においてもたまらん魅力を発散するのがこの人ジョアンナ・ペティットである。『007/カジノ・ロワイヤル』(1967)でウルスラ・アンドレス、ジャクリーン・ビセットなど並居る美女を押しのけて目立っていたあのマタ・ハリの衣装を着ていた彼女である。

彼女は1960年代に少しだけ輝いた女優だが、その美貌は今でも十分に通用する美貌である。特に一種独特の何かを企んでそうな目の輝きがいい。更にその口もとといいもっといい役柄があればもっと活躍できる能力があった女優さんだった。170pと長身でありながら、少女のような表情を時折見せるまさに文句なしの美女である。

ジョアンナ・ペティット ジョアンナ・ペティット
彼女はシャロン・テートと親しい友人で、1969年8月8日チャールズ・マンソン一味にテートが殺害される数時間前にも彼女の自宅を訪れていたほどである。最近は1人息子の死などもあり、静かに余生を過ごしていると言う。ちなみにこのウルリケ役のオーディションをマリアンヌ・フェイスフルも受けたという。

ただ残念なことだが、このウルリケとハルトマン(トム・コートネイ)のロマンスには全く感情移入しかねる。


■冷戦下にポーランド・ロケを敢行!


本作は奇跡的に当時社会主義国だったポーランドでロケを敢行している。この並々ならない作品のじめじめした雰囲気はロケの成果そのものである。それにしても、タンツ将軍(ピーター・オトゥール)がゲットーを火炎放射器で焼き討ちするシーンや、戦車で住居を破壊するシーンは今見てもぞっとするほどの迫力である。

ちなみにポーランド以外のシーンは全てパリで行われている。本作は全ての俳優がイギリス及びヨーロッパの俳優であり、そのことが本作に一種独特の雰囲気を与えているのである。



■『地獄に墜ちた勇者ども』の姉妹作とも言える


地獄に墜ちた勇者ども』(1969)にそっくりなモーリス・ジャールの音楽。本作の3年後に彼自身がその映画の音楽を担当するのでしょうがないが、どうしてもこの音楽の影響で、姉妹作のような時系列的つながりを感じてしまう。

いい意味で、『地獄に墜ちた勇者ども』のマーチン(ヘルムート・バーガー)とタンツには奇妙な類似性を感じるのである。2人のブルーの瞳は実に同じように虚空を見つめているのである。


■破壊行為にのみ喜びを見いだす男


将軍たちの夜
本作のテーマは、いみじくも娼婦惨殺犯人を戦時中のワルシャワ、パリで追うグラウ少佐(オマー・シャリフ)がいい放つこのセリフである。
「市街を平気で破壊できる男が、無抵抗な商売女を殺すとはとても考えられん」そして、実は市街を平気で破壊できる男だからこそ、無抵抗な商売女を殺すことも出来るというのが真実だったのである。

実際、ユダヤ人に対する虐殺行為も、ソ連における無差別な処刑行為も、ワルシャワ・ゲットー破壊も、基本的には国家に対する忠誠からというよりも
それを命令している人間の中に存在する何かが突き動かしていると言えるのである。そして、その存在する何かは大きく成長していきやがてその人間を蝕んでいくのである。

つまるところ、市街を平気で破壊できる神経とは、実に簡単に他人の生活を破壊してしまう神経と言うことだが、その一方で、そんな他人の生活に対しての無関心が、商売女という一対象に対しては、すごい関心を示すのである。そして、その商売女に対しての関心が、その人間を徹底的に破壊的に殺害するのである。
要するに彼は大義名分ある破壊行為に異常なほどに喜びを感じているのである。


■効率主義に対する危険性


このタンツ将軍の人間らしさよりもカクカクした物質的な雰囲気と、虚空を見つめているような透き通るようなブルーの眼差しが見ている側にもぞっとさせる。この男なら平気で人をゴミのように扱える男だと、映画の中で感じさせられたのは久しぶりである。

それ位、感情を感じさせないぞっとするくらいの究極の芝居をオトゥールは見せつけている。
そんな彼が人間に戻る瞬間は、倒錯的な刺激を受けた瞬間だけなのである。彼の芝居からはそういう人間の恐ろしさと虚無性が実によく出ている。

人間に対して無感覚で、清潔さや時間といった機能的なものに固執する人間が、権力を持つことほど危険なことはないと言うこと。つまり現在の政治学者がほとんど考えていないことなのだが、有能な政務処理者が政治的権力を持ってしまうと、人間さえも数字のように扱いかねないという危険性である。

人類が不況の中で効率性を唄いだすと、その後には大概ろくでもない大戦争が待ち受けているのもこういった理由からである。効率主義者は、物事が効率的にうまくいくことのみに集中し、すぐに感情的になりやすいということである。実際不況の中でこそ心のゆとりを生み出さなければ懐が豊かにはならないものである。


− 2007年6月6日 −


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