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理由なき反抗   REBEL WITHOUT A CAUSE(1955・アメリカ)
■ジャンル: ドラマ
■収録時間: 105分

■スタッフ
監督・原案 : ニコラス・レイ
製作 : デヴィッド・ワイスバート
脚本 : スチュワート・スターン / アーヴィング・シュルマン
撮影 : アーネスト・ホーラー
音楽 : レナード・ローゼンマン

■キャスト
ジェームズ・ディーン(ジム)
ナタリー・ウッド(ジュディ)
サル・ミネオ(プラトー)
ジム・バッカス(ジムの父・フランク)
アン・ドラン(ジムの母・キャロル)
デニス・ホッパー(グーン)
理由なき反抗理由なき反抗
永遠の若者の姿を描いた作品。この怒りを理由なく発散≠ウせる場所がなくなった時、若者は社会に対して牙を剥き始める。人は皆反抗心≠心にたぎらせ大人へと成長していく。ジミーはこの作品の後自動車事故で死んだ。そして、彼は永遠の若者になった。

■あらすじ


素行不良のため新天地に引っ越してきた17歳のジム(ジェームズ・ディーン)は、初登校の前日、泥酔の為補導される。そこには同じ年のジュディ(ナタリー・ウッド)とプラトー(サル・ミネオ)も補導されていた。翌日、ジムは初登校にして早速不良グループに喧嘩を吹っかけられる。そして、チキンレースを行なうことになる。


■若者の反抗とは、より良い大人になるための必然


ジェームズ・ディーン ジェームズ・ディーン ジェームズ・ディーン
ジェームズ・ディーン(1931−1955)の抗し難い輝き≠烽ウることながら、サル・ミネオ(1939−1976)とナタリー・ウッド(1938−1981)の魅力もジミーに負けじと発散されている。基本的に現代の若者が見ると、昔の不良は甘いものなんだなぁと感じる人も多いだろう。しかし、反抗する若者≠フ普遍的な部分は見事に捉えられている。

若者の反抗心≠ニは、大人と社会に対する特権である。大人の作り上げたものにのっかかって暴走せざるを得ないからこそより反抗心は複雑になってゆく。本作の当時で言えば、車、銃、ファッション。現在で言えばドラッグ、携帯、ファッション。基本的に昔よりも今の方が大人に仕掛けられたものにのっかかって、ほとんど反抗もせずに$l生を無駄にしてしまっている若者が多いのではないだろうか?

そして、大人は必ずこうつぶやく。「全く今の若者ほど危ない存在はない」と。しかし、大人がまいた種である子供たちにとって、
今ほど「他人に罪をなすりつけようとする大人が、自己欺瞞の塊に見える」時代もそうないだろうと感じていることを、大人はなかなか理解できない。


■だから若者はうんざりする。偽善者である大人の姿に


理由なき反抗 理由なき反抗
(特に若者にとって)今の世の中が閉塞感で一杯な理由は、社会システムが歪んだ形であれ、完成されすぎている点にある。そして、
多くの情報と疑似体験の氾濫によって、感動、好奇心が欠如している。10代にして、好奇心喪失、無感動、無機質な人間が増えている。そして、こういった状況を生み出しているのは、われわれ大人なのである。

誰だって、そうだろう?お金儲けが一番!みたいなセレブ、ゴージャスを囃し立てる現代社会で踊らされていたらうんざりしないか?あのIT企業の社長も数年前までは、日本社会から持て囃されていたわけである。マスメディアも出版社も彼の天才性を誉めそやしていた。そして、ある瞬間をきっかけに、一転して手のひら返しで攻撃する。そんな大人の姿を見て若者はうんざりしている。そして、こう感じている。
最も残酷な理由なき破壊者は大人ではないかと。だから、若者はそれを肌で感じ反抗し、人生に無常観≠感じるのである。

今の大人は、子供の頃こう教えられなかったのだろうか?「弱っている人を助けてあげましょう」と。しかし、今の時代は、
弱りきった途端に、善意の体現者≠ナもあるかのように、弱者を徹底的に攻撃し善意≠振りかざす輩がメディアにのさばりすぎているのである。


■永遠の若者は、疾風のように通り過ぎていった


理由なき反抗 ジェームズ・ディーン 理由なき反抗
1931年2月8日に生まれ、1955年9月30日に死した20世紀において伝説的な映画スター・ジェームズ・ディーン(ちなみに高倉健は同年の2月16日生まれである)。実際のジェームズ・ディーンはかなり物静かで気難しい人だったらしい、その内向的な性格ゆえに、ナタリー・ウッド、ウルスラ・アンドレスとのロマンスも長続きしなかった。

バイセクシャルだったジミーは、アクターズ・スタジオの先輩であるマーロン・ブランドを崇拝していたという。この作品はニコラス・レイ監督が『エデンの東』を見て感動し、ジミーのために書き下ろした原案をもとに制作された。そして、ジミーの死後4日後に全米公開された。ジミーの次回作の予定は『傷だらけの栄光』だった。

この作品で、ポール・ニューマンが代役の主役として、デビューし、スティーブ・マックィーンも端役でデビューした。先輩にあたるポール・ニューマンは『エデンの東』の主役を、エリア・カザンにジミーの方が適役であると、譲ったくらいにジミーの演技力を認めていた。一方、マックィーンこそは、ジミーの延長線上にある孤高の男性を演じ続けた役者である。そして、2人ともジミーと同じくカーレースを愛した。


■ジミーよ・・・永遠に若者の風となれ


ジェームズ・ディーン ジェームズ・ディーン
ジェームズ・ディーンは、1955年9月30日に130qで走行中に、学生の運転していたフォードのセダンと衝突して死亡した。その時に乗っていたのがポルシェ・550スパイダーである。上部左の写真は死の数時間前に撮影されたものである。このポルシェは1955年当時アメリカに4台しか渡ってこなかったポルシェ初の市販レーシングカーである。現在世界中で約30台しか保存されていないという。現在購入する場合は1億円以上するらしい。

ジェームズ・ディーン
この事故死により、彼の作品は片手で数えられるだけのものしか残らなかった。しかし、いまだにジェームス・ディーンのスタイルが、世界中の俳優に影響を与えている。
まさに彼の死は、孤独な青年のイメージが、孤高の伝説へと昇華した瞬間だった。それはまた彼の演技力に裏打ちされた伝説の始まりでもあった。


■若者の脆さが・・・弱さが・・・


理由なき反抗 ジェームズ・ディーン
オープニングの猿人形の前に泥酔したジミーが倒れこむ。とても脆そうなジミーの魅力が最初からスクリーン一杯に映し出される。
若さとは脆さであり、感情の爆発である。登場するジミーもナタリーもサル・ミネオも涙にまみれている。そんな脆さが、弱さが・・・『理由なき反抗』という作品の根本にある。

翌朝の早朝にジュディ(ナタリー・ウッド)と通学途中で再会したジム(ジェームス・ディーン)。そして、のジュディは不良グループのリーダである恋人(コーリイ・アレン)に、ジムについて尋ねられる。

「誰だ?」
「新しい病気よ」・・・そう、恋とは新しい病気なのである。特に若さに対しては・・・



サル・ミネオ・・・あなたの猫は死にました


サル・ミネオ サル・ミネオ サル・ミネオ
サル・ミネオ(1939−1976)シチリア系アメリカ人で、父親は棺桶製造業を営んでいた。8歳からブロンクスのストリート・ギャングとして悪行を重ねていたが、母親の導きによって、10代で役者を目指すようになる。そして、本作品と1960年の『栄光への脱出』でアカデミー助演男優賞にノミネートされる。その愛らしい少年のようなルックスとは対称的に、演技派志向の役者だった。

真ん中の写真は、エルビス・プレスリーとの2ショットである。そして、右上の写真が1976年のサル・ミネオの写真である。1960年代ミネオの人気は急降下し、1971年の『新・猿の惑星』においては、類人猿を演じるまでに落ちぶれていた。

結局演劇に新天地を求め、地味ではあるが着実に話題作に出演していった。話題作の中には刑務所の中でのホモセクシャルによる生々しいレイプ描写で話題になった作品もある。私生活ではハリウッドにあった邸宅から安アパートを転々とした挙句、西海岸で最も胡散臭い地区であるサンセット大通り界隈で暮らすようになった。

サル・ミネオ サル・ミネオ サル・ミネオ
そして、1976年2月13日の夜、カークウッド演出の劇『あなたの猫は死にました』のリハーサルの帰途、サンセット大通り付近のマンション裏手の駐車場で、サル・ミネオは殺害された。胸を何箇所も刺されていた。即死状態ではなかったが、出血多量が死亡原因だった。

そして、なんと1年後の1977年5月にライオネル・ウィリアムズ(22歳)が妻の通報により逮捕された。1979年に懲役51年の刑が下されるも、1990年保釈。5ヵ月後ATMを襲撃し再逮捕。しかし、1998年保釈。再逮捕と保釈を繰り返しつつ現在に至っている。


■孤独な二人の青年


理由なき反抗 理由なき反抗
「空にいたら地上のことを、忘れるだろうな」

プラネタリウムで星を見つめながらプラトー(サル・ミネリ)につぶやくジム。親密になる孤独な二人の青年の姿は、脚本の初期の段階において、同性愛的感覚をもって描かれているだけあって、その片鱗が所々に見受けられる。

ちなみにこの作品で登場する『グリフィス天文台』は、のちに『ターミネーター』でもロケ地として使用された有名な天文台である。


■なぜジミーは永遠なのか? その答えがこのシーンにある


理由なき反抗
不良グループに目をつけられたジムは、プラネタリウムの外で待ち伏せに会って、車のタイヤをナイフで裂かれてしまう。そして、飛び出しナイフで挑発されるジム。その挑発になかなか応じないでいるのだが、「お前はチキンだ!」の一言に反応して、ナイフを取り一騎打ちに応じるジム。

その過程にいたる流れが実に絶妙で、大人数の後押しを受けている不良のリーダーと、孤立無援に等しいジムの立場の違いが見事に生かされている。
仲間の中で粋がる事は対して難しいことではないが、孤立無援の中で立ち向かうことは何十倍もの勇気を必要とする。

しかも、そんな勇気は、ほぼ確実に自分にとって火傷をもたらしかねないという青春の残酷さ。私は中学時代これと同じようなパターンで挑発され、痛い目にあった経験があるのでよく分かる。大人数に対して一人で立ち向かうことは実際非常に厳しいものである。

この一騎打ちのシーンにおいて、2人とも緊張感を出すために本物のナイフを使用して撮影したという。ちなみに撮影中お互いに全く会話を交わさなかったというだけあって、双方共に臨場感に溢れている。

理由なき反抗 理由なき反抗
最近の映画だと、この一騎打ちの過程で、強さや弱さを強調するのだが、ニコラス・レイはさすがに見事である。
強さや弱さを突出させすぎることは、人間性の欠如を生み出しかねないということをよく理解しているので、ジムにごく人間的な対応をさせるのである。

ナイフに怯えるが、若さゆえに怯えている所を見せたくないので、クールに対応する。しかし、そのクールさが、逆に相手を挑発する形になり、回避しようとしたナイフでの一騎打ちへと導かれていく。そして、ほとんどの状況において、追い込まれているが、結局は運よくナイフを弾き飛ばし、形勢逆転する。

ここでのジェームス・ディーンの演技力は尋常ではない。
なぜジミーが永遠の輝きを保っているのか?に対する答えがこの一騎打ちのシーンにはある。

昔の映画の方が、人間の本質を理解した映画つくりが行われていた。最近の映画において苦手なのが、人間の本質を映像的に掘り下げていく部分である。最近の映画のDVDには、よく監督のオーディオコメンタリーが組み込まれている。そして、そんなコメンタリーによって、いかに監督の想いとは別に、無機質なドラマが繰り広げられているかということが認識できる。
おそらく人間の本質を描くにおいて、複雑な映像構成や、複雑な人間関係はそぐわないのだろう。


■ジムとジュディの父親


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そして、本作の最大の見せ場であるチキンレースに持っていくまでの展開もまた見事である。ジムと父の不和、ジュディと父の不和を対比的に描いている。ジムもジュディも父に愛されたい点に関しては同じだが、ジムは父に男らしくいてほしく、ジュディは父に過保護な優しさを求めているのである。

つまり、ジムとジュディのお互いの父が、実は2人にとって理想的な父であるという暗黙の対比が見事なのである。

そんな思春期の最も敏感な問題である親子問題から、同年代同士の問題へと話を転換していく。
若さとは、両親に見せる自分と仲間に見せる自分の違いの大きさなのである。


■クールを装い、クールでなくなる瞬間


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不良グループのリーダーとジムのチキン・レースが始まる。お互いクールにレースを終えようと、多くの不良が見守る中、スペインの闘牛士のように果敢にレースに臨むが・・・。リーダーのコートの袖がドアに引っかかり車ごと崖から落ちて死んでしまう。大人ならそんなことに命を賭けるのはごめんであろう事をクールにやってのけようとするも、結局はクールでも何でもない結末を迎えるチキン・レース。

チキン・レースの始まりは、人間性を押し殺し、熱狂と興奮の渦に埋没することから始まった。そして、突然の現実の登場に、恐れおののき、慌てふためき逃げまどうのである。これこそ、若さゆえの特権なのである。そう理由なき反抗ができることの魅力と恐怖を見事に描き出している。

理由なき反抗 理由なき反抗
咥え煙草でレースに臨むジミーが実に格好良い。そして、その格好良さがどこから生まれているのかを考えてみると、実に自分で考えて芝居をしているところから生まれている格好良さなのである。彼はレイ監督と毎日徹夜で脚本の練り直しをし、演技の中にアドリブを入れる自由を与えられていたという。

自己表現のない芝居に、個性や魅力といったものは決して生まれない。
最近の邦画が、見栄えのいいマネキンやカカシの無機質な動きの連続にしか見えないのも、自己表現と物マネの違いが分からないものが芝居をしているからである。アレは芝居ではなく物マネだ。

役者が、自分のアイデンティティを表現することを放棄した場合残るのは、ただの生活のための労働者の姿なのである。そんなものを見て、クールだと感じる若者は、かなりクールじゃない奴らだと思うのは私だけだろうか?


■愛は、憎しみの序曲 だから大切な一種のきらめき


理由なき反抗 理由なき反抗
恋に落ちたジムとジュディ。

ジム「もう二度と寂しがらずに済む。君も僕も」
ジュディ「愛しているわ。今までは愛してくれる人を求めていたのに。逆に愛したわ」

恋に落ちる・・・愛し合う=孤独を癒しあう。孤独という共通語で共感した2人は、やがて、孤独を感じ合い孤独という共通語によって別れていく。愛は一瞬のきらめきであり、憎しみの序曲である。憎しみを共感しあえることは、それだけ愛を感じあえたということなのである。

一方、そんな関係さえも築けずに死んでゆくプラトー。誰からも愛されず、憎まれずに死んでいく事こそ最大の悲劇なのである。


■心の渇きを癒そうとするあまり、悲劇の波に飲み込まれる三人


不良グループに追われ、泣きながら銃の引き金を引いてしまうプラトー。それを取り押さえるジム。

「なんで僕を独りにしたんだ?君も僕のお父さんじゃない!」と銃を片手に逃げるプラトー。そして、駆けつけてきた警察に包囲されてしまう。サル・ミネオという悲壮感漂う役者の持ち味が最大限に引き出されている。漂う孤独臭、人懐っこさ、おどおどした仕草・・・・全てが見事に役柄にフィットしている。この時期の彼は本当にいい芝居をする俳優だった。

人一倍愛情に餓えていた3人(ジム、ジュディ、プラトー)だったからこそ、
思春期に感じる心の渇き。そんな渇きを癒しあえるつかの間の歓びが、悲劇を導いてゆく。人一倍愛を求めるがゆえに、人一倍傷つきやすい。そして、そんな自分たちの気持ちに苦しみ、悲劇の波に飲み込まれていく。

この映画の廃豪邸のシーンは『サンセット大通り』でも使用された石油王ジャン・ポール・ゲティの豪邸をレンタルして、撮影された。


■色がちぐはぐなソックスを晒して死んでいくプラトー


理由なき反抗 理由なき反抗
ジェームズ・ディーンの風貌は、神経質なしわが刻み込まれたギリシャ彫刻みたいである。これがただのハンサム俳優とは明確に違う部分である。(昔の)ハリウッドではこういった個性的な俳優がよく出てきた。しかし、今のハリウッドや日本では(取って作ったような俳優ばかり出てきて)なかなかこういった俳優は出てこない。

物語の終盤に戻ろう。プラトーが油断している隙に、ジムは拳銃の弾を抜いて、空の拳銃を彼に返す。そして、包囲する警察隊に向かって降伏の歩を進めるも、ライトに照らされ動転したプラトーは拳銃を振りかざして駆けてしまい射殺される。

プラトーが殺害されるシーンにおいて、彼の死に顔は一切映らない。
ただただ、履き間違えて色がちぐはぐな彼の足元のソックスをが映しだされるばかり・・・である。実際には、この映画の主役はサル・ミネオと、ジェームス・ディーンなのである。


■デニス・ホッパー、ナタリー・ウッド


理由なき反抗 理由なき反抗
本作には、デニス・ホッパー(1936− )が出演している。この作品に出演した人の中で現在も生きている人は、チキンレースで爆死したコーリン・アレイとこの人だけである。
最も不健康な生き様を見せ付けてきたこの男が生き残るとは誰も思わなかっただろう。

『理由なき反抗』にかけて、皆は彼のことを
『ハリウッドの反逆児』と呼ぶ。ジミーとプライベートで仲のよかった彼は、『ジャイアンツ』で、監督ジョージ・スティーブンスに「10年に1人の才能」と言わしめさせた。しかし、ヘンリー・ハサウェイ監督の『向う見ずの男』撮影中の確執により1958年から干されてしまうことになる。

理由なき反抗 理由なき反抗
本作の共演により、ジミーとナタリー・ウッドは本当に恋に落ちた。この作品にナタリーが出演するきっかけになったのは、当時ニコラス・レイと付き合っていたからである。ちなみに、後にナタリーはデニス・ホッパーとも付き合っており、
「お風呂一杯にシャンパン入れてみましょう」とシャンパン風呂を実演し、二人とも病院行きになった経験も持つ。彼女自身も1981年11月29日に謎の死を遂げた。

− 2007年12月7日 −


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