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新仁義なき戦い   (1974・東映京都)
■ジャンル: 東映ヤクザ
■収録時間: 98分

■スタッフ
監督 : 深作欣二
原作 : 飯干晃一
脚本 : 神波史男 / 荒井美三雄
撮影 : 吉田貞次
音楽 : 津島利章

■キャスト
菅原文太(三好万亀夫)
若山富三郎(青木尚武)
金子信雄(山守義雄)
渡瀬恒彦(北見登)
橘真紀(富田幸枝)
田中邦衛(坂上元)
松方弘樹(関勝)
富三郎に痺れろ!グラサンを取ってぶちぎれ、エエ女をボロ雑巾のように陵辱するその姿!スーパー級の豪華キャストの中で間違いなく光っていたのは、文太兄ィは勿論のこと、富三郎と金子信雄と、そして橘真紀だった。

■あらすじ


昭和25年広島・呉市にて山守組組員・三好万亀夫(菅原文太)は殺人未遂により懲役8年の刑を宣告される。昭和34年仮釈放された三好は、山守組の内紛に巻き込まれることになる。狡猾な山守組長に対峙する直情径行型の若頭・青木(若山富三郎)。果たして三好はどちらにつくのだろうか?


■おめんちょ盗っ人 マメ泥棒



「の〜わしのオンナになれぇ〜」「ヒャハハハ〜〜すぐすますけんのぉ〜」

『新仁義なき戦い』は、山守のおめんちょ盗っ人から始まる。全ては橘真紀(1951− )が原因だった。彼女の役柄はバーのホステスであり、青木(若山富三郎)の情婦だった。しかし、青木がボス山守の身代わりでムショに入っている間に、山守によって強引に彼のオンナにされてしまうのだった。

まさにこの『新仁義なき戦い』の迷走ぶりを象徴するシーンである。もはや脚本を練ることを放棄し、エロと狂気を前5作で作り上げた世界観の残り滓にぶちまけた、やけっぱち作品が本作である。この作品の主役の一人は間違いなく彼女だった。
そう真紀ちゃんがうつむき加減に陵辱される姿が新しい「仁義なき戦い」の新しい形だった。


■オンナはオレの所有物 それを奪い合え!



そして、出所後の青木にボロ雑巾のように扱われ涙を流す真紀ちゃんのその姿。青木のぶち切れ相手の邦衛がいない場合の真紀ちゃんは大変だ。酒を顔にかけられるし、タオルは投げられるし、もう散々な目に合うのである。

しかし、70年代の東映ヤクザ映画の魅力は、この根底に流れる鬼畜ムードである。
「オンナはオレの所有物」的描写が、生み出すその陰鬱さが東映ヤクザ映画の一つの魅力である。この世界では「オンナは、したたかに生き残るぶん。金で飼われた家畜なのである」。


そんな世界観が、梶原一騎的妄想の世界に突入するのである。
「真紀ちゃんは富三郎に、散々色んなプレイ仕込まれてんだな。まさにカラテ地獄変並みに」。そう考えると真紀チャンのこの表情はますます堪らんものになってくるのである。今のヤクザ映画に欠けてるのは、この感覚だろ?

したたかに生きる女なんぞほんの氷山の一角。実際は、金で飼われた家畜なんだぜ!ここ重要だろ?


■文太兄ィに対峙する富三郎の凄味



作品自体は第一作目の焼き直しに過ぎない。そして、あの野獣のような若さが生み出す「のし上がっていく」熱気は失われている。それはこの時にはもう役者たちを圧倒した『仁義なき戦い』に対する熱気が薄れていた為だろう。全ての役者がゆとりを持って芝居しすぎで、見ていて心地良いが、ドキッとしない。

「あんケンジのくそ汚れぇ!けつの毛までぬいたろ〜か」

「そのくそばかぁ〜!犬コロ相手じゃあるまいがぁ〜」


しかし、その分名セリフも多く輩出している。「よぉおいおいおいおい!おい!」と電話を取るチンピラ渡瀬恒彦(1944− )の最凶にイカツイ面相で唯一熱気の残り滓を発散している。


■役者とはヤクザになりきっちゃ終わりだな



すっげぇ仲良しムードが漂ってるこの劇中写真。この『新仁義なき戦い』。まさに打ち上げのついでに撮った様な写真だが、この頃のヤクザ映画はホンモノの役者が、ヤクザを演じてたんだなと分かる。このリラックスと本番のギャップが役者の魅力である。今のヤクザ俳優にはそれがない。ただヤクザそのものが出てるか、ヤクザに成りきってない半端モンが出てくるだけだ。

しかし、まあコノ作品はある意味感謝祭みたいなものなんだな。だからこそ、この作品を見る姿勢はあくまでも頭を柔らかく、下半身は固くなのである。


■弾よけ女 池玲子様



そして、池玲子様(1953− )の降臨である。身長165p、49kg。バスト98・ウエスト59・ヒップ90。全裸で体の疲れをほぐしてくれるその肉感的な姿。若干22歳にしてこのやさぐれ具合と聖女のような安らぎのギャップが生み出す男のオアシスな雰囲気。
こんなオンナに全裸でこんなことされたら、肩の凝りはほぐされても下半身はコッテコッテしゃーないいやろうなぁ。


この作品の池様は、表情の一つ一つが実に良い。なかなか東映ヤクザ映画では池様はただの幸の薄い女的な役柄でしか登場しかないのだが、この作品では、かなりの自己主張をしている。

ヤクザな男としか一緒になることが出来ない彼女が、
そんな人生はあらゆる意味において「弾よけ女の一生」になってしまう真実を知るのである。これって現代のヤクザのオンナにも通じるかなり深いメッセージである。

「うちが朝鮮人だから!?」「どうせヤクザなんてどいつもこいつも汚いんだから!」「こっぱぜにで体売る朝鮮ぴ〜が!」「最高にぱっとせんヤクザが!」

ヤクザと娼婦が、傷を舐めあい生きていく姿の醜さは、ケンカすると傷を噛み合うところにある。ヤクザと娼婦だけでなく、一般の男女間の恋愛、夫婦関係でもこういう状況は多いだろう。それにしても、場所柄をわきまえず、わめき散らすバカ女と付き合う苦労はよく分かる。よく分かるぞ。


■チョンちゃん♪ チョンちゃん♪



「きょうび銭がないっゆうんは、わが首のないんとおなじど」

「ほいじゃったら!わいも我が道いくど!やっちゃるけん!」


富三郎の切れっぷりが実に良い。特にその餌食になる田中邦衛のコスサが最高に良い。パターンは、邦衛がよけいな一言をかましてしまい、静寂の中富三郎がサングラスを取る。そして、富三郎が邦衛をしばきたおす。この間まさに名人芸だな。

「ちょうどのぉ〜、このチョンちゃんの散歩のついでじゃけん」

「もしあれがですのぉ〜。若いオナゴじゃったら、下の口ふさぎゃ〜上の口はひとりでにふさぐものじゃがのぉ」


愛犬チョンちゃんを可愛がる信雄の顔が実に良い。「チョンちゃん♪」ナイスネーミングだな。そして、案の定この正月の祝いの席でも富三郎は邦衛の一言にぶちぎれるのである。


■最後に笑うのはいつもこの男


最後の富三郎の死に様。まさにトンボまで切って死に花咲かすその壮絶さは、オレの中では東映ヤクザ映画史上最高の死に様の一つだった。


金子信雄(1923−1994)52歳。若いオナゴと野球拳に励むこの脱力感満点カタルシスゼロの展開でこの作品は終わりを告げる。この作品の終わり方が、そのもの仁義なき戦いシリーズの終焉そのものだった。『仁義なき戦い』は実質的にこの作品で終わりを告げられる。

そして、
その東映の姿はまさに「出る杭は出し尽くす東映の本質」だった。

本作はそれでも1975年の邦画興行収入第9位に輝いた。

− 2007年9月16日 −


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