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007/私を愛したスパイ   THE SPY WHO LOVED ME(1977・イギリス)
■ジャンル: アクション
■収録時間: 125分

■スタッフ
監督 : ルイス・ギルバート
製作 : アルバート・R・ブロッコリ
原作 : イアン・フレミング
脚本 : クリストファー・ウッド / リチャード・メイボーム
撮影 : クロード・ルノワール
音楽 : マーヴィン・ハムリッシュ
主題歌 : カーリー・サイモン

■キャスト
ロジャー・ムーア(ジェームズ・ボンド)
バーバラ・バック(アニヤ・アマソヴァ)
クルト・ユルゲンス(ストロンバーグ)
リチャード・キール(ジョーズ)
キャロライン・マンロー(ナオミ)
『007シリーズ最高傑作』の名に相応しい「70年代の魅惑の展覧会」的作品。70年代のゴージャスさに浸りながら大人の時間を楽しみたいならば、この「高尚と低俗の見事な調和」を心地良く堪能せよ。これもまた映画でのみ感じることの出来る「喜びの逃避空間」なのである。良質のボンド映画の先にあるものは、忘れかけていた人生の遊び心を思い出すきっかけでもある。それは車、音楽、美酒、観光、美女・・・

■あらすじ


突然消息を絶った核ミサイルを搭載した英ソの潜水艦を追跡する使命を受けたジェームズ・ボンド(ロジャー・ムーア)は、エジプトで任務中に、同じく追跡の使命を受けたソ連の諜報員アニヤ・アマソヴァ(バーバラ・バック)と一つの手がかりを巡り争奪戦を繰り返すことになる。そして、上層部の意向により共に任務を追行する事になるのだが・・・


■ボンド映画の一つの記念碑的作品



さすがにシリーズ10作目だけあり、力が入っている。三代目ジェームズ・ボンドとしてまだまだ観客の認知を得るに至っていなかったロジャー・ムーア(1927− )が、この三作目によって、名実共にショーン・コネリーとは違ったボンド像を観客に認知させた。まさに前二作がどちらかというと地味なボンド像だったことに対し、
本作においては、凄みは消えうせたが、ユーモラスで女好きで人当たりのいいムーア=ボンド像を固定させた。

いわば起死回生の一発として、半ばやけっぱちで製作された本作ではあるが、そのやけっぱちぶりが結果的に功を奏することになる。過去の007シリーズの魅力的な要素を組み合わせ、さらに新しい要素をとめどなく組み合わせると言う『力技』で体現した
21世紀のアクション映画にも今尚影響を与えている「アクション映画のイイトコドリ」の流れを確立した作品の誕生である。

ノンストップ・アクション・ムービーはこの作品から始まったと言って良いだろう。

さらにロケ地だけを見ても、オーストリアの雪原、エジプトのピラミッドと王家の墓、イタリアのサルディニアの地中海といった魅惑の3国のリゾート地のゴージャスさがミックスされている。更にマーヴィン・ハムリッシュ、カーリー・サイモン、ケン・アダム、ロジャー・ムーア、バーバラ・バック、クルト・ユルゲンス、ジョーズ、ナオミ、スーパーカーと素晴らしい要素が見事に交錯し一つの極上の映画空間を作り出している。


■ロマンティックなタイトル・ソングの優雅さ・・・


プレ・タイトル・シークエンスにおいて見事なユニオンジャックのパラシュートが開いた後、そのボンドを受け止めるように映し出される手の影絵と共に、007史上最高の名曲とも誉れ高いカーリー・サイモンの"Nobody Does It Better"が美しいピアノの旋律と共に流れ出すのである。

ハムリッシュがモーツァルトの旋律に着想を得て作り出したという曲だけあって、ロマンティックなムードを一瞬にして作り出す上質さに満ちている。このオープニング・ソングの存在(モーリス・ビンダーのタイトル・デザインの秀逸さとの調和)ただ一つが、この作品の多くの「子供じみた」要素をロマンティックさと中和する役割を果たし、
『大人の極上な娯楽』へといざなってくれたのである。ちなみにこの曲は全米No.2ヒット及び全英No.7ヒットを記録している。

他にもこの作品ではバッハの「G線上のアリア」、ショパンの「夜想曲第八番」、サン=サーンスの「組曲『動物の謝肉祭』から水族館=v、モーツァルトの「ピアノ協奏曲第21番」の一部分が使用されている。これらのクラシック音楽とハムリッシュのロマンティックなスコアの数々が本作において、
『大人が妄想できる上質の空間』を演出する多大なる効果を挙げたことは間違いない。


■ロータス・エスプリS1



私が初めて見た007がこの作品だった。1980年代後半にビデオで見たのだが、とにかく当時車に詳しくない中学生からでもこのボンド・カーの桁違いの格好良さは容易に感じられた。ロータス初のスポーツ・カーであるロータス・エスプリS1がエンジン音のうなりをあげて疾走し、更には水の中でも走り続けるその姿には度肝を抜かれた。正直アクション映画でこれ程驚いたのは後にも先にもこの作品だけだった。

私の007像はこの作品が基本である。007は「大人の世界」と「エロボンド」と「ボンドカー」と「奇想天外な悪党」と「世界征服阻止」の壮大な冒険絵巻なのである。だからこそこのエスプリに搭載されている秘密兵器の数々も実に心地良い驚きを与えてくれる喜びなのである。


伝説のロータス・エスプリが海中で変形するシーン。タイヤが収納され潜水走行可能になるのだが、このシーンの撮影のために10万ドルの費用がかけられ、2台の実車と5台の模型のエスプリが使用された。そして、海中からビーチに出てくる勇姿は、自走は不可能なので、ケーブルで引っ張り挙げたという。

この海中をで潜水艇に変形し、走行するスーパーカーの姿は、一つの007のイメージを作り出した瞬間だった。
この技術の進歩に対して常に「資本主義」を廃した「ただひたすら先頭を走ろうとする」姿勢が、ボンド映画の魅力であり、次作『ムーンレイカー』に継承されていったのである。


■断崖絶壁からの芸術的スキー・ダイブ


プレ・タイトルのお馴染みのアクション・シークエンスも冴えに冴え渡っている。まさに今でも再現はかなり難しい究極のスキー・スタントである「断崖絶壁からのダイブ」を一切のカット無しで見せるという荒業。スキーの板よりも人間の落下速度が速いので、パラシュートを開いたはいいが、スキー板が突き刺さるという可能性に満ちたこのスタントである。

このスタントの撮影のためだけに、カナダのバフィン島のアスガード山の絶壁で3週間に渡るロケが敢行された。その結果見事に一発でスタントに成功し、ユニオンジャックのプリントがなされたパラシュートが開くシーンは圧巻としか言いようがない。そして、絶妙の間でかかるボンドのファンファーレの素晴らしさ。スタントマン・リック・シルヴェスターはこのスタントによって3万ドルの給与を手にしたという。

それだけの給与の価値がある今見ても素晴らしい芸術的スタントシーンである。


■007最高の殺し屋ジョーズ



本作の悪党の大ボス・ストロンバーグを演じるのは『眼下の敵』の名優クルト・ユルゲンス(1915−1982)である。彼が目論むたくらみは第三次世界大戦を捲き起こして世界征服を目指すと言うもの。私見ではあるがボンド・ムービーの悪党のスケールは、やはり世界征服でないとつまらない。麻薬取引の独占化などといった次元では面白くないのである。

特にこのストロンバーグが秘書兼愛人の女性(マリリン・ガルスワーシー、1954− 、ディオールとシャネルの元モデル)をエレベーターからサメの水槽に落とし「裏切り者に死を」与えるシークエンスがあるのだが、この時に優雅なバッハの曲が流れるのである。
この作品から残酷な殺害シーンに優雅なクラシックが流れるという描写が始まったのである。

そして、この優雅で冷酷な、「水かき」を持つ男ストロンバーグの秘密兵器として登場するのが、
不死身の殺し屋ジョーズである。218pの長身に鋼鉄の歯を持つこの男の存在がこの作品に与えた魅力は計り知れない。どんな目にあっても決して死なない所や、神出鬼没な所、そして、何よりも憎めないところが良く、最後もサメに食われて死ぬのかと思いきや逆にサメを噛み殺すという凄まじいキャラである。

ジョーズを演じるリチャード・キール(1939− )はアメリカ・デトロイト生まれのドイツ系であり、墓石セールスマンやナイトクラブの用心棒を経て、1959年テレビの世界に入った。76年に本作の悪役として登場する事になるのだが、鋼鉄の歯をつける毎に、金属の味とその重さによって話すことは出来ず、30分以上持続して使用することは出来なかったという。1992年に自動車事故により、遠くに出かける時は車椅子を使用している。

ちなみにロータス・エスプリがビーチに登場するシーンで、一瞬指を指す男の子は映るのだが、この子は、キールの実の子である。当初ジャイアント馬場にもこのジョーズ役はオファーされたと言う。他にも『スーパーマン』のジャック・オハローランにもオファーされていた。

一方、ストロンバーグ役には『海底二万里』(1954)でネモ船長を演じた事もあるジェームズ・メイソンにオファーが出されていたという。


■海中基地アトランティス


「ボンド映画ではなんでも大きめに作る」
ケン・アダム

世界征服を狙うストロンバーグだけあり、その秘密基地の構造も独特のセンスに満ち溢れていた。007の魅力は
「ずば抜けた先鋭的センスに満ちた悪役の存在」でもあるのだ。つまり他のどの映画よりも007の悪役は、金持ちでありその金の使い方を良く知るエレガンスさを身につけていなければならない。

だからこそ007のプロダクション・デザイナーは、世界最高峰のセンスを要求されるのである。『ドクター・ノオ』から参加しているケン・アダム(1921− )の存在があればこそボンド映画の壮大さの特異性が保たれてもいたのである。『ムーンレイカー』までは・・・

ストロンバーグの海中基地アトランティスのモデルは、
沖縄海洋博に登場したアクアポリス(1975年に未来の海上生活都市のシンボルとして123億円かけて広島で建造され沖縄に移送された。そして、2000年に解体されたバブルの虚塔の一つ)であり、このアトランティスの構造の妙は素晴らしいとしか言いようがない。

実は当初ギルバートはこのアクアポリス自身をストロンバーグの本拠地として使用しようと考えていたという。本作において本土返還間もない沖縄ロケも数日間行われたが、その映像は、アトランティス内の水槽の熱帯魚の映像としてのみ使用された。

そして、ストロンバーグの巨大タンカー「リパラス」内部のセットデザイン。これにはスタンリー・キューブリックも照明のアドバイザーとして参加したという。こういったセットデザインの予算だけでも100万ドルかけられたという。

ケン・アダムが007に関わっている時期は、実に極秘の秘密基地という要素が色濃いので見ていて楽しい。逆に言うとこういった要素が、「そんな大きな建造物立てるとばれるじゃん」という主張に取って代わられた瞬間からボンド映画の魅力は半減したとも言える。

ことボンド映画に関して言えば、
「仰々しく大きいことはいいことなのだ」である。


■イギリスとソ連の緊張緩和



007シリーズ全体を通して、
「有り得ないくらいの出来事」を描き出してくれる爽快さがこの時代の007の魅力なのだが、そういった空想の世界に、見事な現実感を与えてくれているのが、この英国諜報部員ボンドとソ連諜報部員アニヤの「敵国同士の恋」である。

「私を騙す気?」「考えもしないよ」

と言いながらも大人の男と女の関係の駆け引きをするのだが、やはりこの関係が見事に描写できたのも、バーバラ・バックの美女ともそうでもないとも形容しえる絶妙の風貌の賜物である。ボンドと初めて対等に渡り合う「強いボンドガール」なのだが、女らしさも忘れてなくて、ちょっと危なっかしいところが、
男心をくすぐる可愛い表情≠してくれる女性なのだ。

そして、この2人が最後に愛し合うときに飲むシャンパンは当時としては最高級のシャンパンドン・ペリニヨン’52≠ナある。しかし、「私を愛したスパイ」というどちらとも取れる原題は絶妙としか言いようのない見事な言葉のロジックである。


■「男をとろけさせる瞳を持つ」バーバラ・バック



コードネームは『トリプルX』。その登場シーンが秀逸で男と女がベッドで愛し合っていて「トリプルX指令だ」という連絡が入るのだが、その男がスパイなんだなと思いきやバックが実はトリプルXというシーン。うますぎる。

アニヤを演じるバーバラ・バックの類い稀なる存在感と成熟された女性の魅力が「ボンド映画史上初の強いボンド・ガール」の誕生へと見事に結びついた。やはりボンドガールは大人の女じゃないと面白くない。彼女の「硬さ溢れる芝居」が結果としてエキセントリックな魅力を生み出すことになった。

バックの魅力は端的に言うと最高の美女の魅力である
「無言でじっと見つめられるととろけてしまいそうな瞳を持っている女」である。


今や元「ビートルズ」のリンゴ・スターの奥さんであるバーバラ・バック(1947− )。アメリカ・ニューヨーク出身のバックは、ファッション・モデル(170p)として活躍し、その時に出会ったイタリア人と結婚し、2人の子をもうけている。しかし、1975年に別居し、その最中に出演したのがこの作品である。そして、78年離婚し、81年にリンゴと結婚することになる。

当初製作者ブロッコリは、ロイス・チャイルズをアニヤ役にしたがっていたが、丁度彼女がセミリタイアしていた時期だったので実現しなかった。(次作『ムーンレイカー』のボンドガールとなる)


■キャロライン・マンロー



ボンドとアンヤが夫婦を装いサルディニアのリゾート地を訪れた時に、颯爽とクルーザーから登場する長い脚の褐色の美女ナオミ。この瞬間一気にでれぇ〜となるボンド。
果てはアンヤに「なんてラブリーな曲線だ」とにやつく始末である。このセリフに同意しない男はいないだろうと言うほどの絶世の美女。しかも名前は「ナオミ」なのである。

しかし、残念なことに意外に出演シーンが少なくすぐにエスプリを追跡するヘリコプターの戦闘で爆死してしまうのである。それにしてもヘリでエスプリを運転するボンドと目が合いウィンクするシーンはたまらんよな。このウィンクの仕草が最高に格好いい。彼女は
「男を一瞬で虜にするその笑顔のビッチ度がたまらん」いい女である。


そんなキャロライン・マンロー(1950− )も170pと長身のナイスボディの持ち主である。マンローは70年代のセックス・シンボルの1人ではあるのだが、意外にポリシーある女性で、『プレイボーイ』の仕事もヌードはやりたくないと拒否している。彼女はヌードの仕事は全て拒否している(『ナバロンの嵐』含め)。イギリス出身で家族を大切にする彼女は、『スーパーマン』(1977)のオファーを蹴ってこの役柄を引き受けた。

実際のマンローは虚栄心の少ない人らしく、ハリウッドから多くのオファーを得ながらも家族第一主義ゆえにイギリスで出来る限りの仕事をこなした。
これだけの絶世の肉体を誇りながら自分の中で「ここまで」というラインを設けて生きているマンローは限りなく好きな女性の1人である。


■チョイ役も含めてボンド・ガール分析



本作はさすがに10作記念作品だけあって、ボンドガールも粒揃いである。まずはサルディニアのホテルの受付嬢を演じるヴァレリー・レオン(1945− )。ヴァレリーと言えば180pの長身に黒のボンデージで身を包み1本鞭を振り回していた『ピンク・パンサー4』(1978)のタニヤ女王様役が印象深いのだが、本作においてはほとんど顔見せ程度の出演しかしていない。

ちなみに彼女は『カジノ・ロワイヤル』(1967)『ネバーセイ・ネバーアゲイン』(1983)の合計3作のボンド映画に出演している。


そして、冒頭でボンドが愛し合う女性スー・バナーと未亡人のような熟した魅力のオルガ・ビセラ(1949− )。他にKGBの電話番の美女に1969年ミス・ワールドのエヴァ・リューバー・シュタイアー(1951− )が出演している。彼女は『ユア・アイズ・オンリー』(1981)『オクトパシー』(1983)にも出演している。

この4人は4人とも魅力的な容姿だが、その扱いはボロ雑巾並みである。これも昔のボンド・ガール(特にムーア=ボンド・ガール)の宿命なのである。


■エジプトで宝を掘らぬものは愚かだ


本作は大々的な4週間に渡るエジプト・ロケでも話題になった。1976年のエジプトと言えば、1956年にイギリス、フランス、イスラエルとエジプトが戦ったスエズ動乱から丁度20年の歳月を迎えていたが、今だサダトという独裁者の収める国家だった。しかし、社会主義政策の失敗を打開しようとしていたサダトにとってイギリスと仲良くすることはこの後につながるイスラエルとの和解への第一歩の布石だったのである。

このエジプト・ロケはこの時代においてかなり画期的なロケだった。ロケはカイロ市内や、ギザの三大ピラミッド、スフィンクス、ルクソールのカルナック神殿などで広範囲に渡って行われていたが、
勿論完全に秘密警察の監視下にロケ班は置かれていたという。

しかし、今回はエジプトにおいてQの「意味のなさそうな」秘密兵器の研究所の見せ場が多くてよかった。やはりQとマニーペニーとMはボンド・マニアには出てきてくれるだけでうれしい登場人物である。何気にロータス・エスプリを渡すときにしかめっつらのQが持っている「英国航空」のカバンがダサくてとても良い。


■多くの苦難を乗り越え生み出される喜び



本作は多くのトラブルの中製作された。特に今までブロッコリと共同で製作していたハリー・サルツマンが飲食店経営の負債により倒産したことで、ブロッコリ一人での製作となったことである。前作の成功とは言いがたい結果にもう後がないブロッコリは、当初『ジョーズ』のスティーブン・スピルバーグに監督の依頼をした。しかし断られ、ガイ・ハミルトン→ジョン・ランディス→ルイス・ギルバードと監督も転々としていく混乱の中製作された。結果的に12人の脚本家が入れ替わり、15回脚本は書き換えられたのである。

元々同名の原作はイアン・フレミングにより1962年に発表されていたのだが、「ポルノ」に近い内容なのでフレミングはタイトルの使用以外は一切内容の引用を禁ずる映画化権の契約を取り交わしていた。1976年8月31日から撮影は開始され、12月に撮影終了し、1977年7月7日に初公開された。

1400万ドルをかけて製作され、世界中で1億8540万ドルの興行収入を稼ぎ出す空前のヒットとなった。1977年受賞には至らなかったがアカデミー賞作曲賞、歌曲賞、美術監督・装置にノミネートされる。ちなみにアルバート・ブロッコリは『ロシアより愛をこめて』(1963)『ゴールドフィンガー』(1964)と本作をお気に入りのボンド映画の3本に挙げている。さらにロジャー・ムーア自身にとっても最もお気に入りの作品である。

ちなみにエンド・クレジットで「ジェームズ・ボンドは『ユア・アイズ・オンリー』で戻ってくるでしょう」と流れるのだが、実際は次の作品は『ムーンレイカー』となった。

− 2007年8月7日 −


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