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陽のあたる場所   A PLACE IN THE SUN(1951・アメリカ)
■ジャンル: ドラマ
■収録時間: 122分

■スタッフ
監督・製作 : ジョージ・スティーヴンス
原作 : セオドア・ドライサー
脚本 : マイケル・ウィルソン / ハリー・ブラウン
撮影 : ウィリアム・C・メラー
音楽 : フランツ・ワックスマン

■キャスト
モンゴメリー・クリフト(ジョージ・イーストマン)
エリザベス・テイラー(アンジェラ・ヴィッカーズ)
シェリー・ウィンタース(アリス・トリップ)
レイモンド・バー(マーロウ地方検事)
アン・リヴェール(ジョージの母)
リズ・テイラーの名セリフ「私たちさよならを言うために、出会ったのね」
世界中の自分自身の美貌に自信のある女性に是非見てもらいたい作品。

■あらすじ


大会社の社長である叔父を頼って都会に出てきたジョージ(モンゴメリー・クリフト)は、会社の同僚である娘アリス(シェリー・ウィンタース)と交際するようになる。そんな時、ジョージにとって、眩いばかりの上流階級の娘アンジェラ(エリザベス・テイラー)と知り合い、婚約を交わす間柄になる。貧しい生まれのジョージにとって、上流階級に入り込むチャンスであった。しかし、そんな時アリスの妊娠を知る。そして、アリスに結婚を迫られるジョージ。ジョージはある決意をする・・・


■あまりにも悲しすぎる物語


この作品が素晴らしく今も尚色あせない魅力に溢れているポイントは、
同情を禁じえない内容だからだろう。ジョージの嘘、アリスの脅迫、アンジェラの無邪気さを責める人々は、恐らく狭い人間関係の中で生きてきた人だろう。人生の荒波の中では青年の嘘、若き女性の脅迫、少女の無邪気さは残酷ではあるが、ありがちな行為であり、許されるべきものなのである。

本作はそういった行為が絡まりあって、一つの悲劇が何重もの悲劇を奏でていく過程が見事に描かれているのである。この作品を前にして、ジョージという青年の自業自得だの一言で片付けてしまう人がいるならば、ある意味、レイモンド・バーが演じた検事のような非人間性溢れる正義感にしか見えない。

若者の失敗、未熟さを許せない大人が、若者を追い詰めていることを忘れてはいけない。


■何よりもこのリズ・テイラーの美しさ


そして何よりも、この作品の最大の魅力と言っても良いのが、リズ・テイラーの絶世の美しさである。当時17歳にしてこれほどの輝くばかりの美しさを発散している。物語の説得力と言う点においては映画史上類を見ないほどの説得力溢れる美貌と表情である。

この人の美しさは、60年代に入ると、美しい表情が醜く歪む魅力へと転じていくのであるが、50年代初めの本作においてはただただ純粋で無邪気な美少女である。そして、この美貌ゆえに多くの男性の人生が左右されていくことが暗示されるあのセリフが素晴らしい。

「私たちさよならを言うために、出会ったのね」

そうジョージは、アンジェラの美しさの一人目の犠牲者であり、殉教者である。
美女とはある意味悲しい生き物で、多くの犠牲者の上に君臨する女神ゆえに、なかなか安定した幸せをつかめないのである。これは私の苦い経験から声を大にして言えることである。絶世の美女を独占しようとするとその男性は、身も心もずたずたになると。

しかし、美しい女性に惚れられもせず、ずたずたにもされずに生きていく人生も何とも空しいものである。


■モンゴメリー・クリフトの繊細な芝居


それにしてもアンジェラを始めてみたときのジョージの表情の素晴らしさ。この表情は、かなり卑屈であり、場違いな人間そのものである。さらに、水着モデル達をちらっと見る仕草や・・・もうあげればきりのないほど、クリフトはジョージそのものだった。

この人の演技に対する姿勢は、かなり神経質だったらしい。
「俳優の嫉妬は、私の演技に対する賞賛である」と言い放つくらい過度に、他の俳優に対してライバル心が旺盛な人だったという。晩年は精神病や、麻薬、交通事故などで、自滅的な印象の強い俳優だが、29歳という青年期とは言えないクリフトが、実に違和感なく青年の嘘≠表現していた所が素晴らしい。

それでいて表情の全てが神経質なまでに計算されたものではなく、ぞっとするほどに表情の全てが演技者そのものに入り込んでいる。だからこそ、
この人の演技は、多くの観客には受け入れがたいほどに生々しいのである。それはある意味心に突き刺さりすぎると言うことである。

だからこそ私はこのモンゴメリー・クリフト(1920−1966)という男が大好きである。その演技に対する完全主義ゆえに、麻薬・アルコールに溺れ、40代に入ってからは明らかに精神病的弊害ゆえに芝居さえも恐ろしく精彩が欠けてしまったという1人の男の人生に何とも言えない神々しさを感じるのである。

リズ・テイラーは語る。
「モンティは、本当にジョージ・イーストマンになりきっていた。彼の体からは実際に汗が噴き出し目には涙がにじんでた。ジョージ・イーストマンの涙だったわ。私は思った彼は何をしてるの?≠サれで演技について考えるようになった」

この作品でリズは本当に、クリフトに恋をしたという。しかし、クリフトはゲイだったので、2人は終生の大親友になった。


■男を追い詰めてしまう女の悲しい性(さが)


「男を追いつめることはよくない」
これは結婚が長続きしている婦人が、夫婦生活を続けていく秘訣らしい。男に逃げ道を作ってあげることが、妻の賢さであり、それが理解できない女性は、妻になる権利はないとまで言われている。

結婚において、妻と夫の役割が全く一緒であれば、結婚をする必要がないし、女性のみ子供を産む事ができる以上、役割が全く一緒になることはないのである。結婚の失敗は、一重におのおのの役割を理解せずに主張ばかりすることによるだろう。

現在結婚生活の続いている夫婦は、夫が我慢しているか、もしくは妻が夫を追い詰めないようにしているかのどちらかであり、その中から幸せが生まれている夫婦もあれば、息抜きをしながらただただ継続している状態の夫婦もあるのである。

本作のアリスは22歳であり、男性を追い詰めてしまった行為は、若さゆえでしょうがない部分もあるが、あれだけ男性を追い詰めた上で、結婚をしたところで、幸せは永遠に勝ち取れないことははたから見ていると明確である。


■アリスとジョージの「陽のあたる場所」


アリスという女性にとって、イーストマン家の青年ジョージは、「陽のあたる場所」だった。そして、ジョージにとって、アンジェラが「陽のあたる場所」だった。実に象徴的ではあるが、
アリスとジョージの関係は、実にジョージとアンジェラの関係に似ているのである。

当初渋るアリスに交際を迫ったのが、ジョージであるように、ジョージに迫ったのはアンジェラであった。そして、この関係は明確なる恋愛の階級闘争なのである。労働階級の娘=アリスと、労働階級の息子でありながら支配階級の甥っ子=ジョージ、そして、支配階級の娘=アンジェラである。


■恋愛はボタンのかけ違いが起りやすいもの


ジョージは、アリスを愛したことはなく、貧しい生活の中女性とろくに付き合ったことのない状況で、社長の甥という名刺≠初めて行使してみて、欲望のはけ口を知り、自分に興味を持ってくれたアリスと関係を持ったのである。そして、若いときには起こしがちな避妊をしなかったがゆえに結婚をしないといけないハメに追い込まれるのである。

これは自業自得の領域ではなく、愛してもいない女性との結婚を強制された男の悲劇としか言いようがない。一方、アリスという純粋な女性は、ジョージによって夢のない世界に、陽の光を当てられて人生と言うものに希望を持つことを教えられる。

そのことによって、アリスにとってジョージが全てになり、彼を失うことにより希望のなかったあの頃に戻るよりは、ジョージの愛がよみがえる(これが悲しい勘違いなのだが)方に人生をかけてみようと、脅迫的に結婚を要求するのである。アリスに愛を感じていない男によって妊娠したことによって、これは愛の結晶に違いないとごく自然に考える行為を責めることは誰にも出来ないだろう。

そして、ジョージとアリスの愛してない∞愛してる≠フ誤解が悲劇を生み出したのである。


ジレット事件


本作の原作『アメリカの悲劇』は1925年に作家セオドア・ドライサーにより発表された。その内容は実際に1906年に起った事件を下に書かれたものであった。ちなみに1931年にもジョセフ・フォン・スタンバーグ監督により映画化された。

■ジレット事件

1906年7月11日、ニューヨーク郊外のアディロンダック湖に一組のカップルが貸しボートを借りて湖上に出て行った。男性はスーツケースとテニスラケットを持っていた。そして、ボートは帰ってこなかった。

グレース・ブラウンというジレット・スカート工場の工場労働者の女性が湖の底で死体で発見された。死体からは額と口に裂傷が確認できた。しかし、男性の死体は発見できなかった。

■チェスター・ジレット

1883年にモンタナに生まれた。両親は救世軍に参加していたので、幼少期より、カリフォルニア、ハワイ、オレゴン・・・と宗教の布教活動で転々としながら生活していた。ほとんど教育を受ける状態のないまま極貧の家族の家計の足しの為にさまざまな職を転々とした。1905年に鉄道の車掌助手の仕事をしていた時にジレット・スカート工場の社長であるおじに会い、転職することになる。この男が、ジョージ・イーストマンのモデルである。

そして、職場でグレース・ブラウン(1886−1906)に出会うことになる。2人は1905年夏から付き合いだした。1906年グレースが妊娠し、結婚を迫るようになる。一方、その頃になるとジレットはハリエット・ベネディクトという大富豪の令嬢と交際するようになっていた。

グレースは半ば狂乱状態でしつこくチェスターに結婚を迫り、無視し続けるわけにもいかなくなったチェスターは、2人で結婚前の小旅行に行くことを提案する。そして、湖で殺人が起った。数日後、ジレットは逮捕され、1908年3月30日電気椅子にて死刑に処された。


■リズ・テイラーの輝き


アンジェラとジョージのセリフには、オシャレなセリフが多い。

「僕は世界一幸せだ」「私の次にね」
「離れるたびに 二度と会えない気がするの」


そして、ビーチでのあのリズ・テイラーの脚のラインの美しさには思わず見とれてしまう。ジョージが捕まったと知って自分の部屋で失神するシーンの倒れ方の美しさ。まさに絶世の美女とはこの人のことを言うのである。ちょっとした仕草に関しても自分の魅力を17歳にして知っているところはさすがである。


■クリフトの執念


モンゴメリー・クリフトの口元と首筋に傷跡がくっきりと刻まれているのだが、これはどういう理由でついた傷だろうか?まさか特殊メイクではないと思うのだが・・・最も1957年の自動車事故(リズ・テイラーのパーティからの帰り)で、顔に傷あとが残ることになるのだが・・・

ちなみに彼は刑務所の死刑囚の役作りの為に、サン・クエンティン刑務所の死刑囚監房に一泊したという。またクリフトの母親役を演じたアン・リヴェール(1903−1990)はのちに赤狩りの犠牲になり1970年まで映画に出演できなかった。本作も初公開時に彼女の出演シーンは大幅にカットされた。彼女はリズ・テイラー主演の『緑園の天使』(1945)でアカデミー助演女優賞を受賞している名バイブレイヤーである。


■オスカー・ラッシュ


本作は1949年冬に撮影終了したが、1951年まで公開されなかった。その理由は、パラマウントが、1950年に『サンセット大通り』をオスカー受賞の最右翼とプッシュしていたので、同社で本作を発表して受賞のばらつきを恐れたために本作を1年ずらして1951年に公開した。

結果的に本作はアカデミー作品賞、主演男優賞(モンゴメリー・クリフト)、主演女優賞(シェリー・ウィンタース)では受賞を逃したが、監督賞、脚色賞、撮影賞(白黒)、編集賞、音楽賞、衣装デザイン賞(白黒) の6部門を受賞した。


■20世紀最高峰の傑作


1940年代後半のアメリカの豊かさ。キャデラックのコンバーティブルに颯爽と乗るリズ・テイラーの輝くばかりの美しさ。そして、イーディス・ヘッドによるリズの白のイブニングドレス。このドレスは、1951年にアメリカ中で大流行した。

本作についての評価で最も分かりやすい言葉として、名監督フレッド・ジンネマンのこの言葉が最適であろう。
「本当の意味での傑作である。その理由は、人間描写が見事だったところにある。本当にありのままが描かれている」

− 2007年5月27日 −


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