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スティル・クレイジー   STILL CRAZY(1998・イギリス)
■ジャンル: コメディ
■収録時間: 95分

■スタッフ
監督 : ブライアン・ギブソン
製作 : アマンダ・マーモット
脚本 : ディック・クレメント / イアン・ラ・フレネ
撮影 : アシュレイ・ロウ
音楽 : クライヴ・ランガー

■キャスト
ビル・ナイ(レイ)
スティーヴン・レイ(トニー)
ジュリエット・オーブリー(カレン)
ティモシー・スポール (ビーノ)
ビリー・コノリー(ヒューイー)
ジミー・ネイル(レス)
ロックにしても、スケボにしても、恋愛にしても年齢なんか関係ない。ただ重要なことはそれを愛し、熱中できるかだけ。この作品のオヤジ・ロッカー達も最初は格好悪いが、いつのまにか熱中できるものを持つオヤジ達がうらやましくさえ思えてくる。そして、やがて格好良く見えてくるのである。そう、チャレンジする人は、最初はダサいものだ。この最初のダサさを受け入れられる人だけが若さを持続できる。

■あらすじ


1977年のロックフェスティバルを最後に解散した人気ロックバンド「ストレンジ・フルーツ」。20年たった今、あるものは経済的理由であるものは失われた栄光を求めて、再結成にチャレンジする。色々な困難の前に結局は諦め、再びばらばらになった絆がある出来事をきっかけに結びついていく。


■中年の危機


これこそがこの映画の根底に流れるものであり、ほとんどの人々にとってかなり重要なテーマなのである。若いときはほとんどのことを勢いでやっていけるものだ。しかし、
中年になり、家庭をもったり、何回か失敗と成功を重ねていったりすると、何か人生をこじんまりとまとめていってしまうのである。

私も30代前半だが、中年の危機と言うものは、日本においては20代後半からすでに意識づけられている雰囲気がある。いわゆる「あせり」なのだが、このあせりが生み出すものは、多くの弊害のみだろう。
柔軟な考え方は緩やかな川の流れの中で生み出されるものであり、追い立てられるような牛の流れの中では、生み出されないのである。

本作の素晴らしいところは、なんやかんやグダグダ生きているようでいて、その緩やかな川の流れの中で、おのおの中年が、一つの挑戦に重い腰を上げるところである。



■何歳からはじめようとも決して遅くはない


何歳になっても何かを始める勇気。そして、自分に「今の自分に満足しているか?」と問い続ける勇気の大切さ。家庭がある。生活がある。ローンがあるといった理由を言い訳にして生きていないか?私は常々思うのだが、人生は言い訳の材料を作っていくのではなく、人生の前向きな選択を作っていく事が重要だと。


ちなみに本作は、たしかに「フル・モンティ」とよく似ているが、違いは「フル・モンティ」が一度も何も成し遂げられなかったオヤジ達の初めての成功をつかむと言う物語に対して、本作はかつて栄光をつかんだ若者達であったオヤジ達があの時の栄光を再びと奮起する物語である。


■若者の成長


本作は実に見事なのだが、実は単なる中年の復活劇だけではないのである。再結成メンバーには1人の若者ギタリスト・ルークが参加している。このルークも物語の一つの核になっているのである。特に象徴的なシーンが「この曲は今はやんない方がいい」と言って、オヤジ達に恫喝されるシーンだ。
一見オヤジ達のくだらんプライドのように見えるが、このシーンは、ある意味象徴的であり、この若者の存在のおかげで自分達のアイデンティティをオヤジ達は再発見しているのである。恫喝をするという行為そのものが生まれること自体が、彼らの情熱(こだわり)は燃え尽きていなかったということなのである。

そして、最後の記者会見のシーンでルークが「あんたらはサイテーだ。仕事はタダ酒と人を叩くこと。少しは敬意を払えよ。、、、、ゲスな連中め」とオヤジ達に容赦ない質問を浴びせかける記者連中を恫喝するのであるが、この若者もオヤジ達のくだらんプライドが、実は情熱の裏返しだったことに気づいたからである。

本作はロックを通じて世代間の交流の中で、1人の若者の成長を表現している見事な作品でもあるのである。


■そして、ブライアンの存在


この人の存在感が本作の見事なキーポイントになっている。本当に精神病的な繊細な痛々しさが漂っているのである。この表情の見事さが最後のコンサート・シーンにつながっていくのである。ブライアンの復活シーンなどはまさに鳥肌ものである。
本作はこのブライアンという人物像をしっかりと噛みしめて見るべき作品でもあると言えるだろう。

本作はオヤジ達の再生。そして、若者の成長。さらには1人の悲しき天才が再び輝くといった見事な3つのポイントをコメディの中で表現したところが素晴らしい。


■個性豊かな出演者達


出演者それぞれが個性的で魅力的である。まさに「中年の危機」を代弁している配役ぶりだ。特にビル・ナイ、スティーヴン・レイ、ティモシー・スポールが良い。ビル・ナイ(1949− )はほぼこの作品から脚光を浴びた役者で49歳にして始めて人生の脚光を浴びた人である。

それまでジャーナリストを目指しては挫折し、小説家を目指しては題名しか書けず、という挫折人生の中、本作以降は、『パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド』(2007)など今やハリウッドでも引っ張りだこの役者になっている。

スティーブン・レイ(1946− )は、本作では一番ネームバリューのある俳優だが、他の作品ではIRAのテロリストや陰のある役柄が多かったが、コンドーム販売人をしている元ロックンローラーというレイらしからぬ役柄を意外に見事に演じていた。

ティモシー・スポール(1957− )は、ある意味コメディ色が薄れそうな深刻なストーリー・ラインの本作にほっと一笑いさせてくれる重要な役割だった。ビリー・コノリーも同じように場の空気を和ませる役柄を見事に演じていた。この2人がいなければ間違いなく本作はコメディとして成立しなかっただろう。

もちろん伝説のギタリスト・ブライアンを演じたブルース・ロビンソン(1946− )が凄くよい。ゲーリー・シニーズに似た雰囲気の彼はあの名作『キリング・フィールド』の脚本家であり、オリビア・ハッセーの『ロミオとジュリエット』(1968)にも出演している。

そして、ジュリエット・オーブリー(1969− )なのだが、実際の彼女は若くて当時20代である。この人は表情によって年齢が変わる凄く魅力的な母性溢れる女優さんである。イギリスの女優には、オリヴィア・ウィリアムズなどこういう雰囲気の女優が多い。

本作の素晴らしいところは、まさに見る人それぞれによって主役が変わってくるところである。つまりそういう作品であるからこそ何回も見たくなる作品なのである。いわゆる『大脱走』や『七人の侍』に近い魅力を持つ作品なのである。


■本物志向の作り


曲自体もフォリナーのミック・ジョーンズや元エレクトリック・ライト・オーケストラのジェフ・リンが提供している。実際にビル・ナイとベース役のジミー・ネイルは歌っている。ちなみにビル・ナイはローリング・ストーンズの熱狂的ファンである。

それにして、体の一部のつくロック・バンドをあげていくゲームをしたり、バンド・メンバーの2人がキースとブライアンだったり、トニーが大切にしている宝物がジミヘンの抜けた歯であったりと、ロック好きにはたまらないネタも満載されている。


■モデルになったロックスター達


ブライアンのモデルは、ピンク・フロイド設立メンバーの一人
シド・バレット(1946−2006)である。作詞作曲、ギター、ヴォーカルを担当し、そのカリスマ的ルックスでピンク・フロイドが人気を確立した立役者だったが、やがてLSDと精神病に蝕まれ、1968年に脱退する。1972年以降は印税生活で隠遁生活を送った。本物の彼自身は決して表舞台に再び登場することはなくひっそり死んでいったという。

ちなみにビーノのモデルは、ザ・フーのドラムの破壊などで有名な伝説的ドラマーだったキース・ムーン(1946−1978)。レイのモデルは元ヴァン・ヘイレンのデヴィッド・リー・ロスがモデルである。


− 2007年5月25日 −


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