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仁義なき戦い   (1973・東映京都)
■ジャンル: 東映ヤクザ
■収録時間: 99分

■スタッフ
監督 : 深作欣二
原作 : 飯干晃一
脚本 : 笠原和夫
音楽 : 津島利章

■キャスト
菅原文太(広能昌三)
松方弘樹(坂井鉄也)
金子信雄(山守義雄)
梅宮辰夫(若杉寛)
田中邦衛(槙原政吉)
渡瀬恒彦(有田俊雄)
仁義なき戦い
昨今の勘違いだらけのヤクザ映画に対して格の違いを見せ付けてくれる『仁義なき戦い』シリーズ第一作。日本映画史上に残る傑作は、渚まゆみの悲惨なレイプされ様と、岩尾正隆の壮絶な死に様によって生み出されたのである。

■あらすじ


戦後の広島の闇市。復員兵の広能昌三(菅原文太)は。一人の男をふとした勢いで撃ち殺してしまい刑務所に入ることになる。その中で若杉寛(梅宮辰夫)という土居組若衆頭と知り合い、兄弟の契りを結ぶことに。仮出所した広能は、山守義雄(金子信雄)率いる山守組に入る。それが全ての始まりだった。やがて戦後の混乱の中、広島の呉市でも血で血を争うやくざ戦争が開始される。


■東映の荒波のオープニングにずっと熱くなれる男でいたい


仁義なき戦い
白黒のきのこ雲の写真と共に赤字のタイトル文字がどかんと出てくるのである。さあ、仁義なき戦い。津島利章のテーマ曲と共に日本映画のさらに新たなる幕開けが始まったのである。ナレーションは小池朝雄である(刑事コロンボでも有名な)。この映画いきなり、レイプと腕切りシーンから始まる。太平洋戦争が終わり軍国主義の崩壊により、あらゆる秩序は失われた。そして、多くの出征兵達が本土に戻ってきた。太平洋戦争にはトータル約1000万人の若者が出征し、そのうち約250万人の若者が戦死した。その中には少なくとも約5万人の朝鮮人・台湾人が含まれていた。つまり、戦争に行った4人に1人は、死んでいったのだ。そんな生き残りの若者達が帰ってきたのだ。戦地であらゆるものに飢えてきた解き放たれた狼達が。しかも舞台は原爆投下により26万人の死者を出した広島である。


■セルジオ・レオーネに通じる構図の妙


仁義なき戦い
早速主人公の広能昌三(菅原文太)が、戦後の闇市で殺人を犯してしまう。それにしても、深作欣二の手持ちカメラの映像を使用したカット割りは見事である。この昌三の殺人シーンにしても、セルジオ・レオーネに通じる構図の妙が伺える。
人間性不在の殺人シーンに、名シーンは存在しないのである。そして、殺人シーンには、殺される役者の熱演も必ず必須事項なのである。岩尾正隆のこの死に様には惚れ惚れとする。『仁義なき戦い』は、渚まゆみの悲惨なレイプされ様と、岩尾正隆の壮絶な死に様によって生み出されたのである。


■本作はいかに80年代の香港映画に影響を与えたことか・・・


監獄で兄弟の契りを結ぶ昌三と若杉(梅宮辰夫)。それにしても、梅宮辰夫のこの迫力。一昔前の香港映画(主にジョン・ウー)にもろに影響を与えた部分が良く理解できるショットである。映画の題材選びは、まず時代選びから始まるのである。ローマ帝国末期のだれきった時代を描いてもほとんど興味がわかないように、現代のだれきった日本を舞台に描いても、嘘くささそのもの映画になってしまうだけなのだ。
戦後の混乱の時期こそ、人間性の混迷の時期なのだ。だからこそ、この時代を描いた映画は見ていて面白い。

若杉の手引きにより山守組長(金子信雄)に保釈金をつんでもらって出所した昌三は、3年後、他の組の幹部との盆の上でのいざこざで小指をつめるはめになる。これぞ、今後の東映の実録やくざ映画の流れを決める超リアリズムな描写の典型なのである。


■山守の嘘泣きから全ての悲劇は始まる


仁義なき戦い
若杉の親分土居との抗争で、山守組長と昌三をかばった若杉に涙を流し、土下座までして感謝する山守。そして、その姿に唖然とする昌三と若杉。
それにしてもこのつぶらな瞳。100人中100人がこの男には丸め込まれるだろうオーラが満開!この山守という男、自らが頂点に君臨し続けるためなら、血気盛んな若者を利用して肥え太っていく強欲狡猾の男なのである。金子信雄のすごいところは、いろいろな地方の方言を自己流にアレンジして流暢に使いこなすところだが、それ以上にすごいのが、自分自身の最も輝くキャラクターを心得ているところだ。このこすさ、変わり身の早さ、度胸のなさの全くもってやくざの親分らしからぬところがまた人気の秘密なのだろう。

そして、山守の泣き落としにより昌三が、土居を殺る事に。ヒットの前日に女を抱く菅原文太の演技がすごい。なかなか映画の中で女性の乳房にまでリアルにむさぼりつくシーンはないだろう。『愛のコリーダ』の藤竜也ほどではないにしろこの文ちゃんの追い詰められて感たっぷりな、チンピラチックな演技がなんとも日本的情緒にあふれていいのだ。この乳房へのむしゃぶりつき方は、かなり下品で幼児的だ。そして、それがまたこの映画にとってはいいのである。やはり日本のやくざにはスタイリッシュという言葉は似合わないのである。
「後がないんじゃ 後が・・・」この場末感こそ、日本映画が世界に誇る演出方法の一つだと私は考える。


■へたれカッコよさ全開の文ちゃん!


仁義なき戦い
土居をヒットする昌三。このチンピラもいいとこなへたれカッコよさ全開の文ちゃんの演技にはかなりしびれる!
菅原文太は、もっと評価されてしかるべき俳優なのである。1973年40歳にしてこの若さ弾ける男ぶりには、最近もてはやされている『ちょいわる』も吹けば飛ぶよな。いかつい格好良さがある。『仁義なき戦い』の昌三は、菅原文太なくしてありえなかった。高倉健でも、松方弘樹でも、渡哲也でもその主役はつとめれなかった。なぜなら菅原文太ほどギラギラした男はいないからだ。もし彼がこの作品の数年後に没していたならば、彼はブルース・リー並みの伝説となっていただろう。菅原文太は日本が誇る名優の1人なのである。


■絶世の美女


中村英子
梅宮辰夫の情婦を演じる絶世の美女に注目していただきたい。この映画でもかなり上位にクレジットされているこの女優の名は、中村英子という。日本美女の妖艶さを漂わせている彼女は、1974年結婚を期に引退した。夫は山口組三代目組長田岡一雄(62)の長男(30・ジャパントレード社長)である。1974年暮れには長女も生まれていたが、1975年3月30日警察の頂上作戦で夫が逮捕されたのを苦にして自宅の居間でガス自殺した。享年24歳であった。当時の警察の人権蹂躙振りが生み出した悲劇だった。

結局土居殺害後、神原(川地民夫)の差し金により、再逮捕された昌三。その敵をとる若杉だが、槙原に潜伏先を密告され射殺される。中村英子の本物の情婦そのものの名演技に注目。彼女には若尾文子、岩下志麻、松坂慶子の流れをくむ妖艶なムードがある。その表情による表現力は、かなりの将来性がうかがえただけに・・・美人薄命の人だった。


■やくざの芝居とは、似せるものではなく、演じるもの


仁義なき戦い
時代は移り昭和29年。土居・若杉の亡き今、山守の天下となった広島・呉では、一部幹部により覚醒剤が蔓延し、若頭・坂井鉄也(松方弘樹)などの上層幹部は、警察の締め付けに迷惑していた。そこで、覚醒剤蔓延の中心となっている新開組組長・新開宗市(三上真一郎)の幹部・有田俊雄(渡瀬恒彦)に対し、「ポンは、やめぇ〜言うとるのが聞けんか?」と。

それにしてもこの3人が絡むショット。かなりすごい!まずは松竹・小津安二郎映画で名演を見せていた三上真一郎のこのいかつさに注目!さらには、このいかつさ満点のグラサン姿の松方弘樹、さらにいまやいいおやじぶりが定着してる渡瀬恒彦のこのいかつさ。
やはりやくざを演じるという姿勢が重要なのである。最近のVシネマはどちらかというとやくざに似せよう似せようとしているのが多い。役者なのだから似せるのではなく、演じなければ意味がないのである。最近は「あなたはやくざになりたいのか?」という憧れ的物まね芝居をする役者が多い。それは見ていてあまり面白くないのだ。


■やくざの人間群像を描く!


そして、幹部会議。とにかくこの映画キャストが豪華すぎる。しかもすべての役者が芸達者なのである。さて物語の方は山守が
「まあ、お前らでええようにきめい。ただいうとくがのぉ〜。子が親に銭を出し渋る極道がどこにおるなん」とぶちぎれて去っていく所から内部抗争の呈をそうしてくる。市会議員・金丸の策略により、新開組が若頭坂井に反旗を翻すことに。ここに『仁義なき戦い』の終幕は切って落とされるのである。

坂井にとっても新開にとっても、覚醒剤を売ることについてのモラルが問題なのではなく、ただ単に勢力の現状維持VS勢力の拡大という立場の相違が問題なのである。仁義なき戦いとは、言葉を変えて言えば広島やくざ戦国時代なのである。戦後の焼け野原で飢え切った若者達が、ただひたすらに己が感じる勝利に向かってひたすら突き進む。『仁義なき戦い』が多くの人々の共感を勝ち得たのは、そういった部分を非常に鋭く描ききったからなのである。そこにただ単にやくざのシノギを描いているだけの昨今のVシネマとの違いを感じるのである。


■死に様オンパレード


仁義なき戦い
先制攻撃は有田が坂井の兄弟分・上田(伊吹吾郎)を散髪屋で殺害することから始まる。そして、坂井の報復の末に、いすゞのヒルマンで逃げるも警察に追跡され逮捕される。さらに新開も殺害され、内紛は坂井の一方的な勝利の元に終了するのである。この内紛で、射殺される組員の役で川谷拓三が出ているが、まだ印象に残るほどのイメージは残していない。ちなみに川谷拓三のような役者こそ、本当に味のある役者なのだと考える。それにしても、
これほど美味しい死に様のオンパレードを用意されたら役者同士の死に様に対するライバル心も自然にあおられるものだろう。


■坂井のてっちゃん


松方弘樹
恩赦にて出所した昌三。坂井と偶然の再会を迎えたときに、昌三が山守に頼まれ殺しに来たと勘違いした、坂井が逃げ惑う姿は、最高である。松方弘樹は並々ならぬ情熱を本作にかけていた。31歳にして気心の知れた深作監督の下、松方が最高に弾け始めたのはこの映画からである。
目元の優しさをカバーするために彼は、作品中ずっとグラサンで通したのである。人が化ける時は、必ず創意工夫と後押しが必要なものである。

当初はこの坂井役を菅原文太がする予定だった。そして、坂井鉄也を主役に脚本は構成されていたのである。それにしても菅原文太のこの渋さ。宇野重吉ばりの人生の甘露を味わった男の渋みがほとばし出ている。こういう男の魅力を演じられる役者は、菅原文太以外では、高倉健、鶴田浩二あたりしか思いつかない。やはり日本人の好きな男性像の一つは、世渡りべたで言葉数の少ない、背中で物を語る男なのだろう。


■槙原政吉のこすさに惚れるべからず


仁義なき戦い
そして、この男がクローズアップされる!槙原政吉(田中邦衛)である。彼こそは、仁義なき全シリーズを通じて登場する徹底的に銭儲けに喰らいつくキャラクターなのである。山守と並びそのしぶとさは、ある意味男の鏡であろう。何せ組の一大事のときでさえ「親分、死ぬ言うて問題じゃないがのぉ、女房の腹に子がのぉ・・・」と逃げを打つへたれぶりなのである。

この田中邦衛という男、元々は中学教員だったわけだが、そんなバックグラウンドを持つ1人の男が日本映画史上10本の指に入る伝説的こすいキャラを演じたところに彼の懐の広さを感じる。田中邦衛41歳にして、長年所属していた俳優座を退座して、気合たっぷりに臨んだ作品である。
それにしてもこの作品の男の役者達は、実際にも勝負年だった人が多い。やはりいい映画とは、こういう状況を背景に背負う役者を集めることで生まれるものなのだろう。


■『仁義なき戦い』は名セリフの宝庫だった


山守と坂井の私利私欲の争いに嫌気がさした昌三は遂に、山守組を離脱することに。そして、坂井は赤ん坊の人形をおもちゃ屋で物色しているところを射殺される。坂井は、死の寸前に昌三に言っていた。

「昌三。こんなの考えてることは理想よぉ。夢みと〜なもんじゃ〜。山守の下におって仁義もくそもあるか現実ちゅうもんはのぉ〜おのれが支配せんことにはどうにもならんのよぉ〜」

「昌三。わしらはどこで道間違えたんかのぉ〜?夜中に酒飲んどるとつくづく極道が嫌になってのぉ〜。足を洗ちょろかと思うんじゃが朝起きて若いもんに囲まれちょると夜中のことはころ〜っと忘れてしまうんじゃ〜」


昌三は間髪いれずに忠告する。
「最後じゃけんゆうとったるがの〜。狙われるもんより狙うもんの方が強いんじゃ。そがな考えしとると隙ができるど」


■なんだこのギラギラした男達の輝きは!


仁義なき戦い 仁義なき戦い
坂井の葬儀の席にて、昌三は普通のダブルのスーツ姿でやってきて、坂井を殺害する糸を引いたやつらから送られた香典や献花に対して、拳銃をぶっ放す。「広能っ、おんどりゃ腹くくった上でやっとるんか!」と怒鳴る山守に対して、「山守さん弾はまだのこっとるがよ」と捨て台詞を発する昌三。その迫力にただ立ち去る彼を見送る・・・・そして、映画は終わる。

この作品を見て、純粋に思うことは、なんだこのギラギラした男達の輝きは!である。内容自体はロマンあふれる任侠映画ではなく、哀愁と暴力があふれる映画なのであるが、手持ちカメラの映像の影響もあるだろうが、とにかく画面からはみ出さんばかりのバイタリティにあふれている。よくアメリカ映画の『ゴッドファーザー』と比較する人もいるが、この映画とあの映画では描いている主体が全く違うのである。あの映画はファミリーを、この映画は個人を描いているのであるから、この作品に壮言さを求めるのは筋違いなのだ。

かたくななまでも仁義なきやくざ戦争の中、仁義をつらぬき通そうとする菅原文太の渋さ、そして、ラストも殴りこみで終わるのではないという見事さ。戦後日本社会のアイデンティティの喪失をここまで見事に描ききった作品はないだろう。そして、いい男とは、自分なりのけじめのつけ方を知っている男であると言う事を広能昌三が教えてくれる映画である。

ちなみに本作の原作は“広島ヤクザ戦争”の渦中にいた美能組元組長・美能幸三(広能昌三のモデル)の獄中手記をもとにした、飯干晃一の同名の小説である。

− 2007年3月18日 −


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