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狼/男たちの挽歌・最終章   喋血雙雄 THE KILLER(1989・香港)
■ジャンル: アクション
■収録時間: 111分

■スタッフ
監督 : ジョン・ウー
製作 : ツイ・ハーク
脚本 : ジョン・ウー
撮影 : ウォン・ウィンハン / ピーター・パオ
音楽 : ローウェル・ロー

■キャスト
チョウ・ユンファ(殺し屋ジェフリー)
ダニー・リー(刑事リー)
サリー・イップ(クラブ歌手ジェニー)
チュウ・コン(シドニー)
ケネス・ツァン(刑事リーの相棒)
暴力の中から生み出される感動を味わいたいなら迷わずこの作品を見よ。ジョン・ウーの最高傑作。そして、シドニーの犬のような姿になりながら友情を守る姿に男泣きに泣こう。絶対にシドニーの格好良さには痺れるはず。

■あらすじ


香港の伝説の殺し屋ジェフリー(チョウ・ユンファ)は、引退を決意し、最後の仕事をする。しかし、その仕事の最中にクラブ歌手ジェニー(サリー・イップ)を巻き込んでしまい盲目にしてしまう。ジェニーの手術代のため今回を最後にと仕事を行い成功するが、ジェフリーにも組織から口封じの殺害指令が出ていた。一方、腕利き刑事リー(ダニー・リー)も一連の事件の犯人ジェフリーを追っていた。


■ジョン・ウーの最高傑作



この映画こそジョン・ウー全盛期の一本である。ハリウッドに行ってからも『フェイス/オフ』のような傑作を作り上げているが、基本的に彼の作品は香港時代に作り上げた手法の焼き直しにすぎない。ジョン・ウーという監督は、香港時代に監督イメージの全てを作り上げた人である。今はその遺産でメシを食っている人という感じである。だから最近は正直全く魅力を感じないし、いい映画もとっていない。そんなジョン・ウーだが、この作品は文句なしに良い!まさに『神』映画である。

チョウ・ユンファは、日本で言うと高倉健とあらゆる部分で似ている役者である。
1.やくざ映画でスターになった。
2.初期は比較的軽いコメディ的芝居を得意とした。
3.黙っているだけでも絵になる男。
4.私生活でも人間的に評判が良く、撮影でも低姿勢で後輩俳優よりすごく慕われている。
そして、この頃のチョウ・ユンファ(1955〜 )は文句なしにクールで格好良かった。


■いかに全盛期のジョン・ウーが凄かったかが実感できる


物語は、ジョン・ウーお得意のシンプルな劇画調である。引退を決意していた孤高の殺し屋ジェフリー(チョウ・ユンファ)は、クラブ歌手ジェニー(サリー・イップ)を銃撃戦に巻き込んで失明させてしまう。ジェフリーは、ジェニーの見えなくなった目の手術代のため最後の殺しを引き受けるが、敏腕刑事リー(ダニー・リー)が、ジェフリー逮捕のため乗り出していた。そして、ジェフリーに殺しを依頼していた組織もジェフリーを消そうとしていた・・・・という『赤い衝撃』チックな超ご都合主義なストーリー展開である。

そして、そこがジョン・ウーの良さなのである。
期待感こそが、カタルシスを生み出す前奏曲なのである。最近の日本映画は、観客のカタルシスを期待通りに浄化させるのが下手糞である。観客のカタルシスを浄化させるという点に置いては、ジョン・ウーはサム・ペキンパーよりも見事な監督である。

暴漢にジェニーが襲われているところを撃退して、ジェニーにジェフリーが言うセリフ。
「この世の中人を信用するのは難しいが、俺を信じてくれ」後のセリフで出てくるが、殺し屋が人を信じたら命とりだというセリフがあるが、ジェフリーという殺し屋はジェニーへの愛を貫くがゆえに、自己破滅へと突き進んでいくのである。=滅びの美学。

ジョン・ウーのうまさは、主人公と、それを追う刑事を交互に描き、そのことにより2人が会う瞬間をドラマテックに演出できるという部分を知り尽くしている部分にある。ジョン・ウーは、基本的に自分の才能を過信していない人なので、悲しいシーンはより悲しく、愛し合うシーンはより愛し合い、憎しみ会うシーンはより憎しみ会い、殺しあうシーンは過剰なまで殺しあうのである。
つまり過敏な感情をクローズアップされた世界観がそこにあるのである

映画というものが、ここまで過敏な感情観に支配されたことはなかったのである。フランク・キャプラは喜びをより喜ぶ演出をした。深作欣二とサム・ペキンパーはバイオレンスをよりバイオレンスに演出した。セルジオ・レオーネは瞬間瞬間をより瞬間瞬間に演出した。そのほかにも部分部分で見事に映画的過敏な演出をする監督がいる。ジョン・ウーは一つ一つの過敏な演出力では到底勝ち目がないと見ているので、その全てを強引に凝縮させてみたのだ。そして、成功したのである。21世紀の娯楽映画の価値観に多大なる影響を与えた監督である。
わかりやすさの美学を追求したところにジョン・ウーの天才性が認められるのである。


■ジョン・ウーの美学


ドラゴンボート・レースでジェフリーが、厳戒態勢の中、麻薬王をヒットするシーンはゴルゴ13ばりに格好良い。それにしてもいつも思うのだが、このころのジョン・ウーに昔の伊吹吾郎主演で『ゴルゴ13』を撮っていただきたかったものだ。絶対に傑作になっただろう。

そして、ジョン・ウーと言えばこれっ!跳び撃ちである。これぞジョン・ウー美学なのである。そして、ジョン・ウーの映画もヴァイオレンス映画必須のカット数の多さが魅力なのである。跳びながら相手に弾丸を命中し、くるりと地面で回転して振り向きざまに背後の敵に一発喰らわす!これぞ美学。そして、巻き添えをくらった少女を抱きかかえて、病院へ直行する。

ジェフリーに跳び撃ちを喰らわされ一撃必殺されるヒットマンを演じるのはジョン・ウー監督その人である。このカットのすぐ後に必殺の一発で即死する。


■ケネス・ツァン


ケネス・ツァン
ダニー・リーの相棒の刑事を演じるこの人。かなりイイ味を出している。ジョン・ウー監督作品の常連で。『男たちの挽歌』シリーズのティ・ロンの更正を助けるタクシー会社の社長や、『ポリス・ストーリー3』の超ワルな麻薬王役などが、印象深いが、近年はハリウッド進出を果たしているのである。『007/ダイ・アナザー・デイ』『SAYURI』に出演している。この人60年代は美男子スターだったという。しかも、実姉は、あのジミー・ウォングさんの元妻で大女優リン・ツイ(林翠、1937−1995)である。ジミーさんの元義理の弟ということは・・・・といらぬ黒い想像もしてしまうのである。このお姉さん「学生の恋人」とその親しみやすい風貌から人気を博したらしいが、1959年に映画監督・泰剣と結婚していたが、ジミーさんと恋に落ち離婚後、再婚した。そして、泰剣の方はまもなく自殺したというなんとも「学生の恋人」にはしたくない男性遍歴の持ち主である。ちなみにジミーさんとの娘は歌手のリンダ・ウォンである。


■シドニーの渋さ



親友シドニー(チュウ・コン)に裏切られたと思い込み、銃をつきつけるジェフリー。シドニー「疑ってるのか?」 ジェフリー「当然だろ」シドニー「
そうだな。殺し屋が人を信じたら 命取りだ」そして、ジェフリーにお金の入ったアタッシュケースを渡す。そのアタッシュケースの中のお金を確認しようとジェフリーが拳銃を置いた時に、その拳銃をシドニーが取り上げて、裏切るが・・・銃の中には弾は入っていなかった。手のひらから悲しそうな形相で弾をぽとりぽとりと落とすジェフリー。違う拳銃をシドニーの額に。そこへ組織の殺し屋が!

全くジョン・ウーの描く男と男のドラマは暑すぎる。この作品はある意味シドニーが1人で美味しいところをさらいまくっている作品でもあるのだ。この渋すぎる男に注目して欲しい。

そして、組織の殺し屋達を一掃してシドニーに拳銃を突きつけたときにシドニーは聞く「弾はまだ残っているのか?」ジェフリー 「
プロは最後の一発は残す。 敵のためか 自分のためにな。


■港にたたずむ画面上に、去っていく飛行機と船が



このべたさ加減がすごくいいのである。逃げ場のなくなった警察からも組織からも追われる殺し屋が、海と船と飛行機を眺めながらタバコを吸う。映像で示す究極の逃避願望である。

ジェニーの家で、銃を向き合わせるジェフリーとリー刑事。ジョン・ウーは銃撃シーンのムーブメントを自分の趣味である社交ダンスのステップを参考にして作り上げているという。このシーンもそういわれてみれば動きが社交ダンス調である。そして、この追跡劇の最後にジョン・ウー映画の象徴・白い鳩が登場する。


■男と男の頑ななまでの友情


組織のボス・ジョニー・ウォン(シン・フィオン)を暗殺しようとするも失敗するジェフリー。そんなジェフリーがシドニーに言う。「時代が変わった。俺達は古いのさ もう仁義なんてないんだ。」シドニー「
古くてもいいさ 死んでも 思い出してくれる友がいる

 この作品結構魅力的な車が多く登場する。ベンツをはじめスポンサーのシトロエン、BMW、ジャガー、ホンダ・インテグラ、スズキ・ジムニー(写真はジムニー)などなど。

再び、銃を交差しあうジェフリーとリー刑事。そして、組織の殺し屋達も交えての三つ巴の戦いへ。結局ジェフリーとリーは共に戦うことに。シドニーの自宅での銃撃戦はジョン・ウー節炸裂の激しいアクションシーンである。

リー「自首しろよ」 ジェフリー「できない。これが俺の生き方だ」リー「
自由でいいな 俺には そんな自由はない 正義を求めても孤独になるだけだ」 ジェフリー「俺も孤独さ」殺し屋と刑事が、男と男の共感から友情へと転化していく会話である。ジョン・ウーは分かりやすい男と男の友情を描いてくれる人である。


■シドニーを演じた熱き男


チュウ・コン(朱江)
1960年代のスーパー・スターで、このシドニー役で第九回香港電影金像奨の助演男優賞にノミネートされた。ちなみに当初チュウ・コンはリー刑事を演じる予定だったという。このシドニーがジェフリーの報酬を手に入れるために、ジョニー・ウォンを人質にとるシーンが素晴らしい。「シドニーお前は 人間じゃない犬だ」と言われぼこぼこにされながらも「犬の方がマシさ」というシーンがかなり渋い。そして、傷だらけになりながらも金を手に入れ、ジョニー・ウォンを人質に取り、ジェフリーと約束した待ち合わせ場所の教会へと向かう。プロの殺し屋は最後の一発は残しておくもんだと言いながらも、ジョニーを殺そうとした瞬間弾は残っていなかった。そんな時「俺もヤキがまわったな」と呟き去っていくのが渋い。最初の方では、かなり冴えないおっさんだと感じた分だけ、後半のシドニーの格好良さにどんどん引き込まれるのである。それにしてもチュウ・コンの目がすごくいい。この人の目は、絶えず涙目なのである。

ぼろぼろになりながらも教会でジェフリーにお金を渡した瞬間に、ジョニー・ウォンの銃弾に倒れるシドニー。「俺は犬か?」と尋ねるシドニーに「いや 犬なんかじゃない 立派な人間だ」シドニー「
俺達時代遅れで社会のクズだよでも犬のように 死にたくない 残念だ 最後の一発を 残せなかったよ」「最後の一発はあるよ」と言って、ジェフリーがシドニーの顎に弾を撃ち込む。この瞬間に教会の中で鳩が羽ばたく。


■男たちはこうして伝説になった



教会の聖母マリア像も破壊されるほどの大銃撃戦に。そして、リーがジェフリーに聞く。「一緒に戦ったが君の名字も知らん」ジェフリー「必要か?」リー「結果がどうなろうと二度と会えん 名前ぐらい覚えておきたい」ジェフリー「死ぬと思ってるのか?」リー「命があったら また会いたい」ジェフリー「俺たち友達だろ 友達なら必要ないだろ」そういって『明日に向かって撃て』ばりのジョン・ウー・ストップが登場する。ジェフリーの笑顔、リーの笑顔が物語の途中にストップされる。これぞジョン・ウー得意の
『男の格好良さ』演出である。

そして、ジェフリーも銃弾により失明してしまう。地面を這いながらジェニーとジェフリーはお互いを求め合うが・・・・すれ違い。ジェフリーは息絶える。そして警官が群がる前で、保護を求めるジョニー・ウォンをリーは射殺する。教会での銃撃戦の激しさもさることながら、ラストのすれ違う恋人2人のシーンはすごく悲劇的なシーンである。このころの香港映画のべたべたな演出がまた良い。

この作品女性の魅力を出すことにかけては上手ではないジョン・ウーがサリー・イップのベスト・アクトともいえるべき演技を引き出したところが素晴らしい。

ジョン・ウーにもジャッキー・チャンにも言える事だが、ハリウッドでは大きな製作費でとる作品であればあるほど安全策に走りがちになり、個性を埋没させる形態になるので、凡作の連発になってしまうのである。やはり個性ある監督は、その個性が発揮できる製作工程で作品を作り上げないと真価が発揮できないのである。

この作品は当初、殺し屋と彼の巻き添えで盲目になったクラブ歌手の物語をメイン・ストーリーにする予定だったが、クラブ歌手ジェニーを演じるサリー・イップが本業である歌手に力を入れていたためスケジュールが合わず殺し屋と刑事の友情、殺し屋同士の友情、そして、殺し屋と盲目のクラブ歌手の恋愛という三つの軸でストーリーを作り直したのである。結果としては、そのことがけがの功名となったのである。


− 2007年3月9日 −


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