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去年の夏 突然に   SUDDENLY, LAST SUMMER(1959・アメリカ/イギリス)
■ジャンル: ドラマ
■収録時間: 114分

■スタッフ
監督 : ジョセフ・L・マンキウィッツ
製作 : サム・スピーゲル
原作 : テネシー・ウィリアムズ
脚本 : テネシー・ウィリアムズ / ゴア・ヴィダル
撮影 : ジャック・ヒルデヤード
音楽 : マルコム・アーノルド

■キャスト
エリザベス・テイラー(キャサリン)
モンゴメリー・クリフト(クックロウィッツ博士)
キャサリン・ヘプバーン(ヴァイオレット・ビネーブル)
アルバート・デッカー (ローレンス博士)
ホモセクシュアルと近親相姦を極めて捉えにくく描いた作品。最後の回想シーンのみがシュールで別の意味で素晴らしいが、それ以外は極めて退屈な作品。どうせ作り上げるならもっと全体的にシュールに神話性や象徴性を組み込んで作るべき題材であった。

■あらすじ


1937年のニューオリンズの州立病院で働くロボトミー手術の若き権威クックロウィッツ博士(モンゴメリー・クリフト)の下に、大富豪ビネーブル夫人(キャサリン・ヘプバーン)より、姪のキャサリン(エリザベス・テイラー)のロボトミー手術が依頼される。去年の夏ある出来事をきっかけにキャサリンは発狂したというのである。そして、クックロウィッツはキャサリンに会うことになる。


■3大スターが見事に噛みあわなかった・・・



まず結論から言うと、この世界観にはどうしても魅力が感じられないということである。クリフトがいてヘプバーンがいて、しかもリズ・テイラーがいると言う私的には大好きな3大俳優の共演なのだが、その全てを魅力のないものにしているのが舞台設定である。舞台は精神病院と大豪邸の中の熱帯雨林の庭園という限られた場所なのだが、実に陰鬱としていてリズはその華やかさから完全にミスキャストであり、クリフトはその陰鬱さから完全にミスキャストなのである。

そんな中に我が道を行くヘプバーンが登場するので、もはや物語に対する興味は明確になくなるのである。しかも内容は実にまわりくどいホモセクシャルと母子相姦についての物語なのである。
普通に描いてもまわりくどい関係であるホモセクシュアルと母子相姦がさらにオブラートに包まれているので、捉えどころのないこと甚だしいのである。


■セバスチャンとはようするに何者だったのか?


セバスチャンとは去年の夏、地中海の沿岸沿いの町で、心臓麻痺で死んだ男ではあるが、この男はそれまではずっと母であるビネーブル夫人と一緒に夏のバカンスを過ごしていた。彼はホモセクシュアルなのだが、彼がホモセクシュアルになった根本は強い母に対する強迫観念と今は亡き父親への想いだろう。

恐らく思春期にセバスチャンは、母の溺愛ゆえに性的な関係を強制されたはずである。しかし、セバスチャンは当時美しかった母に性的興奮を感じなかったのである。この結果母は、よりセバスチャンを溺愛し、自分の愛情を受け止めてもらおうとするのである。そして、この母の庇護によって、セバスチャンは骨抜き同然の人間に成り下がり、そんなセバスチャンが独り立ちしようとキャサリンと去年の夏突然に旅立ち、死んでいったのである。

正直セバスチャンが何故2人の女性をこれほど虜にしているのか映画を観ているにおいては到底理解できない。故に物語自体に興味が薄れていくのである。


■リズ・テイラーの美しさ



ロボトミー手術を受けらされそうになるキャサリンを演じるリズ・テイラーはやはり美しい。1950年代のリズ・テイラーは美しすぎる。本作においてはかなり魅惑の白のビキニまで着て、水の中からボンドガール並みに濡れた肢体をさらすのだが、本作の見所はココと、最後の白昼夢だけと言っても差し支えないだろう。


しかし、本作が結果的にリズ・テイラーの演技力の更なる磨き上げの役割を果たしたことは事実であり、少々オーバーアクト気味ではあるが、独特の存在感の表現方法はますます磨かれている。



■クリフトとヘプバーン



ロボトミー手術の権威であるクックロウィッツ博士を演じるのは当時30代後半のモンゴメリー・クリフトである。1956年のリズ・テイラー邸で行われたパーティーの帰りの自動車事故の後遺症で顔の一部の筋肉が動かなくなってしまっているので、何とも表情(特に目)の動きが不自然で、ある意味無表情すぎて彼こそが一番精神的な苦悩を抱えているように見える。

この頃のクリフトはプライベート的にかなりセバスチャンに近かったかもしれない。麻薬とアルコール漬けの彼がこの役を演じることによって作品がより暗く内向的なものになった。

そして、セバスチャンの母ビネーブルを演じるキャサリン・ヘプバーン。まさに女帝降臨といった風情でエレベーターから降下し登場するのだが、彼女自身もあまり役柄に魅力を感じていなかったからだろうが、心のこもっていない芝居がひたすらロボットのように繰り返される。

先述したがこの作品の構成上の失敗点は明確に、セバスチャン不在の中の2人の女性の彼に対する思い入れと、部外者である博士の戸惑いが描ききれていない点であり、舞台劇そのものの大げささで2人の女性は大声を張り上げるのだが、それに対するクリフトは無表情で立ち尽くすのみなのである。

ちなみにヘプバーンはサム・スピーゲルとマンキウィッツが撮影中にクリフトを特別待遇で、他のキャストに悪影響を彼が与えようとお構い無しだったことに激怒していた。だから、彼女はサムとマンキウィッツに自分自身の全撮影が終了した後「もう撮り直しはないですか?」と確認したうえで、2人の顔に唾を吐きかけて去って行ったという。

撮影中のクリフトとヘプバーンはかなり険悪だった。それでいてクリフトに自分の息子を重ね合わせ、腕を組んだりするのだから、彼女は本当の意味でプロの女優である。しかし本作のクリフトは悲しいくらいに神経質に芝居に打ち込もうとして、逆に集中し切れていないのである。


■物語に対する純粋な破綻点を語ることを恐れるなかれ


テネシー・ウィリアムズがいかに偉大であろうとも、本作の脚本がひどいことには変わりない。そのもっとも明確な一点は、内気なセバスチャンに男性をあてがうために、ビネーブル夫人やキャサリンが誘惑して男性を集めるという点である。ホモセクシャルの男性を集める餌としての美女というのはどうしても説得力に欠けるのである。まさか、一人ひとりにあなたはバイセクシャルですか?と集めた後に尋ねるのだろうか?

実際、テネシー自身が後に自叙伝で書き記しているように
「懐に入ったお金は良かったが、映画自体はひどいものだった」と語っているように、私も本作は明確に駄作である感じている。


■回想シーンの不可解さ



最後にキャサリンが去年の夏の出来事について主要登場人物たちの前で回想するのだが、この回想シーンの映像美が映画の全体の陰鬱なトーンからかけ離れて素晴らしすぎて、まさに白昼夢のようなその映像美に結局は何が起ったのか理解できずに唖然とする。

簡単に映像の内容を説明すると、夏にバカンスで地中海沿岸の町のさびれたレストランで食事をしていたセバスチャンとキャサリンが、突如パンをせびる少年の一団に囲まれるのである。それから逃げようとするセバスチャンを楽器をかき鳴らし追い立てる少年達。やがて丘の頂上の廃墟の祭壇に追いつめられたセバスチャンは、少年達に襲われ天に手をかざし死んで行くのである。その姿を脳裏に焼き付けたキャサリンは、そのトラウマで混乱して失神する。

という内容であるが、恐らくセバスチャンの死の原因は、頻繁に白いピルをとっていると言ってるように睡眠薬か精神安定剤によってハイになった状態で少年達にお金をばら撒き、廃墟の祭壇で乱交に及んで、その激しさゆえに死んだのだろう。そして、もちろんキャサリンも白いピルを常用していたのだろう。

結論から言うとこの白昼夢の回想シーンは実に幻覚剤的なムードが漂っているのである。それ程本作には崇高さよりも幻想的な混乱(=ハイぶり)が漂っているのである。


■さすがに魅力的なセリフが散りばめられている



「精神を開く鋭いメス。魂の悪魔を切る」
それがロボトミー手術だというクックロウィッツ博士

「静かな絶望のあがき・・・それが人生でしょう」クックロウィッツ博士がビネーブル夫人に言うセリフ

「私たちにとって過ぎ去る日々は彫刻作品と同じでした。」ビネーブル夫人がクックロウィッツに言うセリフ

「愛とは利用することでしょ?利用できないと愛は憎しみになるわ」キャサリンがクックロウィッツに言うセリフ

「告白させる薬?」「そんな薬は存在しない」「真実が存在しないから?」
キャサリンとクックロウィッツの会話

「真実は底のない井戸の底にある」クックロウィッツのセリフ



■1950年代に初めて作られた幻覚剤ムービー!



ちなみにパンをせがむ悪がき集団の中に、当時のリズ・テイラーの夫エディー・フィッシャーがカメオ出演している。それにしても、モンゴメリー・クリフトといい。アルバート・デッカーといい精神病院サイドの人間が実生活においてはかなり危ない人たちだったことは皮肉である。

本作でリズ・テイラーとキャサリン・ヘプバーンは1959年のアカデミー主演女優賞にノミネートされた。リズ・テイラーは1959年のゴールデングローブ女優賞を獲得した。

ほとんどの人が本作を見ていて、前向きさよりも全体を覆う後ろ向きな空気を感じるだろう?ほとんどの登場人物が狂気に満ちているか、ぽ〜っと突っ立っているかだけなのである。ある意味本作は世界初の幻覚剤ムービーの誕生かもしれない。そういう意味においてはかなりのカルト・ムービーである。

さすが伝説のスーパー・カルト・ムービー『マイラ』の原作者ゴア・ヴィダルが脚本を担当しただけはある。絶対にヤツラはラリりながら本作を作ったはずだ!

− 2007年5月31日 −


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