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タワーリング・インフェルノ   THE TOWERING INFERNO(1974・アメリカ)
■ジャンル: パニック
■収録時間: 165分

■スタッフ
監督 : ジョン・ギラーミン / アーウィン・アレン
製作 : アーウィン・アレン
原作 : トーマス・N・スコーシア / フランク・M・ロビンソン / リチャード・マーティン・スターン
脚本 : スターリング・シリファント
撮影 : フレッド・コーネカンプ / ジョセフ・バイロック
音楽 : ジョン・ウィリアムズ

■キャスト
スティーヴ・マックィーン(マイケル・オハラハン)
ポール・ニューマン(ダグ・ロバーツ)
フェイ・ダナウェイ(スーザン・フランクリン)
ウィリアム・ホールデン(ジェームズ・ダンカン)
フレッド・アステア(ハーリー・クレイボーン)
掛け値なしの超大作。映画史上製作されたパニック映画の中でも間違いなく3本の指に入る傑作だろう。そして、何よりもマックィーンとニューマンが、同一画面に存在する時のテンションの高さ。本当のスターが2人並び立つと、決して白熱した芝居合戦をしなくともこれほどのテンションが生まれるのである。このテンションをもう一度生み出させないと映画界の新たな飛躍は望めないだろう。

■あらすじ


138階の世界一の超高層ビル「グラス・タワー」がグランド・オープンされることになった。最上階でグランド・セレモニーが行われる中、ビル建設会社のダンカン社長(ウィリアム・ホールデン)の義理の息子ロジャー・シモンズ(リチャード・チェンバレン)が設計書通りの仕様でビル建設しなかったことを知る。そのことにより早速稼動初日からビル火災が勃発する。設計士ダグ(ポール・ニューマン)は全力を傾け災害に対応する。そして、オハラハン隊長(スティーヴ・マックィーン)率いる消防隊が到着した時にはもはや火を食い止めるのは手遅れだった。最上階で取り残された数百の人々・・・


■今や伝説となった2大スターの共演


これほどの魅力的な共演はなかなか見当たらない。日本で言えば、1960年代の中村錦之助=市川雷蔵、1970年代の高倉健=勝新太郎。香港で言えば、1970年代のブルース・リー=ジミー・ウォング(これは魅力的ではないな)。ハリウッドで他にこの当時魅力的な組み合わせといえば、スティーヴ・マックィーン=クリント・イーストウッドぐらいだろう。

マックィーンは『ゲッタウェイ』(1972)『パピヨン』(1973)と波に乗り、ニューマンは『スティング』(1973)と同じく波に乗っている時期であり、まさしく掛け値なしの大スター同士の共演だった(そして2人ともプロのレーサー)。そんな2人の脇を飾るは同じく『チャイナタウン』で油が乗り始めているフェイ・ダナウェイと、『ポセイドン・アドベンチャー』の製作で
世界中にパニックをもたらした男アーウィン・アレンであった。

まさに本作は鬼に金棒状態で作り上げられた作品である。
この作品が豪華キャストというある意味言い換えれば乱雑な形の作りでありながら、映画史に残る傑作になった理由は明確に、スター達とキャスト達の持ち味が発揮されていたからなのである。


■孤高のスターと天才的なスター


オハラハン消防隊長を演じるスティーヴ・マックィーン(1930−1980)という男は、どこまでも自分の格好良さを画面上で追及する男であった。
ある意味偏執的と言うほどまでに自分だけが魅力的に画面上を支配することにこだわり続け、その姿勢ゆえに共演者からも疎まれたのも事実である。しかし、これほどの偏執的なプロの役者の姿勢があったからこそ、彼の出演する映画には独特の雰囲気(緊張感)が生まれているのである。

そんな、映画の中では自意識過剰なこの男との共演をポール・ニューマンが快諾したことが、驚異的な出来事だったのである。全く協調性のない孤高のスターに、マイペースな1人の天才スター。そして、このニューマンという男こそマックィーンが堪えず目標にしてきた男の一人。そう、マックィーンはニューマン主演の『傷だらけの栄光』(1956)の端役でデビューしている。当時はギャラも日当19ドルだった。

だからこそ、マックィーンはニューマンとの次の共演があるとしたならば絶対に自分の方が目立ってやろうと考え続けていた。そして、1969年『明日に向って撃て』で共演が実現しようとしていたこの時、最終的にクレジットのポジションに納得いかなかったマックィーンは降板し、レッドフォードが代役となった。

そんないきさつもありマックイーンは、本作においても自分の名前をクレジットタイトルの最初に出す事にこだわった。そして、製作者のアーウィン(実はこの男が一番狡猾なのだが・・・)が妥協させたのが、二人の名前を同時に出した上で、マックイーンの名を左に据え(クレジットは左の方が格上)、ニューマンの名を右の一段上に据えて対等性を強調するという妥協案でお互い納得した。

最も映画出演においての2人のギャラも均等に100万ドル+総収益の7.5%となり、結局は双方、1200万ドルを手にした。


■消防隊長オハラハン=男のダンディズム


マックィーンの偏執狂ぶりは、脚本の段階から発揮された。ある日脚本を読んでいたマックィーンは、ニューマンよりも自分のセリフが12箇所少ないことに気づいた。早速アーウィンに連絡したマックィーンはこう言った。「12箇所セリフを増やしてくれ」と。そして、セリフは増えた。
実に面白いのは、観客はこの作品でマックィーンの寡黙な消防隊長像に惚れ込んでいたが、マックィーン自身は、セリフを増やせと要求していたのである。

さらにマックィーンは、消防士の外装から凝りにこだわり、
「このヘルメットダサいぜ」とぬけぬけとサンフランシスコ消防署のヘルメットを非難し、特注でもっと行動的な形のヘルメットを作らせた。エキストラとして登場した非番の消防士たちは、こっちの方が格好いいと口々にうらやましがっていたという。

当初マックィーンは、設計士ダグ・ロバーツの役柄を演じる予定で、消防隊長はそれほど大きな役柄ではなくアーネスト・ボーグナインの予定だった。しかし、マックィーンは消防隊長の役柄を演じたいと希望したという。そして、そのために脚本は変更された。

消防隊長は45分後に初めて登場する役柄なのだが、マックィーンは「日本通」の前妻ニールから聞いた言葉を実行に移したのである。
千両役者は最初から登場しないものであると。


■設計士ダグ・ロバーツ=右往左往しつつも頑張る男


実にポール・ニューマンらしい役柄で、やはりニューマンは格好良く決める役柄よりもこういう一見右往左往してるが、一生懸命頑張ってるという役柄がぴったりである。そして、マックィーンの格好良さと有り得ないぐらいのスーパーマン並みの活躍が浮き上がらないのも、彼の活躍と存在感があったからである。

2人は最初に火災現場で顔を合わせてから、最後のタンク爆破まで顔を合わせないという脚本も実に良く出来ている。この作品がパニック物の中でも突出した出来である理由の一つとして、「再会」の要素を見事に組み込んだ点が挙げられるだろう。マックィーンとニューマンもそうだが、ニューマンとダナウェイの2回の再会、ホールデンとブレイクリーの父娘の再会、アステアとジェニファーは再会できなかったが、彼女の愛猫との再会(初めて会うのだが・・・)。こういった再会の要素が、人間関係の描写を削らせて、アクシデントの連続を中心に描いた本作に、人間ドラマも機能する原動力となっていたのである。

本作においてニューマンもマックィーンも競って自らスタントをしたという。ニューマンの鉄梯子のシーンはほとんど彼自身が演じた。一方、マックィーンもヘリからエレベーターに飛び移ったり、多くのスタントを彼自身でこなしたという。


■とにかく決まっているセリフの数々


本作のセリフの数々はマックィーンとニューマンの魅力を更に引き立たせる役割を果たしていた。

「へい?目的は口論と消火どっちだ?」ダグがオハラハンに言うセリフ

「このビルだけは燃えないと思っていた」オハラハンのセリフ

「費用を削る前になぜ高さを削らない?」ダグがダンカン社長に言うセリフ

「このビルをこのまま残すべきかもな。人の愚かさの象徴として」ダグがスーザンに言うセリフ

「運がいい。死者は200名以下だ。しかし、今にこんなビルで10000人の死者が出るぞ。そして、俺は火と戦い続け、死体運びさ。安全なビルの建て方を聞かれるまで・・・」
「オッケー。教えを請いにいくよ」
「今度電話しろ。じゃあな設計屋」
オハラハンとダグの最後のセリフ


■魅力的な3人の女性


ダグの恋人スーザン演じるはフェイ・ダナウェイ(1941− )である。170pのモデル顔負けの抜群のスタイルに、華やかな存在感を誇る人気女優である。私がフェイ・ダナウェイを始めてみたのは中学二年の時に『俺たちに明日はない』(1967)でである。その頃はウォーレン・ビーティ嫌いでもなかったのでビデオを借りて見たのだが、そのとたんに彼女の大ファンになった。それからは彼女の映画をあさるように見た。
この作品においての彼女の印象は「赤のネグリジェから見える胸の谷間と褐色の美脚」「胸の谷間強調のたまらんベージュのドレス」である。

このダナウェイの影響で、昔付き合っていたダナウェイ似=夏木マリ似の彼女に、同じような服装をしてもらい夕食に出かけたことがあるが、逆に彼女の胸が露出しそうになるのが気になって、こっちが落ち着かなくなったものである。

まさにダナウェイこそ、ジャンヌ・モローを完璧に美女にしたようなルックスの持ち主だった。そして、ダンカン社長の愛娘パティを演じるスーザン・ブレイクリー(1950− )も魅力的だった。しかし、パーティ・ドレスで着飾った姿よりも、褐色の肌にブロンドの髪をなびかせて前半に登場するラフな姿の方が魅力的だった。

そして、もう一人中学生の心を打った美女は、ロリーを演じるスーザン・フラナリー(1939− )のパンティ姿だった。彼女は本作でゴールデングローブ賞を受賞しているのだが、当時はただそのキュートなブロンドのショートカット姿の美女の肢体に見とれていたのだった。現在も彼女はテレビ・ドラマの主役としてエミー賞を受賞したりと売れっ子スターである。

それにしても、今のとってつけたようなゴージャスさよりもこの時代の女優の方がとてもゴージャスに感じる。
今の女優は服に着られてる女優が多すぎるのである。いい男が少なくなるといい女も少なくなるのか?またはその逆なのか?


■魅力的な老年カップル


それにしてもこれほど美しく年をとっている2人もそうそういないだろう。フレッド・アステア(1899−1987)とジェニファー・ジョーンズ(1919− )の2人だが、アステアは当時70代半ば、ジェニファーは50代半ばだった。ジェニファーはこの映画を最後に引退するのだが、50代でもすごく美しい(元々はオリビア・デ・ハビランドにオファーされていた役柄である)。

そして、アステアはほとんど踊らないのだが、その踊らないところが今回の役柄に見事に合っていた。不器用に生きてきた男が、ソフィスケイティッドな踊りを踊ってしまうと一気に説得力がなくなる。

「僕は詐欺師なんだよ。それも三流の」「それは違うわ。あなたは善良すぎて、人を騙す仕事に向いてないのよ。自分を騙せない人が他人を騙せるはずが無いわ」

この一連のセリフが素晴らしい。美しく年を重ねてきた女性の優しさをジェニファーは体現していた。
そんなジェニファーが炭まみれになって子供2人を助ける姿はその作品で見るジェニファーよりも美しく優しい母性に満ちていた。そして、アステアも水まみれになりながら必死に生き残るのだが、残酷にもジェニファーは死んでいたのである。ジェニファーの形見であるOJから手渡された(ココがポイント!)猫を抱きしめる表情が実に素晴らしい。


■魅力的過ぎる端役スター達


ジェームズ・ダンカン社長を演じるウィリアム・ホールデン(1918−1981)もいい味を出しているが、やはり端役のMVPはロジャー・シモンズを演じたリチャード・チェンバレン(1934− )だろう。この役柄の存在が、この映画の一つのウリである。元々この男が建設費をちょろまかすために規格外の素材でビルを作ったことが大災害の根本的原因なのだが、開き直って反省しないばかりか、自分だけ助かろうと悪あがきした上に、墜落死するのである。

他にもロバート・ワグナー(1930− )も出演しているが、完全にフラナリーに食われている。さらにロバート・ボーンも上院議員役で出演しているのだが、あまり目立たない役柄である。ちなみにこの作品が公開されてからボーンとアーウィンの間にトラブルが勃発したという。脚本においても撮影したフィルムにおいても、実は彼の役柄は準主役的な役柄だったという。しかし、いざ実際上映されているのを見てみるとほとんどカットされており、ボーンは激怒したという。そして、この作品以降ボーンは決してアレンの作品に出演する事はなかったのである。

ちなみにラムゼイ市長夫人を演じたシーラ・マシューズ(1929− )はこの作品のあとアーウィン・アレンと結婚している(1974− )。さらにO・J・シンプソンもかなり善人な役柄で出演している。ちなみに墜落死する男のどはでなスタントをこなしたのは当時スタントマンもしていたジョン・ランディス(『アニマル・ハウス』(1978)『ブルース・ブラザース』(1980)の監督)である。



■やはりコイツがいたからコレは生まれた!


アーウィン・アレン
(1916−1991)。そう君だ。とにかく彼は勢いに乗っていた。オープニングからやってくれている。FOXとワーナー、マックィーンとニューマンのクレジットタイトルをどうしたらいいか?と真摯に悩んでいるフリはしていたが、この男の中には、実は自分が一番目立ってやるぞ!という魂胆があった。さすがアーウィーン=「キング・オブ・パニック」!シンバルが鳴ると同時に彼の名前がクレジットされるのである。しかも2回も。あと1回シンバルが鳴るのだがその時に出るのは『タワーリング・インフェルノ』の題名である。「俺が本当のスターだ!」と言わんばかりのこの姿勢素晴らしいというより呆れるしかないほどの自己中心ぶり!

彼はこの作品の全てのアクション・シーンの監督も担当している。この頃のアーウィンは『ポセイドン・アドベンチャー』(1972)で世界的大ヒットを飛ばし乗りに乗っていた頃であり、本作の製作が20世紀FOXとワーナーという2大ライバル会社の歴史的競作で実現したのも彼の力だった。

元々ワーナーが39万ドルでリチャード・マーティン・スターンの『そびえたつ地獄(The Tower)』(1973)の映画化権を購入し、同時期に20世紀フォックスが40万ドルでトーマス・N・スコーシアとフランク・M・ロビンスンの『タワーリング・インフェルノ(The Glass Inferno)』(1974)の映画化権を購入した。そして、同じような内容の超大作を同時期に製作しようとしていた。その時にアーウィンが
「高層ビルのパニック映画を同じ時期に公開しても共食いになるよ。それなら俺に任せてくれ!一つにまとめて大々的に作ろうぜ!」みたいな事を言ったのだろう。1973年10月に合意に達したのである。

アーウィンは元々は、TVドラマで『宇宙家族ロビンソン』などの人気SFシリーズを製作していた。元々SFが好きな人だったが、70年代に入りSFが衰退しつつあるのを敏感に察知し『ポセイドン・アドベンチャー』(1972)を製作し、世界中をパニック・ブームへと導いていった。そして、本作で頂点に到達したが、続く『スウォーム』(1978)『ポセイドン・アドベンチャー2』(1979)『世界崩壊の序曲』(1980)で彼自身が見事に崩壊した。

結局は大好きだったSFのブーム=『スター・ウォーズ』(1977)によりパニック映画はもうすでに過去の産物になっていたのである。


■ブルース・リーのダチ・シリファント君


何気に頑張ったスターリング・シリファント(1918−1996)。
シリファント君はブルース・リーのダチ(『かわいい女』(1969)の製作・脚本担当)であり、マックィーンともカラテ道場のツレである。夜の大捜査線』(1967)でオスカーを受賞しているほどの男で、本作では2冊の小説を一つの脚本にするという離れ業をやってのけた。

この作品以降は、『キラーエリート』(1975)『サイレントフルート』(1977)『スウォーム』(1978)と、シリファント君に何が起こったか?と言わしめるほどの駄作の脚本を担当し、『世界崩壊の序曲』(1980)でアーウィンと一緒に崩壊したのだった。

そして、ギラーミンも何気に頑張っていた。しかし、この作品以降は『ナイル殺人事件』(1978)以外はもう一ついい作品に恵まれなかった。一方音楽を担当したジョン・ウィリアムズが実に素晴らしく師匠のヘンリー・マンシーニの影響たっぷりの甘いスコアも抜群に良かった。さらにはモーリン・マクガバンが劇中で歌う「We May Never Love Like This Again」も実に素晴らしかった。
しかし、それ以上に気になったのは、この美女は果たしていつ逃げ延びたのだろうか?という事である。


■素晴らしい特撮技術


間違いなくこの作品のもう1人の主役は、「グラス・タワー」であるが、現実には今日にいたるまで138階550メートルの超高層ビルというものは存在しない。世界で最も高いビルは今現在台湾の
台北国際金融大楼(2004年竣工)で、101階508メートルである。ちなみにワールド・トレード・センター(WTC)はこの映画が製作された1974年に竣工し、110階407メートルを誇った。

元々この作品の二つの原作はWTCの建設に触発されかかれた小説である。そして、マックィーンのあの有名なセリフへと暗示させていくのである。

実際、撮影にあたって『ポセイドン・アドベンチャー』のスタッフが特撮を担当し、地上33メートルのミニチュアのビルを全景の撮影のため建設した。そして、野外の撮影はサンフランシスコのダウンタウンにあるハイアット・リージェンシー・ホテルで行われた。

さらにFOXスタジオには57のセットが組まれ、最終的に火や水の被害を受けずに済んだセットは8セットのみという壮絶な撮影が行われた。そのセットの中でもプロムナード・ルームには30万ドルかけられたという。11000平方フィートの面積を占め、最後の水の大放流のシーンのため2,5m高めに作られた。

本作はCGもない時代に凄まじい特撮技術を見せ付けているが、現在の水準から見るとさすがに特撮丸わかりな点も多々ある。
しかし、映画というものは特撮云々よりも、物語に入り込むエネルギーに満ち溢れてるかどうかの方が重要なのである。ごくたまに「やっぱり昔のSFはなぁ〜」という人がいるが、私にはそういう人は常に新しいもののみがすごいものと勘違いしている自分ではなんら物事を評価できない人にしか思えない。

映画にとって特撮技術は勿論重要だが、それは時代時代に応じた味わいがあるということも忘れてはいけない。逆に1970年代の特撮技術も今の特撮技術も同じだったら何の楽しみがあるだろうか?
その時代その時代を楽しむ心を持ち合わせていくことが、芸術を解する心へとつながるのである。芸術を解する心のみがより娯楽を楽しむゆとりを生み出すのである。


■掛け値なしのパニック映画の名作


とにかくこの作品、予想もしない登場人物たちが死んでいく。そして、消火活動に励む消防隊員たちもシビアに死んでいく。中学生の頃この作品の始めの方で、ワグナーとフラナリーの2人が予想外(当時の私には予想外だった)に死んでいく姿を見て、「この作品は本気だな!」と興奮したものだった。つまり予定調和な作品ではないなという期待感である。

そして、タキシードとイブニング・ドレスで飾り立てた紳士・淑女が大災難に巻き込まれていくという描写もかなり映画的に良かった。やはり、何か大きな物事に巻き込まれる人々を描くにあたって、庶民だけだと退屈すぎるのである。

本作は制作費1400万ドルをかけて、撮影は1974年5月からスタートし、9月11日に終了した。全米公開は1974年12月17日から開始され、米国だけで興行収入1億1600万ドルを稼ぎ出した。さらに日本公開は1975年6月28日より開始され、日本でも38億円の興行収入叩き出す。

1974年アカデミー撮影賞、歌曲賞、編集賞を受賞し、作品賞、助演男優賞(フレッド・アステア)、作曲賞においてもノミネートされた。そして、1975年ゴールデン・グローブ助演男優賞(フレッド・アステア)及び有望若手女優賞(スーザン・フラナリー)を受賞した。

− 2007年7月4日 −


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