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ウエスト・サイド物語   WEST SIDE STORY(1961・アメリカ)
■ジャンル: ミュージカル
■収録時間: 152分

■スタッフ
監督 : ロバート・ワイズ / ジェローム・ロビンス
製作 : ロバート・ワイズ / ソウル・チャップリン
原作 : ジェローム・ロビンス / アーサー・ローレンツ
脚本 : アーネスト・レーマン
撮影 : ダニエル・L・ファップ
作曲 : レナード・バーンスタイン

■キャスト
ナタリー・ウッド(マリア)
リチャード・ベイマー(トニー)
ジョージ・チャキリス(ベルナルド)
リタ・モレノ(アニタ)
ラス・タンブリン(リフ)
閑静な住宅地からスラム街へと移動する空からの映像。アスファルト・ジャングルの少年達。そして、フィンガー・スナップ。突如始まる躍動感溢れる踊り。不良少年達が華麗にも規則正しく舞う姿。この瞬間『ウエスト・サイド物語』は人間の感性を二分した。「踊りを思考しようとする人々」と「踊りを体感しようとする人々」に・・・。さああなたも体感しよう。思考ばかりすることは間違いなくあなたの感性を硬化させてしまう。たまには思考を捨てて「柔らかく脳みそも躍動させよ!」

■あらすじ


移民の多いニューヨークの下町ウエストサイドで、ヨーロッパ系移民の不良グループ・ジェット団と、プエルトリコ移民の不良グループ・シャーク団はことあるごとに対立していた。そんなある日ダンス・パーティーで今は堅気に働くジェット団の元リーダー・トニー(リチャード・ベイマー)は、マリア(ナタリー・ウッド)と出会う。一瞬にしてひきつけられる2人。しかし、マリアの兄ベルナルド(ジョージ・チャキリス)は、シャーク団のリーダーだった。


■そして、ココには若さが生み出す全てが存在した



コンクリートに囲まれて生きる鬱屈した若者達の閉塞感を、徹底的に陽気でエネルギッシュな音楽と踊りに転化していく。そんな斬新なアプローチによりミュージカル映画の新たな可能性を認識させてくれた画期的な作品。そして、全てのメッセージをストレートに描く事だけがミュージカルではないということをこの作品は痛感させてくれる。まさに「ロミオとジュリエット」の形を借りた若さが生み出すクールネスの体現であり、そんな底辺にくすぶる若者たちの熱気を映像に写し取っているからこそ、この作品は、アメリカン・ニューシネマの先駆けでもあるのだ。

30代以下の若者の中には、この作品を見て「ファッションがダサイ」「なんでいきなり踊るの?」などと感じる人たちもいるかもしれない。そして、恐らくそう感じるのは、その人たちが若者本来の特権でもある躍動感溢れる生を現在満喫出来ていないせいだろう。だから全てを表面的にしか受け取れないのである。

この作品は、明確なまでに若さの特権を描いている。「一瞬で恋に落ち」「見境なく暴走し」「喧嘩し」「仲間と群れる」そうこれこそが若さの特権である。この過程を経ずに大人になるものは、永遠に若さの特権を引きづったまま成長していかない大人になってしまうのである。

これは極論過ぎる嫌いはあるが、
「この作品の世界観に馴染めない人は、自分の人生にも馴染めていない人」かもしれない。


■ミュージカルがより現実に肉薄した瞬間・・・


この作品からミュージカルの形は変わったといわれる。それは基本的には喜劇と切って切れない関係だったミュージカルから喜劇を切り離し、悲劇を組み込んだ見事さにある。この作品の登場からミュージカルはよりバレエに近づき、人間の悲喜こもごもを描き出す可能性に満ち溢れたのである。

この作品以前のアステア、ジーン・ケリー、ガーランドといったMGMミュージカルが、バレエのようにより高度に進化し、多様化していった瞬間でもあった。そして、この作品は、ミュージカルが初めてスタジオから飛び出て野外に出た作品でもあった。

そして、ミュージカルが技能の巧みさではなく、芸術的要素の普遍性によって頂点を極めていく時代の始まりの狼煙でもあった。本当はこの作品から始まる10年間が芸術としてのミュージカル映画の黄金時代だったのである。


■踊らなくてなぜ人間といえようか?



現在、映画においてミュージカルという分野は完全に過去のものとなっている。そして、私の同年代やそれ以下の世代の若者は、
ある意味の想像力の欠如、多面性の欠如ゆえに、こういったミュージカルのような世界観になじめない風潮がある。それはある意味マジメ君が増えているということでもある。

「なぜ突然歌い踊り始めるのか?」と感じるのはあくまでも個人差がある感覚だが、それをいつまでたっても受け入れられないその人は、
「心のゆとりがない」と言っていいだろう。合う合わないではなく人間が踊りを楽しむ感覚が麻痺したことは、大切な味覚が失われた人間も同然なのだ。

我々はミュージカルを見て逆にこう感じるべきである。
「なぜ急に踊りだしてくれないのか?」と。


■レナード・バーンスタイン


偉大なる指揮者・小澤征爾の師匠でもあり当時ニューヨークフィルの音楽監督だったレナード・バーンスタイン(1918−1990)が本作の名曲の全てを作曲している。当時としては(今でもそうだが)クラシック音楽の指揮者がミュージカル音楽を作曲することなど異例中の異例だった。

ちなみにこのバーンスタインという人は、何かと20世紀の名指揮者カラヤンと比較されがちな指揮者であり、彼の指揮スタイルは、本作のミュージカルそのものに躍動感溢れる情熱に溢れた指揮スタイルだった。彼という人間を示すある会話をここに記しておこう。

バーンスタインの前に一人の若者がやって来た。
「私もあなたのような偉大な指揮者になりたいのですが才能があるかどうか見ていただけますか?」
それに対しバーンスタインはこう答えた「キミには無理だね」と。
「どうしてですか?」という問いに対して、「私に自分の才能について尋ねているからだよ」とバーンスタインは答えた。



■ミュージカルが若さを取り戻した瞬間



ソウル・バスによる秀逸なオープニング・タイトル。まさに壮大なミュージカルに相応しい序曲である。この5分間は集中して見る為のものではなく、物語の世界観に観客を導いていく導入の時間である。
いわば離陸前の飛行機内での、そわそわした待ち時間の不安とワクワク感にも似た至福の一時なのである。だからこそ、「早く始まれ!」とじりじりさせてくれる5分は丁度よい長さなのである。

そして、先述した空撮を経て、コンクリートと金網で隔てられたバスケット・コートの隅っこに群れる若者の一群が映し出される。やがて始まるフィンガー・スナップ。身震いがするほどに格好いいシーンである。
そして、コート上を闊歩するのだが、少女が遊んで描いている絵は踏まないように避けて歩く所が最高にクールだ。


これ以降の地面に穴を掘って撮ったチャキリスのあの有名な踊りのシーンも含めて、どちらかといえば中高年の感情表現だったミュージカルが、完全に若者の感情表現に取って代わられている。手足を縦横無尽に動かし、躍動する躍動する!手足が四方八方に飛んでいきそうなほどに躍動する!

この作品はミュージカルが若さを取り戻した瞬間でもあった。

全てのアクションの一挙手一投足が計算されつくしており、一種の様式美さえ漂わせている。そして、観客はトンネルを指を鳴らしながら不恰好に駆ける姿に対しても、微笑ましく感じる程に早くもこの様式美の虜になってしまうのである。


■MGMから来た男 ラス・タンブリン


オープニングの壮大な踊りの後に、ジェット団のリーダー・リフがジェット・ソングを歌う。リフを演じるのは『掠奪された七人の花嫁』(1954)や『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』(1966)で有名なラス・タンブリン(1934− )である。ちなみにロンドン公演の舞台においてリフ役を演じていたのが、ジョージ・チャキリスだった。

ラス・タンブリンは元々トニー役でスクリーン・テストを受けていたのだが、結果的にリフを演じることになった。そして、彼は試写を見たときは自分の役柄にひどく落胆したという。以降彼の代表作である本作を、彼自身は忌み嫌うことになるのだが、数年後フレッド・アステアに「リフは素晴らしかったね」と褒められてから、自分の役柄は落胆すべきものでもないと再認識したという。


■ミュージカルに不可欠な魅惑の映像美



本作の一つのハイライトでもある体育館でのダンス・シーン。とにかく難しいダンス・ステップをここぞとばかりに登場人物みんなで披露しあうのである。そして、そんな活気溢れる空間が一瞬にして靄に包まれる。そうマリアとトニーが恋に落ちる瞬間である。

映画の特性を見事に生かした一目惚れの瞬間の演出。人生において一目惚れの経験のある人なら実感できる周りは何も見えなくなるあの瞬間。これも若さの特権の一つだろう。私がシドニーで生活していた時に、バス停に立っていた一人の女性と付き合うようになったのもこんな瞬間だった。そう韓国でレースクィーンをしていた彼女との出会いである。

お互いに見つめ合い一瞬にして恋に落ちる。恋を探し求めていた二人だからこそ、ごく自然に相手を受け入れあえる。これは経験していないと不自然に感じるだろうが、経験しているとよく分かる感情だ。
恋愛とは時間ではなく、共感する心の結びつきの瞬間によって始まるものなのである。

ちなみにこのダンス・シーンでリフの恋人を演じているジーナ・トリコニス(1939− )と、シャーク団のインディオ役のガス・トリコニス(1937− )の実の兄妹である。ガスは1969年から74年までゴールディ・ホーンと結婚していた。


■古典的名曲となった「マリア」と「トゥナイト」



トニーが歌う「マリア」。そして、トニーとマリアがデュエットする「トゥナイト」の美しい調べ。ナタリー・ウッドの歌声は『王様と私』『マイ・フェア・レディ』でも吹き替えを担当していたマーニ・ニクソンが吹き替えしている(ベイマーの歌も吹き替えである)。本作で肉声で歌っている主要キャストはジョージ・チャキリスと、『アメリカ』『クインテット』を歌うリタ・モレノのみである。

しかし、こんなことはこれらの名曲を堪能するにあたってなんら重要ではない。ちなみにナタリー・ウッドは自分自身の歌声が使われると思っていたので、ボーカル・トレーニングまで受けてレコーディングに望んでいたという。彼女は撮影終了後に全曲吹き替えということを知らされ憤慨したのだが、
「ナタリー・ウッド」ヴォーカル・ヴァージョンも是非とも聞いてみたいものだ。

中盤の『アメリカ』と『クラプキ巡査への悪口』は、ミュージカルらしい明るい曲調であるが、歌詞の内容が鬱屈しているところが実に興味深い。『アメリカ』を歌い踊るチャキリスの姿などは、彼自身が最もお気に入りの曲だけあってノリに乗っていることが観ていてよく分かる。

やはり踊りというものは、人間の感情がストレートに表れるものなのである。そして、この『アメリカ』だけがやけに異質なミュージカル・シーンに見えるのは、この曲だけはロビンズではなく、ロバート・ワイズが演出を担当しているからである。


リタ・モレノ(1931− )という女優は、本作以降全く活躍してないように思われがちだが、実際は活躍どころではない大活躍した女優である。彼女こそ、アカデミー賞、トニー賞、エミー賞、グラミー賞を獲得した9人のうちの1人なのである(オードリー・ヘプバーン、バーブラ・ストライサンド、ライザ・ミネリ等)。


■傍から観るとしらけるシーンをうっとりさせるのが名曲の持つ力



有名すぎる名曲「アイ・フィール・プリティ」。これほど恋する少女の気持ちを臆面もなく歌う歌も珍しい。そして、この作品のハイライト中のハイライト。決闘に向うジェット団と、同じく決闘に向うシャーク団、そして、マリアを想うトニー、兄の身を案じながらもトニーの愛に満たされているマリア、恋人の帰りを待ち焦がれるアニタによる五重奏=「クインテット」である。

緻密な感情の交錯の中で奏でられるこの音の迫力。とにかく素晴らしいとしか言い様がないミュージカル映画史上屈指の名シーンである。ミュージカルとは何か?と問われればこの
「躍動感」と「全てにおいて引き締まってる」ことと答えればよいのではないだろうか?


■憎しみが生み出すものは、憎しみでしかない



双方のリーダー・リフとベルナルドが殺され、爆発しそうな熱情に包まれるジェット団。そして、暴走しそうなメンバーを抑えるためにアイスが歌う「クール」が最高に格好良い。アイスを演じるタッカー・スミス(1936−1988)は、『ジェット・ソング』のリフの吹き替えも実は担当している。

このダンスは多くのキャストが負傷しただけあって、実に熱気に溢れた屈指のダンス・シーンである。

「トニーを殺したのはあなた達の憎しみよ!」

トニーはマリアの目の前で殺されてしまう。しかし、彼の死が、無意味な流血沙汰に終止符を告げるのだった。ラストのこの鎮魂に満ちた静寂の中での一人一人の仕草が実に味わい深い余韻を残してくれる。確かに、愛するものが引き離され物語は終わりを迎えるのだが、悲劇的なラストの中にも一つの和解が存在していることが、この作品の巧妙な救いである。

若者は大きなものを失いながら成長していくものである。そして、今の若者は大きなものを失うことさえも許されないからこそ、いつまでも成長できないでいるのかもしれない。


■もしエルヴィスとオードリーが、トニーとマリアだったら・・・



本作は舞台演出家でありミュージカルの振付師でもあるジェローム・ロビンス(1918−1998)が、1949年にレナード・バーンスタインと共にウィリアム・シェイクスピアの戯曲「ロミオとジュリエット」の舞台をニューヨークに移したミュージカルの構想を練ったことから始まる。

当初はユダヤ系のシャーク団とイタリア系のジェット団の対立で物語を構想していたが、社会情勢の変化を踏まえユダヤ系とプエルトリコ人対立に変更する。1957年ブロードウェイで初公演された本作は大ヒットを記録し、1958年度トニー賞二部門を獲得する。そして、映画化されることになった。

映画化にあたり、ロバート・ワイズはミュージカル映画初挑戦となるので、ロビンスを共同監督として雇用する(ミュージカルシーン担当として)。当初ワイズはトニー役をエルヴィス・プレスリーにと固執したが、エルヴィスのマネージャーの反対により実現しなかった。のちにエルヴィスはこの作品に出演しなかった事を大変悔やんだという。そして、トニー役の候補はウォーレン・ビーティ、タブ・ハンター、アンソニー・パーキンス、バート・レイノルズ、トロイ・ドナヒュー、ボビー・ダーリン、リチャード・チェンバレン等を経てリチャード・ベイマー(1938− )が抜擢される。

一方、マリア役も当初ナタリー・ウッド(1938−1981)では考えられていなかった。ジル・セント・ジョン、オードリー・ヘプバーン、スザンヌ・プレシェットが候補に挙がり、オードリーが最有力となったが、彼女の妊娠により実現しなかった。


600万ドルの製作費をかけ1960年6月よりリハーサル開始される。そして、猛暑の中8月より撮影開始される。スラム街のロケにあたり、ワイズはギャングを雇ってトラブルが起きないように対処した。しかし、撮影も60%過ぎた頃に、ロビンスの徹底したリハーサルと踊りに対する厳しいレッスンに役者陣が耐えられない可能性が生まれ、撮影の遅延を危惧した製作側により解雇される。

結局1961年2月撮影終了し、編集の期間を経て、世界中で公開されるやいなや記録的な大ヒットとなる。日本においても511日間の最長ロングラン記録を作り、今もこの記録は破られていない。結果的に世界中で4億3700万ドルの興行収入を稼ぎ出した。1961年度アカデミー賞作品賞、助演男優賞(ジョージ・チャキリス)、助演女優賞(リタ・モレノ)、監督賞、撮影賞(カラー)、ミュージカル映画音楽賞、美術監督・装置賞(カラー)、衣装デザイン賞(カラー)、編集賞、録音賞の10部門を獲得する。

ジョージ・チャキリスは、最近ある質問に対してこう答えている。
「『ウエスト・サイド物語』でしか人の記憶に残っていなくても全然気にしません。この作品に参加できたということは、私に与えられた類い稀なる特権なんです。そして、私はラストシーンを観るたびにいまだに涙が流れてくるんですよ」

− 2007年10月18日 −


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