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アメリカの影   SHADOWS(1959・アメリカ)
■ジャンル: ドラマ
■収録時間: 81分

■スタッフ
監督 : ジョン・カサヴェテス
製作 : モーリス・マッケンドリー / シーモア・カッセル
撮影 : エリック・コールマー
音楽 : チャールズ・ミンガス

■キャスト
レリア・ゴルドーニ(レリア)
ヒュー・ハード(ヒュー)
ベン・カルーザス(ベン)
アンソニー・レイ(トニー)
デニス・サラス(デニス)
ジョン・カサヴェテスという映画史上類まれなる芸術家が誕生した瞬間を目撃できる。題名は「影」なのだが、実に温かい息づかいで溢れている作品である。映像の中で人間が生きているのである。ここまでカメラを意識していない役者達の魅力的な芝居は観たことがない。

■あらすじ


ハーレムに暮らす白人との混血の黒人3兄弟。兄ヒューは売れない歌手で今はストリップの司会でなんとか兄弟を養っている。一方弟のベンはトランペッターを目指してはいるがただナンパと喧嘩に明け暮れている。そして、妹のレリアも20歳になったばかりである。白人のように色の白い妹はある日白人の青年に恋をする。


■こいつが生み出したすごい概念!


ジョン・カサヴェテス(1929−1989)というすごい男がいた。彼にまつわるあらゆる伝説がすごいのだが、何よりもすごいのが、ギリシア移民のニューヨーカーの彼が処女作に黒人の3兄弟妹の物語を撮ったという事だ。はっきり言って、ユダヤ人の監督がナチス・ドイツの映画を撮る並に、さらに言うと、芦屋で何不自由なく生まれ育ったお嬢様が、西成の日雇い労働者の映画を撮る並にかけ離れた行為である。

カサヴェテスという人を映像の中で見ていて感じるのは、意思の強さと、人生に対する達観である。そして、この処女作にあたっても、
枠に収まらずに自由に自由に!!と芸術の基本形を実績しているのである。


■芸術とは本来形に捕らわれるべきものではない


よく品のいい服を着た小奇麗な紳士・淑女が芸術についてピカソを引き合いに出すときにこういう言葉を決まって放つ「彼は基本がしっかりしていた。だからあれだけのものが生み出せたのだ」と。私もこの意見には賛成するが、それは一部的な賛成に過ぎない。芸術に基本が必要とも正直思っていない。

芸術に必要なものは、その人の独特の感性であり、その感性の荒波の中で揉まれてみる勇気があるか否かである。勇気がなければ感性は、常識や一般的なものに置き換えられるようになって、社会の列から外れないように生きることに汲々とするか、または社会の列から外れたもの同士で固まるかどちらかに属することになるだろう。

芸術とは、生きている実感を味わう行為に他ならない。なぜならば普通に生きていれば感じられない感覚を、意識的に感じようとすることがすでに恐ろしくパワーを使う行為だからである。

そして、
芸術とはどんなくだらないと思われることからも生み出される人間の独創的独走状態を言うのである。つまり、ただの模倣的商業活動は明確に芸術ではなく。ただ単につまらないものを手に入れるためにつまらないことをしているだけの話なのである。多くの精神分析医は、その活動を称して、物質が満たされれば心も満たされるというが、それは明確な嘘っぱちで、物質が満たされれば心が空っぽになりやすいので満たされやすいだけの話である。


■即興と言う名のナマの芝居


この映画の登場人物の名前は全て、実名である。つまり本作は演技指導やそういったものを全く重要視せずに役者個人の本性をむき出しにして撮りあげた作品なのである。つまるところレリアとベンには近親相姦的な雰囲気を疑似体験して楽しんでいる部分が見受けられる上に、アンソニー・レイ(1937− )はこの2人に触発されて自分の義理の母親であるグロリア・グレハムと1960年に近親婚までしてしまうのである。

この役者達のリアル・ライフの投影が新しい芝居の形かもしれないとカサヴェテスが考えたところに究極の新しさが見受けられる。つまりスタジオで撮影するのではなくオールロケで撮影したならば、生温かい息使いが聞こえてきて、実に刺激的な映画が撮れるのではないだろうか?である。

もっと言うならば、カサヴェテスはこう語っている。
「商業的な配給に乗せようなんて気はなかった。『アメリカの影』は全面的に一つの実験であり、僕らの主目的はただ学ぶということにあった。役者は一人も自分の苦労に対する報酬を受け取らなかったし、技術者も何も貰わなかった。情熱だった……僕らは自分達のしたいことをするっていう楽しみの為に働いていた。どのみち馬鹿げたことに使う小金を稼ぐよりは、創造的な仕事をする方が重要だ」

そう今だかつてない創造的な実験をしてやろうである。新しいことを生み出すことは、これだけの気持ちがないと行えないことなのである。果たして今の日本映画人のどれだけがこういった気質を持っているのだろうか?


■かなり魅力的な登場人物たち


主人公の3人の兄・弟・妹が実に魅力的である。3人には白人の両親の血が混ざっていて、兄は黒人そのものなのだが、弟と妹は白人に見えるくらい色が白いのである。3人が3人とも実に魅力的でナマの迫力に溢れていた。やはり演技力が充実するのも大切なことだが、こういったみずみずしい力に満ちた映像を見せ付けられると、演技とはキャリア以上に感性というものもいかに重要かと感じさせられるのである。

兄ヒューを演じるはヒュー・ハード(1925−1995)である。怒りっぽいがすごく弟と妹想いな売れない歌手である。彼は大島渚監督の『飼育』(1961)にも出演している。そして、弟ベンを演じるはベン・カラザーズ(1936−1983)である。白人の友達2人とつるみ喧嘩とナンパに明け暮れるトランペッターの卵ではあるが、本当にトランペットがうまく吹けるかどうかは分からない。彼は、実際にレリア・ゴルドーニと結婚し、『特攻大作戦』(1967)などにも出演したが1971年に役者を引退した。

さて妹レリアを演じるはレリア・ゴルドーニ(1938−)である。自由奔放に生きようとするも人種問題や男女の問題の中で自分なりの考えを見つけ出そうとしている我侭ではあるが、魅力的な女性の役柄で彼女はアクターズ・スタジオ出身である。


■ある意味現在に共通する女性のテーマ


レリアがトニーに言うセリフで印象深いセリフがこれである。
「君はだれのもの?」と聞かれ「私は私のもの」と答える。これなんかは非常に格好いいセリフではあるが、レリアの本心は自分が誰かのものになることによって安心を勝ち取りたいと考えていたのである。

そして、トニーと初体験することによって自分がトニーのものになるかと思ったが、実際はやはり私は私のものと実感したのだった。このシーンは現代に通じる実に魅力的なシーンである。「私は私のもの」。やはり20歳の若さ溢れる女性にはこれくらいの気持ちでいてほしいものである。
誰かのものでいいわと思う女は、正直、他人のものと自分のものの区別が分からない女に成りがちなので非常に怖いものがある。もっともこの傾向は男性の方が強いのだが。


■この画面上に溢れる温かさは?


売れない歌手ヒューのマネージャーといい、レリアに未練が残るトニーといい、レリアと踊りながら
「君はひどい女性だと思うけど・・・好きなんだ」と言う黒人青年デイヴィーといい登場人物が実に魅力的で温かい。カサヴェテスは決して意識したわけではないだろうが、この作品は白黒の底から溢れんばかりの温かさに満ちている作品なのである。

特に白人のトニーとの恋が終わり、デイヴィーを何時間も待たして邪険に扱ってクラブで踊るシーンの前述のセリフを吐くシーンは映画史に残る心を打つ名シーンである。


■ミンガスとカサヴェテスの融合


カサヴェテスが決めた大体の筋に沿って脚本なしで即興で演じられた芝居に重ね合わせられている効果的なジャズの数々はモダンジャズの巨人・チャールズ・ミンガス(1922−1979)によるものである。ジャズも映像を見て即興で演じられているので、実に映像にフィットしていて時に軽快で、時に物悲しい。

この時代は、白黒の映像にモダン・ジャズがマッチする時代だった。

本作にはシーモア・カッセルとジョン・カサヴェテス自身もちょい役で出演している。さらにナイトクラブでお笑いコンビがいじる客の女性役で無名時代のジーナ・ローランズが一瞬出演している。


■ようし一丁即興で誰にも縛られずに映画撮ってみようぜ!


ラジオ番組でカサヴェテスが突然呼びかけたと言う。マンハッタンで映画を撮りたいから寄付を募る!と。そして、自分の持ち金と一週間で集まった2000ドルを元手に映画製作は1956年に始まったと言う。16oカメラで実に2年かけて撮られた作品は60分の作品になったが上映してみると評判が芳しくなかったと言う。

がっかりしたカサヴェテスは翌年追加撮影、自宅の車庫で再編集し、第二版を完成するもこれも国内では全く評価されず、逆に海外から評価されたという。

マーティン・スコセッシは言った。
「彼の映画は、カメラを持ちさえすれば誰にだって映画は撮れる、という気にさせてくれた。もう言い逃れは出来ない。カサヴェテスに出来たのなら、自分達にだって出来るはずだ」

この映画からアメリカのインディー映画の歴史は始まったと言われる。そして、それくらいに大型スタジオや大掛かりな撮影方式を否定した本作は、斬新であり、当時の映画人の度肝を抜いたのである。

− 2007年5月31日 −


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