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デッドロック   UNDISPUTED(2002・アメリカ)
■ジャンル: アクション
■収録時間: 96分

■スタッフ
監督 : ウォルター・ヒル
製作 : デヴィッド・ガイラー / ウォルター・ヒル / ブラッド・クレヴォイ / アンドリュー・シュガーマン
脚本 : デヴィッド・ガイラー / ウォルター・ヒル
撮影 : ロイド・エイハーン二世
音楽 : スタンリー・クラーク / TQ

■キャスト
ウェズリー・スナイプス(モンロー・ハッチェンス)
ヴィング・レイムス(アイスマン・チェンバース)
ピーター・フォーク(メンディ・リップスタイン)
マイケル・ルーカー(A・J・マーカー)
ジョン・セダ(チューイ・カンポス)
ウォルター・ヒルの終焉。彼の脚本から女性の姿が消えた時、彼の描く魅力的な男の姿は消えていった。そして、最後に残ったのは魅力に欠ける男達の喧嘩だった。

■あらすじ


モンロー・ハッチェンス(ウェズリー・スナイプス)は、刑務所内で更正特別プログラムとして行われている刑務所対抗ボクシングの無敵のチャンピオンである。そんなある日現役の世界ヘビー級チャンピオン・アイスマン(ヴィング・レイムス)が送還されてくる。


■ウォルター・ヒルはなぜ死んだのか?


刑務所を舞台にした作品に駄作はないという通説を見事に裏切ってくれた作品が本作である。ウォルター・ヒル&ウェズリー・スナイプス・コンビが生み出した世界観には魅力のかけらさえも存在しなかった。

まずこの作品、MTV感覚の映像センスがいただけない。ただただ映像がうるさいだけで、ストーリーは空回りしている。元々ウォルター・ヒルは脚本家出身で、本作の脚本も共同執筆しているのだが、
どうも男臭さを出そうとして空回りするときが多い。一言で言うと、セルジオ・レオーネやサム・ペキンパーに憧れてはいるがその領域に近づけない人なのである。70年代に『マッキントッシュの男』(1972)『ゲッタウェイ』(1972)の脚本で脚光をあび、70年代後半から80年代にかけ『ザ・ドライバー』(1978)『ウォリアーズ』(1979)『48時間』(1982)『ストリート・オブ・ファイヤー』(1984)までは傑作を発表するも、1984年以降は全てが娯楽作品というレベルにおいてさえも失敗作ばかりであった。

そんな苦境の中で前作『スーパーノヴァ』で新境地SFに乗り出すも見事にこけた所で、本来の男臭さを得意とする映画作りに伝説の終焉に待ったをかけようとしたのである。しかし、陳腐な脚本と、今風のテンポの速さで魅せると言う勘違いによって生み出された物語に溶け込んでいない映像センスにより、見事に伝説の終焉を迎えてしまった感がある。


■全く魅力溢れない主人公


主役のウェズリー・スナイプスは、今やステレオ・タイプな芝居しかしない俳優になっている。明確にB級アクション・スターなのである。ジャン・クロード・ヴァン・ダム、ドルフ・ラングレン、スティーブン・セガールと大差のない見せ方の下手さぶりである。そして、アイスマン(現役ヘビー級チャンピオン)を演じるヴィンス・レイムスの芝居も『コン・エアー』の役柄そのままで全く魅力に欠けるのである。

本作品は、明らかに1993年に入獄したマイク・タイソンをモデルに描いている映画である。タイソン自身も、1991年ホテルの一室で黒人女性をレイプしたとして、状況証拠なしの被害者の証言のみで6年の懲役を言い渡された。そして、1995年に仮釈放されることになったのである。

この作品を見ていると『ロッキー』というシルベスター・スタローンの作品の偉大性を改めて実感できるのである。やはりボクシング映画は、主人公の魅力が重要なのである。ロッキーの場合は、30過ぎのほぼ確実に人生の敗北者である主人公が、偶然チャンスを得てそれをぎりぎりものにするというサクセスストーリーなのだが、本作品にはそういった主人公の魅力が全く感じられないまま淡々と物語は進んでいくのである。


■ウェス・スチューディだけが輝いた


そんな中でもウェス・スチューディだけはネイティブ・アメリカンの囚人を演じていて実に渋い芝居をしている。
このオヤジが画面に出るシーンだけが、この映画の実に魅力的な唯一の瞬間である。それにしても、せっかくこのオヤジとアイスマンの築き上げられた友情関係を全く見事なほどに尻切れトンボな描き方で終わってしまっているのである。

全ての展開に関してそうであるが、モンローとアイスマンが試合することになる話の持って行き方がかなり強引である。これだとただ単に強い2人が路上で肩がぶつかって戦っているのとなんら変わらないのである。そして、肝心の2人のボクシング・シーンはというと、檻ごしの映像というのもあって、延々と迫力に欠ける殴り合いを撮っているというレベルでしかないのである。ただ単に強い黒人が殴り合いをしているというレベルでしかなく、2人が背負っているものが全く感じられないのである。そして、致命的なのは、アイスマンは、タイソンほど一発屋のハードパンチャーじゃないというところなのである。したがって一発できまるぞ!という試合の緊張感は全く本作にはないのである。これがかなりの致命的だと私は感じた。あそこまで最強チャンピオンと引っ張っておきながら実際試合を見てみるとそれ程でもないではないか・・・・と。


■迫力に欠ける肝心のボクシング・シーン


実況のいい味出してる黒人のに〜ちゃんが「
こんないい試合を身近で見れて!ムショに入った甲斐があるってもんだぁ!」と。ナイスな実況をするも、肝心の試合が見ている側に盛り上がりを与える内容ではないので、逆にしらけてしまうのである。ボクシング・シーンが迫力に欠けた理由は明白である。

@ところどころに盛り上げていくBGMが存在しなかったこと。
Aジャッキー・チェンが最も大事だと提唱している。飛び散る汗演出と顔の傷メイキャップを怠ったこと。
B決定的なパンチに対してスローモーションが効果的に使用されていなかったこと。
C檻が邪魔で映像の邪魔をしていたところ。
Dキャラクターがただ単に勝ちたいだけで戦っているので、試合に対して背負うものをびんびんに感じとることができず、感情移入できなかったこと。

この5点があげられる。それにしても、1980年代後半に入ってから毎度の事なのであるが、ウォルター・ヒルは盛り上がらない映画つくりの天才に成り下がってしまった。そして、効果的な音楽の使い方をいつまでたっても知らない人だなと実感できた。途中にところどころ入るヒップホップ・ミュージックもそうだが、音楽が完全に浮いているかもしくは、音楽をここに入れないとというところで全く音楽を入れない人なのである。

この作品にはカタルシスがないのである。あと刑務所が舞台にしては、囚人達がすごく小奇麗なのである。


■マイク・タイソンはモデルにするには・・・


この作品の最大の失敗は、マイク・タイソンというモデルを消化するにあたり、刑務所内で無敗のチャンピオンと戦うという設定にしたところだろう。マイク・タイソンが、挑発する側に立っている事が物語性としては面白みに賭けてしまうのである。むしろ挑発される側にたって、なんらかしらの教訓を得るストーリーにしたほうが格段に面白かっただろう。さらに言うと、映画のキャラクター以上に、ドラマティカルな人生を歩んでいるマイク・タイソンをモデルにしてしまうと、どうしても、ヴィンス・レイムスでさえも本物よりはカリスマ性が欠けると感じるところにあるのである。

実在の人物をモデルにするときに必ず必要なことは、実在の人物並みのカリスマ性がある役者を使わないといけないのである。しかし、現実マイク・タイソンのような特異なカリスマ性を持つ人物を演じられる人はそういないだろう。返して言えばそこがタイソンのすごいところなのである。実績がどうこうではなく
この人の人生のそして、虚無感は常人の域を優に超えているのだと常々感じるのである。

しかし、この作品のためにウェズリー・スナイプスは、エマニュエル・スチュワードをボクシング・トレーナーとして雇ったのだから驚きである。彼こそは、現在ヘビー級のトレーナーの中でも3本の指に入る名トレーナーで、金に汚いことでも有名だが、マイク・タイソンのトレーナーも一時勤めたことのある人物なのである。はっきりいってウェズリーって人は、リアルで強いかもしれない。

− 2007年2月22日 −


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