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殺しの烙印   (1967・日活)
■ジャンル: アクション
■収録時間: 91分

■スタッフ
監督 : 鈴木清順
脚本 : 具流八郎
撮影 : 永塚一栄
音楽 : 山本直純

■キャスト
宍戸錠(花田五郎)
小川万里子(花田真美)
南原宏治(大類進)
真理アンヌ(中条美沙子)
南廣(春日義平)
玉川伊佐男(薮原道彦)
殺しの烙印殺しの烙印
ストーリーよりも映像に対する様々な遊びを優先した「殺し屋映画」。独白の多さはハードボイルドというよりむしろ劇画的であり、スタイリッシュというよりも「構図の分解」=「難解さ」と「凡庸さ」の融合と不協和音が感じられる作品である。明確に「感覚を刺激する作風」であり、「物語の陳腐さ」が「シュールレアリスム(超現実主義)」といった域まで本作を高めていない点が、カルト映画といわれる由縁だろう。最も清順たちはそっちの方向よりも新しい映画の方向性を模索して楽しんで作っていたのだろう。しかし、つまらない凡作よりは100倍もの価値がある作品であることは言うまでもない。

■あらすじ


殺し屋ランキング・ナンバー3の花田五郎(宍戸錠)は、組織の幹部を護送する仕事を受ける。「幻のランキング・ナンバー1」をいつかやっつけ自分がナンバー1になることを夢に見ながら黙々と殺し屋稼業に励む五郎の前に、謎の美女・美沙子(真理アンヌ)が現れる。そして、一匹の蝶が五郎の殺しのミッションを失敗へと導いた。落胆し、美沙子に溺れる五郎の前に、ミッションの失敗により彼を抹殺しにきた「幻のナンバー・1」がやってきた。


■新しいことに挑戦する時に確信なぞ存在しない


殺しの烙印 殺しの烙印
残念ながら本作は「スタイリッシュな映画」ではない。明確に100%。しかし、映像の遊び心に満ち溢れた作品であり、中盤を除いては退屈させない展開である。前半のジョーのクールさが持続すれば完璧にスタイリッシュな作品と化したのだろうが、鈴木清順自体がそういった趣向で撮るつもりは毛頭なかったようである。

彼はこの作品の中で、遊び心を含めて新しいギャング映画の形を徹底的に実験的に突き進めたかったのである。いわばこの作品は実験的映画であり、どちらかというと作っている側の自己の欲求から出発した
「アヴァンギャルド(前衛)」な映画である。だからこそ清順自身にも全く確信的な自信はなく、むしろそういった領域に乗り出して映画作りをするところに彼の偉大さは認められるのである。

実に不思議な事なのだが、
「観客は創造主が、明確な意図を持ってその新鮮味のある作品を作り上げたと思い込みたがる習性がある。しかし、多くの前衛的な作品は、ほとんど混乱と直感と失望と高揚の中から生み出されており、一切の確信が存在しないからこそそこに新鮮味が加わるということなのである」

つまり本作は、明確にストーリーをつむぎだす事を拒否しており、その分印象に残るシーンの構築に全力投球している分だけ、素晴らしい映像と青臭い映像の開きもまた凄まじく。いわゆる天才の作品というよりは、凡庸さの中のキラメキに満ちた作品なのである。これがいわゆるカルト性と、間違った意味での天才性を感じさせているのだろう。


■殺し屋ランキング!いいぜ!この発想!


「つまり宗教的に妄信するのではなく、自分の好きな部分を自由に感じ取ってくれ」
という作品なのである。だからこそ、脚本も「具流八郎」と明記される8人の脚本グループにより、競い合うようにそれぞれの逸話ごとに別れ、個々のパートを組み合わせていったのである。ちなみにその8人とは鈴木清順、木村威夫、大和屋竺、田中陽造、曾根中生、岡田裕、山口清一郎、榛谷泰明ある。

完璧に練り上げられた前衛的なセンス故に、毎分ごとに「好き嫌い」という統一性のない描写が展開されるのである。つまり8本のオムニバス映画なのである。私的には大和屋竺が書いた「殺し屋ランキング」を基本とした前半部分が素晴らしいと感じた。まさにこの部分は日本離れしたハードボイルド感がみなぎっていた。

一方で、モザイクの変わりに黒い線がにょきっと裸体を隠していくという、当時のぼかし文化(現在も続くバカげた検閲制度)を逆手に取った処理も実にセンス溢れるアイデア精神に満ちている。


■登場人物の魅力が失われていく過程・・・


殺しの烙印 殺しの烙印
主役の花田五郎を演じる宍戸錠(1933− )の前半の格好良さは邦画離れしていた。
「米の飯の炊ける匂い」が好きな殺し屋というこのセンスは凄すぎる。しかし、美沙子(真理アンヌ)に依頼された殺しを失敗してからは、宍戸錠の魅力が驚異的な程に減退していくのである。

さらに後半にいたっては完全にナンバー1の殺し屋(南原宏治)に見せ場、格好良さがさらわれていくのである。ストーリーの破綻も登場人物の魅力の喪失も8人の脚本家の分担的な実験映画ゆえに求めるだけ無駄な話しなのかもしれない。

ただし、宍戸錠が中盤以降やたら自問するシーンがあるのだが、ああいった殺し屋の描写は、ダサすぎるとしか言いようがない。
自問自答する姿を映像の中で延々と見せることは、映画の中ではよほど気の利いたセリフでやらないとただの青臭い文学少年のたわごとにしか見えてこなくなるのである。


■おめえには女より湯たんぽ抱いてる方がお似合いさ!


殺しの烙印
『殺しのブルース』というテーマ曲。全編を包み込むジャズのクールさと反比例して最高にダサイ曲なのだが、聞きなれてくると妙な味わいがある。恐らくこの歌詞の持つ一種独特の感性のせいだろう。

男前の殺し屋は 香水の匂いがした。
「でっかい指輪をはめてるな」「安かねえんだ」「安心しろ。そいつには当てねえよ」
まがったネクタイを気にして死んだ

寝ぼけ顔の殺し屋は 寒そうに震えてた
「女を抱いてきたのか」「あたりきよ」「湯たんぽを抱きな」
熱い鉛を抱いて死んだ


特に宍戸錠の会話のやり取りの部分が60年代日活無国籍ギャング映画テイストそのものですごくいいのだ。「女を抱いてきたのか?」→「湯たんぽを抱きな」この言葉のセンス。ちょっと泥臭いこのセリフにかなり痺れる。

ちなみにこの作品の音楽を担当している山本直純(1932−2002)は『男はつらいよ』シリーズ、『8時だよ!全員集合』『3時のあなた』などの曲も担当した人である。


■それとも幻のナンバー1


殺しの烙印
おいおい!一体誰なんだ?「幻のナンバー1」とは?かなりわくわくするじゃね〜か。この殺し屋ランキングという子供じみた発想が素晴らしい。ランキングという極めて俗でありながらもその世界に影響を与える要素の導入により「オレもかつてはランキングに入ってたんだ」などというランキングの変動に一喜一憂するボクサーのような殺し屋像が生み出されているのである。

そんな殺し屋ランカーの中でも最もいかす死に様を見せてくれたのが、ナンバー4コウである。
銃を撃った後にハンカチで銃口を拭うその仕草のキザったらしさ。そして、相打ちで命を落とす瞬間にスーツの上着を脱いで自分自身の死に様がわからないように顔に掛けて死ぬ姿。かなり格好良すぎる!このコウ役を演じたのは『殺し屋のブルース』を歌い、この部分の脚本も担当した大和屋竺(1937−1993)である。

そして、設定として面白いのが、ナンバー3五郎の妻真美の設定である。本来殺し屋は一匹狼のはずだが、彼には金使いが荒く、浮気性の女房がいるのである。しかもやせぎすの不美人な女性である。それでいて所帯じみているわけではなく、二人でいるときはほとんどセックスに励んでいるだけであり
「セックスの時だけ親切なのね」と言われる関係なのである。


■ゴルゴ13真っ青の殺しの腕


殺しの烙印
蘇える金狼』(1979)でも登場した猿島のトーチカ跡での殺し屋対決もなかなかイカスが何よりもイカスのは五郎の暗殺シークエンスである。

広告看板の動くガスライターの間から、電車のホームに立つ対象人物を列車を貫通して撃ち殺すシーンを始め、義眼を不気味に洗うブラック・ジャックのような医者を水道管に添って撃ち殺すシーン(これが有り得なさ1000%で最高!)と奇抜ながらも映像センス溢れる殺しが画面上で炸裂するのである。こういった描写が後世の映画人(ジョン・ウー、ジム・ジャームッシュなど)に与えた影響は多大である。

そして、自動車の下に潜り込みロープを巧妙に利用して車ごと匍匐前進して殺し屋達を返り討ちにする埠頭での決闘シーン。最後には、白のブリーフ一丁になって全員を撃ち殺した後に、
米軍の空母を眺めるその眼差しにかぶさる音楽の格好いい事。このシーンの与えてくれる高揚感何気に映画史に残る名シーンである。


■あなたは神様だって聞いてたの


真理アンヌ 真理アンヌ
少し体をずらしてあげる。1/5秒で2インチの隙間に相手の心臓が入るの。・・・あなたは神様だって聞いてたわ。


このセリフの訳の分からなさ。「私の夢は死ぬこと」成りと言う美沙子の登場である。演じるのは真理アンヌ(1948− )である。そのインド・ハーフぶりが実に美しく。その目の大きさとちょっとしゃくれた感じの顎の雰囲気が特徴的である。雨の中オープン・カーで走るその姿。そして、決して笑わない。

五郎の死神でもあり、結果的には彼の死の瞬間に「ナンバー1の殺し屋」になる夢を叶えてくれた天使でもあったのである。
この無表情でセリフを言い切るというヨーロッパの女優が得意とする魔性の女のセンスをあっさりと表現出来る真理アンヌという女優はなかなか素晴らしい個性の持ち主であった。

この真理アンヌという絶好の素材を生かした鍵穴の形を通してみえる下着姿の曲線の中の曲線の構図や、男は壁にもたれ、女は階段の上というかなり離れた場所から会話をする、映画だからこそ出来る大胆な芸術的感覚溢れるショットは、まさに彼女の存在感ゆえに実現できた芸術的表現ともいえるだろう。

ちなみに五郎の妻真理が
裏切りの独白をする映像ショットもかなり斬新で素晴らしい。


■これがナンバー1のやり口だ!敵をじらし、疲れさせ、殺す!


殺しの烙印 殺しの烙印
賛否両論間違い無しの脱力感たっぷりの最後のナンバー1とのまるでコントのような展開。なぜかナンバー1は、ストーカーの様に五郎に電話攻勢をかけ、さらに腕を組んで同棲まで始めるのである。しかもトイレも一緒というかなりヤバイ展開なのである。

このナンバー1を演じる南原宏治(1927−2001)は毎度のことながら格好良く特に、この声質の迫力はなかなか並みの役者じゃ太刀打ちできない存在感がある。しかもスーツで決めてるこの男。座ったままおしっこをスーツ越しに漏らしてしまう位かなりいってる役柄なのである。

そして、最後の越楽園ジムでのナンバー1と五郎との相打ちによる無常観溢れるラストシーン。撃たれ所の良かった五郎は「ナンバー・ワンはオレだ!」と叫ぶ!とその瞬間物音が、反射的に銃弾を放つ五郎。どさっと倒れる物音。それは拷問の末包帯でぐるぐる巻きになった美沙子だった。

そして、五郎もリングから滑り落ち「砕けて消えた・・・」。殺し屋稼業の無常観溢れるこの終わり方はなかなか良かったが、如何せんそこへの持っていき方が、あのコントの数々だったので戸惑いを隠せないラストである。


■鈴木清順、日活解雇!


本作は、1967年当時の日活社長・堀久作が
「わけのわからない映画を作ってもらっては困る」と鈴木清順を非難し、4月に電話越しに一方的に専属契約を解除したいわゆる解雇事件を生み出したことで有名な作品でもある。この解雇により清順は1977年『悲愁物語』を松竹で撮るまで映画を撮れなくなってしまう。

しかし、この作品はあくまで日活エロス路線の『花を喰う蟲』の併映作品に過ぎずそこまで極端な対応をされるほどの作品ではなかった。しかし、日活の経営状況の悪化というタイミングの悪さに清順が巻き込まれた形だったのだろう。清順はその後日活提訴をし、1971年に日活との間で形式上の和解が成立した。

− 2007年8月11日 −


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