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サンセット大通り   SUNSET BOULEVARD(1950・アメリカ)
■ジャンル: ドラマ
■収録時間: 110分

■スタッフ
監督 : ビリー・ワイルダー
製作 : チャールズ・ブラケット
脚本 : ビリー・ワイルダー / チャールズ・ブラケット
撮影 : ジョン・サイツ
音楽 : フランツ・ワックスマン

■キャスト
グロリア・スワンソン(ノーマ・デズモンド)
ウィリアム・ホールデン(ジョー・ギリス)
エリッヒ・フォン・シュトロハイム(マックス)
ナンシー・オルソン(ベティ・シェーファー)
セシル・B・デミル(セシル・B・デミル)
バスター・キートン(バスター・キートン)
サンセット大通り
人間がそれぞれの分野において益々こじんまりと生きてしまっている現代に対する警告。ニーチェは哲学の為に発狂し、ゴッホは絵画の為に発狂した。そして、ノーマ・デズモンドは映画の為に発狂する。発狂という言葉は実はそれだけあるものを愛し、追求できたという証明なのではないだろうか?偉大なるものを生み出すためにはどうしても突き抜けていってしまう。でもそんな人々が一人でも多くいないと世の中は退屈極まりないものになるのではないだろうか?この作品は吼えている!「真の価値は金にではなく人間そのものにあるべきだ」と。

■あらすじ


ジョー・ギリス(ウィリアム・ホールデン)は、売れない脚本家だった。借金取りから逃げる最中に、サンセット大通り沿いにある荒れ果てた大豪邸に逃げ込んだ。そこには、サイレント映画時代の大スター・ノーマ・デズモンド(グロリア・スワンソン)と執事マックス(エリッヒ・フォン・シュトロハイム)が住んでいた。そして、ジョーはノーマから彼女の夢を聞かされる。『サロメ』という自作の脚本を映画化して、ハリウッド・スターの座に返り咲くのだという・・・ジョーはこれ幸いにとノーマの脚本の校正を申し出るのだった。


■狂気もまた偉大なる才能の一つ


サンセット大通り サンセット大通り
私が20代後半から数年に渡り付き合った女性は、Vシネマに主演で出演した経験もあった元芸能人の女性だった。当時彼女は20代中盤だった。その美貌は凄まじいばかりだったが、彼女が芸能界から引退した理由は、薬物依存症と躁鬱病による仕事の遅刻などによってだった。

その彼女は、エステやショッピングに出かける以外は、実にインドアな人で自分の映像を何十回も繰り返してじっと見ている人だった。勿論両手首にリストカットの傷も数本刻まれており、更には刃物で切りつけてくるような時もあった。そんな彼女と付き合ってる最中にふと頭によぎるのが、ノーマ・オズモンドだった。特に美貌を持つ彼女が怒り狂う表情とノーマの表情はそっくりだった。

人は何も中年になって容貌の衰えなどによって落ち目になるばかりではない。容貌がいくら美しくても、若いうちにちやほやされたことによって身をもち崩す人はそこらへんにいる。しかし、そういった人が何かに対して常人を越えた集中力を発揮する姿を目撃した私はこう思うのだった。
天才と狂人は紙一重であり、狂人が天才になりえる事はそう難しいことではないのではないだろうかと・・・


■ゴージャス、セレブ・・・スモールな表現力


「ノーマ・デズモンドだ。あなたはサイレント時代に有名(ビッグ)だった」ジョー
「私はビッグよ。小さくなったのは映画のほうだわ。"I am big. It's the pictures that got small." 」ノーマ

公開当時このセリフはノーマ・デズモンドの誇大妄想としか受け止められていなかった。しかし、時が経つにつれて人々はこのセリフの持つ皮肉を理解した。
昔の映画俳優の存在感は大きかった。しかし、今では映画俳優の存在感は限りなく小さい。

かつてサイレント映画においてスターは巨大だった。そして、ハリウッドのスタジオ・システムが機能していた30年代から60年代にかけても依然スターは絶大だった。やがて、60年代後半よりスターは等身大になっていき、90年代からその反動として(裸の大将の様な)実力の伴なわない巨大さを見せ付けるようになった。
そう・・・実は今のハリウッド・スターの姿こそが、ノーマ・デズモンドの表面的な醜さそのものだった。


■グロリア・スワンソンの降臨


グロリア・スワンソン グロリア・スワンソン グロリア・スワンソン
マリリン・モンローの母親がその女優の大ファンだった為に娘をノーマと名付けた。その女優の名は
ノーマ・タルマッジというサイレント映画時代の大スターだった。その名前と(1922年に謎の殺人事件の被害者になった映画監督)ウィリアム・デズモンド・テイラーの名前を組み合わせたノーマ・デズモンドという名前の主人公が、映画史上特異な輝きを放つことになる。

ノーマ・デズモンド。サイレント映画時代の大スター女優で、今は世間から忘れ去られた人。そんな役柄の性質上キャスティングは難航を極めた。ワイルダーとブラケットは、最初に
グレタ・ガルボ(1905−1990)にオファーしたが、彼女は映画界の復帰に興味がなかったのではねつけた(1941年に引退。1939年『ニノチカ』でワイルダーとブラケットは脚本を担当している。監督はエルンスト・ルビッチ)。

そして、次に
メイ・ウエスト(1893−1980、1933年に引退)にオファーを出した。40代にしてその肉感的な官能美で30年代のハリウッドを疾走した女優である。彼女は当時50代後半だったが、自分が演じるにしては若すぎると言明してオファーを受けなかった。

そして、次に1910年代から20年代にかけて妖艶な悪女役で名を馳せた大スター・
ポーラ・ネグリ(1897−1987、チャップリン、ヴァレンティノの最後の恋人)にオファーの電話をワイルダーは入れるが、そのポーランド訛りの英語により断念する。更に次にアメリカの恋人メアリー・ピックフォード(1892−1979)にオファーするも、ワイルダーとブラケットの前で脚本を読んでいた彼女は、中ほどまで読み終えて激怒したという。

サンセット大通り サンセット大通り
すっかりノーマのキャスティングに行き詰ったワイルダーが名監督ジョージ・キューカーに相談したところ彼は、
グロリア・スワンソン(1897−1983)を推薦した。彼女こそサイレント時代の大スターであり、1920年代半ばにはハリウッドで最も高給取りの女優だった。特に1919年から29年にかけて800万ドルを稼ぎ、その全額を浪費したというその浪費癖でも有名だった(1925年の全盛期には一週間で1万通のファンレターを貰っていたという)。

ビリー・ワイルダーは1934年に『空飛ぶ音楽』というグロリアの作品の脚本を担当しており、その出来が悪かったのでグロリアに合わす顔がない状況だった。しかし、キューカーのとりなしもあり、当初は
「私はパラマウントのために20本映画の主役を務めた女優よ。なぜオーディションを受けないといけないの」と断っていたグロリアがカメラテストを受けることになる。そして、彼女の芝居に圧倒されたワイルダーにより、グロリアの登板が決定する。

グロリアは、5万ドルで仕事を引き受けた。ちなみに1934年の『空飛ぶ音楽』のギャラは25万ドルだった。彼女の娘曰く撮影期間中のグロリアは完全にノーマの役柄にはまり込んでいたという。


■溺死体の語りから始まる意表をついたオープニング


サンセット大通り
「僕が真実を語ろう。なんて哀れなやつなんだろう。欲しがっていたプールをこんな形で手に入れるとは」ジョー

いきなり主人公の溺死体から始まるオープニング。そんな主人公の語りから舞台は半年前に遡っていく。オリジナルのオープニングは、遺体安置室で死体同士がお互いの境遇を語り合うシーンだった。しかし、試写会で観客がこのシーンで大爆笑したために変更になった。このことにより公開は半年遅れた(
「過去の人生で経験したことのない大爆笑が起こった。私のキャリアを通じてもっとも悲惨な瞬間だった」ビリー・ワイルダー)。

この遺体安置所のシーンは共同で脚本を書き上げたブラケットの反対を押し切ってワイルダーが撮影したのだったが、そういったゴタゴタもあり、17本共同脚本を書き上げてきたコンビは本作をもって解消され、以降顔を合わせても決して挨拶しない間柄になったという。


■ウィリアム・ホールデンの復活

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ノーマ・デズモンドがスター復帰を夢見るように、実はジョーを演じるウィリアム・ホールデン(1918−1981)にとってもスター復帰のための試練の作品だった。彼は1939年に『ゴールデン・ボーイ』という作品でスターになったが、第二次世界大戦に出征し、戦後は大した役がつかずキャリアには翳りが見えており、重度のアルコール中毒だった。そんな時にこの役柄がオファーされ3万9000ドルでサインした。

ジョーの役柄は元々
マーロン・ブランドモンゴメリー・クリフト(1920−1966)で考えられており、クリフトが最低保障12週間で週5000ドルでサインしていた。しかし、撮影の2週間前に急遽降板した(クリフト自身が映画のように当時リビー・ホルマン(1904−1971、孤独とアルコール中毒の末ロールスロイスの中で自殺)という年上の女優と付き合っており、彼女のアドバイスによる降板だった。ちなみに『真昼の決闘』も同じ理由により降板している)。ワイルダーはフレッド・マクマレイ(1908−1991)にオファーするがジゴロの役柄を嫌がり、ジーン・ケリーもMGM所属の為出演不可能だった。そして、ホールデンが登板する事になった。

ちなみにホールデンは、実生活において本作での死を連想させる不可解な死を遂げている。
1981年に超豪華マンションで孤独に死んでいった。死体が発見されたのは4、5日後だった。酔った状態で絨毯の端につまづき頭部に打撲を負い出血多量で死亡したということだった。しかし、倒れたすぐ近くに電話があったにもかかわらず、彼はそれを使用することなくゆっくりと出血多量で死んでいった(ちなみにかつて睡眠薬で自殺未遂を図った時はすぐに電話で連絡し助かっている)。


■スターとは、現実から隔離された新しい現実に生きる存在


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「映画は世界中の視線を集めていたのに、それだけじゃ満足しなくて耳を狙った。そして、大口を開けてしゃべり出したのよ・・・今じゃスターなんていない。言葉は映画を窒息させる。テクニカラーの赤は腫れた舌の色よ」ノーマ

「あなたがカムバックするとは」ジョー
「リターンといって!大衆が私の映画を待ってるのよ!」ノーマ

昔の栄光でもある全盛期の自分の写真・フィルムに囲まれ、全盛期を知る友人達とだけ関わり続けているノーマ・デズモンド。彼女の屋敷の中では時の流れは存在せず、現実から隔離した新たな現実を作り出して生活している。そして、ここにスターの本質がある。
実はスターとは全盛期の頃から現実から隔離された新しい現実の中に生きてきたのではないのか?

逆に言うとそういった現実との隔離が存在したからこそスターはスターたり得たのではないだろうか?映画が廃れている国の映画界の悪癖は、スターを現実から隔離できない通俗さ故なのではないだろうか?


■「クィーン・ケリー」という偉大なる亡霊


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「この屋敷全体が呪いにかかっているようだ。世間から取り残されゆっくり崩壊している」ジョー

「いつ見ても素敵。セリフなんて要らない。顔で語れるのよ。(We didn't need dialogue. We had faces!)今じゃそんな女優いないわ。でもガルボだけは別」ノーマ

未完成の作品「クィーン・ケリー」(1929)が流される。翌年からサイレント映画はトーキー映画に取って代わられていくのだが、この作品の中のノーマは実に美しい。すごい目の動き。そして、マックスが動かす映写機。実はこの作品実在する作品であり、マックス役のエリック・フォン・シュトロハイムの監督作である。そして、グロリア・スワンソンの主演作でもあった。

JFKの父親ジョセフ・P・ケネディ(通称ジョー)は、グロリアの設立した映画会社に出資し、愛人関係を結んでいた。そして、共同製作第一作目が「クィーン・ケリー」だった。80万ドルという当時破格の製作費と名監督シュトロハイムを起用し撮影が開始された。

しかし、いざ撮影が始まると完全主義者のシュトロハイムはどんどん物語を変えていき、しまいには結婚式のシーンで新婿にグロリアの手に噛み煙草で汚いよだれをたらせ!と命じるという暴挙に出た。そして、遂にグロリアの怒りが爆発しシュトロハイムは首になった。

そんな曰くつきの作品を本作の中で上映しようというアイデアはシュトロハイムから出たものだった。ちなみにこの作品で使用された豪邸の外観は石油王ジャン・ポール・ゲティの前妻の邸宅で撮影された。


■ノーマ・デズモンドと三人の蝋人形


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ノーマの唯一の友人としてサイレント映画時代の忘れられたスターが登場する。
バスター・キートン(1895−1966)、H・B・ワーナー(1875−1958)。アンナ・Q・ニルソン(1888−1974)の三人。ジョー曰く蝋人形と形容される彼らの実際の人生も波乱万丈だった(ジョー自身もブラック・ダリアのようなにマネキンのような死に様を迎えるのだが)。

三大喜劇王としてチャップリンとハロルド・ロイドと共に一世風靡したキートンは、1933年にMGMを首になって以降は目立った活躍をしていなかった。この当時のキートンはアルコール中毒でぼろぼろの状態だったという。この作品でのギャラは1000ドルだった。ちなみに1950年代にバスター・キートンは再評価されこの四人の中でも最も再浮上するのだった(1952年に『ライムライト』でチャップリンと共演する)。

ワーナーはキートンよりも高額の1250ドルで出演している。彼はセシル・B・デミル監督の『キング・オブ・キングス』(1927)でイエス・キリストを演じて大スターになり、そのイメージに苦しんだ人だった。フランク・キャプラ監督にも好んで使われていたが、遺作はデミル監督の『十戒』(1956)だった。

ニルソンは二人よりも遥かに安い250ドルで出演している。1910年のサイレント映画スターだったが20年代始めに乗馬中の落馬事故で2年間休養したことにより、主役から一転して端役専門の役者になってしまった。元々モデル上がりの女優であり、170pという長身もあって本作でも60代には見えない若々しい気品を漂わせている。


■空のプールに巣食う鼠


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「どうせ女が金払うんだろ?いい方を選べよ」紳士服売り場の店員

「とうに過ぎ去ったパレードに手を振っている女王だが」ジョー

この作品の中で象徴的に使われているのが、プールだろう。名誉欲の象徴でもあり死の象徴でもあるプール。最初にプールに浮かんでいる溺死体のジョーの姿が映しだされる。そして、過去に遡り荒れ果て鼠が巣食っている空のプールが映し出される。ジョーの到来と共に空のプールに水が張られ、夜のライトに照らされ華やかさを取り戻す。

薄汚れたプールと華やかなプールの対比。ここにジョーという、スターの周りに鼠のように巣食うより悲しいハリウッドの映画人の姿があった。


■振る舞い・装いは年と共に洗練されるべき


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50歳にもなってリストカットで男性の気を引こうとする哀れな女ノーマ。そして、それに同情を示し、ノーマの愛を受け止めようとするジョー。
勿論同情から生まれたキスなぞ長続きする筈もない。そして、ノーマにとっても三流脚本家の愛を求めなければならない自分の落ちぶれようは苦痛を伴なう愛のはずだった。

何よりも悲しい現実。それは彼女の振る舞いは、50代の女性には相応しくない美しき美女≠フみに許された傲慢さに満ちていたことだった。
この作品は、今20代から30代の美しき美女達に捧げられた教訓になりえるだろう。若くて美しければ許された事が、ある時期を境に嘲りを持ってあしらわれる事になるという現実。

最近テレビを見ない人が増えているという。それは何故だろうか?もしかしたら過去の小さな栄光にしがみ付きけばけばしい装いで登場する芸能人や陳腐な美貌をさらけ出す芸能人の傲慢さにうんざりしているからではないだろうか?


■素晴らしいチャップリンの物真似

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『チャップリンの役者』(1915)でエキストラとして速記者に扮した経験もあるグロリア・スワンソンが、チャップリンの物真似をする。その芸達者ぶりに垣間見えるノーマの優しさと儚さ。
こうまでしてジョーの関心を繋ぎ止めようとするノーマはまさしく道化師そのものであり、ある意味このノーマの姿は『ベニスに死す』のアッシェンバッハに相通じるものがある。

ちなみに『ベニスに死す』の原作者トーマス・マンは本作を観て
「よい映画である。演出には粗い部分もあるが、撮影も演技も見事である」という感想のメモ書きを残している。

私は前述のようにノーマのような女性には昔の経験で懲りているが、こういったお茶目さを見せる瞬間には大変惹かれるものがある。ちなみに上の写真は1931年に撮られたものであり、左からグロリアとチャップリンとマリオン・デイヴィス(彼女もジョー・ケネディの愛人だった)である。


■セシル・B・デミルの降臨


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「お友達にマナーを教えて、私あっての撮影所なんですからね」ノーマ

実際にグロリア・スワンソンをスターダムに押し上げた巨匠セシル・B・デミル(1881−1959)が本人の役柄で出演している。20年ぶりにパラマウント・スタジオの門をくぐり、忘れ去られた女優は、束の間の脚光を浴びる。頭上から照らし出されるスポットライト。その明るさに集まる映画人たち。

ライトに照らし出される事が生み出す過信。人はスポットライトを浴びることにより過信する。そして、その過信が最初のうちは魅力を引き出す原動力になるのだが、やがては歯止めの利かない暴走へと本人を駆り立てていく。今の時代においても繰り返されている才能亡きものたちの過信も全く同じ流れである。ただし、そういう人間はスポットライトに照らされなくなった途端に掌返しで全てに対して魂を売り、スポットライトを必死で取り戻そうとするという。

ちなみにこの撮影所のシーンにおいてデミル監督は、本当に『サムソンとデリラ』(1949)を撮影中だった。デミルは一万ドルと最新のキャデラックでこの役柄を引き受けた。そして、リテイクのときに更に1万ドル要求したという。


■美を磨いてるのではなく 美を削ぎ落としている


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「回ることのないカメラの前に立つための準備だ」ジョー

デミル監督と再会し、ノーマは『サロメ』の映画化は決定したも同然と早合点する。そして、21世紀にも通じる女の(表面的な)美を磨く試みが繰り返される。
ちなみにこれは有名な裏話だが、この作品のグロリア・スワンソンは、実際は衰えぬ美貌を保っていたので、メイクアップ(厚化粧)によって意図的に老いた雰囲気を出していた。

しかし、
このエステに今は整形手術が加わるのだろうが、これこそまさしく蝋人形への第一歩の踏み込みというものである。女性が自然の流れに逆らい美を維持しようとする姿は、度を過ぎれば狂人とそう変わらなくなってしまうというものである。

特に整形に関して言えば一箇所手術すれば際限なく手術して人間味の欠しい仮面のような顔に変貌してしまう。私のある美しい友人の一人も過度の整形手術によって蝋人形のようになってしまった。そして、恐るべきことに今も手術を繰り返し、年々一緒に歩いてくれる人は減ってるように見える。


■女王様と下僕の関係に陶酔するマックス


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「私が彼女の最初の夫だったんだよ」マックス

執事役マックスを演じるエリッヒ・フォン・シュトロハイム(1885−1957)は実際にサイレント映画時代の映画監督だった人である。1929年に『クィーン・ケリー』で監督をクビにされたこともありグロリアとは憎しみ合っていたのだが、この共演によって二人のわだかまりは消えたという。

それにしてもノーマという女優の狂気は、果たしてノーマ自身が増殖させたものなのだろうか?私はどうもマックスが演出しているように見えてしょうがない。ノーマの狂気は全てマックスによって演出され増殖されたのではないだろうか?
16歳で彼女を見いだしたマックスが、彼女に惚れこみ彼女を狂気の中に閉じ込める。

実はこの作品の中には、シュトロハイムのアイデアの反映によって女王様と下僕の関係のような倒錯的な関係が多く存在する(シュトロハイムのアイデアの中にはノーマの下着を洗濯するというものまであった)。若いツバメと大晦日にいちゃいちゃする元妻の艶やかな姿をじっと見つめるマックスの表情。実はシュトロハイム自身がグロリアの熱烈な愛情の持ち主であり、自身の趣向と役柄を混合して演じてるとしか思えない。

ちなみにシュトロハイムは150万フラン(フランス在住だったので)と週5000ドルのギャランティで本作に出演した。「マックス!マックス!」と呼ぶグロリアの実の父親の名前もマックスだった。


■ノーマとベティの間をただ漂っていただけのジョー


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ジョーが惹き付けられるベティ(ナンシー・オルソン、1928− )という女性との恋愛シーンがこの作品に一種の緩みを生み出している。ベティの役柄が、ジョーにジゴロとして暮らすのではなく、自分の力で生きる事を決心させるのである。

ただし、ベティがなぜジョーにそれ程惹かれ、婚約者を裏切ってまで彼に拘るのかは理解しかねる。


■ぶってもいいから、憎まないで・・・


「嫌わないで、あなたを失いたくなかったのよ・・・ぶってもいいから憎んでないといって」
ノーマ

「君は50歳なんだ認めろよ。25歳のふりをすることはないんだ」ジョー

男女が付き合うにおいて、最も重要なことは(当たり前のことだが)お互いを思いやる気持ちである。そして、
その当たり前のことを忘れてしまい感情的に相手の痛い部分を指摘してしまうと恋愛は、悲劇へと急転落下していく。ジョー殺害にいたるプロセスは、実に無駄なくそういった感情の流れに則って描かれている。

愛する人の前で弱みを見せ許しを請う女性。プライドの高い彼女が弱みを見せつけるという事は、まさに最後のきり札を出したも同然だった。しかし、男性はその弱みなどとうの昔に知っており、うんざりした雰囲気で、ここぞとばかりに追い討ちをかけ、彼女の心を押しつぶし去っていこうとする。

そんな男性に対して、こんな駄目男になぜ私がそこまで言われる必要があるのかしら≠ニ反発の心がむくむくと沸き起こる。しかし、同時に私を捨てないで!≠ニ空しく叫ぶ自分に驚愕し、すっかり混乱の中で拳銃の引き金を引いてしまう。そして、ゆっくりとプールに落ちて死んでしまう男性。

意外にあっさりと見過ごされるのが、このジョーの死に様の見事さである。このシーン、プールにはまるまでカットなしで撮影されている。昔の映画はこういうシーンの緊迫感の出し方が抜群に上手かった。


■ノーマ・デズモンドは最後に何かを産み出した


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「スターは年を取らないものよ」ノーマ

「もうだめ 幸せすぎて・・・再び映画が撮れて幸せ。私がどれだけ寂しかったか二度と映画を捨てません」ノーマ

「デミル監督 クローズアップをお願い(All right, Mr. DeMille, I'm ready for my close-up.)」

ジョーを殺害してしまい。警察と報道陣の集まる中、螺旋階段を下りるノーマ。自分が『サロメ』という映画の主役として、デミルの演出により撮影が行われていると思い込んでるノーマの精神は既に崩壊している。そして、「アクション!」と掛け声を入れるマックスも来るべき最後の演出を感無量の表情で行なっている。

その見開いた目、妙な手の動き、スクリーンが身震いしているかのようなその特別な妖気。音のある映画の中で圧倒的に大げさな芝居を披露しながらも、なぜか観る者を惹きつけて止まないその驚異的な存在感。私だけを輝かせて!驚異的な自意識の過剰さが生み出す現実離れした空間がこの作品には存在した。

私こそ女性の全てを表現する為に地上に降り立った化身よ
とでも言わんばかりに女性らしさを極端に表現するノーマ。彼女は誰一人産み出さず、周りのあらゆるものを食い尽くした。そして、ここに女性の本質が秘められていた。女性は生み出すことが唯一許された存在であるからこそ殺すことも許されているという潜在的に心理に潜む幻想。そんな幻想にとり憑かれたノーマはこの作品に言葉では表現できない命を産み出した。

「言葉なんて要らないのよ。私がいれば・・・」全くその通りですとしか言いようのない完全犯罪で、この作品は見事に締めくくられる。


■そして、ノーマ・デズモンドは伝説となった


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ワイルダーとブラケットは1948年から脚本を書き始めた。そして、1/3しか書き上げていない状態で、175万ドルの予算で1949年3月26日から撮影は開始した。1950年1月5日に撮影終了(リテイク含む)し、全米で500万ドルの売り上げをあげるヒット作になった。

業界の内幕を描いた作品だけあって、試写会で本作を鑑賞したMGMの社長ルイス・B・メイヤーは、
「この野郎!おまえは自分を育ててくれ、現在のおまえを作ってくれた産業を中傷したんだぞ!おまえなんかリンチしてハリウッドから追放してやるからな!」と公衆の面前で罵倒したのに対してワイルダーはただ一言「ファック・ユー」と答えた。

一方、この作品を観たバーバラ・スタンウィックは、上映後にグロリア・スワンソンの前に跪いて敬意を込めてその裾にキスをしたという。

サンセット大通り サンセット大通り
1950年アカデミー賞脚本賞、劇・喜劇映画音楽賞、美術監督賞/白黒、美術装置賞/白黒を受賞し、作品賞、主演男優賞(ウィリアム・ホールデン)、主演女優賞(グロリア・スワンソン)、助演男優賞(エリッヒ・フォン・シュトロハイム)、助演女優賞(ナンシー・オルソン)、監督賞、撮影賞(白黒)、編集賞にノミネートされた。ちなみに素晴らしい衣裳はイーディス・ヘッドが担当した。

1995年、『サンセット大通り』はアンドリュー・ロイド・ウェバーによるブロードウェイ・ミュージカルとしてトニー賞最優秀ミュージカル作品賞を獲得した。ノーマを演じたグレン・クローズは最優秀ミュージカル主演女優賞を獲得した。2009年には映画化が予定されている。主演女優は同じくグレン・クローズの予定である。

− 2008年3月12日 −


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