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砂の器 (1974・松竹/橋本プロ) | |||||
| ■ジャンル: サスペンス ■収録時間: 143分 ■スタッフ 監督 : 野村芳太郎 製作 : 橋本忍 / 佐藤正之 / 三嶋与四治 原作 : 松本清張 脚本 : 橋本忍 / 山田洋次 撮影 : 川又昂 音楽 : 芥川也寸志 ■キャスト 丹波哲郎(今西栄太郎) 加藤剛(和賀英良) 加藤嘉(本浦千代吉) 森田健作(吉村弘) 渥美清(ひかり座の支配人) 緒形拳(三木謙一) |
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■あらすじ 1971年6月24日早朝。国鉄蒲田操車場構内で轢死体が発見される。推定年齢60〜65歳。この身元不明の男が残した言葉「カメダ」を手がかりに警視庁の今西栄太郎(丹波哲郎)と吉村弘(森田健作)は、捜査を開始する。やがて捜査線上に浮かぶ世界的に名声を掴みつつある指揮者・和賀英良(加藤剛)。彼の過去が、この殺人事件の悲しい側面を浮き上がらせていくのだった。 ■親と子の宿命だけは永遠である ![]() 旅の形はどのように変わっても― 親と子の宿命≠セけは永遠のものである この一行にこの物語の全てが語りつくされている。そう親と子の絆の普遍性。不幸の荒波の中で強く結びつく親子の絆が存在し、そうであればそうであるほど子の親に対する思いは、日増しに強くなるばかりである。世の中全てに対する憎悪の大きさだけ、親に対する愛情は増大する。 この主人公和賀英良もそんな親と子の宿命≠ノ生きた男だった。ある日突然村八分にされ、母親は病身の父親を見捨て、父親と二人っきりになった英良も病の感染を疑われ、同じく村を追われる身となった。二人で乞食同然の行脚を続けている中で、父と子の絆が深まる一方、貧困の度合いは強まるばかり、そんな時に島根県の亀嵩に到着し、当地の心優しき巡査・三木謙一に保護されるのである。 そして、結果的に周りの人間の善意が必要不可欠である父子の永遠の別れを生み出すことになるのである。この時から英良の「砂の器」の人生が始まるのである。大阪に一人で出てから全てを偽りの身分に包み込み新しい人生を歩むことになるのである。 ■砂で作られた器 ![]() 「砂の器」とは、水の粘着力のみで砂を固めて作られた偽りの器である。もしその中に水を入れようとしたならばその瞬間に砕け散る脆さの象徴でもあり、自然に砕け散るいつかは本質が露呈することの象徴でもある。それは、英良の不安定な人生を意味し、彼の孤独で不毛な精神状態も意味しているのである。そして、何よりも彼の偽りの身分と天性の才能が生み出した音楽家としての名声が、賞賛と喝采を生み出しているのだが、少年時代の多くを罵倒と蔑みの中で過ごしてきた彼は、そういった賞賛と喝采という感情自体を「砂の器」的なものと考えていることを意味しているのである。 彼は徹底的に人間の善良なる心に対して不信感を持つ男だった。だからこそ、三木謙一の情愛を受け止めずに去っていき、高木理恵子(島田陽子)という自分の子を産みたがる愛してくれる女をいとも簡単に捨て去り。(この理恵子の死に様。まさに彼の父と本人の境遇そのものではないか?)政治家の娘婿に納まろうと取り入る俗物ぶりを生み出しているのである。 恐らくここまでは言ってはいけないのだろうが、あの「宿命」という曲の、軽々しさ。クラシック音楽の分かりやすい部分のつぎはぎ音楽であることは、クラシックを趣味とするものならば容易に得られる感想である。逆に言うとだからこそこの和賀英良という作曲家の評価が、いかに政治家などによって周りから盛り上げられた俗的なものであり、真の芸術としては『砂の器』なのかも知れないということも暗喩しているのである。 そして、恐らく作曲家・菅野光亮(1939−1983)もその部分を監督等に指示されて、心に秘めて作曲したのがこの曲なのだろう。そうすれば、東京フィルに対するあの子供だましな和賀の指揮も納得がいくのである。まさに彼の姿は、現在メディアに持ち上げられボロ雑巾のように捨てられていく芸能人の縮図そのものではないだろうか?なまじ才能があるからこそ、才能を伸ばすことよりも才能に溺れてしまい凡庸化してしまう人々に対する皮肉。 ■丹波哲郎はただの美味しいとこ取りオヤジではなかった ![]() さすが野村芳太郎監督だけあり、キャスティングには当時の東宝がよく使うような、一人でも観客を集める為にといった当時売れてるアイドルを無理やり登場させるようなことはしていない。(例:『悪魔の手毬唄』の北公次)こういった姿勢がどれだけ作品に品格を与えるかということはこの作品を見れば良く分かるだろう。 とにかく普段は、やる気のない丹波哲郎(1922−2006)が、本作においては、汗まで掻いて出ずっぱりである。しかもかなりいい芝居をしている。この人やはりやれば出来る子なんだ。まさに「丹波くん、先生は信じてました」状態である。という戯言はさておき本当にこの作品の丹波哲郎は素晴らしい。何よりもこの作品最大のサスペンスは、実は1本調子になりがちなこの大物俳優をいかにして奮起させたか?であった。 美味しいところにしか登場しない俳優の双璧を三船敏郎と築き上げてきた超大作「認定」要員である丹波が、本作において緒形拳や加藤嘉たちを光らせるために熱演しているのである。ある種天皇陛下が、自らの音頭で「天皇陛下万歳!」と言ってる並みの有無を言わさぬ説得力を発揮したのであった。 この作品を見るまで丹波が汗水を流して歩く姿が似合うとはついぞ思いもしなかったのだが、その思い切ったキャスティングが素晴らしい効果をあげている。このキャスティングの奇抜さは神業の領域である。ちなみにあの逮捕状請求の独白の中で慟哭するシーンは、丹波のアドリブだという。やはり丹波哲郎は並外れた役者である。 ■さよならは誰に言う〜♪ 「色が濃いみたいですね」吉村 「うん」今西 「太平洋の方だともっと浅いですよ。何か濃縮された感じだな」吉村 「東北なんだな」今西 海辺での森田健作(1949−)の佇まい。電車の中で椅子に寝転んでるチンピラに「オイ!」とメンチを切る丹波。この二人の冒頭の東北への旅の描写が、本作に生み出している効果は計り知れない。熱血青年刑事と熟練した足を使う地道な刑事のコンビ、このコンビの存在があったからこそ、あの重苦しくも美しいお遍路の回想シーンも生きてくるのだ。 そういった意味においては森田健作もグッド・ジョブをしていた。それにしても銀座の高級クラブで、夏純子さまのような美女を隣にして、全く無視状態のモリケンもさすがとしか言いようがない。あの最も美しかった夏純子が隣にいるにかかわらず・・・しかし、いい女だな〜夏純子。 「ニューヨークのフィルハーニーを指揮するらしいわ」この発音が何ともお高い感じでよろしい。 ■映画の空間とはこの引き締まり方である ![]() 渥美清と丹波哲郎の奇跡的な共演。二人ともスターなんだと思わせてくれる瞬間は、こういった2ショットで分かるものである。画面が引き締まるというか一挙手一投足目が離せなくなるのである。こういった役者の存在が大作映画の根幹でもあるのである。 最近の美男美女コンビの映画には、こういった映画に奥行きを与えてくれる人々の出演がほとんどない。CMやらバラエティーに出て小遣い稼ぎをしている要員が脇に立とうとも、奥行きがさらにうすら淋しくなるばかりなのである。現在の邦画の作品のレベルの低調ぶりは、明確に監督・スタッフの感性の陳腐さと、それに感化されている役者陣の勘違いと怠慢さと謙虚さを失っているところにあるのではないか? 話を戻そう渥美清は本作においては、寅さんが例のごとくバイトで映画館の仕事をしている風情で登場する。飄々と能天気に、とって作ったような役柄だが、それでいて一気にその空間に観客を巻き込んでしまうのである。この力は端的に「仕事を選んでいるその姿勢から生まれているのだろう」。 ■日本の四季の中で沈殿する悲しき行脚 ![]() 「彼に母親を去らせ、彼ら二人に故郷まで捨てさせたものは何でありましたでしょうか。それは父千代吉の病気。それは当時としては不治の病、 らい病であります!」 この今西のセリフの終わりと共にオーケストラの演奏が始まり、父と子がお遍路する姿が映し出される展開はもう身が震えるとしか言いようがない。演じるのは加藤嘉(1913−1988)と春日和秀である。回想シーンでのみ登場する二人だが、この二人に関しては改めて言及するまでもないだろう。つまり一言「素晴らしい」である。 ![]() 真冬の日本の雪景色の中の荒海から始まり、一転して桜満開の並木道、青々と茂った夏真っ盛りの緑の中を、最初は雪のように真っ白だった新しい服装が、ボロキレ同然の乞食の風体になっていくその姿。冬は自然の脅威、春夏は人間の脅威に晒されながら、美しい自然の中で、その美しさが際立てば際立つほど、この二人の異形が目立つその残酷すぎる描写。 もし、私たちがこういう二人を見たならばどういう反応を取ってしまうのだろうか?と考えるとぞっとする瞬間である。ほとんどの人が緒形拳が演じた巡査ではなく、浜村純が演じた巡査のような感情を持ってしまうのではないだろうか?間違いなく私は恥ずべきことだが、後者だろう。 そんな身につまされる描写の中、印象的な父と子の表情が所々映し出される。ただ黙々と目をうるうるさせながら子を見つめる千代吉。ある村の運動場で体育の授業をしている同世代の子達を眺める息子。そして、二人で粥をすする愛情に満ちた瞬間。春日和秀に至っては本作中一言も話さないのだが、見終わった後は何百もの言葉を発していたように感じるのである。これこそが映画的な名演なのだろう。 この作品を鑑賞した松本清張をして、小説よりも素晴らしい出来であると言わせしめたのはやはりこの回想シーンの描写の素晴らしさにあったのではないだろうか? ちなみに毎朝早朝に起きて何時間もかけてメイクアップしていた加藤嘉だが、緒形拳も演技プランを煮詰めるついでにメイクの助手として加藤を助け、チーズや粘土を首や手に貼り付けてあげていたという。 ■動機の弱さが映画の魅力を損なう原因になっていない 愛する肉親との過去を知られたくないという不条理な感情に苛まれる英良にとって父の存在は、とてつもなく大切なものだった。誰にも知られたくない自分の中にだけ秘めた愛情を長年抱えてきたからこそ、彼は他人に対して、愛情を含む全ての感情表現の仕方が分からなくなってしまったのである。そして、だからこそ彼は音楽の世界でのみ全ての感情を表現出来る人だったのだ。 それがあの柔らかい音色を生み出した英良の才能の根本でもあり原動力だった。果てもない少年時代のお遍路の旅は、ごく自然に苦悩の内面の旅へと移行していったのだろう。一時期人間として誰からも目を背けられる生活をしてきたからこそ英良は、誰もが手の届かない領域の音楽を掴む第一歩を手にすることができたのである。 しかし、1971年当時から見ても、らい病の父親が生きていることを伝えに来た三木謙一を殺害する説得力はない。71年当時らい病患者に対する隔離は以前行われていたが、三木のような誠意溢れる人間を殺す動機になりえるとは到底思えない。はっきり言うと父親に会ったからといって別段何の問題もないのではないか?三木だったら確実に、英良の現在の立場を理解し、誰にも分からないように父子が会再会する便宜を図る努力をするだろう。 逆に殺人を犯して捕まらない可能性もあったから殺したのかもしれないが、それではあまりにも三木が可哀想というものである。他の部分が文句のつけどころがないだけに、ここで見ている側が感じる無理やりに殺人の動機を納得しようとしなければいけない動機の弱さが残念ではある。 ただしサスペンス映画の根幹でもある動機が、弱いにもかかわらずこの作品の価値が落ちることはないのである。それは明確に本作がサスペンス以上のものを描いた作品だからだろう。 ■加藤剛と緒形拳 ![]() 「幸せなんてものは、この世の中にあるのかね?元々そんなものないのさ。ないからみんなそんな影みたいなものを追っているんだ」 加藤剛(1938− )の芝居も実に70年代的なダンディズムに満ちた日本人離れした容貌を生かした存在感を発揮してくれている。芝居がうまいとかそういったことではなくこの人の実直そのものな風貌の裏に隠された冷たさが、本作の和賀英良の姿に説得力を生み出している。 ![]() そして、回想シーンで登場する三木謙一役の緒形拳(1937− )の素晴らしさ。もうこの作品の緒形拳の役作りには一片の隙もないです。この人はある意味もっと評価されてしかるべき素晴らしい役者さんだが、悲しいかな80年代からは才能のない監督がもてはやされることが多くなり、その実力を十分に発揮できなかった。この人もある意味狂気を秘めた素晴らしい役者である。 そして、三木の奥さん役を演じた今井和子も素晴らしい芝居をしていた。言葉は語らずともその佇まいで画面を引き締めているところが素晴らしい。とって作った感じじゃない人の良さをかもし出せるこの二人の存在がこの作品の回想シーンに与えた影響は多大である。実際簡単なようでこういう芝居が一番難しいのである。 ■芸術に埋没し、芸術とは無縁の世界に降り立った男 「紙吹雪の女」幸の薄い役が似合う美女・島田陽子(1953− )は、うまいとかそういった次元ではなくただただ役柄にはまっていた。英良の悲劇は、幼少期に父親と離れ離れになったこと以上に、三木謙一、高木理恵子の二人からの愛情を理解できなかった所にあったのではないだろうか? 彼は父親を愛し、父親に固執するあまり、他の誰ももはや信じれなくなり、自分達にひどい仕打ちをした人々の良い部分から目を背け悪い部分だけをトラウマとして蓄えてしまい、自らそれ以上に人間として醜い存在に成り下がってしまったのではないだろうか?そうつまり独善的な利己主義者に。 「彼にはもう音楽 音楽の中でしか父親に会えないんだ!」 今西が言うこの一言が全てを物語っている。彼は彼自身がお遍路の時に、自分自身を蔑んでいた人々の立場に立ってしまっていたのだ。彼らの眼差しに対する憎悪から始まった「砂の器」のような人生が、結局はその眼差しを向けていたような人間になってしまった瞬間に破綻するのである。それこそまさに人生の皮肉である。 ■加藤嘉の慟哭の凄まじさ 「あぁぁぁぁぁ〜!そんな人知らねえぇ!」 今西から息子の写真を見せられた千代吉が嗚咽をあげながら否定するその声音。これほど悲しげな叫びを聞いたことがない。まさに魂が揺すぶられる声とはこういう声を言うのだろう。自分が愛し続け死ぬまでに一目でいいので会いたいという気持ちだけで数十年生き続けてきた千代吉が、その息子を「そんな人知らねぇ!」と言わなければならない悲しすぎる現実。この老人は孤独の中生きて尚幸せな一時さえも許されなかったのである。 このシーンは、あの佐分利信と山口果林演じる政治家父娘の親子関係と対比してみると、さらにやりきれなく瞬間である。それにしても「あぁぁぁぁ〜!」という慟哭の凄まじさ。 千代吉が発病したらい病とは現在においてはハンセン病と言わなければならないらしいが、本作ではらい病と言われているため混乱を避けるためあえてらい病で明記した。尚、この病は古くは関が原の戦いで戦死した武将・大谷吉継が発病していたなど、古来より存在する病であるが、1907年から1996年まで日本においては国家的にハンセン病患者を隔離していた(男性は去勢された上で)。 ちなみに本作において最後にテロップが入っているのは制作時に全国ハンセン氏病患者協議会からの製作中止のクレームに対して(ハンセン病差別を助長するという観点から)、製作サイドが全面的にクレームを受け入れた結果だという。 ■1974年は丹波哲郎の当たり年 ![]() 本作の原作は、松本清張の長編小説であり、1960年から1961年にかけて『読売新聞』夕刊に掲載された。その原作を読み14年前に橋本忍と山田洋次が第一稿を完成させたのであった。しかし第一稿のあまりに暗すぎる内容と膨大なロケ費用を考慮し、映画化は延期を重ねた。ちなみにこの時から千代吉役は加藤嘉でイメージされていたという。 そして、念願かなって真冬の本州最北端の青森県竜飛岬から撮影が開始される。約一年間に上る撮影開始の始まりである。そして、7億円の興行収入をあげ、1974年の邦画興行成績第三位に輝いたのであった。ちなみに一位は『日本沈没』二位は『ノストラダムスの大予言』と3本とも丹波哲郎が出演していたのだった。 さらにこの映画の素晴らしさは、トリスバーなどといった聞きなれない過去の常識語に接することだろう。トリスバーとは、1950年代に流行したサントリーのトリスウイスキーを出す庶民的なバーである。1960年代にはビール人気に押され衰退していったので、この作品で登場するトリスバーも場末の雰囲気に包まれている。 ■テレビ版『砂の器』 2004年にテレビ・ドラマでリメイクされたが、『砂の器』という話題性のある危なげないネタをその時の人気のあるアイドルを利用して、安易に金儲けに凝り固まったただの陳腐なサスペンス作品だった。これはテレビの特質なので、とやかく言うだけ野暮なことであるが、テレビ・ドラマは本質的に芸術とは無縁の媒体であり、それはスポンサーという拝金主義者が背景におり、監督・出演者は一分一秒視聴率の奴隷であるからして、正当な作品の作り=「味わい深さ、余韻」を作り出せない媒体なのである。 どんなに才能があろうともテレビ・ドラマからは一切芸術は生み出せない。それを出演者は肝に銘じており100%自明しているはずである。すばらしい映画が邦画にはマーケット的にも存在していないのだから、テレビドラマで才能を浪費するのもしょうがない。だから、この映画版とドラマ版を比べるだけ酷な話である。実際このドラマ版の主役も含め、良き演出者とそれなりの時間をかければ、過去以上の現在を生み出すことは十分可能な才能を携えてはいるのである。 だからこそ失望する必要は全くなく、テレビドラマは気楽に見ればいいのであり、映画版と同じ姿勢で見る鑑賞者の態度に問題があるので、映画版に思い入れのある人は決して見ない方がいいだけの話である。 テレビ・ドラマとは映画よりも時間的制約がないようでいて、分刻みの視聴率という気まぐれ悪魔≠ノ監視された制約されたメディアなのである。だからこそ基本的に映像的な文法よりも、万人受けの文法≠ェ成り立ってしまい深みを生み出さないのではなく、深みを生み出しているゆとりのないものなのである。 そういうことを理解すれば、テレビドラマに出演している芸能人の能力を過小評価してしまいがちな、無駄な失望感も起こさないはずである。だから私はテレビドラマは、特に現在のドラマは、注意力散漫が許される時にのみ見るようにしている。 − 2007年8月20日 − |
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