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レス・ザン・ゼロ   LESS THAN ZERO (1987・アメリカ)
■ジャンル: ドラマ
■収録時間: 99分

■スタッフ
監督 : マレク・カニエフスカ
原作 : ブレット・イーストン・エリス
編集 : ハーリー・ペイトン
撮影 : エドワード・ラックマン

■キャスト
アンドリュー・マッカーシー(クレイ)
ジェイミー・ガーツ(ブレア)
ロバート・ダウニー・Jr(ジュリアン)
ジェームズ・スペイダー(リップ)
マイケル・ボーウェン(ビル)
レス・ザン・ゼロ
現在の日本にもアメリカにも蔓延するコレ。閉塞感からの逃亡を求めてただただバカ騒ぎに昂じようとする欲望と、何かに夢中になって生きたいと感じない倦怠感を持つ若者達を描いた作品。20年前のこの世代が親となり、この年代の子を持つ親になったことが現代社会の不毛な状況≠作り出していることがよく分かる作品。

■あらすじ


ロサンゼルスの上流社会育ちの3人の若者。東部の名門大学に進学するクレイ(アンドリュー・マッカーシー)と、モデルの仕事をしている元恋人のブレア(ジェイミー・ガーツ)、そして、レコード会社を運営するもドラッグ中毒になりどん底のジュリアン(ロバート・ダウニー・Jr.)。3人は親友だった。しかし、今やブレアまでもドラッグ中毒になり、ジュリアンはドラッグ代金の未払いの代償として男娼を強要されていた・・・。やがて、そんな3人の身の上に悲劇的な出来事が降りかかるのだった。


■何と言ってもロバート・ダウニー・Jr.の魅力(途中までは)


レス・ザン・ゼロ
ロバート・ダウニー・Jr.と言えばやはりこの作品である。このオープニング前の静止ショットから、6ヵ月後に物語が進んでいき、過去の経緯の断片を知らせる流れは実に素晴らしい。しかし、残念なことにバングルスの曲が終わると、物語は原作の魅力からは全く外れていく。

ドラッグ中毒のジュリアンと(ゼロ・ゼネレーションというよりも)極めて普通の若者・クレイ、そして、ドラッグ中毒予備軍のクレイの恋人ブレアの三人が織り成す三角関係が描かれた凡庸な青春ドラマに成り下がっている。まさにロバート・ダウニーJr.の存在がなければ退屈な青春ドラマでしかない。


■素晴らしすぎる主題歌『冬の散歩道』


レス・ザン・ゼロ
バングルスの『冬の散歩道』が鳴りビバリーヒルズの魅力的な風景が映し出されるオープニングは躍動感溢れる曲に見事にマッチしている。良い意味で1980年代を象徴するオープニングである。親友ジュリアンに恋人ブレアを寝取られたクレイが、大学のクリスマス休暇で6ヶ月ぶりに戻ってくる姿のバックに流れるこの曲の歌詞のよさ。
Time time time See what's become of me・・・

ただし、作中に流れるポイズンやスレイヤー、LLクールJ、パブリック・エナミーといった他の曲は、1980年代のMTV商業主義そのものであり、流行が過ぎれば賞味期限がすぐ切れるという類の曲なので、映画自体の古臭さを露骨に感じさせる。

ちなみに撮影を『マドンナのスーザンを探して』のエドワード・ラックマンが担当しているので、この映画のポスターがクレイの部屋に張ってある。


■ブラッド・ピットの下積み時代の貴重な映像


ブラッド・ピット
最初のパーティ・シーンで、クレイがクラブに入っていく所で、入り口付近で会話しているグラサンの金髪の男性が、当時ノンクレジットで手取り38ドルのエキストラとして出演したブラッド・ピットである。この煙草の吸い方。こういったエキストラでも芝居をしているところが素晴らしい。

この作品結構クラブで踊るシーンが多いのだが、それがこの映画のリズムを悪くしている。映画の領域に過度に音楽が入り込むと映画自体の世界観が陳腐なものになる。ちなみにレッド・ホット・チリ・ペッパーズの2人もちょい役で出演している。しかし、レッチリが歌っているクラブのシーンで照明係が写っていないか?


■やがてリアルなダウニー・Jr.にうんざりしてくる


ロバート・ダウニー・Jr.
ブレアは言う「私とあなたはもう前とは違うのよ。変わってしまった。あなたが私とジュリアンのもとを去ってすべてが変わってしまったの。私もジュリアンも頼る相手がなくて・・・」
ゼロ・ジェネレーションとは、見事なほどに親と子が記号化された世代なのである。そして、子達は友人に親の存在を求めるようになっていくのである。ブレアもジュリアンも明確にクレイに父親を求めている。この関係図式が原作とは決定的に違うポイントである。

それにしても監督は『アナザー・カントリー』のマレク・カニエフスカなので、男と女のHの描写が全くやる気のない演出である。

ジミヘン「Fire」が流れるクラブでドラッグを吸うリアル・ジャンキー、ジュリアンを演じるロバート・ダウニー・Jr.。演じるというよりは後の彼を見ていると悪く言えばただの本物。ドキュメンタリーである。そのジャンキーのリアルさにおいては、デニス・ホッパーに匹敵するだろう。しかし、
リアル・ジャンキーの醜いほどの存在感がこの映画の全てである事がこの作品の限界でもある。


ロバート・ダウニー・Jr(1965− )

ロバート・ダウニー・Jr. ロバート・ダウニー・Jr.
映画監督ロバート・ダウニーと女優エルシー・フォードの子として生まれる(1975年離婚)。幼少より、バレエ、ピアノを習う。高校を中退し『ベイビー・イッツ・ユー』のチョイ役で本格的にデビュー。19歳の時に共演したサラ・ジェシカ・パーカーと7年間同棲する。1990年12月のオーディションでロビン・ウィリアムス、ダスティン・ホフマンといった候補の中から『チャーリー』(1992)の主役を勝ち取る。英国アカデミー賞主演男優賞受賞。この頃の彼の座右の銘は父親の言葉
「最終ルールはルールを破ること」だった。

5歳で父親からマリファナを与えられ、7歳でコカインを覚えたという。
「僕はドラッグの力を借りて想像力を高めようとする家族のなかで育った」と語っている。1996年の麻薬及び銃火器不法所持による最初の逮捕以来、数回の逮捕をくりかえし、遂に1999年8月からカリフォリニア州立刑務所へ。1年後に仮出所するが、2000年11月及び2001年4月に再び麻薬不法所持により逮捕され、以後約1年間リハビリセンターへ入所。2002年7月に保護観察期間は終了する。性格は極めて温厚で、スター特有ののわがままさが全くない人であり、スタッフ受けのいい役者である。


■ジェームズ・スペイダーの魅力満開


ジェームズ・スペイダー
この頃のジェームズ・スペイダー(1960− )がかなり格好いい。『北斗の拳』のサウザーそのものの金髪オールバックが素晴らしい。この人クリストファー・ウォーケンの若い頃とすごく雰囲気が似ている。しかし、「これが最後だぞ」と念押しされてドラッグを手渡されるロバート・ダウニーJr.が実にリアルすぎ。
中毒の始まりは「これが最後」と自分自身に念押しした時からである。

レス・ザン・ゼロ
赤の1958コルベット。ドイツ車好きにとっても魅力的なアメリカ車である。しかし、1980年代にこれ程高価なクラシックカーが乗れる大学生とは・・・そりゃ人生の目的がなくなって来るはずだよな。


■原作は現在にも悠に通用する洞察力に満ち溢れているのだが・・・


ジェームズ・スペイダー
80年代のファッションは服装に人間が着られている雰囲気で嫌いではない。しかし、原作ではドラッグを決めたりもするクレイが映画の中では完全にクリーンで友人想いという部分にすごく違和感を感じる。実に見事に当時を描いていた原作を、ただの青春ドラマにした所がもったいない。この原作で現在の日本を舞台に、本格的に撮影すれば実に面白いものが出来上がるだろう。ちなみに当初はクレイ役にキアーヌ・リーブスの予定だった。

結局ドラッグ中毒のジュリアンは、ドラッグ・ディーラーに5万ドルもの借金の返済をせまられ、男娼の仕事を強制される。こういう風にして、堕ちて行く人間は自己憐憫の世界に埋没していくのである。ジュリアンの堕落の原因は全て本人の家庭環境と本人自身にあるのだが、クレイとブレアは彼を救おうと必死になってくれる。

しかし、私の経験上、ドラッグ中毒が生み出していくものは絶対的な孤独的立場であり、ジュリアンのような人間にとってより不幸なのは、男娼として誰からも見捨てられてクズのように生きていくことだったのだろう。より洞察力のある脚本家、監督であれば、クレイの肩に頬寄せて友に囲まれながら死んでいけたジュリアンの実に幸せな終焉をここぞとばかりに演出し、赤いコルベットが走り去る姿で物語を終えていたことだろう。

これからの時代の映画は、ドラッグ中毒になってしまった人間の心温まる死に様を表現・演出していく姿勢も必要だろう。ある意味、2人の人間がいて、ドラッグ中毒になった人間とそうでない人間がいて、結局はそうでない人間の方が苦悩と不幸に包まれた人生だったという作品も、魅力的な視点ではないだろうか?


■今こそゼロ・ジェネレーションがのさばる時代


レス・ザン・ゼロ レス・ザン・ゼロ
ブレット・イースタン・エリス(1964− 『ルールズ・オブ・アトラクション』(1987)『アメリカン・サイコ』(1991))が1985年に記したエルヴィス・コステロの曲名からとった同名のベストセラー小説が本作の原作である。この題名から当時の世代を「ゼロ・ジェネレーション」と呼ぶようになった。しかし、原作の淡々とした生気を感じないムードは残念ながら映画の中には全く存在しない。

1980年代のビバリーヒルズの上流階級の若者たちのパーティー&ドラッグを描いたものであるが、実際現在のアメリカの上流階級の息子・娘の状況と全く変わっていない。実際今の方がより悲惨なんだろう。パリス・ヒルトンやニコール・リッチーなんかを見ていると明らかである。
根拠のない自己顕示欲と過度なまでの自己中心主義、そして、こういう空虚な人間をファッション・リーダーとして取り上げていたメディア。こいつらこそ『レス・ザン・ゼロ』である。

− 2007年3月15日(2007年11月1日修正) −


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