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暗黒街の顔役   SCARFACE(1932・アメリカ)
■ジャンル: マフィア
■収録時間: 93分

■スタッフ
監督 : ハワード・ホークス
製作 : ハワード・ヒューズ
原作 : アーミテージ・トレイル
脚本 : ベン・ヘクト
撮影 : リー・ガームス / L・W・オコンネル

■キャスト
ポール・ムニ(トニー・カモンテ)
ジョージ・ラフト(リナルド)
アン・ドヴォラク(チェスカ)
カレン・モーリー(ポピー)
ボリス・カーロフ(ガフニー)
オズグッド・パーキンス(ジョニー)
ハワード・ホークスの反逆精神が作り上げたギャング映画の最高峰。ギャングの滅びを見事に美学として描いた作品。人間がいかに悪に引き寄せられその魅力の虜になるか・・・といったことがこの作品を見ることによって仮想体験できる。ポール・ムニの仕草の格好良さ、ジョージ・ラフト、アン・ドヴォラク、カレン・モーリーの格好良さ。現代人がいかにダサいかが実感できる名作。

■あらすじ


暗黒街の頂点に登りつめる事を決意したチンピラ・トニー・カモンテは、同業者を虫けらのように殺害し、さらには自分のボスを殺し、ボスの愛人までも手に入れ、目的の達成あと一歩の所にたどり着く。しかし、トニーの妹への過剰な愛情がトニー自身を滅ぼすきっかけとなるのであった。


■その頃、映画とは光と影の芸術だった



大富豪ハワード・ヒューズ製作、ハワード・ホークス監督の本作品こそ全てのギャング映画の原点のひとつである。世界中の大恐慌の中で一見優雅に暮らすギャングの闇の部分が描かれている。最初にテロップが流れる。「この作品は米国におけるギャングの支配や、それについての米国政府の無関心に対して、告発をするための映画である。この作品は実在の事件をモデルにしている。政府に対してこう要求するためだ。あなた方は何をしてくれるのか?$ュ府はあなたのものなのだ。あなたならどうしますか?」

明確にこの冒頭のテロップは、検閲を通すためのカモフラージュである。物語が進めばわかるが、ホークスはテロップのような視点で物語を一切描いていない。基本的に彼は映画を正義の告発の場に使用する趣味はない人である。そして、だからこそ本作は魅力的なギャング映画に成り得たのである。

まずはオープニングのルイ・コステロ殺害の長廻しが素晴らしい。口笛を吹く影だけで殺害を表現するのである。白黒映画こそが最も魅力的に光と影を表現できると言う現実を裏付けている映像である。


■ポール・ムニの圧倒的な存在感



ポール・ムニ(1895−1967)
ウクライナから7歳のときにアメリカに移民する。29歳でブロードウェイの舞台に立つようになる。彼は31歳までイディッシュ語で芝居をしてきたので英語で芝居をしたことがなかった。にもかかわらずブロードウェイの舞台に立つ。1936年『科学者の道』でアカデミー主演男優賞に輝く。他に『仮面の米国』(1932)『ゾラの生涯』(1937)『大地』(1937)が代表作である。本作は、1929年に『The Valiant 』でアカデミー主演男優賞にノミネートされ順風満帆の映画デビューを果たしたポール・ムニが1930年に出演した作品である。ルックス的にはベニチオ・デル・トロにかなり似ていて独特の男臭さがある。


■ジョージ・ラフトのこの寡黙な存在感の見事さ


ジョージ・ラフト(1895−1980)
代表作は『ボレロ』(1934)『我れ暁に死す』(1939)『お熱いのがお好き』(1959)であり、ラスベガスを作ったギャング・バグジー・シーゲルの幼馴染であり、ニューヨークのスラム出身同士の大親友であった。実際にマフィアの一員でもあったので1966年イギリス入国を拒否されたこともある。しかし、性格は温厚で仕事に対するまじめな態度でも尊敬を集めていた。特にフレッド・アステアが彼の踊りに一目置いていたくらいの一流のダンサーでもあった。

このジョージ・ラフト演じるリナルドがまた格好良い。いつでもコインを指ではじいて投げてはキャッチしているのである。しかも、とにかく寡黙で頼りになる右腕っぷり。こういうセリフは少ないが出番は多いという難しい役柄をラフトは見事にこなしている。ちなみにラフトがこの役柄を手にした時、本物のギャングの友人達が歩き方やファッションなどの演技指導してくれたという。

1930年の『犯罪王リコ』と1931年の『民衆の敵』を経て、ハリウッドのギャング映画は、より洗練された。この作品からギャングというものがオシャレな存在として描かれだしたのである。高級なスーツにポマードべっとりの頭、蝶ネクタイにガウン、
この映画からギャングは恐れの対象から、憧憬の対象にシフトしていくことになる。結果的にイタリア移民=マフィアというイメージは、イタリア移民=伊達男で格好いい反権力者というイメージも生み出したのである。

本作品は実際には1930年に全て完成していたが、過激な暴力描写と兄妹の近親相姦的描写ゆえに検閲が通らず1932年まで公開できなかった。

ちなみに中盤で病院のベッドの上で追い討ちをかけられてトニーとリナルドに撃ち殺される男はハワード・ホークスが演じている。そして、そのすぐ後に機関銃の炸裂にシンクロして日めくりのカレンダーがめくれていき年月がたっている表現は一つの物語の経過を示す手法の先駆けとなった。


■1930年代とは思えない太ももがかもし出す色香


カレン・モーリー
(1909−2003)
トニーの愛人ポピーを演じる。役柄的には「高くつく女」だが、実際の彼女はUCLA卒業の監督志望の女性だったという。グレタ・ガルボの『マタハリ』(1931)などにも出演するが、1934年に所属していたMGMともめ干される事になる。そして、1950年代に赤狩りの餌食となった。

それにしても1930年初めに太ももちらりのこんなセクシーなシーンが検閲を通ったとは、驚きである。それくらいカレン・モーリーはクールでホットな女である。

ここで男性は必見のシーンなのだが、トニーとポピーが階段で言葉を交わすシーンは、女性を男性が口説き落とすときのポイントである。
女性よりも下の場所に立って、おちゃらけて笑わせてキュートなやつだと思わせて、「初めて笑顔を見せたよね」と相手がどきりとする言葉を言うのである。

女性と言うものは、男性に下から眺められると断れない性があるらしい。



■ギャング映画は仕草が命


とにかくトニーを演じるポール・ムニの仕草がいちいち格好良い。冒頭の理髪店で保安官の胸についているバッチでマッチの火をする仕草や、片手でマッチの火をする仕草、ポピーに挨拶するときにおでこに手をあてる仕草など全てが格好良い。
この格好いい仕草の積み重ねが、結果的には最後の死に様が女々しく格好悪ければ格好悪いほど、反比例的に格好良さを増すという不思議な状況を作り出すのである。

「この商売をやるには鉄則ってものがある。先制し自分でやる。そして、継続することだ」



■二人の男が一人の女に火を差し出す。どちらを選ぶのか?



ポピーがタバコを取り出すと同時に、トニーとジョニーが同時に火を差し出す。このシーンのポール・ムニの格好良さ。誰の火でポピーはタバコをつけるのか・・・とにかくこのシーン映画史上に残る素晴らしいシーンである。こういったシーン一つで女が男を見限った瞬間を見事に描写できるのである。このシーンこそ、
文学と映画の領域の違いを語っているのである。

のちに『酔いどれ天使』(1948)で黒澤明がそっくりそのままぱくるシーンだけのことはある。ちなみにこのもう1人の男・ジョニー・ロヴォを演じている俳優オズグッド・パーキンスは、1960年『サイコ』でブレイクするアンソニー・パーキンスの父親である。

トニーはポピーに言う
「やつ(ジョニー)も好きだが、君はもっと好きだ」こういうセリフこそギャング映画の象徴なのである。「敵の敵は味方」や「裏切り者は身内であってももはや赤の他人」といったマフィア独特の物事に対する捉え方を示したセリフである。

トニーを暗殺しようとするライバルのギャング・ガフニーに『フランケンシュタイン』(1931)のボリス・カーロフが演じている。ボーリングを投げた瞬間に暗殺され、ガフニーは死ぬが、ボールは転がっていきストライクを出すシーンが実にクールである。



アル・カポネ(1899−1947)



本作はカポネをモデルにして作られた作品である。アル・カポネとはブライアン・デ・パルマ監督で1987年に『アンタッチャブル』でロバート・デ・ニーロが演じていた1920年代にシカゴを取り仕切っていた禁酒法時代の実在のマフィアのボスである。ギャングとして始めて『タイム』誌の表紙を飾ったこともある。身長179cmの長身に筋肉質の肉体で威圧感がすごかったが、性格は陽気で温厚だったという。ちなみにカポネはこの映画を大変気に入っていたという。

カポネはイタリア移民の子としてニューヨーク・ブルックリンに生まれる。実際にカポネも本作でもトニーが自分のボス・ルイを殺害しているように、自分の最初のボス・ジム・コロシモ(1877−1920 写真左上)をシカゴのクラブのロビーで殺害している。実際映画上のルイは実にジム・コロシモに見た感じが似ている。


そして、劇中の虐殺も実際に1929年2月14日に聖バレンタインデーの虐殺として、6人のマフィアと1人の通行人を犠牲に行われている。そして、トニーもアル・カポネも顔に傷(スカー)があることから「スカーフェイス」と呼ばれるのだが、カポネが実際に顔に傷つけられたきっかけはバーの用心棒をしていたときに女性客に卑猥な言葉を発したがためにその客の兄からナイフで切りつけられたためである。

1920年代シカゴのレキシントン・ホテルのプレジデンシャル・スウィートを住居とし、マフィアをより近代的に組織化していったが、脱税容疑で1931年10月24日から懲役11年の実刑判決により刑務所に入ることになった。1932年8月22日悪名高いアルカトラズ刑務所に移送され、1939年11月16日釈放される。釈放されたときは梅毒の進行と、過酷な刑務所生活の影響で廃人同然だったと言う。釈放後は、マフィアのボスに復帰することなくパームランドの屋敷で静かに余生を過ごし、1947年1月25日梅毒により死去した。


■兄に愛される妹を演じる説得力



アン・ドヴォラク
(1912−1979)
役柄と撮影当時の年齢がほぼ同じである。アンは芸能一家出身でプロのダンサーだったので、身のこなしが美しい。このしなやかな肉体美は或る意味シンボリックでありかなり妖艶である。彼女のような不思議な魅力を持った妹にだったら、トニーが近親相姦的愛情をよせる構図は成り立つだろうと説得力の或る役柄を演じ上げた。

妹を愛するあまり、右腕のリナルドを殺してしまうトニー。このシーンでコインを投げると同時にトニーに撃たれるリナルドの表情が印象的である。本作の脚本家ベン・ヘクトは、ボルジア家(チェザーレ・ボルジアと妹ルクレツィアの近親相姦的関係)と『華麗なるギャツビー』を融合したものをアル・カポネの生涯に当てはめて脚本を仕上げた。ちなみに彼は脚本を一日1000ドルで2週間で書き上げたと言う。


■最後まで忠実にトニーに従う秘書の最期


ラストでトニーが警官隊に追い詰められる中トニーの秘書(ヴィンス・バーネット)だけは最後まで彼を助ける。この男電話の応対もろくに出来ない文盲で頭の弱い男で、ずっとトニーに馬鹿にされ続けているのだが、実に健気にトニーについてくるのである。そして、死ぬ間際にポピーからの電話を取り、今までろくに電話さえも取り次げなかったのに、最後の最後に電話を取り次ぎ死んでいくのである。

このヴィンス・バーネットのチャップリンのようなとぼけた芝居も本作のなかなか通な魅力となっているのである。


■世界はあなたのもの



最後の最後に警官隊に追い詰められ命乞いするトニー。1983年にリメイクされた『スカーフェイス』のラストではアル・パチーノ扮するトニーが最後まで強気で敵に立ち向かうのだが、このラストの命乞いの末に隙をついて逃げようとしてドブネズミのように蜂の巣にされるラストのほうが魅力的である。

実際ラスト蜂の巣にされるポール・ムニの死に様は格好良すぎる。ちなみに共演者のカレン・モーリーはこう回想している
「この映画は私の生涯の宝物です。そして、ポール・ムニの演技力に私を含め全員が畏敬の念を抱いていました」

最後に出てくる「The World Is Yours(世界はあなたのもの)」の電光掲示板が、この作品がいかに人間に対しての皮肉を冷淡に描いてる映画化がわかる。
人間上昇するスピードが速ければ速いほど落下速度も速くなると言う皮肉をである。ちなみに検閲のためポール・ムニ抜きで再撮影されたラスト・シーンではトニーは絞首刑になる。このときトニーは絞首台の上で恐怖で立っていられないほど足をがくがくとしているという描写がなされているが、やはりこの映画にとって、ドブネズミのように蜂の巣にされるラストのほうがトニーらしくていいと誰もが感じるだろう。

映画を監督するにあたりハワード・ホークスは実際に多くのギャング達に会ったという。「彼らは、まるで子供のようだった。誰かに吠えまくり、自分こそ一番タフだと振る舞おうとするので吐き気がした」と述懐している。


■18パターンのX


ところでホークスは、トニーの顔の傷から始まり最初から最後までXにこだわった絵作りをしている。基本的にこのXは殺人の場面に現れる象徴となっている。それでは、ここで厳密にXが登場するシーンを記してみよう。
1.タイトルバックの背景
2.22丁目を示す街頭のプレート
3.理髪店で始めて登場したときにアップで映し出されるトニーの左ほほの傷
4.ポピーにトニーが始めて出会ったときの部屋の中の像
5.チェスカがリナルドにコインを投げるときのベランダの鉄枠
6.密造酒をトニーが無理やりに売り込みをかけるバーの扇風機
7.ベッドで重体のライバルを殺害するときの窓に映る影
8.車から放り出され殺された死体と影の交差
9.車が襲撃され街頭に突っ込むシーンでの看板の文字
10.ヴァレンタイ・デイ殺害開始時の木枠
11.その死体を照らす日光
12.ガフニーのボーリングのスコアシート
13.チェスカがリナルドを誘惑するときのイブニングドレスの背中
14.ジョニーのオフィスの扇風機
15.リナルドの部屋の番号
16.そして、リナルドが倒れるときの日光の光
17.チェスカが殺されるときの背景の影
18.エンドロールの背景
なんと18パターンものXが画面上に現れるのである。

単純な娯楽としても、象徴的な映像芸術としても奥の深い本作は、フランソワ・トリュフォーやピーター・ボグダノビッチ、マーチン・スコセッシ、ジャン・リュック・ゴダールら映画人から絶賛されている。

本作こそ制約された中での妥協の産物が最高峰の芸術作品となった典型的な例であろう。検閲、時代背景、映像技術といった制約が、作る側の情熱によって素晴らしい芸術を生み出すのである。得てして制約のない環境において情熱の欠片もないものが多く生み出されるものなのである。

人間が芸術や偉大なる創造を生み出すためにはかならず情熱が必要なのである。そして、情熱とは、才能を押しつぶそうとする圧力が強ければ強いほど濃縮されるものなのである。

− 2007年5月3日 −
 

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