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ホステージ   HOSTAGE(2005・アメリカ)
■ジャンル: アクション
■収録時間: 113分

■スタッフ
監督 : フローラン・シリ
製作 : マーク・ゴードン / アーノルド・リフキン / ボブ・ヤーリ / ブルース・ウィリス
原作 : ロバート・クレイス
脚本 : ダグ・リチャードソン
撮影 : ジョヴァンニ・フィオーレ・コルテラッチ
音楽 : アレクサンドル・デプラ

■キャスト
ブルース・ウィリス(ジェフ・タリー)
ケヴィン・ポラック(ウォルター・スミス)
ベン・フォスター(マース)
セレナ・スコット・トーマス(ジェーン・タリー)
ジョナサン・タッカー(デニス・ケリー)
ホステージ
中途半端な映画が最近極端に増えてきている。何の目的で作ったかわからない作品で氾濫しているのだ。多くは金の奴隷作品ばかり。そんなものばかり見ていると人間の感性は腐ってくるよな。

■あらすじ


ロス市警きっての腕利き人質交渉人であったジェフ・タリー(ブルース・ウィリス)は、1年前に母子の人質を死なせてしまい、現在は地方の警察署長を勤めている。そして、その管内で3人の若者による大富豪宅での人質立てこもり事件が勃発する。一方被害者の富豪は、マフィアの会計士であり、そのことが公になってしまうと困るマフィアは、ジェフ・タリーの母子を人質にとって富豪宅にある組織犯罪の証拠隠滅をジェフにさせようとする。同時に2つの誘拐の狭間で行動の選択に苦悩するジェフ・・・


■オープニングだけ期待させてくれる!


ホステージ
まず最初にブルース・ウィリスは1980年代中盤から1990年代中盤が最も輝いていた時期であったと言われてもしょうがない程の最近の仕事のこなし方である。ある程度のアクション・スターとしての安定と地位を勝ち取ればもはや向上心は生まれてこないのだろう。本作に関してのインタビュー映像でも仕事をそつなくこなしているという感じがした。こう言っては悪いが、彼はもう俳優ではなくアクション・スターなのだろう。もちろん現状においても見事なほどの魅力を発散してくれているが、良い意味でも悪い意味でも役柄がワンパターンなのである。

娯楽作品は、娯楽させて楽しませてなんぼなんだ!


■タイトルバックの幼稚臭さはこの作品そのものである


ストーリーラインは良くもないが悪くもない。しかし、脚本がずたずたな上に、共演者の芝居のレベルもお世辞にも褒められたレベルではない。さらに言うと監督の演出にかなり問題がある。ちなみに脚本家は『ダイ・ハード2』(1990)『マネー・トレイン』(1995)『バッド・ボーイズ』(1995)の脚本を書いたダグ・リチャードソンである。ブルース・ウィリスの新作『ダイ・ハード4.0』の脚本も執筆した。

ロバート・クレイスが書いた「ホステージ」の原作を読んだブルース・ウィリスが、その巧みなプロットから映画化権を買って、企画に4年かけウィリスが何故か気に入っている脚本家のリチャードソンに書かせたのである。

タイトルバックのセンスは、何かゲームのようなちゃっちい印象を与える。すでに無機質なこのタイトルバックからこの映画の人間の描き方の幼稚臭さが象徴されているのである。一年前のロス市警の人質交渉人の時のジェフから始まる。導入部分の話の展開は、父親が妻子を殺害し自殺すると言う実に安易に残酷なトラウマ描写から始まるのである。


最近の映画は、あまりにも主人公が精神的に病むようにする為に極端なバックグランドを作りすぎなのである。多くの観客は、残酷なトラウマ描写ではなく心理的なトラウマ描写を期待しているのだが、その点をはき違えている監督の多いことが、最近の映画作品の大味っぷりと駄作の氾濫の原因である。



■ブルース・ウィルスの娘は果たして七光れるのか?


ホステージ
ジェフの娘アマンダ役でデミ・ムーアとブルース・ウィリスとの間に出来た3人の子供のうちの長女ルーマ・ウィリス(1988− )が親子共演している。デミ・ムーアの『素顔のままで』(1996)『隣のヒットマン』(2000)にも出演していた。リンゼイ・ローハンとは親友同士である。現状においては将来性はノーコメントである。

さらにジェフの妻ジェーン役でセレナ・スコット・トーマス(1961− )が出演している。姉は『イングリッシュ・ペイシェント』(1996)などのクリスティン・スコット・トーマス。1993年のドラマ『ダイアナ妃の真実』ではダイアナ妃を演じた。『007/ワールド・イズ・ノット・イナフ』(1999)でボンドガールとしてMI6の女医役で出演している。


■緊張感を生み出す概念を明確に履き違えているフローラン・シリ


監督は語る。「小さな一つの空間で、様々なことが起こり、緊張感を生み出す。それがこの映画の構成だ」つまりそこがこの作品の失敗の原因なのである。小さな空間に、すかすかの動機でむりやりに集められた登場人物があまり深くも考えずに物語の展開を進めていくことは、初心者のチェスを見せられているみたいで緊張感なぞ決して生み出さないのである。
この映画の負の構成はあまりにも一つの出来事の区切り方がしまりの悪いことにあるのである。

つまり3人の若者が、ウォルター・スミス(ケヴィン・ポラック)の豪邸に押し入るというような無謀すぎることをするきっかけが、高級アメリカ車キャデラック・エスカレードを乗っているのを見かけて、さらに助手席に乗っていたウォルターの娘ジェニファー(ミシェル・ホーン)をおちょくったら中指を立てられたからというものなのである。あまりにも押し込み強盗をするきっかけとしては、きっかけになっていなさすぎではないかと誰が見ても感じるのである。

しかも、安易に女性警官を射殺してしまい、あっさりとジェフ達に包囲されてしまうのである。正直映画史上これほど無動機かつ無計画でまぬけな押し込み強盗はなかったほどである。そう観客が感じてしまうと小さな空間での緊張感など生まれようがない。
つまりは緊張感に欠ける行動を取る青年3人による緊張感に欠けた押し込み強盗によって、作り上げられた状況から緊張感が生まれると脚本家及び映画監督が考えたならばそれはまさにこの押し込み強盗並みに間抜けな希望的観測ぶりなのである。


■すかすかな脚本に、多弁な映画監督・・・それがハリウッド映画


「現代的なフィルム・ノワールであり、心理サスペンスである」と監督は語っているが、この作品のミステイクはマース(ベン・フォスター)という押し込み強盗犯の1人の描写にある。3歳の時に父親の妻殺しと自殺を目撃して、17歳でコンビニ強盗をし、店員を殺害して少年院に入っていた青年と言う役柄だが、精神的に病んでいるということをしきりに自己アピールする男で、しかも行動においてもジェニファーとの交流が尻切れトンボであったり、この男の役柄が全てにおいて中途半端なので物語が引き締まらないのである。

さらにFBI自体もマフィアの手先として登場するのだからどこが心理サスペンスだという感じである。もはや脚本自体が破綻しているのである。マースとジェニファー、強盗の2兄弟、マフィアとジェフ、ジェフと妻子、ウォルターの息子とジェフといった様に多くの人間関係を絡ませているが、その全ての描き方が見事なまでにすかすかのなのである。


■炎の中の激闘が盛り上がらないわけ・・・


ホステージ
そして、極めつけは唐突に起こる押し込み強盗犯3人の仲間割れというよりもむしろマースによる一方的な殺戮である。これ程の人間心理のかけらも描写していないストーリーの展開にはただただあきれてしまうばかりである。ここからは悪魔崇拝者的なマースがゾンビのように暴走していくのである。→これのどこがフィルムノワールで心理サスペンスだ??

最後はマースが豪邸に火をつけて、マフィアの手先のFBIとジェフとの三つ巴の戦いになるのである。はっきりいってこの三つ巴になるというシナリオにする場合は、三つの接点が重なり合うときの興奮を映画の山場としてもってきたいからそういう展開にするわけなのだが、本作においては、三つの接点が重なり合ったところで、そこにいたるまでのプロセスがすでにめちゃくちゃなので、全く盛り上がらない。


お前はゾンビか?


おそらく監督、脚本家、ブルース・ウィリス自身もそれにきづいてしまったので、山場のアクションをゾンビ並みのホラー・アクションにしたのだろうと思われるのである。それにしても、上の写真がゾンビ状態のマースである。こうなるともはやクロウかカイザー・ソゼかである。全く監督のセンスのなさをうかがわせる一貫性のない演出である。そして、最高に才能のなさをうかがわせてくれるのが、マースが焼身自殺する前にタオルを頭からかぶっているジェニファーを見つめるスロー・シーンである。
ジェニファーを聖母マリアに重ね合わせているのだろうが、ただの悪趣味かつ中途半端な演出である

一貫性のない演出を何とか締めようとマースとジェニファーの心理的な交流をこじつけたのだろうが、全く根拠のない独りよがりのこういった演出は物語をさらに駄目にするだけである。そしてマースが焼身自殺するさまを丁寧に見せてくれる演出。ただの悪趣味だろとしか思えない。


■実は一番強いのはウォルターだった。


ホステージ
そして、ラスト誘拐された妻子を助けにウォルターを伴ってマフィア達に交渉しに行くジェフ。ここで物語は実に単純明快な終焉を迎える。ただ単に人生で一度も銃の引き金なんか弾いた事のないようなウォルターが仲間を裏切りボスを一発で仕留めそれに呼応してジェフも残りのマフィアの配下3人を1人で秒殺するのである。それも、
サム・ペキンパー意識しまくりのスロー・モーションで。はっきりいってあっけにとられた。この現実性のなさすぎるラストには。しかもウォルターは遂ちょっとまえまで危篤状態だったのではなかったのか?ご都合主義もここまでくれば脚本家不在状態のストーリーラインである。

脚本力のなさと演出力のなさが見事に噛み合った駄作。俳優陣の魅力もほどほどにまとまりのない作品であった。
最近の映画監督の多くは物語の終わらせ方の下手さが特に目に付くのである。恐らく映画を見すぎて一作品に多くを詰め込みすぎたり、しすぎるからだろう。もっとシンプルに物事を捉えて作品を作るように心がけないと撮影技術だけは進化しているが、内容的には退化しているといわれてもしょうがない状態だろう。

− 2007年2月12日(2007年11月12日修正) −


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