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ミッシング   MISSING(1982・アメリカ)
■ジャンル: ドラマ
■収録時間: 122分

■スタッフ
監督 : コンスタンタン・コスタ=ガヴラス
製作 : エドワード・ルイス / ミルドレッド・ルイス
原作 : トーマス・ハウザー
脚本 : コンスタンタン・コスタ=ガヴラス / ドナルド・スチュワート
撮影 : リカルド・アロノヴィッチ
音楽 : ヴァンゲリス

■キャスト
ジャック・レモン(エド・ホーマン)
シシー・スペイセク(ベス・ホーマン)
ジョン・シェア(チャールズ・ホーマン)
メラニー・メイロン(テリー・シモン)
チャールズ・チオッフィ(タワー大尉)
ジャニス・ルール(ケイト・ニューマン)
ミッシング
国家というものが、機能しなくなった時クーデターは勃発する。そして、多くの血が流される。基本的にそこには疑わしきは罰するの論理がある。そんな熱狂が生み出される論理的根拠は単純明快にこうである。「一つの国家が国民を締め付けたことにより、不満は沈殿され、いつか爆発する」かくして、未来のクーデターの土壌は耕されているのである。歴史上クーデターが起こったその行為以上に、その起こされた体制の問題点を人々はみようとしない。しかし、昔の江戸幕府、戦争前の日本、そして、今の日本・・・。国家が国民を締めつけているからこそ、人々はクーデターに狂乱してしまうのである。この作品はクーデターに反発して殺された青年の話を通して、見事にこの青年が殺される狂乱とはどんな状態か?を描いている作品なのである。

■あらすじ


1973年、小説家志望のチャールズ・ホーマンは、妻ベス(シシー・スペイセク)と共に南米の某国に滞在していた。政府と軍部の緊張の高まりの中、クーデターが勃発する。そして、ベスの前からチャールズは姿を消した。一方、ニューヨークでは資産家のチャールズの父エド(ジャック・レモン)が息子の捜索に乗り出していた。エドとチャールズ夫妻はここ数年絶縁状態だった。煮え切らない状況にエドは、某国を訪れる決意をする。そして、不仲のベスと共にチャールズを捜し求めるのだった。


■この作品は、解放された閉塞感に満ち満ちている


ミッシング
一つの閉塞した社会が、新しいより閉塞した社会を生み出す瞬間に多くの悲劇は生まれる。そして、いつの時代も若者の血が流される。
腐りきった社会の閉塞感ほど、知性的な人間にとって苦痛なものはない。そんな中チャールズ・ホーマンという小説家を目指す青年も悲劇に巻き込まれてしまうのである。

本作には普遍的な要素が描かれている。それは国家の都合によって行方不明になっている肉親を探す難しさである。現在だと北朝鮮に拉致された肉親を取り戻そうと奔走しておられる人々などがそうである。そして、この作品において、こういった人々の不安・不満・人間不信といった感情が2人の名優によって見事に演じられている。

そういった現実的な描写も的確で素晴らしいが、それと同じくらい幻想的な描写も素晴らしい。例えば軍事クーデターの夜、交通網が麻痺した戒厳令下のサンディアゴをさ迷い歩くベスが目撃する夜中に市街地を走る白馬の姿・・・徹底的にリアリズムに溢れる映像の中に、唐突にこういう描写が与えるインパクトはすさまじい。


■言葉を放棄した時点で全ては最悪の方向に転がっていく


ミッシング ジャック・レモン
不仲だった息子が、得体の知れない南米の国で失踪し、父エド(ジャック・レモン)は、単身戒厳令下のチリに飛び立つ。それにしても、この作品のジャック・レモンの芝居は心を打つ素晴らしさである。さまざまな感情を整理していかなければならない保守的な父親役を、決してステレオタイプではない形で演じあげている。

ベスと再会したエドは聞く。
「正直に答えてもらいたい。容疑は?何をしたために、捕まるか隠れるかしてるのだ?」
「とにかく息子は何も出来ない男だ。理想論をぶつか、売れない小説を書く以外には。」
早速衝突する2人。息子の行方不明によって、今まで会う事さえ避けてきた父親と義理の娘は否応無しに共同作業をしていかなければいけなくなるのである。

この映画の根底にはあるもの、それはお互いの時間を共有すれば必ず分かり合えるということ・・・・・早急に物事を決め付けることと、解決することが如何に危険かということ。


■ジャック・レモンという役者の並みの役者との違い


「今度のことは君らが、道を踏み外したためだ。・・・少なくとも君らの甘ったれた理想主義よりは、私らの方がましだ。今の若い者は、親や国から受けた恩に知らん顔。そのくせ何かあるとすぐにわめく。」とエドはベスに言う。
そう感情的な衝突があるうちはまだ全てはうまくいく兆候なのだ。

息子のことを罵れば罵るほど、エドは息子に会いたくてしょうがなくなる。そして、観客もエドは口ではそんなことを言っているが、人一倍息子に対する愛情が深いということに気づかされるのである。そんなチャールズへの愛情という共通点が、エドとベスの離れて凍りついた関係を溶かしていくのである。

大使館で息子がどんな状態でもいいから、返して欲しい。決してマスコミなどには公開しない。決して騒がない。誓いのサインもする。事件にかかわった全ての人を許す。ただ私の手元に私の息子を返してください。と訴えかけるエドのシーンは非常に感動的である。
愛する人への感情を、発散することの大切さが、すごく感じられる。人生で最も尊いものは、何といっても愛情なのである。

そして、ジャック・レモンは父親の息子に対する愛情表現を、実に違ったアプローチ方法によって、観客に示してくれたのである。芝居の素晴らしい役者はごまんといるが、そういった役者が、真の名優と呼ばれるためには役柄に対する解釈という知性を必要とされる。丹波哲郎やジョン・ウェインのような役者には到底到達できない境地である。最も彼らは彼らであれはあれで素晴らしかったのだが。


ピノチェト・クーデター


アウグスト・ピノチェト アウグスト・ピノチェト アウグスト・ピノチェト
この作品の南米某国とはチリのことである。そして、チリこそは、インカ帝国発祥の国である。1541年よりスペインの植民地となり、1818年独立運動家ベルナルド・オイギンスにより独立する。そして、1970年にサルバドール・アジェンデ(1908〜1973)を大統領とする社会主義政権が誕生する。世界初の民主的選挙によって発足した政権だった。

しかし、1973年アメリカの支援を受けた陸軍総司令官アウグスト・ピノチェトが軍事クーデターを起こす。9月11日午前0時30分、首都サンディアゴのモネダ宮殿に装甲車が侵攻。午前9時に軍部がラジオ放送で、
「我々はマルクス主義支配から国家を解放する歴史的使命をもって決起した」とクーデター開始宣言をする。

午前9時30分一つ残った政府系のラジオ局を通じてアジェンデは「命を賭けて人民への忠誠を誓う」と熱弁をふるう。9時55分戦車部隊宮殿包囲開始。爆撃が開始される。午後4時過ぎ機関銃を乱射しながら宮殿に兵士達がなだれ込む。2階の独立の間にてアジェンデ、キューバのカストロ議長から贈られた小銃であごを貫き自殺したとされているが、今では殺害された可能性が大きいと認識されている。

クーデター成功後アウグスト・ピノチェト(1915〜2006、写真左上)が大統領に就任。そして、16年半の軍事政権が開始され、その間に2115人の左翼運動家が殺害され、チリ・スタジアムなどでは大虐殺が繰り広げられた。ノーベル文学賞受賞者のパブロ・ネルーダも、ガンが悪化し救急車で病院に向かうところを引き釣り出され医療処置を受けさせてもらえず、9月23日に死亡した。

1990年ピノチェトは、民政移管により大統領辞任。2005年10月全資産が差し押さえられるにいたった。


■ジャニス・ルール


ミッシング ジャニス・ルール
二人を何かと助ける女性フリー・ジャーナリスト・ケイトを演じるのは、ジャニス・ルール(1931〜2003)である。『泳ぐひと』(1968)『3人の女』(1977)が代表作だが、実は彼女1958年に『媚薬』(ジェームズ・スチュワート、キム・ノヴァク共演)でジャック・レモンと共演している。カサベテス映画の常連ベン・ギャザラと結婚(1961〜1979)していたこともあり、70年代から精神科医もしていたという。

エドが車の中で怒りを発散するシーンの緊張感は素晴らしい芝居だが、それ以上に素晴らしいのは、その「怒り」と息子チャールズの「怒り」の共通点を見せ付けることにより、二人の肉親としての深いつながりを表現しているこの脚本の素晴らしさである。


■実話を脚色する場合の、基本を忘れていない


ミッシング
そして、遂にエドは一ヶ月前の9月19日に息子チャールズが競技場で処刑されたことを知る。アメリカ大使館関係者は処刑されていた事実を知りながら、エドには隠していたのである。真相は軍事クーデターの後押しをしていたアメリカ政府が、知りすぎていたジャーナリストであるチャールズの処刑を許可していたのである。

それにしても、二人が息子を捜索する過程が実に丁寧に描かれている。死体の山を文字通り乗り越えていき、真実にたどり着くその過程の描き方は見事としか言いようがない。
実話を脚色した作品が、観客をその世界観に同化させる為に最も重要なことは、いかに登場人物を「歩かせる」かということである。


■実際のチャールズ・ホーマン


チャールズ・ホーマン
チャールズ・ホーマンは実在の人物である。1942年生まれで1973年9月20日に死去した。映画では父親が当初、ダメ息子のように言っているが、1964年ジャック・レモンと同じくハーバード大学を卒業している秀才である。(上の写真 チャールズ・ホーマンと妻、1971年撮影)

アメリカ大使がエドワードに言う冷酷な一言。
「今回もし個人的な不幸がなければ、事情を知っても家で平然としていたはずだ」


■国民を踏みつけにする国家は存在する価値すらない


ミッシング
残酷な事実を知ったエドとベスは、帰国の途につく事になる。そして、空港で領事達に対してエドが言う。
「告訴をするぞ。君やタワーや大使や関係者をだ。南極へ行きたいと思わせてやる!」
領事「自由ですが・・・・」
エド
「いや!権利と言え。わが国は君らを野放しにしとくほど甘くはない!」

そして、エド・ホーマンはヘンリー・キッシンジャーを含む11人を息子の死に関する共同謀議で告訴したが結局は国家の機密扱いとなり、告訴は却下された。やはり国家が自己保身に走り出すと、国民を踏みつけにしようと屁とも思わないものである。


■出すぎず引きすぎず。それがこういった作品の基本


『Z』(1969)でギリシア軍事独裁政権の横暴を弾劾したコスタ=ガブラス監督が始めてアメリカ資本で撮った作品が本作である。原作はトーマス・ハウザーの『チャールズ・ホーマンの処刑』(1978)である。撮影自体は、メキシコ・シティで行われたが、コスタ=ガブラス監督が1973年にウルグアイを舞台にした『戒厳令』を撮影したのが、チリであったことからチリに関する当時の情勢にはかなり詳しかった。

南米を舞台にした映画を、ギリシア出身の『炎のランナー』で大ブレイクした、ヴァンゲリスが担当したのが実にユニークである。そして、この音楽の音色が実に素晴らしい。

ジャック・レモンとシシー・スペイセクの光る名演技とヴァンゲリスの癒し系シンセミュージックとコスタ=ガブラスの生々しい背景描写。そのどの部分も出過ぎるところがなく各々の役割を心得ている所は見事としか言いようがない。能力のある役者は、えてして物語からはみ出すくらいのオーラを発散してしまうが、ジャック・レモン(昔のレモンもオーラ発散型の役者だった)とシシー・スペイセクはさすがである。等身大の人物を見事に演じ切っている。さらに、ドキュメンタリーの中に人間的な絆の結びつきまで組み込むのだから、さすがアカデミー脚色賞を受賞しただけのことはある。

ドキュメンタリー・テイストな作品における演出は、ドキュメンタリー=ドラマティックではなく、ドキュメンタリー=リアリスティックが重要なのである。

本作は賛否両論の余地を生み出す作品ということもあり、完全に極秘でメキシコにて撮影された。1982年度アカデミー賞脚色賞を受賞し、作品賞、主演男優賞(ジャック・レモン)、主演女優賞(シシー・スペイセク)にもノミネートされる。更にカンヌ国際映画祭パルム・ドールと男優賞(ジャック・レモン)を獲得した。

− 2007年10月30日 −


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