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マタンゴ   THE ATTACK OF THE MUSHROOM PEOPLE(1963・東宝)
■ジャンル: 特撮
■収録時間: 89分

■スタッフ
監督 : 本多猪四郎
製作 : 田中友幸
原作 : ウィリアム・ホープ・ホジスン 「闇の声」
原案 : 星新一 / 福島正実
脚本 : 木村武
撮影 : 小泉一
音楽 : 別宮貞雄
特技監督 : 円谷英二

■キャスト
久保明(村井研二)
土屋嘉男(笠井雅文)
水野久美(関口麻美)
佐原健二(小山仙造)
マタンゴ
少年たちは「マタンゴ族を率いるアマゾネス」水野久美のその色香に自分の中の欲望に目覚めた。大人たちは彼女の存在によって、今の生活なんか捨ててもいいと思わせる現実逃避願望を加速度的に募らせていった。そして、衝撃的な最後で知ったのは、あの心理学者もマタンゴになっていた方が幸せだったという事実。彼は都会のキノコ(ネオンを放つビルの群れ)の中で滅んでいく・・・でもどうせ滅んでいくなら久美様の色香に包まれて滅んだ方が幸せなんだ。争いもなくただフリーセックスの精神・・・ソコには60年代を包み込むヒッピー文化の先駆的精神が満ち溢れていた。

■あらすじ


7人の若者がヨットに乗り込み休暇を満喫していた。大学の心理学の助教授村井(久保明)とその恋人明子、ヨットのオーナーでもある青年実業家・笠井(土屋嘉男)とその愛人のナイトクラブの歌手・麻美(水野久美)、笠井の幼馴染のスキッパー・佐田と新進小説家・吉田、そして、船員の小山(佐原健二)の7人。しかし、ヨットが大嵐に遭遇し、難破したヨットは無人島へと流れ着いた。そして、この無人島はマタンゴという毒キノコが生息する島だった。


■和製アマゾネス・水野久美様


水野久美 マタンゴ
とにかく水野久美(1937− )様に尽きる。40年以上経った今も、前川陽子のタイトル曲をバックに不二子ちゃんボイスで肢体をくねらせるキューティーハニー並みのフェロモンを撒き散らす久美様。もうその肉感的なボディー。生肌に汗がじっとりとまとわりつく姿。目鼻立ちのはっきりとした表情。唇の濃厚さ。
もうどれをとっても少年の中のキノコを育て、ヤロウどものキノコを貪り食うアマゾネスのような存在だった。

ストーリーなんて超越したこの久美様のイメージを拝む為だけでも十分に価値のある作品。なのだが・・・内容も十分に素晴らしい。孤島に流れ着いた7人が、食欲と性欲の飢餓感の狭間でドロドロした人間模様を繰り広げながらじわじわと究極の選択へと追いつめられていく。キノコとしての生を選ぶか?誇りある死を選ぶか?という究極の選択。

それは高度経済成長の日本で、肉欲と金銭欲を満たす人生を選ぶか?自分の人生をそういった欲に左右されない人生を選ぶか?という選択肢を置き換えたものとも言える。


■マタンゴとは、自分自身の価値観の喪失の瞬間


マタンゴ
だからこそこの作品は、金銭欲と覚醒剤にまみれた21世紀にこそ相応しい作品とも言える。私たちが観る映像(テレビ・映画)に登場する大半の人間は今や金銭欲と覚醒剤の幻影の中で生きるマタンゴであり、それに憧れるガキどもは、まさに久美様にいい様に導かれていったあの男の姿そのものである。

自分自身の価値観が他人に委ねられた時、その人は自分自身を見つめる鏡を叩き割ったも同然なのである。全ては他者に確認し、他者に確認し続けるからいつまでたっても自分に自信が持てず、息苦しくなる。そして、人間でいることよりも幻影の中で生きようと、精神安定剤や覚醒剤にまみれて生きていくようになる。

マタンゴとは水野久美様が体現した中毒性であり、禁断の果実であり、嫌悪すべきものに取り憑かれる快感であり、文明の放棄であり、感情の放棄でもある。


■ミニチュアの世界に住むマタンゴからの生還者


きらびやかだが無機質なネオンの溢れる夜の街の姿からこの物語は始まる。精神病院の隔離病棟の中で一人の男の独白が始まる。「僕一人だけが助かった・・・」

そして、一転して燦燦と輝く太陽の下の男女の姿。露骨なまでに合成丸出しの不自然な空間の中で、久美様が一心に太陽の恩恵を受けているかのように肉感的な肢体をさらけ出してくれる。陰鬱な冒頭からの場面転換の見事さ。

自由と友情を謳歌している若者の描写にソツがないので、後の展開に対する見事なギャップが生まれている。大半の日本人はヨットに高じるほど豊かではなかった。もちろん今でもそうだが、そんな社会的に豊かな(=過保護に育てられた)若者たちが、その鎧を脱ぎ去っていく様が本作のスパイスになっている。


■今のマタンゴの繁殖期はココから始まった


「ああいうのは(道楽息子)いくつになっても息子なんだな。オヤジのすねをかじって御託並べてる。その方がまた世間にも通用するんだ」


このセリフは、今の時代にも有効なセリフである。政治家も役者も二世が幅を利かせる現代。有権者にとってもスポンサーにとっても簡単に理解させやすく、世間に通用しやすいから能力は二の次で蔓延る構図。そこにあるのは、人間の能力を見抜いていく作業の低下と、本当に才能のある人たちの苦悩である。

そして、そういった時代に本当に才能ある人たちがより苦悩するチャンスを与えられることによって、彼らはより才能を磨き上げていくことになるのである。歴史的に凡庸な人物が表舞台に出てくるとその後必ず、激動の時代に転換していくのはそのためである。

そして、この物語の時代こそ今に繋がる始まりの時期だったのである。ココからマタンゴが氾濫し今の状況が作られてるんですよという。


■隠しスパイスそれは配役の妙


マタンゴ マタンゴ
「昔から船に女は禁物なんだよ。・・・(それは)乗ってる野郎どもの頭がおかしくなるからそう言うのさ」

小山という小悪党を演じた役者が佐原健二(1932− )だと気づかなかった。ずっとサングラスをつけ、リアル歯ぬけの状態でアクの強い役柄を一部の隙もなく演じきっていた。佐原健二と言えばどの作品においても熱血漢で真面目極まりないイメージなのだが、こういった役柄も全く違和感なく演じ上げている。

正直佐原健二を見直した。
「オレはこいつを絶対生き金にして見せるぜ!たとえオマエさん方がみんな死んだとしてもな!」という守銭奴ぶりと、そんな彼が一番最初に死んでしまうという運命の皮肉。佐原が珍しく際立っていた。

一方、同じく誠実な役柄を得意とする小泉博(1926− )。役者としてはつまらない部類に入る彼が、本作においてもつまらない役柄を演じているのだが、コイツがみんなを裏切り抜け駆けの逃亡をする展開にはまんまと騙された。
実はコイツが一番の悪党だったのだ。


■フンッ、みんなわたしが欲しいのよ


マタンゴ マタンゴ
東宝ニューフェイスとして売り出そうと目論まれていた八代美紀(1942−)は、完全に久美様の存在感に脇に追いやられてしまっているが、これは本多監督の確信犯的行為だろう。

「ここニッポン?」

と素っ頓狂な声を出す久美様。その口元の緩む瞬間が男心を捉えて離さない。最もかつて同い年の山本学と結婚したというのだから、山本学も幸せものだ。しかも離婚の原因は山本学の浮気というところが『白い巨塔』の里見教授のイメージからは想像できなくて凄い。

マタンゴ
「ああ・・・おいしいわぁ〜〜」

とキノコを頬張る久美様の姿。その赤い唇の動きの妖艶さ。この妖艶さがあったからこそ『マタンゴ』は多くの支持を勝ち取るに値する作品になった。男が食べるとその男は腐食してキノコ化し、女が食べるとその女は妖艶さを増してキノコ化していくという設定を考えたのは本多監督自身である。彼は観客心理をよく理解した監督だった。

マタンゴとはキノコであり久美様の効し難い魅力なのである。オトコなら(そう男なら)経験があるだろう。久美様のような毒婦に骨抜きにされて涙を流した経験が・・・。「このキノコは美味しいが、食べた人間をキノコに変える」に説得力を持たせたのは、
久美様が恍惚の表情を浮かべ妖艶になればなるほどキノコがむくむく大きく育っていくというその存在ゆえである。


■特撮映画に志があった時代


マタンゴ マタンゴ
キノコ人間として登場する天本英世(1926−2003)。作中では彼がキノコ人間を演じていると認識できない(素顔でも遜色なしという意見不要)。しかし、スチール写真などで見てみると確かにあの天本博士の片鱗が伺える。しかもこの役柄博士自身がかってでたというのだからさすがとしか言いようがない。

しかも、このメイクのまま昼ご飯を食べに外出したというのだから筋金入りの特殊メイクバカ(褒め言葉)である。しかし、これだけ頑張って中盤の恐怖を盛り上げてくれたのだから、もっと終盤の見せ場を作ってあげても良かったんじゃないかと思うのだが・・・

ちなみにこのキノコ人間の誕生の原因は、水爆実験の後遺症である。ココに本多監督=『ゴジラ』の飽くなきこだわりの心が見られる。
特撮とは少年の心を掴む為に作られるだけのモノではなく、少年の心を掴みつつ同伴した両親をも驚嘆させる次元で作ろうという高い志が伺える。


■没個性は、道連れを求めて彷徨う


マタンゴ マタンゴ
「人間は環境によって極端に利己主義になる。動物的になるそういうときにこそ、理性的行動ができなければ人間の進歩は終わりだ」

そして、最後の最後に八代美紀の没個性振りが生きてくる。この自己主張の欠けらもないか弱い女性は、マタンゴを食すことによって、自分の居場所を見つけた喜びに恍惚とするのである。そうこの女性こそ、現在の多くの女性の姿そのものだった。

自分自身で進退を決めることが出来ない女性。だからこそ彼女はキノコ化こそ今までの自分となんら変化がない安住の生活だったんだと安堵するのである。「せんせえ〜せんせえ〜」と先生を誘いながら。

マタンゴ マタンゴ
何故キノコ人間は人間を襲うのか?その答えは彼女のこの誘い声に示されている。没個性だからこそ、仲間を求め一緒に埋没していきたいのだ。彼女は必要に迫られて道連れを求めるのではなく、
没個性につきものの寂しさと不安から道連れを求めるのである。

マタンゴの面白さ。それは強制的にキノコ人間にされるのではなく自分の意思によってキノコ人間になるという所にある。堕ちて行くことを拒めば拒むほどその快楽の虜になってしまう人間の本質。
まさに処女だった女性が性の喜びを身体に教え込まれてしまうような抗し難い禁断の魅力。


■汚染された世界の唯一の救いが実はマタンゴだった


マタンゴ
「東京だって同じことじゃありませんか?みんな人間らしさを失って・・・同じですよ」

「あの島で暮らしていた方が幸せだったんですよ」


マタンゴの原色の豊かな色使いと同じようにネオンに輝く夜の都会が映し出される。
どちらも人為的に作り出された破壊行為の象徴とでも言わんばかりの対比。人間らしさとはすなわち自然との調和だと訴えかける一連のセリフの後に、振り返る村井・・・。

彼の顔はケロイド状になっていた。あの放射能で汚染された島から生き延びる方法なぞ存在しない。実はマタンゴは救いだったという皮肉。放射能に犯され死を待つばかりの人間に与えられた最後の贖罪がマタンゴだった。

めて快楽の中で、滅んでいきなさいという・・・しかし、村井にはそれはもう許されない。彼はゆっくりと放射能の後遺症の中滅んでいくしかないのである。


■アナタハンの女王


マタンゴ
本作はホジスンの原作(1907)を元に初代SFマガジン編集長だった福島正実が原案を練り上げた。一応作家の星新一の名が連ねられているが彼は口頭で軽く協力した形にすぎないらしい。

比嘉和子 比嘉和子
この作品の原案は原作のアイデアを元にアナタハン島事件を参考にして構想されたといわれている。
アナタハン島事件とは、戦時中から戦後にかけてサイパンの孤島で起こった遭難した31人の日本人男性と現地滞在の日本人男女の不思議なサバイバルである。

一人の女を巡り32人の男が南海の孤島で殺し合いを繰り返した。そして、この女性・比嘉和子(沖縄生まれ)が島を逃亡し米軍に救出された時(1950年6月23日)には、男性は19人しか残っていなかった。敗戦を知らずに19人の男に囲まれ生きてきた彼女を
「アナタハンの女王」と当時のメディアは騒ぎ立てた。

1953年には実録映画『アナタハンの真相はこれだ』が和子自身の主演で製作された。一方この作品に触発されたジョセフ・フォン・スタンバーグ監督は『アナタハン』という作品を日本で撮り上げている(ちなみにこの作品の特撮を担当したのは円谷英二だった)。結局比嘉和子は、1974年に52歳で脳腫瘍で死去するのだが、本作の公開当時は健在だった。

本作は『ハワイの若大将』と二本立てで公開された。そして、アメリカ、イタリアを始めとする世界中で公開及びテレビ放映されカルト的人気を誇っている。

− 2007年11月21日 −


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