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ベルベット・レイン   江湖(2004・香港)
■ジャンル: マフィア
■収録時間: 85分

■スタッフ
監督 : ウォン・ジンポー
製作 : エリック・ツァン
製作総指揮 : アラン・タム / アンディ・ラウ
脚本 : トー・チーロン
撮影 : チャーリー・ラム / ケニー・ラム
音楽 : マーク・ロイ

■キャスト
アンディ・ラウ(ホン)
ジャッキー・チュン(レフティ)
ショーン・ユー(イック)
エディソン・チャン(ターボ)
ウー・チェンリン(エミリー)
ベルベット・レイン
見どころはココに尽きる!そうジャッキー・チュンのめちゃいかすドレッドヘアー姿に。そう言えばオレは昔からドレッド・ヘアーが好きだった。こんなにドレッドの似合う(黒人以外の)奴、ゲイリー・オールドマン以来だぜ!

■あらすじ


子供が生まれたばかりの大ボス・ホン(アンディ・ラウ)は、配下の3人のボスのいずれかが自分に刺客を送り込んだことを察知する。それに対して幼馴染の片腕・レフティ(ジャッキー・チュン)は、戒めとして3人まとめて家族ごと根絶やしにしようと画策していた。一方、殺しを依頼された青年がいた。青年の名はイック(ショーン・ユー)。彼は親友のターボ(エディソン・チャン)と共にターゲットに狙いを定める・・・


■ドレッドの似合うアジア人ナンバー・ワン


ベルベット・レイン
『トゥルー・ロマンス』(1993)のゲイリー・オールドマン以来のカッコよすぎなドレッドヘアーのジャッキ・チュン(1961− )。オレは20代前半にジャッキー・チュンにはまった。それは映画からではなく音楽からだった。
「我等到花儿也謝了」という題名の曲である。ジャッキーの囁きから始まる情愛のパッションに満ちたこの曲。今でもたまに聴くくらい素晴らしい曲だ。

そして、その後にアンディ・ラウと共演しているウォン・カーウァイの監督デビュー作『いますぐ抱きしめたい』(1988、アレックス・マンも最高にキレてた)を見て、歌手のイメージとは裏腹のブチ切れた役柄に驚愕した。その狂気の芝居がこの作品のジャッキーにも見事に伝染していた。

そして、ジャッキーはこの作品を完全に支配した。彼がいなかったらこの作品はどうなっただろうか?


■ジャッキー・チュンがいなければ・・・


さすが「四大天王」ならぬ元「五福星」エリック・ツァン(1953− )。『インファナル・アフェア』(2002)のダシ殻を嫌というほどに搾り出してくれる。アンディ・ラウ、ショーン・ユー、
ロブ・ロウを越えた男<Gディソン・チャンといったメンバーに、更に脇役までも再結集させて・・・

しかし、この再結集・・・もしジャッキー・チュンがいなかったらかなり逆効果じゃなかったのだろうか?弱い脚本。ダレダレの中盤。カタルシスに欠ける終幕。

それはともかくとして、アンディ・ラウの直筆による「江湖」という文字がオープニングにバーンと出るが、これが本作の原題である。その意味は、梁山泊的な武術集団の意味でもあり、現在においては黒社会をさす。一方邦題の『ベルベット・レイン』は完全にオリジナルであり、恐らく最後の雨と掛け合わせているのだろう。


■コイツが振り向いたらチョコボール向井だった


ベルベット・レイン ベルベット・レイン
何故かチョコボール向井(1966− )もエリック・ツァンとの関係により友情出演している。そんなことはともかくとして、その後にスローモーションで登場するジャッキーが格好良すぎる。そして、長髪のアンディ・ラウもまた所々ブリーチが入っていて激カッコイイ!※チョコボール向井は嘘です。本当は元「七福星」ミウ・キウワイです。

香港映画の魅力・・・それは間違いなく
「愁い」の表現の見事さである。その点においては、ジャッキーよりもアンディの方が素晴らしく、エディソンよりもショーンの方が素晴らしかった。しかし、本作のジャッキーにはそんな「愁い」を越えた存在感とオーラがあった。

二人の成熟した魅力と、若き二人の凡庸な芝居。この若き二人の芝居で多用されるスローモーションには正直うんざりさせられた。特にあのモノクロの回想シーンの演出はつらい。そして、やつれ果てたクララ・ウェイ(1960− )扮する母親が煙草を吸いながら去っていくシーンまでスローで見せるとは・・・


■手をつないで走る・・・スロー クサッ!


ベルベット・レイン リン・ユアン リン・ユアン リン・ユアン
多額の借金を背負い売春婦をしているヨーヨーとイックの恋。この描写の恐るべき陳腐さ。そして、演じてる役者の芝居の凡庸さとカメラワークの無残さ。ココまで最低なラブシーンも久しぶりに観た。しかも、ヨーヨー役のリン・ユアン(1982− )の本来の魅力が全く出てない。あんな色気の欠けらもない服装で商売してたら、本物の売春宿ならまず確実に再教育されるはずだ。

一目惚れ・・・
しかし、こんな格好いい男が、彼女もいないのか?チンピラのクセに?そんなごく当然の疑問をよそに襲い掛かるようにヨーヨーと愛し合い、一方的に恋人気取りになるイック。彼女の借金を返すために手っ取り早くコンビニやATM強盗行脚を一時間くらいで完遂する。

オレはこの強引さに驚いたね。現実感はゼロだが、こんなことまでしてもらえればどんな女だって感謝するよな?(勿論その金返済して、この女はその金が警察に回収される前にとっとと身をくらましたのだろうが・・・)

感謝したヨーヨーの「生きて帰ってこないと殺すわよ!」という捨てセリフ(このセリフもいけてない)の後、
演出だけが大仰で何の高揚感も生み出さないキスシーンを、極めて手前味噌に演じて二人は別れるのだが・・・結局は今の奥さんは全く違う人だった。なんじゃそりゃ?ならヨーヨーとの恋愛はいらないだろ?


■非常にもったいないラストへの持っていき方

ベルベット・レイン ン・シンリン
同じく非常にもったいない使い方をされるのが、ウー・チェンリン(1968− 。昔はン・シンリンと記載されてました)の使いどころ。極道の妻の貫禄満点で、格好いいのだが、期待感だけあおって、後半はフェイドアウトしていく。オレが脚本家なら間違いなく、因果応報ではないが、最後ホン達が殺されるのと同時進行で、彼女とその幼児も殺される結末にしただろうな。

勿論、映画の中と言えども幼児を殺害するのは賢明ではない。しかし、ことこの作品に関して言えばそこまで徹底してこそ価値が生まれたはずだった。
黒社会に生きるものたちの因果応報の怖さと儚さと空しさ・・・そして、そこから生まれる無常観・・・それが出せる題材でありキャストだった。


■ラム・シューには学習能力≠フ四文字はいらねぇ!

ベルベット・レイン ベルベット・レイン ベルベット・レイン
最後に同じくもったいない使い方をされたのが、もっと下から舐め回すようなアングルで撮りやがれ!と思わせたIris Wong Yat-Tungちゃん。この人1999年にミス香港コンテストに出場した人で、エリック・ツァンの姪だ(似てねェ〜〜)。
しかし、なぁ〜エディソン君。このデレぇ〜っとした顔。「人生を舐めた男」を演じさせたら?コイツの右に出るものはいないよな?

しかし、こんなデレデレしたエディソンとクールなショーン。一つ思うのだが、命がけで相手を仕留めようとしてる刺客には見えないよなぁ。どうしてもこの二人が登場すると画面上から緊張感が失われてしまう。こう言うとファンの方には眉をしかめられると思うが、所詮アイドルなんだよな。

しかし、こんなヤツラでもラム・シュー扮する肥った警官が出てきたシーンと、ショウ・ブラザーズ出身の黄樹棠オヤジが弾けまくりなファッションで銃のバイヤーとして登場するシーンだけは、おこぼれで輝いていた。

それにしてもレストランで飯を食っている途中に、エディソンだけがヒップホップ風の刺客達から去って行くのだが、それはおびき寄せようとしてのことか?それとも逃げようとしたのか?それが不明瞭なので、手を砕かれても、犬とやらされかけても友の名を吐かないエディソンの姿が、本来生み出すべきカタルシスの半分も生み出せない結果になってしまった。


■オレも死に際にはドレッド姿でいたい・・・


ジャッキー・チュン ジャッキー・チュン ジャッキー・チュン
シンプルに伝えた方が感情移入しやすいドラマを複雑に交錯させたが故に生み出されなかったカタルシス。この作品は、確実に青年期と死期の交錯を観客に最初から分からせる構成で描くべき作品だった。そうした方が、レフティの片手の皮手袋も生きただろうし、何よりも最後に主人公二人が殺されていく因果応報が生み出すカタルシスもストレートに伝わったはずである。

そして、雨の中での死闘のグダグダ感・・・狙いなのかどうか分からないが、もっとシャープな演出をすべきじゃないか?何回も斬りつけられてダラダラと反撃する姿は見ていて美しくない。


■エディソン!セシリア!ジリアン!ボボ!頑張れ!


ベルベット・レイン ベルベット・レイン
致命的なほどに逆効果なホンとレフティの遣り取りにおけるテーブル越しに背景が揺れに揺れる効果はともかくとして、物語を締めくくる面会のシーン。その意図が分からない映像の交錯。そして、フェイドアウトしていくような終幕・・・なんとも味気ない終わり方だった。

そして、この淡白な終わり方が、この作品を包み込む空気を表していた。
「煮えたぎる情熱」の欠落。外見の存在感は抜群だったジャッキーにさえも熱気はなかった。物語をスタイリッシュに撮ろうとすればするほど、肝心の演出が疎かになった場合、物語自体が空疎なものになってしまう。そんないい例の作品だった。

ベルベット・レイン
本作は、3000万香港ドルで製作され、2004年の香港映画興行成績第10位を記録した。ちなみにその年の第一位はセシリア・チャンも出演していたミスター・ブーの新作だった。

ここで2008年2月のエディソン・チャンの香港映画界引退宣言について言明しておこう。その性的趣向を万人に曝け出してしまいすっかりロブ・ロウを越えてしまったこの男。その記念写真に一緒に映っていたセシリア・チャンやジリアン・チョン、ボボ・チャンの心理的な打撃は凄まじいだろうが、男性のほうの心理的な打撃は、後に容易に癒されるだろう。こういう場合精神的にこたえるのは女性の方である。

しかし、インターネット上に写真が残ろうとも、その出来事の重要性は確実に風化していくのである。彼にとっても女性達にとっても将来が決して暗いものではないだろう。

もっとも暗いのはこういった流出写真に一喜一憂するだけでなく、この状況を必死になって追跡している人々だろう。
人の不幸が蜜の味になっている時にその人の背後に不幸が忍び寄っていることはよくあることである。人の失敗をせせら笑うほど私たちは立派だろうか?

− 2008年2月25日 −


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