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インファナル・アフェアII 無間序曲 INFERNAL AFFAIRS II(2003・香港) | |||||
| ■ジャンル: ドラマ ■収録時間: 119分 ■スタッフ 監督 : アンドリュー・ラウ / アラン・マック 製作 : アンドリュー・ラウ 脚本 : アラン・マック / フェリックス・チョン 撮影 : ン・マンチン / アンドリュー・ラウ 音楽 : チャン・クォンウィン ■キャスト エディソン・チャン(ラウ) ショーン・ユー(ヤン) アンソニー・ウォン(ウォン警部) エリック・ツァン(サム) カリーナ・ラウ(マリー) フランシス・ン(ハウ) |
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■あらすじ 時代は1991年に遡る。香港マフィアのボス・クワンが愛人に生ませた子ヤン(ショーン・ユー)は悪を憎み警察学校に通っていた。しかし、出自の問題により退学処分になり、ウォン警部(アンソニー・ウォン)の勧めで潜入捜査官になる。一方、マリー(カリーナ・ラウ)の差し金によりクワンを暗殺したラウ(エディソン・チャン)は、警察学校に通いスパイとして警察上層部に潜り込もうとしていた。そんな時クワンの息子ハウ(フランシス・ン)が香港マフィアの新しいボスとして君臨することになる。 ■全ては一人の女性の野心から始まった ![]() 図らずも人間の円熟味が生み出す魅力に支配された作品。エディソン・チャンとショーン・ユーの硬い表情が、大人の柔軟な表情に追いやられていく。人は年を取ればとるほど表現力が豊かであるべきではないだろうか?豊かな感情表現が円熟味を引き出し、決定的な存在感を生み出す。 ラウは一人の魅力的な年上の女性に翻弄され拒まれる経験によって、自分が他人の人生を左右する側に立とうとした。一方、ヤンは他人の人生を左右してきた黒社会のボスである父に反発して、警官として善意を行使しようとしたが、警察と黒社会の狭間で人生を左右される人生を送ることになった。 ヤンが良き警官(潜入捜査官)であろうとすればする程、彼は黒社会の奥深くにまで入り込まなければならなかった。マル暴の刑事がいつのまにか私生活さえも崩壊していくように彼も任務と私生活のバランスが取れなくなっていき、言動も行動も悪に染まっていってしまう。でもそうならなければ任務はこなしていけない・・・ 支配しようとした二人。決して諦めずに明日に向って前進する二人。一方、現在の多くの大人や若者の生き方はどうなんだろうか?明日よりも他人の過去をせせら笑う人生。自分よりも他人に希望をつなぐ人生。自分に期待しない人生。本当の地獄の人生はどっちだろうか?希望に満ち溢れているにもかかわらず自分に期待しない人生と絶望に満ち溢れているにもかかわらず明日こそ変われると期待している人生。 この作品の素晴らしさは、その境遇にも関わらず明日に期待をかける・・・又は自分の信じるものの為に生を邁進する人々の素晴らしさがあった。そして、何よりも素晴らしいのは、マリーという一人の女性が多くの男の人生を狂わせる所にあった。 ■全ての始まりはこの三人にあった ![]() 表面的には二人の若者(エディソン&ショーン)が主役なのだが、実際の主役はアンソニー・ウォン(1961− )とエリック・ツァン(1953− )だろう。この二人は前作で殺されてしまうのだが、その非情な運命の流れが如何にして作られたのか?という事がこの作品のメインテーマでもある。 正義の為に悪を行使した男。やがてそれに恥じ入り自殺まで考えるが、身代わりになったのは親友だった。そして、非情な男となり敵の眉間を撃ちぬき自分も奈落の底へと落ちていった。一方、悪の中で非情になれない男。自分を愛する女に導かれ悪の中にどんどんと入り込み、彼女を失うことによって非情な男となり、最終的には彼女を殺した男に殺された。実はよく似た二人だった。ウォンとサムは。 この二人の関係は恐らく物語で描かれている以上に因縁のある関係だったのだろう。特にサムの妻マリーに対するウォンの仕草を見ていると、不倫とか、利用したとかそういったもの以上の愛憎の歴史を感じさせる。恐らく三人は幼馴染なのかもしれない。ウォンはマリーを物心ついた頃から思っていた・・・そして、ウォンとサムは大の親友だった。 そして、ウォンは街のチンピラになっていたサムとマリーが付き合う姿を目撃する。その反動としてウォンは警官の道を歩んでいく。そして、月日が立ちウォンはマリーに(サムの出世の為に)ボス・クワン殺害を持ちかける。一人の警官が善悪の彼岸を彷徨うことによって生まれた多くの悲劇・・・それが無間道だった。 ■ロイ・チョンの目の芝居 この役者は凄い ![]() そして、さらに魅力的な二人の男。フランシス・ン(1961− 、本作で香港電影金像獎主演男優賞にノミネートされる)とロイ・チョン(1964− )。当初フランシスが登場した瞬間は、とって作ったような物静かで冷酷なヤクザを演じようとしているあざとさが目立ち期待はずれだった。しかし、登場して3分も過ぎ、造反しようとしている四人のボスを篭絡するシーン以降は、もうこの人の存在感に圧倒され続けた。 一方、一言も話さずに目で芝居するロイ・チョン。この男の目・・・本当にいい目をしている。ここまで目で芝居が出来る役者もそうざらにはいない(私立探偵との取引の最中に警察に逮捕されるシーンでルク警部とアイコンタクトするシーンは何回見ても痺れる)。目は口ほどにものを言うという諺があるが、目も口もものを言ってない役者が多いからこそその存在感は無視できない。 想像してみよう。7年間も潜入捜査をしているいわばヤンの先輩警官ロー・ガイ。彼の目にヤンの姿はどう映っていたのだろうか?そして、彼が裏切り者の殺害を命じられた後のあの悲しげな表情は何を物語っていたのだろうか?最後に殺しを命じられ、自分の身元がばれないように人を殺してしまうが、その直ぐ後に自分も殺されてしまう無残さ・・・。それを見たヤンは何を思ったのだろうか? 実に淡々と殺人をこなすサンクス(リウ・カイチー、この役柄でチャップマン・トゥと共に香港電影金像獎助演男優賞にノミネートされた)というマフィアの存在があったからこそ、対比的にロー・ガイの役柄の悲しさが昇華していった。この人が3人を射殺した後の表情はこの作品の中でもっとも観るものの心に訴えかけるシーンだろう。 ■男にとって最初の年上の女は永遠 ![]() そして、この作品で文句なしに素晴らしいのがカリーナ・ラウ様。サムの姐御。つまり極道の妻という役柄なのだが、その男も女も痺れさせる格好良さは、高島礼子レベルの上滑りしている姐御芝居の領域を果てしなく凌駕している。 誰が見ても格好いいエディソン・チャンと男と女の関係にならないところがいい。夫のためなら身体を使うことを厭わないが、そうでない限りはまったく夫以外の男には興味を持たない女。 そして、自分の運命を最初に支配したこの女性に対するラウの屈折した想いが、拒絶されたことによって復讐心に転換していく。彼は支配されることに喜びを感じつつも、だからこそ全身で自分を受け止めて欲しい孤独の人だった。後にサムを殺すように、支配された人を殺し、多くを手に入れようとするが、やがて全て失っていくのである・・・ ■これからの時代賢い美女は中身を磨く ![]() カリーナ・ラウ(1965− )。トニー・レオンの20年来のパートナー。恋人・夫婦・友達といった三つの要素を集約したような自然の結びつき。私にも彼女のような大切な女性がいるので良くわかる。いつも一緒にいなくても、例えどこで何をしてようとも決して切れない関係。 私が別の女性と付き合っていようとも、彼女が別の男性と付き合っていようとも、お互いが孤独になったときにはいの一番にお互い駆けつけ合い愛し合える関係。こういう関係を築くことは人生においてすごく重要な事ではないだろうか?たえず一緒にいて傷を舐めあうのではなく、お互いに別のフィールドで戦い合いながら時に傷を舐めあう関係。 ![]() 彼女の魅力は、一言で言うと「独特の風格」である。つまりただ美しいだけではない他の価値も兼ね備えた魅力を持っている。21世紀とは、美しくなることが非常に容易な時代である。メイク、照明、フォトショップ、整形。美しくなることが容易くなるに従い女性にとって、内面的なものが醸し出すものが重要となってくる。 多くの日本人はテレビも邦画も見なくなってきている。その理由は明確にタコせんべい並みに薄っぺらで味わいの浅い芸能人の醸し出すものにうんざりしているからだろう。お笑い芸人相手に、へらへら笑いを繰り返している女優達は、好感度よりも軽蔑以外の何者も生み出していない。こういった連中がどういった芝居をしようとももはや観客に好奇心と期待感を生み出せない。 ■フランシス・ンの映画的な死に様 ![]() 人気上昇中の若手二人を主役と思わせておいて、多くの若者の集客を実現し、実力派俳優のファンへと誘導していくその巧みさ。さすがに中国人はしたたかだ。若造二人をまともに主役にして、実力派俳優にも陳腐な芝居を押し付けている邦画とは全く方向性が違う。 完全に二人の若者は映画の中で食われている。しかし、その食われ方が上向きな芝居で食われているので、逆に期待感を抱かせる。日本の場合は、若手のレベルに合わせて皆仲良く芝居しているので期待感よりも絶望感のみを抱かせる。それにしても到底その存在感において敵うわけのないアンディ・ラウとトニー・レオンの青年時代をヌケヌケと演じさせる香港映画界の強気の姿勢はおそるべきだ。 実に濃密な最後の瞬間。サムを殺そうとしたハウは、ウォン警部によって射殺される。このシーンの緊張感がまた素晴らしい。最近の邦画には全くない緊張感がここにはある。そして、倒れこむハウを抱きかかえるヤン。その懐から盗聴器を見つけてしまう瀕死の状態のハウ。しかし、他の部下に気づかれないようにヤンの盗聴器を懐に隠し直して死んでいく。 その時のハウの表情。菅原文太や渡哲也が70年代に見せたような男の魅力・・・ ■サムは愛の喪失により、非情さを身につけた ![]() ハウは死に、サムが新たなマフィアのボスとなった。そして、彼はハウの身内全員の殺害を命じる(但し、何故かヤンを除いて)。1997年7月1日香港返還の日。サムはマリーの写真を見ながら涙を流していた。外では一国二制度の始まりのセレモニーの花火が高く上がっていた。 そして、サムも自分の心の弱みを消し去ろうと満面の笑顔を浮かべてパーティーの人々の前に姿を現すのだった。そう一国二制度が始まる。そして、サムの心の中のそれもまた始まるのだった。いつか破綻するかもしれないが・・・それが最善の策だった。サムはもう引き返せないところに来ていた。彼の不幸は、マリーによって種を蒔かれ、自分自身でそれを不本意であろうとも刈り取らないといけないところにあった。 他人の蒔いた種を刈り取る人生。これがもっとも不幸でもあり、上辺だけの一瞬の栄光に満ち溢れる空しさが同居している。折角マリーの望んだ非情さを身につけたのにもう彼女はいない・・・サムの人生もまた無常観に満ちた孤独の人生だったのだろう。 最後にラウが新しいマリーと初めて対面し、にやりと笑うシーンがある。エディソン・チャンのこのニヤリのいやらしい事。マリーが殺害されるきっかけを作り、新しいマリーの到来ににやりとするこの男の笑みこそ本当の悪の誕生の瞬間だった。実際のエディソン・チャンが悪賢いヤツかどうかは知る由もないが、この役者には、もしかしたら大いに化ける可能性のあるアラン・ドロンのような悪の魅力が同居している。 ■結果的に成熟が若さに勝利した瞬間 ![]() 最後に20年ぶりに復活したBEYONDのエンディング・ソングが渋く流れる。本作は、2400万香港ドルで製作された。そして、2004年香港電影金像獎最優秀主題歌賞を受賞し、作品賞、監督賞、脚本賞、主演男優賞(フランシス・ン)、主演女優賞(カリーナ・ラウ)、助演男優賞、撮影賞、編集賞、音楽賞、音響効果賞の11部門でノミネートされた。 いよいよこの次の作品で、『インファナル・アフェア』シリーズは終了する。満を持してのアンディ・ラウとトニー・レオンの復活。香港映画には世界に影響を与える力がある。今の邦画には、世界の観客に影響を与える力はどこにもない。どうしてだろうか? 恐らく日本人は、かつてないほど保守的になっているのかもしれない。不景気の反動で、セレブや賢く儲けるという言葉が持て囃される現在。人々はますますこじんまりと生きていこうとする傾向にある。あまりにも他人を嘲笑する下賎さにとり憑かれたこの国。早くそんな閉塞感を打ちのめしていかないと日本に芸術・娯楽の復興はありえないだろう。 − 2008年3月7日 − |
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