HOME
■サイト内検索

■洋画
 □カタカナ順
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
 □クラシック
 □ドラマ
 □コメディ
 □サスペンス
 □アクション
 □ポリス
 □スパイ
 □犯罪
 □カー
 □ミュージカル
 □史劇
 □文芸
 □戦争
 □西部劇
 □アドベンチャー
 □パニック
 □ギャング、マフィア
 □SF
 □ホラー
 □スポーツ
 □香港
 □ドキュメント
 □アニメ
 □エロス
 □B級
 □アカデミー賞
 □カンヌ映画祭
 □ヴェネチア映画祭



■邦画
 □ひらがな順
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
 □名作
 □ドラマ
 □喜劇
 □サスペンス
 □アクション
 □刑事
 □時代劇
 □戦争
 □文学
 □パニック
 □東映ヤクザ
 □ギャング、ヤクザ
 □特撮
 □怪奇
 □ドキュメント
 □アニメ
 □エロス
 □B級
 □海外映画祭受賞
わが道   (1974・「わが道」製作実行委員会=近代映画協会)
■ジャンル: ドラマ
■収録時間: 130分

■スタッフ
監督・脚本 : 新藤兼人
撮影 : 黒田清巳
ナレーション : 宇野重吉

■キャスト
乙羽信子(河村ミノ)
殿山泰司(河村芳造)
戸浦六宏(斉藤)
河原崎長一郎(小早川由美)
横山リエ(咲子)
織本順吉(山田巡査部長)
岡田英次(被告弁護士)
とにかく乙羽信子の歩き方と立つ姿勢が印象深いが、映画というものを芸術的観点ではなく教科書的観点で使用した作品。本作を見ていると『交通ルール』を守りましょう的素材感を感じる。これは映画というよりもむしろドキュメンタリーの模倣である。登場人物全てに全く生気が感じられない稀有な作品である。

■あらすじ


青森県・十和田の寒村。貧困と怠惰に包まれたこの村では、出稼ぎした夫が失踪したり、母と中学生の娘が共に売春をしていたりという風に多くの闇を抱え込んでいた。そして、そんな村の住人河村ミノ(乙羽信子)の夫芳造(殿山泰司)は、64歳でありながら出稼ぎに行くことになる。やがて、彼の死が伝えられ、なんと行き倒れ者として大学で解剖の材料として使用されていた。そんな行為に対し国を相手に訴訟を起すミノ。実際の出来事である一出稼ぎ労働者の妻が告発し、1971年に勝訴した出稼ぎ憲法裁判を背景に地方の過疎化する村の本質を描き出した作品。


■何ともいえない負の味わいがある最初の20分間



村の女は眠れない 夫に腕をとられないと 女は眠れない 夫に乳房を委ねないと 女は眠れない
夫に腰を守られないと 女は眠れない 夫の温もりに包まれないと  女は眠れない
村の女は眠れない どんなに腕を伸ばしても 夫に届かない どんなに乳房が熱く実っても 夫に示せない
どんなに腰を悶えさせても 夫は応えない 夫が遠い飯場にいる女は 眠れない

宇野重吉の朴訥な詩の朗読と共に始まる本作の魅力は、前半の20分に描きつくされている。それは
開拓部落の生々しく悲しいエロスの実態である。春日八郎の『赤いランプの終列車』が物悲しく流れる中、夫が出稼ぎ中の不貞、出稼ぎ中の夫の蒸発、貧乏に耐えかねての4人の子を抱える妻の万引きといった暗すぎる開拓部落の実態が明らかにされていく。この最初の20分間に漂う閉塞間たっぷりのエロティシズムはまさに日本の美しくも厳しい自然の風土を背景にした男女の愛憎そのものであり、生々しくも惹きつけるものがある。


■タオル一丁首にかけてガニマタで歩くこのすれた色気



しかし、本作は最初の20分が過ぎると急激に単調になるのである。全編に渡って
出稼ぎによる家庭の崩壊と理性の破壊が巧みに描かれているのだが、魅力的な作品かどうか問われれば否である。最初の20分間がコンパクトにまとめられた脳髄と下半身に訴える素晴らしいものだっただけに、残りの110分間の中で描かれる淡々とした展開の中で描かれる出稼ぎ労働者の悲劇と深い夫婦愛は、時間的に長く単調に感じる。

ここで本作に登場する一人の女優を紹介しよう。横山リエ(1948− )『新宿泥棒日記』(1969)『旅の重さ』(1972)『はなれ瞽女おりん』(1977)『遠雷』(1981)が代表作。本作で山形生まれのリアル東北弁を生き生きと披露している。

この作品においてはかなり浮いた狂言回しのような役柄なので真の芝居の実力は分からない。しかし、そのすれた色気は、70年代の女が出してた芹明香に共通する「堕ちの美学」が漂っておりかなり良い。ただし前半の20分以降は、
いかんせん部分部分で顔を出す程度の出演なので、折角の魅力的な狂言回しが機能どころか物語の進行の邪魔をする結果となっている。


■悲しい女の性・・・



絵沢萠子(1939− )さすがロマンポルノ!この色気は伊達じゃない。この開拓部落のはずれに住む母子は夫が出稼ぎに行ったまま帰ってこないので、中学3年生の娘と母子売春をして食いつないでいるという前半20分中の一つのエピソードシーンに登場する。とにかく素晴らしい描き方である。この程度の出演でその存在感を示しているこの女優は素晴らしい。
女の悲しい性を演じることはなかなか簡単なことではない。

この女を見ていると最近東北で頻発する30代の女性による一連の殺人事件の根底にあるモノがうっすらと臭い立ってくる。

しかし、一方小鹿ミキ(1949− )。この人はいろいろスキャンダルに彩られた女優・歌手であったが、本作においては全く魅力を発散できていない。主人公ミノに影響を与え、ミノが国を裁判で訴えるという行動のきっかけを作る女性の役柄なのだが、その役柄を脚本の甘さと演技力の拙さによって全く説得力のない役柄へと変貌させてしまった。


■本作の表のテーマと裏のテーマ



しかし、この出稼ぎ労働者の河村芳造を演じる殿山泰司(1915−1989)のリアルさ。本当に芝居のうまい俳優である。大概の作品においては、屋台のおっさんなどほんの数分のみの出演が多いのだが、長時間出演すれば見事な味を出せる俳優である。特に画面の端っこにいるときの表情などは、出稼ぎ労働者そのものである。この人は多分に相性の俳優であり、そういった点においては、この人のうまみを出せる監督の一人が新藤兼人なんだと納得させられる。

それにしても上記の写真二枚に登場する女性を見て欲しい。女子中学生なのだが、以上に短いスカートでむっちりと太ももを露出している。
本作品の表のテーマが、出稼ぎの実態であるならば、裏のテーマは、ど田舎の女性達の満たされない日常の実態なのである。本作は明確に意識してエロスを漂わせた作品である。


■乙羽信子のくたびれた威圧感


河村ミノ扮する乙羽信子(1924−1994)は当時50歳だった。その老けっぷりは実に見事で、そのくたびれた威圧感が素晴らしい。
特に芳造が豚を飼おうとした時に、「何ヶ月かかるのこれ食えるようになるのは?」と豚の頭をこつんと叩いて追っ払う姿と、走り回って逃げる豚を避けるときに華やかなステップを思わず踏んでしまう宝塚時代の賜物のギャップが何とも味わい深い。

原爆の子』から20数年経ち乙羽信子が違う領域に入り込んでいることが実感できる。宝塚歌劇団のトップ女優の華麗さを引きづらずに全て捨てたところにこの人の格好良さがある。多くの女優は華麗さを演じ続けることによりスケール感の小さな女優になっていくと言ってよいだろう。

それにしても警察署で佐藤慶らにつめよる乙羽信子の迫力が凄まじい。この緊迫感がずっと継続されていたなら、本作はもっともっと素晴らしい作品になっただろう。


■もっと評価されるべき名優・織本順吉



本作は東北の出稼ぎ労働者が、出稼ぎ先で死亡し、医大の人体解剖のサンプルとして無断借用されていたという実際に起こった裁判・川村裁判(1969〜1971年勝訴)を忠実に再現した作品である。そんな裁判の経過の中で最も魅力溢れる芝居を見せてくれたのは、この男・織本順吉である。良くも悪くも今の時代にも通じる善良ではあるが、びくびくしながら自己保身もするという国家公務員の典型を見事に演じている。

そして、岡田英次の英次っぽさも素晴らしい。
「真実というものはなんら手をかけない無垢のままで法廷で争われて初めて更正にフェアに引き出されるものだ」


■映画として決して万人受けしないセンスのある退屈さ≠ノ溢れるこの人の作品群


本作はとにかくキャストが豪華である。弁護士に渡辺文雄、堀内正美。一言も話さない医大の教授役で小沢栄太郎、大泉滉、森本レオ、松橋登、伊丹十三、梅津栄、佐藤慶。そして、
その豪華さがほとんど機能していないところも70年代から始まる日本映画の悪癖の一つである。

映画監督たるものこの一つのポリシーは守るべきである。物語の焦点がぶれるようなキャスティングはすべきではない。


誰もが惹きつけられるオープニングから段々とトーンダウンしていく作品ではあるが、乙羽信子と殿山泰司、そして、記者役の戸浦六宏のうまさは絶賛に値する。しかし、物語のつなぎ方が意識的に盛り上がらないようにされているので、現実感溢れる作りにはなっているが、ドキュメンタリーを芝居で再現しているような感覚が漂い観客を物語の外に阻害してしまう結果を生み出している。

− 2007年4月7日(2007年10月30日修正) −


Copyright (C) 2007 Geijyutsu Taizen. All Rights Reserved.
Mail:webmaster@summaars.net