HOME
■サイト内検索

■洋画
 □カタカナ順
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
 □クラシック
 □ドラマ
 □コメディ
 □サスペンス
 □アクション
 □ポリス
 □スパイ
 □犯罪
 □カー
 □ミュージカル
 □史劇
 □文芸
 □戦争
 □西部劇
 □アドベンチャー
 □パニック
 □ギャング、マフィア
 □SF
 □ホラー
 □スポーツ
 □香港
 □ドキュメント
 □アニメ
 □エロス
 □B級
 □アカデミー賞
 □カンヌ映画祭
 □ヴェネチア映画祭



■邦画
 □ひらがな順
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
 □名作
 □ドラマ
 □喜劇
 □サスペンス
 □アクション
 □刑事
 □時代劇
 □戦争
 □文学
 □パニック
 □東映ヤクザ
 □ギャング、ヤクザ
 □特撮
 □怪奇
 □ドキュメント
 □アニメ
 □エロス
 □B級
 □海外映画祭受賞
007/死ぬのは奴らだ   LIVE AND LET DIE(1973・イギリス)
■ジャンル: アクション
■収録時間: 121分

■スタッフ
監督 : ガイ・ハミルトン
製作 : ハリー・サルツマン / アルバート・R・ブロッコリ
原作 : イアン・フレミング
脚本 : トム・マンキウィッツ
撮影 : テッド・ムーア
音楽 : ジョージ・マーティン
主題歌 : ポール・マッカートニー&ウィングス

■キャスト
ロジャー・ムーア(ジェームズ・ボンド)
ジェーン・シーモア(ソリテール)
ヤフェット・コットー(カナンガ)
グロリア・ヘンドリー(ロジー)
ジュリアス・ハリス(ティー・ヒー)
007/死ぬのは奴らだ
3代目ジェームズ・ボンド・ロジャー・ムーアの登場。ブラックプロイテーション映画とオカルト映画の要素がごった煮された本作においてボンドがほとんどスパイの仕事をしていない点が笑える。冷静に判断すればボンド・ムービーの中でも完成度は低い部類に入る作品だが、独特の不思議な魅力が詰まっている作品。特にジェーン・シーモアの可憐な美しさは歴代ボンド・ガールの中でもずば抜けている。

■あらすじ


ニューオリンズで、ミスター・ビッグの国際的麻薬取引の調査をしていた英国諜報員が刺殺された。早速ジェームズ・ボンド(ロジャー・ムーア)がアメリカに派遣されることになる。そして、この国際的麻薬取引にはカリブ海に浮かぶ島国サン・モニークの元首カナンガ(ヤフェット・コットー)が関与していることが分かった。しかし、カナンガにはタロット占い師・ソリテール(ジェーン・シーモア)がついており、ボンドの全ての行動をタロット占いで予見していた。


■原作者はこの男にボンドを演じてもらいたがっていた


007/死ぬのは奴らだ 007/死ぬのは奴らだ
007シリーズ第8作目にして、3代目ジェームズ・ボンド、ロジャー・ムーアが登場する本作は、前作の『007/ダイヤモンドは永遠に』(1971)終了後のコネリー降板により、3代目ボンドを誰にするかということで紆余曲折を経た。

ショーン・コネリーが550万ドルのギャラの提示を蹴ってボンド役を降板した後、当初ティモシー・ダルトン(1946− )が時期ボンド役のオファーを受けていた。しかし、当時20代のダルトンは自分では若すぎると承諾しなかった。

007/死ぬのは奴らだ 007/死ぬのは奴らだ
そこで本作の舞台がアメリカということもあり、配給会社であるユナイテッド・アーティストは、アメリカ人の俳優をボンドにしたらと、バート・レイノルズ、ポール・ニューマン、ロバート・レッドフォードを推薦した。しかし、製作者のブロッコリが「ボンドは長身で、英国人でなければならない」と拒否し、当時45歳のロジャー・ムーアにジェームズ・ボンド役は決定した。

実際1962年に第一作目の映画化が決定されるにあたり
原作者のイアン・フレミングはボンドはロジャー・ムーアがイメージどおりであると言及していた。しかし、当時ムーアは人気テレビ・ドラマ『セイント』に出演していたのでスケジュール的に無理だったので実現しなかった。ここにフレミングが望んだ男がジェームズ・ボンドを演じることになったのである。


■クレオパトラ=ジェーン・シーモア


ジェーン・シーモア ジェーン・シーモア ジェーン・シーモア ジェーン・シーモア
本作の最大の魅力は、明確に彼女の存在である。ボンドガール・ソリテールを演じるのはジェーン・シーモア(1951− )である。
その天から舞い降りたような異様な美しさと、全く敵に対して無力なお姫様チックなところが歴代ボンド・ガールの中でも突出している魅力だといえよう。タロット占いをしている豪華な衣装と派手なメイクアップなどクレオパトラそのものである。

ジェーン・シーモアは、20世紀でも突出した美のイコンの一人である。

ジェーン・シーモア ジェーン・シーモア
ちなみに当初ソリテール役にはダイアナ・ロスも考えられていたが、原作通り白人にしようと『ヘルハウス』(1973)のゲイル・ハニカットで契約が完了していた。しかし、妊娠によりゲイルは降板した。そこでカトリーヌ・ドヌーブにオファーしようとしたところをブロッコリがテレビでシーモアを見かけ起用することに決める。

当時最高に綺麗な女優だったハニカットのボンドガールも魅力的だっただろうが、芝居力に難ありなので、結果的にシーモアで良かった。


■史上初の黒人ボンド・ガール


グロリア・ヘンドリー グロリア・ヘンドリー グロリア・ヘンドリー
「史上初の黒人ボンド・ガール」グロリア・ヘンドリー(1949- )もなかなか魅力的である。そのアフロヘアーが格好良く、引き締まった黒い肉体も魅力的だった。しかし、
彼女とボンドのラブシーンは、アパルトヘイト時代の南アフリカにおいては、カットされたという。

グロリア・ヘンドリー グロリア・ヘンドリー グロリア・ヘンドリー
グロリアの代表作は『ブラック・シーザー』(1973)や『ハーレムの首領』(1973)で主にブラックプロイテーション映画で活躍した。

マデリーン・スミス マデリーン・スミス マデリーン・スミス マデリーン・スミス マデリーン・スミス
そしてもう一人、タイトルあけにボンドとベッドで愛し合っているミス・カルーソーを演じるはマデリーン・スミス(1949- )である。この人ハマー・ホラーに何作か出ていたがとにかく胸が大きい女優で、本作では5分くらいの出番しかない。ちなみに彼女はロジャー・ムーアの推薦で本役を得た。


■今ひとつ魅力に欠ける悪党


本作はブラックプロテーション映画の波に便乗しようという姿勢で作り上げられている作品でありその影響か悪党は全て黒人である。ボンド映画において悪党は重要な要素なのだが、その悪党カナンガを演じるのはイマイチ凄みに欠けるヤフェット・コットー(1937− )である。脚本上ボンドと張り合うクールで紳士的な悪党という役柄を考えてソフトなイメージでコットーを起用したのだろうが、それならシドニー・ポワチエでいってほしかったところである。

むしろカナンガの片腕であるティー・ヒーを演じたジュリアス・ハリス(1923−2004)の方が見た目も義手で手強く魅力的な悪役だった。折角こういう魅力的な片腕の存在があったのだから、カナンガのキャスティングミスは痛いところである。

ちなみに悪党ではないが、ペパー保安官というボートでチェイスしているボンド達を追いかけ散々振り回され悪態をつくいかにも南部野郎な役柄を好演したクリフトン・ジェームズ(1921− )は、好評につき次回作『007 黄金銃を持つ男』(1974)にも同じ役で出演している。


■ポール・マッカートニー


007/死ぬのは奴らだ 007/死ぬのは奴らだ
本作のポール・マッカートニー&ウィングスによるテーマ曲が最高にいい。実に個性的なメロディラインの曲である。それにしてもボンド・ムービーは毎回タイトル曲への入り方が絶妙である。そして、モーリス・ビンダーのタイトル・デザインも今回は炎と骸骨をイメージに実にオカルトチックにまとめている。

ちなみにこのテーマ曲は3週間全米2位の位置をキープし、イギリスでは全英9位を記録し大ヒットした。そして、アカデミー主題歌賞にもノミネートされた。ちなみにポールもこの主題歌がお気に入りでコンサートでは必ず熱唱するという。のちにガンズ・アンド・ローゼズもカヴァーしている。

この主題歌の縁で本作の音楽担当は、ジョン・バリーではなく、ビートルズの生みの親・ジョージ・マーティンである。


■生まれる違和感


007/死ぬのは奴らだ 007/死ぬのは奴らだ 007/死ぬのは奴らだ
ロジャー・ムーアになってからの一作目ということもあってか、本作はMI6のオフィスは登場しない。Mもマニーペニーもボンドの自宅にやってくる。さらにQの不在。これが本作がボンド映画の中で最も違和感を感じさせられる要因となっているのだろう(ちなみにM役のバーナード・リーは当時大病に犯されていたので、代役としてケネス・ムーアが考えられていた)。

そして、なによりも違和感を感じさせるのは、ブードゥー教というオカルトな響き+黒人の敵役+タロット占いの神秘性の奇妙な融合だろう。
さらに敵も世界征服をもくろむというよりもむしろ世界の麻薬市場を一手に仕切ると言うただの実利的な犯罪者なのでジェームズ・ボンドの必要性があまり感じられないのである。

こういった部分が、本作にスケールダウンしたイメージを与えたのだろう。そして、秘密兵器に関してもこじんまりとしている。まず本作においてボンド・カーは登場しない。本格的な秘密兵器といえるものは一つだけで、それはロレックスのサブマリーナである。

ジェーン・シーモア ジェーン・シーモア ジェーン・シーモア ジェーン・シーモア ジェーン・シーモア
この時計は超強力磁石として機能し、Mの手元のスプーンを吸い付け、さらには銃弾の弾道さえも反らしてしまうほどの強力秘密兵器らしいが、肝心の弾丸を反らすシークエンスはない。この超強力磁石は結果としてミス・カルーソーの下着のファスナーを下ろすだけの役にしか立たなかったのだが、実はこの時計にはもう一つ秘密兵器が仕込まれている。回転カッターである。それが最後の絶体絶命のピンチの時に活用されるのだが秘密兵器一つだけはさすがに淋しい。

MI6の影の薄さと麻薬組織というスケール感の小ささとオカルト色と秘密兵器の淡白さが、本作から007らしさを薄めていった理由の一つだろう。ちなみにロジャー・ムーア自身は本作を『007/私を愛したスパイ』(1977)の次に気に入っている作品と言及している。


■アクションも今ひとつ


007/死ぬのは奴らだ 007/死ぬのは奴らだ
スケール感が失われた分だけ、いかにも1970年代的な現実に即したアクション・シーンが組み込まれているのも、『ダーティハリー』(1971)などのアクション映画の影響だろう。前半のキャデラックのサイドミラーから発射された毒矢でボンドが乗る車の運転手が殺害され、暴走するシーンを皮切りに、堅実ではあるが、007らしくない地味なアクションが散発する。

ただし、ソリテールと二階建てのバスで逃げるシーンにおいて、立体高架にぶつかり二階部分だけ削げ落ちるシーンは007らしいアクションだったが、このカーチェイスもどっちかというと淡白である。

しかし、ラストにいたるジェットボートでの湿地帯のチェイスは文句なしに圧巻である。空を飛んだり、地面を滑ったり約10分にわたって繰り広げられるチェイスはかなり爽快である。このシーンはまさに007らしいスケールの大きなアクションだった。

007/死ぬのは奴らだ 007/死ぬのは奴らだ
その後にワニ園での、ワニ越えのシーンが続くのだが、ちなみにこのワニ越えのシーンは、あまりに危険なのでワニ園の経営者が自身でスタントしたという。しかも5度目にしてやっと成功した。ただし、実際映画上で見てみると実にあっけなくワニ越えは終了するので、「簡単そう」という印象しか見ていて与えられない映像になってしまっている。

残念なことにラストのアクションは、敵の本拠地もしょぼくスケール感に欠しくこじんまりした感じで、カナンガがサメ退治用圧縮ガス弾によって膨張して爆発して死ぬという形で終わる。そして、ガイ・ハミルトンのワンパターン=終わったと見せかけといて悪党の生き残りに襲わせるパターンが物語を締めくくる。義手の殺し屋ティー・ヒーとの電車内での死闘である。このシーンはなかなか悪くはなかった。


■それにつけてもボンドのこのセリフ


007/死ぬのは奴らだ 007/死ぬのは奴らだ
「今夜はゆっくりとお互いの昔話をしよう」

「答えたら殺されるわ」「答えなくても殺す」「抱いた後でできっこないわ」「後だから未練がない」

「元気を出して・・・誰にでも初めてはあるさ」


ロジャー・ムーアのジェームズ・ボンドらしいエロ男ぶりを早速一作目から発揮してくれてます。
この作品からボンドのナンパ師ぶりとフラレてもフラレてもめげない上に、粘りで女をゲットするという「男の教科書」ぶりを発揮してくれるのである。

本編においても早速、2つの「ロジャーからの教訓」が示されている。

1.取りあえず一発試せるかどうか?まずは単刀直入に→断られても怒らない事→女のピンチにそばにいれる男であれ→向こうから飛び込んできてくれる

2.占いを賢く利用せよ→初めての女性も体を許してくれる→そして、優しく元気つけること→その優しさに一層虜になってくれる


う〜〜ん。ボンドは男の教科書である。


■007の新時代到来


007/死ぬのは奴らだ 007/死ぬのは奴らだ
本作は1954年に発表されたイアン・フレミングのジェームズ・ボンド・シリーズ第二作目で本作と同名の原作をベースにして作られた作品である。

700万ドルの予算で製作され、1972年10月に撮影開始された。ロケーションは、ロンドン、ジャマイカ、ニューオリンズ、ハーレムで行われ、世界中で1億3000万ドルの興行収入をあげた。


− 2007年6月22日 −


当サイト内で使用している画像・映像キャプチャー等は、あくまで映画文化の熟成及び芸術復興を標榜する当サイトの意図により、
「映画を文章だけで云々することの不誠実さ」と「目で感じる芸術及び娯楽」である映画に対する敬意の姿勢で使用しております。よって著作権等は、全て各製作者・会社に帰属します。
画像・映像キャプチャー等の使用に関して表記の問題がある場合、又は削除依頼がある場合は迅速に応対させていただきますのでご連絡ください。
このサイトは、100%非営利に、純粋に「映画解釈の究極」を求めて運営されています。取り上げるべき作品・感想等ございましたらどんどんメールください。
当サイトはリンク・フリーです。
Copyright (C) 2007 Geijyutsu Taizen. All Rights Reserved.
Mail:webmaster@summaars.net