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ストリート・オブ・ファイヤー   STREETS OF FIRE(1984・アメリカ)
■ジャンル: アクション
■収録時間: 94分

■スタッフ
監督 : ウォルター・ヒル
製作 : ローレンス・ゴードン / ジョエル・シルヴァー
脚本 : ウォルター・ヒル / ラリー・グロス
撮影 : アンドリュー・ラズロ
音楽 : ライ・クーダー

■キャスト
マイケル・パレ(トム・コディ)
ダイアン・レイン(エレン・エイム)
エイミー・マディガン(マッコイ)
ウィレム・デフォー(レイヴェン)
デボラ・ヴァン・フォルケンバーグ(リーヴァ・コディ)
リック・モラニス(ビリー・フィッシュ)
『ウォリアーズ』の正当後継作品。この格好良さは別格。「必要な時には俺が来るからな!」これぞ男の中の男。男はやせ我慢できなきゃ男じゃねえ。すぐ涙を流せる男ほど、平気で人を不幸に貶めたりするものだ!最近の女性にもこの男の本質を噛みしめてくれ!男のめめしさを優しさや愛情の裏返しと勘違いする前に。この映画の男を理解できない女性に要注意!

■あらすじ


これはロックンロールの寓話である。ある時、ある場所で・・・人気歌手エレン・エイム(ダイアン・レイン)が地元リッチモンドで凱旋コンサートをしていたその時に、ストリート・ギャング・ボンバーズのリーダー・レイヴェン(ウィレム・デフォー)がエレンを会場から誘拐した。そんな話を聞きつけ二年ぶりにリッチモンドに戻って来たエレンの元恋人トム・コディ(マイケル・パレ)だった。


■美意識とクールさの教本


本作が、とことんなまでの予定調和の中で表現したかったもの。それは究極の美意識である。ある意味においての
『美意識及びクールさの教本』がこの作品の魅力なのである。何かを感じ取るのではなく、この美意識とクールさの渦の中にただただ溺れるようにこの世界観を堪能することが正しい鑑賞の仕方だろう。

つまりハーレイの排気音も、オープンカーのエンジン音も、濡れたアスファルトも、寂れた高架を走る列車のレールの軋む音も、1950年代と80年代の融合された映像のセンスも、そして、素晴らしい音楽も広々としたバスタブに溢れんばかりの水なのである。
さあこの「美意識とクールさの洪水」の中でたっぷりと溺れて、垢やつまらんものを洗い流してくれと。

さらに別の表現で言うならば、『ストリート・オブ・ファイヤー』は、男たちにとっては1980年代の男の神話のサウナ・ルームでもあり、女たちにとっては1980年代のクールな男たちを体感できるアロマセラピーでもあるのだ。
さぁ癒される前に、この男臭さに悩まされてくれ!


■ロックンロールのファンタジー


「A ROCK&ROLL FABLE. ANOTHER TIME ANOTHER PLACE...」もうこのタイトルテロップから格好いい。そして、とにかくオープニングからダイアン・レインのライブで盛り上げに盛り上げまくってくれる。ダイアンの歌はそれが厳密にロックンロールかどうかなんていうのはとは別次元に格好よく、最高にノレる。

本作には1980年代のクールさがつまっている。暗闇の中から出現するレイヴェン(ウィレム・デフォー)の姿一つ取ってみても、この映画は明確にコミックと映像の融合体であり、コカコーラもマクドナルドも存在しない完全なる仮想空間での徹底されたファンタジーなのである。

「真の男とは?」そして、「いい女は男をどのように輝かせるか?」それを実に分かりやすく端的に教えてくれる。「真の男は、ぐだぐだ言わずにやせ我慢できる男」であり、「いい女とは、そんな男が助けたくなる女」ということである。


■リアル・マッコイ


どの登場人物も見事なまでにキャラが立っているのだが、やはり一番キャラが立っているのが、マッコイを演じたエイミー・マディガン(1950− )だろう。とにかくこの女、男以上に格好良すぎる。女でありながら軍隊上がりで、しかも男勝りだが、絶対にトムに女として好意を抱いている感じなのだ(ちなみに彼女の役柄が「シティハンター」などの漫画に多大なる影響を与えた)。

拳銃を持ち
「向ける時は撃つ時さ」と言う姿。トムの姉に「トムは人一倍感情を持ってて口にしないタイプなんだよ」と言ってやったり、トムに感謝の念を述べられ「そんなに優しくするなよ。慣れてないんだから」というところなぞ堪らんほど魅力的だ。

そして、最後に町を去るトムがマッコイの車に乗る時に「これはついてきたな」とにやりと笑った時に
「おい、勘違いすんじゃね〜ぞ。前にも言っただろ?お前はタイプじゃないんだから」そう言って去っていく車の姿で映画は終わるのである。

本当に痺れるね。この女には。はっきり言って格好良さのレベルから言うと、コイツが最高だろう。元々マディガンはトムの姉の役でオファーされていたが、脚本を読んで、ウォルター・ヒルにこのメンデスの役柄は絶対に女性にすべきだと主張したと言う。そして、メンデスの名前をマッコイに変え、自分がその役を演じることになった。ちなみに彼女はこの映画の前年にエド・ハリスと結婚している。

この男勝りなトムの相棒の女性がいたからこそこの作品は魅力的なものとなったのである。


■マイケル・パレ。ただこの役柄のためだけに・・・


「俺はお前のギターを運んでやったりするような男にはなれない。でももし俺が必要な時があれば、いつでも来てやるぜ!」


まさにこのセリフ『脱出』(1945)でバコールがボギーに言ったセリフ「用があったら口笛を吹いて」を髣髴とさせる格好良さである。トム・コディ演じるマイケル・パレ(1959− )一世一代の格好良さ。こういうと彼には悪いが、まさにこの時期にこの役柄をするためだけに存在したかのような人である。アイルランド系でジョン・ウェインとも同じルーツなので、英語を話すリズムもどちらかというと西部劇的でもっさりとしているが、この映画では見事にハマっているのである。

特にあのダイアン・レインの歌う(実際には歌っていないが、そんな事はもはやどうでも良い)「Tonight Is What It Means To Be Young」の中去っていくグリーンのライトに照らされるパレの横顔は、男が惚れるほどの男臭さに満ちている。しかも、ダイアンが美しいからその分だけ、よりパレの格好良さが引き立つのである。

さらにトムの姉を演じる『ウォリアーズ』の美女デボラ・ヴァン・フォルケンバーグも良く、この姉と弟の愛情溢れる瞬間の一時一時もこの作品の魅力である。


■美の化身ダイアン・レイン


この人の美しさは、別格である。存在感で言うとこの頃のダイアン・レインの存在感は、ちょっと前のナタリー・ポートマンのようなみずみずしい美的存在感に満ちていた。そんな彼女がロッカーを演じることには少し無理があったかもしれないが、これが以外にもはまっていた。

そして、ダイアンのライブシーンの振り付けも『フラッシュダンス』(1983)『コーラスライン』(1985)のジェフリー・ホーナディが担当しているだけあってスーパースターの説得力を生み出していた。

逆にブロンディのデボラ・ハリーみたいな女性が主人公だったら、マイケル・パレの格好良さに対しての説得力は失われただろう。
しかし、元々はポール・マッカートニーがダイアン・レインの役柄だったというのだが、これは実現しなくて良かった。

ちなみに全ての衣装デザインはマリリン・ヴァンスとジョルジオ・アルマーニ(『アンタッチャブル』(1987)コンビ)が担当している。ダイアンの衣装は今となっては古めかしいが、パレの服装は今でもコートなんかはかなり格好良い。そして、それ以上に格好いいのはデフォーのレザー・ファッションである。


■ウィレム・デフォーがエアホーンを鳴らす表情に痺れる


そして、真打ち登場!とにかくあの髪型といいあの服装といい別格に位置するのがウィレム・デフォーだろう。この人この頃から素晴らしいほどの演技派であることが見ていて良く分かる。やはり芝居の出来る俳優が悪党をするとこれほどの存在感が出るものなのか?

ライブ会場で暗闇の中から表情がちらっと写し出されるオープニング・シーンを始め、炎の中から現れてトムに復讐を誓い去って行くシーン、さらにはエアホーンで暴走族の仲間を呼び集めるシーンといいこの存在感は並みではない。
この人の存在感がなければロックンロールの寓話は間違いなく生まれなかっただろう。

そして、もう一人印象深いのがしょぼい時代のビル・パクストン(1955− )だ。ステージの上では殴り倒されるし、マッコイにもヤキ入れられるし、出てくるたびに歯の本数が減っていくという踏んだり蹴ったりな役柄なのだが、この時代の小ざかしさはコイツに誰も敵わなかっただろう。

今のやたら偉そうなパクストンがいるのも、この時代があったからこそである。


■男らしさの証明の為に人が死ぬ必要なぞない


「男らしさの証明が人を殺すことではない」
ということを本作は見事に証明してくれている。トムとレイヴェンのスレッジハンマーでのタイマン勝負は、「YMCA」を歌いだしそうなヴィレッジなヤツラに囲まれて繰り広げられるのだが、『大いなる西部』(1958)のあの有名な男と男のタイマン勝負を髣髴とさせる素晴らしい熱き心に満ちたシーンである。

しかし、あのスレッジハンマーを振り回す迫力溢れるシーン。なぜこの作品以降のウォルター・ヒルの作品にはあの迫力が出てこないのだろうか?ウォルター・ヒルの衰退は、一つの反逆オヤジの衰退を見ているかのようで淋しいものだ。もっとも今や衰退の時期は過ぎて、誰一人として期待していない次元に落ちてしまったのだが・・・

本作は製作費1450万ドルをかけて、トム・コディ三部作の第一作目として製作されたが、興行収入が800万ドルと製作費を下回る結果になったため、残りの二作品は撮影されなかった。

地下鉄のシーンを除いては、全てロケ撮影か、ユニバーサル・スタジオで野外撮影された。ちなみにトムが乗り回す赤のクラシックカーは1951年型マーキュリーの改造車である。

− 2007年7月6日 −


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