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穴   LE TROU(1960・フランス)
■ジャンル: ドラマ
■収録時間: 124分

■スタッフ
監督 : ジャック・ベッケル
製作 : セルジュ・シルベルマン
原作 : ジョゼ・ジョヴァンニ
脚本 : ジャック・ベッケル / ジョゼ・ジョヴァンニ / ジャン・オーレル
撮影 : ギスラン・クロケ

■キャスト
ジャン・ケロディ(ロラン)
フィリップ・ルロワ(マニュ)
ミシェル・コンスタンタン(ジョー)
マルク・ミシェル(ガスパール)
レイモン・ムーニエ(大僧正)
カトリーヌ・スパーク(ニコル)
穴
この作品は、リアリズムに徹しているようでありながら、実は第6の人物、そう我々観客の目を意識している。5人それぞれが6人目の我々を意識しながら物語は展開していくのである。だからこそ、脱獄のために穴を掘る作業の中で、思わず土の掘り出しや潜望鏡で監視する手伝いがしたくてたまらなくなるのである。そして、衝撃の終幕を迎えた後に「悪行の疑似体験」から生み出された様々な感情に我々は満たされるのである。これがある種の映画のみが生み出せる「共犯関係」の凄さなのである。

■あらすじ


パリのサンテ刑務所にある未決囚の監房(=日本で言う拘置所)の一室で、4人の男たちは脱獄を計画していた。そんな時ガスパールという若い青年が新顔として入ってくる。彼も加えて5人で脱獄のための穴を掘ることになる。歯ブラシの柄に取り付けた鏡で、潜望鏡のようにドアの小窓から看守の行動に要注意しながら黙々と掘り続ける5人。しかし、計画は思わぬ一つの穴から予想できない方向へと進んでいくのだった。


■どうしても第六の脱獄囚になることは避けられない


穴 穴
情無用に徹底して積み重ねられていくリアルな描写。そして、積み重ねられた断層から生み出される緊張感と登場人物の魅力。この二つの要素が、この映画を観ている人間を第六の男へと引き込んでいく。そして、打ち鳴らされる怒号のようなコンクリートを打ち抜く音!観ている側にも今や誇張された音が割り当てられているのである。そうこの瞬間からもう脱獄囚と共犯関係なんだ!

世界のほんの片隅の男たちの物語を描くことによって、世界中の暗闇でうごめく男たちの心を代弁する。その中にあるのは善悪の判断ではなくただただ目的の貫徹のみ。この5人が代弁するのは実際のところ現代社会の会社なり組織で働く男たちの姿でもあるのだ。

その組織の中に埋没するためには、その中で個人の状況など二の次であり、絶対的な協調関係を強要される。そして、結果的に個人的感情に走った果てに背中に投げかけられる言葉は「情けないヤツだ」なのである。


■「情けないヤツだ」と言われる筋合いはある…しかし…


さすが暗黒街出身で死刑宣告までされた経験のあるジョゼ・ジョヴァンニが原作だけある。悪党の集団が何かをやり遂げようとする格好良さと、ぞっとする程の集団的熱狂を本作は見事に描いている。もはや実際逃げたところで逃げ切れるのか?といったことはこの熱狂の中では問題ではなくなるのだ。

そんな中で唯一悪党ではないガスパールが、悪党の集団の中に入ることによって物語は緊張感をはらんでくるのである。一瞬の気の迷いで慣れない世界に片足をつっこむことになるのだが、実際のところ彼には悪党と一緒に脱獄する必要性がなかった。結果的に冷静になってそれに気付いた彼は「情けないヤツだ」と言われてもしょうがない行動を選択する。
ここにどんなに「悪の行い」=脱獄が格好よかろうが、所詮は悪党はお互いの人生の足を引っ張り合っている構図が垣間見えるのである。

そして、そういった本来同情すべき立場に、この卑下すべき登場人物―そう誰もが共感しかねる妻の17歳の妹と近親相姦関係になる男―が追いやられていくのがこの作品の意地悪な所なのである。


■ホンモノの脱獄囚ジャン・ケロディの彫刻のような風格


穴
しかし、この作品の魅力の大半はそういった理性的な分析を遥かに超えた、脱獄を企てる男たちの静かな情熱にあるのである。
特に親指と人差し指のない男ロラン。演じるのはジャン・ケロディ(1920−?)だが、この人は実際に1947年の脱獄計画に参加した人であり、第二次世界大戦に従軍し、逃亡して刑務所に入れら12年間刑務所生活を過ごしたという。

この人これ一本しか映画出演していないのだが、とにかく表情がいちいち決まってる。実に寡黙でしかも手先は指が二本ないにもかかわらず器用。そして、超人的にタフ。まさにこの人の存在なくしてこの作品の魅力は生まれなかっただろうというほど、この世界観のダシがらのような存在である。

この人を見てしまうと、何と言うか手つきや身のこなしそのものが見れば見るほどにぞっとするまでの現実感に包まれている。
ホンモノの凄み。一回限りの顔見せ公演。こういったものにはどんな名優でさえも勝てない一回限りゆえの怖さがある。

そして、いわばロランの右腕的存在であるマニュを演じるフィリップ・ルロワ(1930− )。彼はのちに『黄金の七人』(1965)の教授役で有名になるのだが、この作品では、短気だが無口で信頼のおける男を演じている。彼のみがガスパールに最初から懐疑的だった唯一の男だった。

そさらに、もうひとり実に奇妙で魅力的な男がいる。その名はジョー。演じるのはミシェル・コンスタンタン(1924−2003)。まずこの人の服装だけやけにリラックスしている。そうジャージなのである。しかもこの人実生活ではずっとバレーボールの選手をしていたのでジャージがめちゃくちゃ似合う。

しかもいつもねっころがってばかりでイチイチやる気がないので、保養所にいるオッサンのような場違いさに満ち溢れている。それでいて配管工を殴るときや穴を掘る時には俄然目が輝いてくるというそのギャップが面白いキャラクターである。そのハンサムなのかぶ男なのか分からない馬面フェイスが一種独特の異彩を放っていた。


■カトリーヌ・スパークにときめくのは罪悪なのか?


カトリーヌ・スパーク
そして、五人目の男ガスパールなのだが、この一見冴えないやさ男がこの物語のキモとなるのである。27歳のガスパールには3歳年上の妻がいる。そして、妻は大変な資産家であり、ガスパールはその資産にぶら下がって生きている男である。そんな彼女の17歳の妹に手をつけてしまう。結局そのことが妻にばれ、銃で撃たれかけ揉み合った結果、妻の肩を撃ってしまい逮捕されたのだ。

はっきり言ってガスパールは近親相姦のロリコン男である。しかし、17歳の少女が美少女なれば、致し方がないのかもしれない。ただガスパールという男。そういう事件を起こしておきながら、あまり反省もなく、近親相姦関係の妹に差し入れをさせたりする少し人間としては同調しかねる嫌なタイプの女ったらしなのだ。

この観ているもののほとんどに嫌悪感を感じさせる男が、最も観ている我々に近い一般的な男であるといういやらしさが、この作品の隠し味なのである。

それにしてもカトリーヌ・スパーク(1945− )。う〜ん。当時15歳。可愛いね。こんな少女を見てときめかなかったら男じゃないよな?


■対話≠謔閧熈行為≠映し出した作品


穴
この作品のオープニングの入り方が実に素晴らしい。ジャン・ケロディが登場し「この物語は実話云々…」と言うだけなのだが、この一瞬の何の変哲もない導入部分には、何故か物語に引き込んでいく求心力があるのである。
実に淡々と淡々と・・・この淡々とが、この作品のくせ者具合なのである。

前半はいわば、監獄の生活、システムの細かい描写が成されている。
作品の世界観の外壁を丹念に描き出すことから、中盤・後半のもはや無駄なものは省略していく演出が成り立っていくのである。特に、看守が包みを一本のナイフで調べていくシーンは、実に不衛生で不愉快な行為なのだが、その手際の良さに、何ともいえない職人芸を見ているような感覚と囚人生活の現実感を感じさせられるのである。

「手先」。この作品の一つのキーポイントである。手先を写す映像が多く。そのショットは登場人物の表情よりも多く映し出される。この作品は対話≠フ映画ではなく行為≠フ映画なのである。そして、その傾向が最も顕著に現れているのが、ラスクにジャムを塗りあったりする食事シーンの中になのである。


■決して人を掘り下げず、穴を掘り下げた


「夜よりも日中の方が音がまぎれる」

脱獄というプロセスから一切の対話≠削ぎ落として、行為≠丹念に描くことにしたのが、この作品の特徴である。だからこそ、大音響という5人の中の共通音を過大に響かせ、
約5分にわたり、コンクリートに穴をリレーのように代わる代わる交代して掘る姿がノーカットで描写されるのである。

「この音が救いの神さ」


コンクリートと鉄が衝突し生み出される音。この音と対峙することから彼らの自由は生み出されるのである。そして、この不愉快なまでの高音が、いつしか観ているものもその場の第6人目の男のように心配させるのである。「おい!その縁を鉄パイプで殴って、木枠を潰すなよ!」「そこの土かき集めてやれよ!」という風に。

この瞬間。脱獄するものたちの立場になって観ている側は、物語に接さざるを得なくなるのである。この対話≠拒否して行為≠フみを描き出したこの作品の姿勢が、普遍性を生み出せた原動力なのである。


■掘れ!掘れ!しかし、墓穴は掘るな!


「先に穴があくか?捕まるかさ!」

「もう見張らなくていい」「なぜだ?」「今看守が来たらお手上げだからさ」


そして、やっと一人が通れるくらいの穴を貫通してからは、もう目の離せぬ緊張感溢れる脱獄劇が展開していくのである。鍵を即席で偽造したり、肩車で看守を欺いたり、そうこうしているうちにパリ市内へとつながる地下水道を発見するのだが、そこには最後のコンクリートの壁でふさがれていた。

しかし、そんな障害物にももろともせずに再び、ロランは顔面に石つぶてをもろに浴びながら、恐ろしいほどの勢いでコンクリートを打ち砕きにかかるのである。この芝居は、顔が商売道具のプロの俳優には絶対に出来ない一世一代の凄み溢れる芝居である。そして、ジャン・ケロディから、ブロンソンを優に越えたダンディズムと男臭さを感じた瞬間だった。


■歯ブラシの半回転が知らせる人生の非情=フィルム・ノワール


穴 穴
そして、何よりも素晴らしい驚愕のラストシーン。そう歯ブラシの柄につけた鏡をくるりと回転させるとそこにはずらっと並んだ看守の姿が!もうこの瞬間の映像の素晴らしさは芸術的としかいいようがない。緊張感の持続から一転してさりげなく、緩んだ空気を作っているところなどは凄いとしかいいようがない。やっと脱獄の前の一呼吸がつけるんだなと思う瞬間の出来事なのである。

穴
初めてこのシーンを見せつけられたらこの緩急に驚かずにはいられないだろう。そして、パンツ一丁にさせられた4人。その脇を1人別の部屋をあてがわれるガスパールが通り過ぎていく。その時ロランが言う一言。

「情けないヤツだ」

結局のところガスパールと4人は住む世界が違った。配管工に対する暴行行為にショックを受けたように、ガスパールはこの4人の世界観に新たな活路を見いだそうとした。しかし、彼は悪党ではなかった。もしガスパールが賢明な男ならば、自分に相応しい穴を掘っていくことだろう。そうでなければ今までどおり、女におんぶにダッコな人生を送り、いつか再び監獄に入り、どっちの世界からも浮き上がった半端モノとして生きていかざるを得なくなるだろう。

あの立場に立てば、自分自身はどういった行動を取るのだろうか?そういったことに思いを巡らせられるのも魅力的な映画の一つの特質である。

本作はフランスの名匠ジャック・ベッケルの遺作となった。そして、この作品で彼はフランスのフィルム・ノワールの頂点を極めた。この作品はパリの14区にある難攻不落のサンテ刑務所で、1947年に起きた実際の脱獄事件を描いている。この事件の実行犯の一人であるジョゼ・ジョヴァンニが1958年に発表した小説を原作としている。

そして、彼は公開当時こう語っている。
「脱獄映画や刑務所を舞台にした映画は数多くあるが「穴」をしのぐ作品はない。「穴」には何一つ嘘がない」当初はホンモノのサンテ刑務所でロケが行われたが、ジャン=ピエール・メルヴィルの撮影所内に精巧なセットを作り撮り直し作業を敢行した。

− 2007年9月6日 −


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