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スタア誕生   A STAR IS BORN(1954・アメリカ)
■ジャンル: ミュージカル
■収録時間: 154分

■スタッフ
監督 : ジョージ・キューカー
製作 : シドニー・ラフト
原作 : ウィリアム・ウェルマン / ロバート・カールソン
脚本 : モス・ハート
撮影 : サム・リーヴィット
音楽 : レイ・ハインドーフ

■キャスト
ジュディ・ガーランド(ヴィッキー・レスター)
ジェームズ・メイソン(ノーマン・メイン)
チャールズ・ビックフォード(オリバー)
ジャック・カーソン(マット・リビー)
アマンダ・ブレイク(スーザン)
ジュディ・ガーランドの復活をかけた渾身の名作。そして、皮肉なことに本作でジュディ・ガーランドは完全に燃え尽きたのだった。偉大なるエンターティナーの最後の渾身の演技を見てほしい。この作品のジェームズ・メイソンこそがジュディ本人の合わせ鏡のような役柄であり、ジュディはこの作品で、自分自身と向き合おうとし、そして、結果的に打ちのめされたのだった。

■あらすじ


コーラスガール・エスター(ジュディ・ガーランド)がその歌唱力をハリウッドの大スター・ノーマン(ジェームズ・メイソン)に認められて、彼の後押しの元に次第にスターの階段を駆け上がっていく。しかし、それに反比例するかのようにノーマンはアルコール中毒の影響でスターの座から転げ落ちていく。


■何度も映画化されるだけある名作



1937年に製作された『スター誕生』(デヴィッド・O・セルズニック製作、ジャネット・ゲイナー、フレデリック・マーチ主演)のリメイクである。1976年には、三度目のリメイク作品がバーブラ・ストライサンド、クリス・クリストファーソン主演で製作された。2002年には、ジェニファー・ロペスとウィル・スミスで4度目のリメイクの話も出たが、ジェニファー・ロペスがちょうど売れなくなってきたので、この話は立ち消えた。

冒頭の15分でいかに虚栄に満ちたハリウッド・スターの世界が、あらゆる意味において危険な魅力を発散させるかを見事に演出している。泥酔した映画スターノーマン(ジェームズ・メイソン)が、エスター(ジュディ・ガーランド)達が踊るステージに登場するシーンが見事である。映画という作り上げた世界の中で、アドリブを見せている風に装うことの難しさを感じさせない見事なシーンである。それにしても、ジュディ・ガーランドはカモシカのような脚をしている。


■冒頭に登場する超セレブな毛皮の美女は誰?


ルーシー・マーロー
(1932− )この人結構期待されていたが、結局スタアにはならなかった。それにしてもこの女優の雰囲気のちにキューカーが『マイ・フェア・レディ』を撮る事になる主演女優のオードリー・ヘップバーンの『ローマの休日』の雰囲気にそっくりである。

「The Man That Got Away 」を楽団の仲間内で歌うエスター。それに聞きほれるノーマン。まさにこのシーンでのジュディ・ガーランドは圧巻であり、見事な歌唱力である。そして、ノーマンがエスターに言うせりふが良い。『名女優エレン・テリーは言ってる。
人にないその何かがスタアをつくる


■タイミングと自信が人生を変えてくれる!



ノーマンは楽団の専属歌手にすぎないエスターに熱弁をふるう。
「(バンドを辞めるんだ)チャンスをつかむんだ。もっと先に進むんだ。この世界は才能だけでなくタイミングだ。今が君のターニングポイントだ。チャンスを迷わずにつかむ。偶然≠ェ物事を変える。ちょうど偶然≠ェ僕らを会わせたように。人の言葉も物事を変える。君はもっと伸びる 才能がある¢蛯ォな夢を目指すんだよ。」

そして、エスターはバンドの親友でもあるピアニスト(トム・ヌーナン)に言う。
「私はバンドを辞めるわ。ノーマンは私を見直させてくれたのよ。今までに私になかったものを与えてくれたわ。自信よ。」


■きっかけに裏切られようと、その一歩踏み出すきっかけに感謝する姿勢


ここからの演出が40年は先をいっている驚異的な演出である。バス停でバンドのピアニストを見送り、ノーマンからの約束の電話を待つが泥酔して寝たまま長期ロケに連れ出されたノーマンからは連絡はなかった。しかし、エスターは自分の力で夢をつかむ決意をしていた。バーガーショップのウェイトレスをしながらココナッツ・オイル・シャンプーのCMソングを歌ったりしながら。

一方エスターを探すノーマンも、そのCMソングの歌を聴いてついにエスターと再会することに。このプロセスが、セピア色の静止画を巧みに使いながら、見事な表現力を持って前衛的な演出がなされているのである。1954年にこんな前衛的な演出をするとはまさに神がかりである

と考えていたら、実はこのセピア調の写真の挿入は、元々は181分であった作品をワーナーが154分版にカットして公開したので、音声のみ残っている場面はスチール写真を挿入しているのである。それにしても1950年代にこんな演出を意図的にしていたらすご過ぎる。ちなみにこの作品は176分版である。


■ハリウッド・セレブはかく創造されり



ノーマンが乗っている車は当時、王族やハリウッドスターが特別発注していたメルセデス・ベンツの300Sである。4、7mの光り輝くシルバーのボディが現代にはないメルセデスの気品を漂わせている。他にもキャデラックのエルドラドもノーマンは乗っているが、両方オープンカーなとこはさすがハリウッドスターである。

一方、エスターがハリウッド・セレブになっていく描写もかなりよろしい。いきなり歯医者みたいな椅子に座らされて、華が低いや、歯並びを矯正しないとと本人無視で医者達がぺちゃくちゃ話し始めるのである。この描写がすごく面白い。

それにしても、ジュディ・ガーランドという女優はチャールズ・チャップリン並みのコメディセンスを持った女優である。
表情の作り方や、立ち振る舞いなどがずば抜けてよいのである。


■圧巻のスワニー・ソング



そして、作品の中でのエスターのデビュー作のミュージカルの見事なこと見事なこと。とにかく色彩感覚がジョージ・キューカーは優れている。1950年代にしてかなり先鋭的モダンな舞台デザインなのである。この頃のジュディ・ガーランドはかなり『キャバレー』のライザ・ミネリを髣髴させるのである。

そして、ショーの中間でラテン・ミュージックを披露した後に、
しっとりとバラード曲『メランコリー・ベイビー』で歌唱力を披露してくれるのである。ラストは、『スワニー・ソング』をステッキを使って見事に盛り上げるのである。まさにエンターティナーの鏡である。この『スワニー・ソング』はミュージカル史上に残るパフォーマンスである。心の底から身震いするほどのパフォーマンスである。特にステッキを受け取ってからのパートは神である。


この素晴らしいミュージカルシーンの贈り物があったからこそこの後のストーリーも映えるのである。成功を収めたエスターと一緒に映画館でファンに取り巻かれるノーマン。しかし、ノーマンはもはや誰の注目を引く対象でもなかった。成功祝いのパーティーで、ノーマンはエスターに言う。
「世界は君のものだ。キャデラックやプールつきの家だけではない、君はすべてを手に入れたのだ。私は望む。スタアになっても、ずっと今のままの君でいてくれ。今の君が好きだ。僕が君のためにできることは終わった。もう何もない」「僕は手に触れるものをすべて破壊する男だ」しかし、「まだ遅くないわ」と言って抱擁を初めて交わすノーマンとエスター。知らず知らずに自分の弱みを武器にする男と、それに対して同情と自らの力の過信をしてしまう女の悲しい瞬間である。


■1950年代はある意味の大航海時代でもある



ノーマンが解雇されるシーンで登場するなんとも平安朝の屏風。1950年代にこのセンスとはさすがジョージ・キューカーである。チャールズ・ビックフォード(1889−1967)演じる撮影所の所長が実に良い。しかめっつらで頑固なオヤジだが、情に厚いところもある役柄を演じさせたらこの人の右にでるものはいないという名優である。『大いなる西部』で特に印象深い人だった。実際この人自身も1930年代にMGMのボス・ルイス・B・メイヤーと喧嘩をして追放された経験もある人なのである。

そして、2人の豪邸でのミュージカルシーンが実にわくわくして良い。
1950年代は多くの人たちが世界中の文化に興味を持ち始めた大航海時代なのである。そんな風潮をもろに反映したエスターの世界周遊ミュージカルはミュージカルの根本である溌溂とした陽気で悩み事を吹き飛ばしてくれる最高の要素が詰まっている


■ジュディ・ガーランドが自分について語るかのように・・・



エスターことヴィッキー・レスターはオスカーを受賞する。そんな華やかなステージに、泥酔した夫ノーマンが「仕事をくれ」と酔っ払ってエスターの喜びの瞬間を台無しにしてしまう。しかも、偶然とはいえエスターの頬を張ってしまう。そんなノーマンをやさしく抱き寄せ退場していくエスター。騒然とする会場。

エスターが新聞売りに扮するミュージカル・シーンもまた見事なタップと『ウエストサイド物語』を髣髴とさせる振り付けで盛り上げまくってくれる。トランスでノッテ踊っている若者達よりもこちらのほうがどう考えても格好良くてカタルシスが得られると思うのは私だけであろうか?

エスターはオリバー(チャールズ・ビックフォード)に言う。夫ノーマンがアル中療養所に入っていることに関して「どんな気持ちか分かる?愛する人がズルズルと谷底に落ちていくのよ。あなたの見てる目の前で、なにもできずそれを見てる・・・愛で救えると思ったけど駄目だった。私ならできると思ったけど・・・愛だけでは足りないの。この先どうなるのか怖いわ。この自分が怖いの。だって彼が憎くなるの。あの人はお酒をやめると誓って私の見ている前でその誓いを破る。家へ帰って彼のウソを聞くのがつらいの。かわいそうに彼は本当に努力しているのよ。でもいつも負けてしまうあの人が憎い。そして彼を救うことのできない自分が憎い。憎いのよ。」ジュディ・ガーランドという人間を知る人は涙無しには見られないシーンである。

オリバーはエスターに頼まれ療養所へ訪れてノーマンに新しい役の提供を申し出るが、脇役であることを理由に断るノーマン。やがて療養所を出たノーマンは競馬場で、こきつかっていた撮影所の宣伝部長リビー(ジャック・カーソン)と再会するも、罵倒され殴られる。プライドをめためたにされたノーマンは、再び酒に溺れる。そして、酔っ払い運転と警官に対する暴行の罪で留置所に拘留される。刑務所行きになるところをエスターが「私が全責任をもちます」ということで保釈になる。

自宅でノーマンを寝かせ、テラスでオリバーにエスターは言う。引退して彼のそばを離れないようにしてくらすと。「私がずっとそばにいたらこんなことには・・・」と。それに対してオリバーは、
「エスター。言いにくいことだが言わせてくれ。やってもムダだ。彼は最近ああなったわけではないのだ。20年間絶え間なく酒を飲み続ければ、それはやがて演技に出る。少しずつ作品ごとに演技が荒れて、人気が落ちた。作品のせいだけではない。もう何も残っていない。彼はもう抜け殻にすぎない。」

私もオリバーのセリフが全てだと思う。自分自身の力で克服できない人間を助けられるほど、人間は神でもなんでもないのである。
なぜなら自分で自分をコントロールできない人のコントロールを自分以外の人間ができると本当に考えられますか?私は経験上不可能に近いと考える。


■皆さんこんにちわ。ノーマン・メインの妻です



そして、入水自殺するノーマン。葬儀に集まるファンが、エスターに群がる。そして口々にこういう。「ヴィッキー。ヴェールをとって顔を見せて」やがて、1人の手によってヴェールをはぎとられるエスターは、悲鳴をあげて倒れる。

ラストシーンは、鳥肌の立つくらい素晴らしい映画史に残る名シーンである。不幸の後の復帰のチャリティー舞台上でエスターはあいさつする。
「皆さんこんにちわ。ノーマン・メインの妻です」と。そこには亡き夫への変わらぬ愛情と恩義を糧にして、悲しみを乗り越えていこうとする強い女の姿があった。


■ジュディ・ガーランドの名演



この作品ジュディ・ガーランドはアカデミー賞にノミネートされたが、『喝采』グレース・ケリーがオスカーを勝ち取る。もっともこの受賞はモナコ王妃内定だったグレース・ケリーに花を持たせてあげたいという政治力が働いた受賞なので、諦めるしかないだろう。グレース・ケリーの芝居はたいした事はなかったが、その存在感はジュディを凌いでいたのだから。しかし、だからといってこの作品でのジュディ・ガーランドの素晴らしさを評価しないわけにはいかない。

そして、もう1人の主役ジェームズ・メイソンも忘れてはいけない。この作品は基本的にゲーリー・クーパーにオファーをかけて断られたくらい女優が主役の作品で、男優は引き立て役だが、ジェームズ・メイソンは、そんな立場を忘れさせる存在感と名演をしていた。そして、3人の男性の共演者、チャールズ・ビックフォード、ジャック・カーソン、トム・ヌーナンも見事な存在感を見せた作品だった


■悲劇の歌姫 ジュディ・ガーランド(1922−1969)



2番目の夫は監督のビンセント・ミネリ。その娘がライザ・ミネリである。1969年に睡眠薬の過剰服用により死亡。1939年『オズの魔法使い』でアカデミー特別賞受賞。この作品によりスターになった彼女は睡眠薬中毒になり、神経症にも悩まされることになる。

『若草の頃』(1944)『イースター・パレード』(1948)とコンスタントにヒット作を連発するも、スタジオへの遅刻、欠勤が続き1950年MGMを解雇される。ショックを受けたジュディは自殺未遂を起こし、ビンセント・ミネリとも離婚することになる。ジュディはMGMで合計28本の映画を撮った。そして、そのすべてが黒字となったにもかかわらずである。


そんな中復帰作として作られたのが本作である。この作品の製作者シドニー・ラフトはジュディの3人目の夫である。この作品でオスカー受賞できなかったことが、皮肉なことにジュディを薬物中毒、アルコール中毒に舞い戻らせた。1965年シドニーとも離婚し、彼女は後2回結婚する。(写真:左からジーン・シモンズ、ラナ・ターナー、ドリス・デイ)

− 2007年2月21日 −


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