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人間の証明 (1977・角川春樹事務所) | |||||
| ■ジャンル: サスペンス ■収録時間: 133分 ■スタッフ 監督 : 佐藤純彌 製作 : 角川春樹 原作 : 森村誠一 脚本 : 松山善三 撮影 : 姫田真佐久 音楽監督 : 大野雄二 主題歌 : ジョー山中 『人間の証明』 ■キャスト 岡田茉莉子(八杉恭子) 松田優作(棟据刑事) ジョー山中(ジョニー・ヘイワード) ジョージ・ケネディ(ケン・シュフタン) 三船敏郎(群陽平) |
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■あらすじ 人気ファッション・デザイナー八杉恭子(岡田茉莉子)が高級ホテルでファッション・ショーを開催する最中にホテルのエレベーターで一人の黒人青年が刺殺された。被害者は「ストーハ」の一言と古びた西条八十詩集を残して息絶えた。早速、棟据刑事(松田優作)らが捜査を進める中、やがて戦後の出来事が事件に密接に関わっていることが明らかになってくる。 ■前置き 角川映画第二弾。決して角川映画を映画として批判すべからず。角川映画とは、実際の所映像を使った百貨店である。ただただその世界観を楽しめるかどうかで好き嫌いが別れる。つまり角川映画から見習うべき芸術的センスは一切なくあるのは露骨な商業主義なのであるが、そこを大人として楽しめるかなのである。 ■悪癖の中から生まれた素晴らしきもの1 ![]() この作品の全ての勝利は、この男によるものと言って過言ではないだろう。この男の名はジョー山中(1946− )。あの主題歌が、そして、この男がジョニー・ヘイワードでなければこの作品の魅力は半減しただろう。とにかくジョーがすごく良い。1970年代後半は日本人が世界的なものに憧れを抱いていた時代である。そんな風潮を見事に意識した冒頭のニューヨークから始まるセンスは、安っぽくもあるが、娯楽作品としては当時は画期的だったはずである。 とにかくタイトルバックの中にすでに、ハーレム、英語、旅客機という当時の日本人にとって遠い存在的なものを散りばめているのである。そして、大野雄二お得意のマーヴィン・ハムリッシュの影響もろ受けの峰不二子チックなゴージャスなミュージックをバックにファッションショーが唐突に始まるのである。 ■来るべき悪癖1 タイトルが終わり本編に突入すると同時に、とにかく無駄に長いファッションショーが始まる(私的には悪趣味承知で大好きなのだが・・・・)。山本寛斎によるものである。なんとも「人間の愛とやさしさを」テーマに、ニューヨークから一流モデルを招き、ホテルニューオータニで撮影したらしいが、はっきり言って今となっては無駄に長いと言われてもしょうがない内容である。協力とは、イコール資金源なので映画の中でフルに宣伝効果を挙げてあげなければならない。まさに角川春樹はアドルフ・ヒトラーの宣伝相ゲッペルスの戦略を当時活用したのである。この人は本質的に氾濫する情報量が人間の価値観さえも凡庸に変えるという、骨の髄からして多種多様性を忌み嫌う商業主義的な人間なのである。 ちなみに映画の中で所々に出て来る『フジTV』の名前が実に物語のスケール感を小さくしている。こういった部分を見るたびに角川春樹という男は基本的に映画というものを大衆操作を与える自己満足の道具程度にしか考えていない事がよく理解できるのである。 ■悪癖の中から生まれた素晴らしきもの2 それにしても当時の日本人はぶったまげただろう。何しろニューヨークから始まる日本映画なのだから。とにかく角川春樹。ある意味日本人の負を全て背負っている男である。そんな男が日本映画初の本格的ロケを行ったのである。この空撮何気にいいムードである。当時完成したばかりのワールド・トレード・センターの見事な姿が見える。 この作品総勢70名のアメリカの現地スタッフを起用して約一ヵ月にもわたる本格的ニューヨーク・ロケを行ったという。 ■悪癖の中から生まれた素晴らしきもの3 ![]() しかし、冒頭で1人だけハイテンションなジョー山中。いかにも隠し撮り丸出しのニューヨークを背景に、思わずドラッグ・ディーラーらしき黒サングラスの黒人もあっけに取られる超ハイテンションぶりが様になるのもさすがのジョー様である。この服装からして確実に彼の役柄としてのバックグラウンドはベトナム帰還兵なのだろう。 「キスミー・ママ!ハレルーヤ!」そして、ジャンプしたと同時に静止画になり、現れる抜群のセンスのなさ満点の『人間の証明』のタイトル文字。あまりにもジョー様の洗練されたアメリカンぶりと、洗練されていない日本的タイトルバックの対比が100%製作側が意識をしていない味わいを出している。 ■来るべき悪癖2 ![]() ぽとりと落ちる西條八十詩集の上に血がぽとりぽとりと・・・そして、「ストウハ・・・」と発しながら倒れこむジョー山中。もうかなり最高である。しかし、かなり無駄に豪華キャストな捜査陣。この頃から役者の役者稼業に対する意識の低下が始まっていたのだろう。これが現在の企業の広告塔に成り下がっているこの職業の没落の始まりである。今日本で最も誇れる主張の一つは「私こそは真の役者である」という主張である。 ■来るべき悪癖3 ホテル・ニューオータニで実際にホテルマンだった原作者の森村誠一がホテルマンとして出演している。はっきりいってどうでもいいことである。こういったどうでもいい事ずくめのごった煮が角川映画の特徴なのである。 ■来るべき悪癖4 岡田茉莉子の愛車・ポルシェ。郡洋平(三船敏郎)邸宅のセットだけでヴィスコンティに影響を受けて当時の金額で3000万円を費やしたのだが、その春樹の無意味な金満ぶりに岡田も三船も閉口したと言う。彼らにとっては角川春樹こそが、郡恭平そのものに見えただろう。それにしても、カメラワークと演出の幼稚さがこの豪華なセットの雰囲気を全く捉え切れていないところは無様すぎる。 郡洋平の息子恭平を演じる岩城滉一の無様な芝居はともかくとして彼のセリフは全て吹き替えであったと言う。そして、棟据刑事(松田優作)の回想シーンで角川春樹が登場する。それにしてもこの人どこまでも大根である。 「刑務所に入れば死んだ人は蘇えるの・・・」八杉恭子の見事なまでの悪の理論である。人を殺しておいて、その人のためにも頑張って生きていくのよというこの考え方には正直同意しかねる。 ■来るべき悪癖5 ![]() 大滝秀治と佐藤蛾次郎。無職ムード満点のダメ中年ぶりの蛾次郎と大滝秀治のコンビがかなりよい。しかし、このシーンでもそうだが、どこからどこまでもがとんとん拍子に犯人へとたどり着くので、この作品にはサスペンスとしての魅力は全くない。角川映画に共通するのだが、娯楽作品として徹底し切れていない中途半端さが絶えずつきまとうのである。つまるところ彼の作品にはテーマがないのである。 それにしても棟据刑事が、ジョニー・ヘイワードはスパニッシュ・ハーレム=イースト・ハーレム出身なので・・・というシーンがあるが、アフリカン・アメリカンはセントラル・ハーレムに集中しているのではないか?仮にイースト・ハーレム出身にしても、アフリカン・アメリカンはスパニッシュは話せないだろう。という疑問が湧くのだが、この作品に対してそういう疑問を持つことは野暮なことだろう。 ■来るべき悪癖6 ![]() ジョー山中の実の息子・山中ひかりが登場するこのシーン。とても日本情緒に満ちたいいシーンである。それにしてもこういった黒人兵と着物の日本人女性とその子供の魅力的な題材を見せ付けられると、角川春樹&佐藤純彌という物語を掘り下げていく能力に欠ける人たちではなく、もっと才能あふれる人たちによって作ってもらいたかった作品ではある。この頃からどんないい題材であっても、掘り下げていかない傾向が日本映画に見られるようになる。 ■歴史的美女ジャネット八田 ![]() 歴史的美女ジャネット八田(1953− )の登場。日本人とポーランド系アメリカ人のハーフであり、日本航空のスチュワーデスをしているときにスカウトされ、女優になる。1981年プロ野球選手の田淵幸一と結婚し引退する。とにかくこの人は私的に母親によく似ているので親近感が持てる女性である。しかし、彼女がリアルタイムで活躍していた頃には物心つかぬ頃だったので、当時どの程度の人気があったのかは知らない。 ■本格的なニューヨーク・ロケの成果は如何に? ニューヨークでカーチェイス。同時代の『フレンチ・コネクション』に比べてかなり緊張感なく感じるのは、音楽の悪さと、スローモーションの使い方のセンスのなさと、カット割りのダメダメぶりによるものである。実際これだけのスタントの仕事をこなしてくれているのならもっといい映像になってしかるべきなのである。正直ニューヨーク部分における大野雄二の音楽はかなりマッチしていない。 棟据刑事が郡恭平を撃ち殺したケン・シュフタン(ジョージ・ケネディ)に叫ぶ言葉。「ばかやろう!てめえそれでも人間か!てめえいったい日本人何人殺せば気が済むんだよ!」しかし、どう考えても独りよがりなセリフである。画面上では明確に恭平は拳銃で抵抗しようとしてるのだから、撃ち殺されてもしょうがないのでは・・・そして、、鏡に映るケンを撃つ棟据。そこにいたる描写がまったくの中途半端なので、どうしてもカタルシスが生まれない。ここでカタルシスを描ききれないのであればこの監督は監督失格である。 ■悪癖の中から生まれた素晴らしきもの4 「ママ、ボクがそんなに憎いかい?」というジョニーのシーンがかなり良い。とにかくジョー山中の熱演がかなりこの作品を熱いものにしているのである。岡田と岩城の芝居は噛み合っていないが、岡田とジョーの芝居はしっかりと物語上に機能しているのである。 松田優作もかなりいいが、横渡刑事を演じるハナ肇もかなりよい。この頃のハナ肇はもはや名バイプレイヤーの域に達していた。だからこそ「殺人罪で逮捕します」と言って岡田茉莉子を逮捕しようとするハナを静かに止める優作の格好良さも、決して浮かなかったのである。映画にとって名バイプレイヤーほど重要な要素はないのである。この作品の隠れた素晴らしきものは実はこのハナ肇という男だったのかも知れない。ハナ肇がパートナーであったからこそ優作の魅力が炸裂したともいえる。最近の役者にこういうハナ肇のような役者が存在しないところが、魅力的な若手俳優が出てこない理由であろう。魅力的な役者とは、あらゆる世代間の芝居のぶつかり合いでしか生まれ得ないのである。 ■『人間の証明』のテーマ曲 ![]() この優作。まさに藤岡弘と竹之内豊を足して2で割ったようなルックスである。バックに流れるジョー山中の『人間の証明のテーマ曲』が最高に良い。これ程いい曲であれば大野雄二がクィーンの『ボヘミアン・ラプソディー』をぱくっている一部編曲も全面的に許せる。 ![]() このショットまさに奇蹟ショットです。太陽の陽が昇る瞬間に振り返る岡田と優作とハナ肇。この当時はそうでもなかった松田優作が晩年、岡田茉莉子の夫、吉田喜重監督の『嵐が丘』に主演してからは、「『秋津温泉』を昔に見たときは、かったるくて、つまんねえなと思ったんだけど、いや、この前見たらすごかったなあ。特に岡田さんが・・・でも主役の男の人がね・・・ぜんんぜんわかってないね」と岡田茉莉子をべた褒めしているのである。ちなみに『主役の男の人』とは本作にも出演している長門裕之である。 ■悪癖の中から生まれた素晴らしきもの5 ![]() ジョージ・ケネディ(1925− )とブロデリック・クロフォードという2人のオスカー受賞俳優が出演している。「日本人びいきめ!」と言われながらハーレムでジーパンのように刺し殺されるジョージ・ケネディの片足痙攣の死に様はもはやあらゆる意味で伝説である。しかし、ここまでハリウッド俳優にまともな芝居をさせた点は評価すべきだろう。 当時脚本を一般公募したことで話題になったが、669通選ばれた中から結局採用されたのは『名もなく貧しく美しく』(1961)の監督『人間の条件』全編(1959−1961)『娘・妻・母』(1960)の脚本、女優・高峰秀子の夫・松山善三の応募脚本であった。 この作品は6億円の予算で製作され、1977年の邦画興行収入成績第二位を22億5000万円の興行収入でたたき出した。ちなみに一位は『八甲田山』の25億。三位は『八墓村』、四位は『トラック野郎・男一匹桃次郎』五位は『男はつらいよ・寅次郎頑張れ!』である。皮肉なことに『八甲田山』の主役・高倉健は、本作の棟据刑事役を熱望したという。しかし、物語設定上年齢的に無理があるので、角川春樹が説明した上で辞退してもらったという。高倉健は翌年の『野生の証明』の主役で角川映画初出演となる。 しかし、松田優作という役者は、本当に素晴らしく魅力的な役者である。この存在感と苦悩を背負っている表情。名優及びカリスマ的といわれる役者が、全てにおいて共通している点は、絶えず苦悩する表情が垣間見られる点にあるのである。この点に注意して、現在の役者を見渡してみるのも面白いものだろう。 当時話題になったTVCMのキャッチフレーズ「読んでから見るか、見てから読むか」。くしくも『ルパン三世』の次元大介役で有名な声優・小林清志が声を担当しているのだが、このキャッチフレーズ・センスは素晴らしいの一言である。 − 2007年3月3日 − |
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