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猿の惑星   PLANET OF THE APES(1968・アメリカ)
■ジャンル: SF
■収録時間: 113分

■スタッフ
監督 : フランクリン・J・シャフナー
製作 : アーサー・P・ジェイコブス / モート・エイブラハムズ
原作 : ピエール・ブール
脚本 : ロッド・サーリング / マイケル・ウィルソン
撮影 : レオン・シャムロイ
音楽 : ジェリー・ゴールドスミス

■キャスト
チャールトン・ヘストン(ジョージ・テイラー)
ロディ・マクドウォール(コーネリアス)
キム・ハンター(ジーラ)
モーリス・エヴァンス(ザイアス)
リンダ・ハリソン(ノヴァ)
今まで子供に夢を与えるのがサイエンス・フィクションの役割だったが、そのSFというジャンルに一つの革命を興した作品であり、SFにはじめて文明批判を持ち込んだ作品である。今でも十分に衝撃的な砂に埋もれた「自由の女神」の上半身に波の音だけが聞こえるラスト・シーン。人間はそろそろ周りの環境と「調和」することを覚えないといけない。

■あらすじ


宇宙飛行士テイラー(チャールトン・ヘストン)達は、ある惑星に不時着する。そして、その惑星は、人間が家畜のように扱われる猿に支配された惑星だった。一人生き残ったテイラーは、猿族に囚われの身になるが、見事逃亡に成功する。そして、美しい海岸線を進み彼は知るのであった・・・この猿の惑星こそは、地球の2000年後の姿であることを。


■朽ち果てた自由の女神


本作の魅力は、何よりも驚愕のラストシーンにつきるだろう。テイラーが「猿に支配された惑星」だと思っていた惑星が実は2000年後の地球の姿だったことを砂に埋もれた「自由の女神」の上半身だけで一瞬にして見ている側に気づかせてくれるのだが、この自由の女神の現れ方が実に見事である。

このシーンから映画におけるSFの可能性は広がったと言っても良いだろう。
何百何千という言葉を連ねることよりも一つの映像の方がより人間の全ての感覚に訴えかけやすいという事を。ちなみにこのラストシーンは、原作にはなくロッド・サーリングが考え出したものである。

人間は悪魔の手先、心を許すな。霊長類でありながら、人間は慰みや欲望のために殺す。その土地を奪うために同胞を殺す。人間を増やすなら、あらゆる土地を砂漠に変える。人間を避けよ。住みかを森へ追い返せ。彼らは死の使いである

「人間とは、感情が理性を支配し、戦いを好む動物だ。自分を含むすべての者と戦う」


こういった猿の長老ザイアス(モーリス・エヴァンス)が語るセリフが現在にも通じる人間に対する警告になっている。


■SFとはシンプル・イズ・ベスト



低予算でここまでの世界観を作り上げている見事さ。映画に対する多くの人が持つ大いなる勘違いはリアルにしなければいけないという強迫観念である。
このリアリズムの追求が、人間描写に対するリアリズムの欠如=昨今の人間描写の気薄さを生み出しているのである。

映画にとってセットはあくまでもセットであり、何よりも重要なものは脚本であり、役者であることを理解しなければいけない。古いSF映画を見てSFとしてちゃっちいという人はまず自分の映画を見ることに対する姿勢のちゃっちさに気をつけるべきだろう。

リアルな再現は、映画の良し悪しには多少は影響するかもしれないが、基本的に複雑な機械やCGに囲まれた映画は役者の芝居や物語に対する理解の妨げになりやすいのである。


■ヘストンの新境地



本作において何よりも重要な役割を果たしたのは、やはりチャールトン・ヘストン(1924− )の存在だろう。この時期のヘストンは、キャリアの下り坂に差し掛かっており何か自分のキャリアを浮き上がらせる作品に出なくては渋っていたという。そして、ヘストンはSFという大スターは決して出演しない分野に果敢にも踏み込んで行ったのである。ちなみに撮影当時ヘストンは、インフルエンザだったという。

この作品以降大スターがSFに主演するようになるのである。


そして、テイラーに付き添うノヴァを演じるは当時20世紀FOXの社長リチャード・D・ザナック(1934− )の愛人であったリンダ・ハリソン(1945− )である。身長168pのナイスなプロポーションだけあり、元々モデルだった人で、1968年ザナックと結婚するも1978年に離婚している。アリー・マッグローに雰囲気は似ているが、演技力の方も同じく似た感じである。

元々は当時無名だったジェームズ・ブローリンとハリソンが、コーネリアスとジーラを演じる予定だったらしいが、結果的に原始美女ファッションのハリソン嬢の抜群の小麦色ボディが拝めるノヴァ役で正解だった。
ちなみにこのボロの衣装はラルフ・ローレンによるものである。


■名優達が演じた猿達



毎日4時間以上も時間をかけてメイクをして猿を演じる役者達も芸達者ぞろいである。まずはコーネリアスを演じるロディー・マクドウォール(1928−1998)であるが、彼は当時脂の乗り切っていた役者の1人だった。猿メイクがかなり気に入ったロディーは、猿メイクのまま車を運転して周囲を驚かして喜んでいたという。今日では『猿の惑星』シリーズ=コーネリアスと言われるほどのシンボル的存在だけあって、ロジャーは全シリーズ5作中4作に出演した。

ジーラを演じるキム・ハンター(1922−2002)はアクターズ・スタジオ出身であり、1951年に『欲望という名の電車』でアカデミー助演女優賞を受賞した演技派女優である。1950年代にはハリウッドの赤狩りで仕事が出来なくなるも公民権運動に熱心に取り組み、1962年に名誉回復された。他に代表作は『泳ぐひと』(1968)である。ちなみに当初はジーラの役はイングリッド・バーグマンにオファーされたという。


長老ザイアスを演じるのは有名なシェイクスピア俳優でもあり、『奥さまは魔女』でも有名なモーリス・エヴァンス(1901−1989)である。さすがに重厚感溢れる名演を見せつけてくれており、
この3人が猿を演じたことが、本作を色物的なSF映画と見ている側に感じさせなかった最大の要因だろう。当初は、エドワード・G・ロビンソンがザイアスをする予定だったが、一度テスト・メイクしたときに「これを毎日続けるのは私には無理です」と降板した。

ちなみにこの猿メイクにより特殊メイクを担当したジョン・チェンバース(1923−2001)はアカデミー名誉賞を受賞し、のちにメイクアップ賞が設立されるきっかけとなった。元々チェンバースは第二次世界大戦で顔面の負傷した退役軍人たちの顔を直す仕事もしており、その技術を本作に役立てたという。人気TVシリーズ『スタートレック』のスポックの耳は彼のメイクアップによるものである。

なんとこの猿メイクのために200万ドルの予算の17%が費やされたという。


■黄色い猿と赤狩り



本作の原作はフランスの小説家ピエール・ブール(1912−1994)によって発表された1963年の長編小説である。ちなみに『戦場にかける橋』(1957)の原作も1952年に発表された彼の小説である。ブールは元々はエンジニアとしてマレーシアにいた人で、第二次世界大戦の勃発にあたり、自由フランス軍の秘密諜報員になり、1943年に日本軍の捕虜(18ヶ月間)になるまでビルマ、中国、インドシナとまたにかけて活動していた。

そして、この原作を脚本化したのが、「トワイライトゾーン」の生みの親ロッド・サーリング(1924−1975)と、マイケル・ウィルソン(1914−1978)である。ちなみにウィルソンは1951年の『陽のあたる場所』と1957年の『戦場にかける橋』でアカデミー脚色賞を受賞している。後に赤狩りにより9年間フランスに家族と共に移住することになる。

原作は日本軍による過酷な捕虜収容所での18ヶ月間を、猿による人間の支配に置き換えて書かれたものであり、元々がフランスの植民地政策に賛成の黄色人種に対する差別主義的感情の強いブールなので、日本人にとっては、あまり心地よい作品ではなかったが、それを脚色したウィルソンは、この日本人に対する反発心を赤狩りに対する反発に置き換えていった。

いわば本作は黄色い猿に対する差別心と、赤狩りに対する反発という奇妙な融合が生み出した作品であり、この融合が結果的に、人類の他の生態系に対する背信行為という次元までにテーマを引き上げていったのである。

ちなみに監督のフランクリン・J・シャフナーは、日本生まれで、6歳まで東京に住んでいた人であり、ブールといい日本が奇妙に絡んだ作品である。当初本作はJ・リー・トンプソンが監督をする予定だった。


■低予算SF映画に結集した偉大なる才能



本作はわずか200万ドルの低予算で1967年5月21日より撮影開始され、8月10日に撮影終了した。海辺のラスト・シーンは南カリフォルニアのズマ・ビーチで撮影された。

しかし、参加したスタッフは低予算映画とは思えないほどの一流ぞろいだった。特にジェリー・ゴールドスミスによるドビュッシー的な無調的なスコアの数々が「猿による人間の支配」という不思議な空気を見事に現わしていた。さらに『クレオパトラ』などでアカデミー賞を4度受賞しているレオン・シャムロイによる抜群のカメラワークが「猿の惑星」の世界観を作り出していくにあたって大きな役割を担ったことは言うまでもない。

ちなみに本作においてゴールドスミスはスコアの演奏を指揮するときにゴリラ特殊メイクをして指揮したという。そういう風に作り出された新しい世界観が公開当時与えた影響は凄まじく、本作を見た手塚治虫などはその世界観に驚嘆したという。

− 2007年6月20日 −


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