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酒とバラの日々   DAYS OF WINE AND ROSES(1962・アメリカ)
■ジャンル: ドラマ
■収録時間: 117分

■スタッフ
監督 : ブレイク・エドワーズ
製作 : マーティン・マヌリス
脚本 : J・P・ミラー
撮影 : フィル・ラスロップ
音楽 : ヘンリー・マンシーニ

■キャスト
ジャック・レモン(ジョー・クレイ)
リー・レミック(カースティン)
チャールズ・ビックフォード(エリス)
ジャック・クラグマン(ジム)
酒とバラの日々
アルコール中毒者一人が生み出す不幸の連鎖反応を冷酷なまでに描ききった作品。本作は「だからアルコール依存症を理解してくれ」という姿勢ではなく「だからアルコール依存症は屑である」という徹底姿勢で描かれている。ジョーという一人のアルコール依存症の人間が、愛してくれている妻、娘、妻の父親の人生にどれほど悪影響を与えたことか?本作のラストのパブの点滅は永遠にジョーの中に残る罪悪感の点滅信号であり、それから逃れようとするためにいつまたアルコールに手を伸ばすかは分からないという暗喩でもある。

■あらすじ


仕事のストレスによりアルコール依存症の夫ジョー(ジャック・レモン)への愛情と同情が、やがてアルコールを一滴も嗜まなかった妻カースティン(リー・レミック)をもアルコールに依存させる。娘を省みない無軌道な生活に悔恨の念を感じたジョーは禁酒に成功するが、カースティンは売春をしてその日の酒代を手にする生活へと堕落していく。そして、ある日カースティンがジョーと娘の住むアパートを尋ねてきた。


■アルコールや薬物依存症の本質


アルコールや薬物依存症の人にとってこれほど身につまされる作品はないだろう。私自身は大酒を飲むことはあるが、基本的にビール、カクテル位しか飲めずすぐに眠たくなってしまうので、アルコールに依存する傾向はないが、昔付き合っていた恋人がアルコールではなく薬物依存症だったので、その苦労と言うものはよくわかる。

ブレイク・エドワーズ自身もアルコール依存症を克服した人だが、彼が
「アルコール依存症の根底には遺伝がある」と言っているように、私もそう実感している。その恋人の両親も薬物依存症であり、彼女の母も父もそれ故に刑務所にまで入ったことがあったからである。

それはもしかしたら遺伝と言うよりも依存状態の両親の姿を幼い頃に見せられて、それが反動として本人に帰ってくるのかもしれない。そういう意味においては本作において一番同情すべき登場人物はあの子供なのかもしれない。


■男性よりも女性の方がより悲劇的


酒とバラの日々 酒とバラの日々
愛情により結婚したカップルが、やがて愛の結晶である子供を作る。しかし、夫のアルコールへの依存が妻と子の世界から溝を作っていくようになる。そんな夫への愛情の強さが妻にアルコールを選ばせ、夫とアルコールという共有関係を築くことに成功する。

取り残された子供。やがて、アルコールの共有関係は加速度的に世捨て人のような生活へと変貌して行き、それを忘れるために2人の絆が強くなる分だけ堕落していく。そして、どちらか片方が取り残された子供の存在に気がついたときにカップルの崩壊はやってくる。

アルコールを絶ち子供に向き合った夫に置いてけぼりにされた妻は、一人孤独になる。その孤独を紛らわせるために男を求め、ついでに酒代を手にするために売春するようになる。
その場の男との共有関係を選んだことにより夫よりも遥かに堕落した妻は、もはや子供に合わせる顔もなく、加速度的に崩壊と向っていく。

依存症において男性よりも女性の方が肉体的堕落も伴うので痛々しいものである。


■アルコールが生み出す楽園


酒とバラの日々 酒とバラの日々
失われた週末』(1945)という一つのアルコール依存症を取り上げた傑作が描いたのは、自分の才能に対する焦燥感からアルコールに依存していく一人の男の姿であった。一方
本作は依存症が生み出す共存関係≠ゥら足を引っ張り合う関係≠ヨの変貌を描いている。

私の昔の恋人が、薬物依存症になったのは昔の男に教えられてのことだった。本作のカースティンと全く同じパターンである。そして、本作でも描かれているように彼女も情緒不安定であり躁鬱の気があった。
最初は「それにより楽園が手に入った」であったが、すぐに「それがないと今が地獄に見えた。しかし、それをやってももはや楽園は手に入らなくなった」。やがて、「それをしても地獄だが、しない方がより地獄である」と変貌していったのである。

つまりカースティンが言うように「シラフだと世界が汚く見える」のであるが、だからと言って「シラフじゃなくても世界は汚く見える」のである。違いは自分も汚れればその分だけ世界の汚れに同化できて安心できる違いである。だからどんどん深層心理的には好んで汚れていくのである。



■評価すべき女優


酒とバラの日々 酒とバラの日々
リー・レミックという女優を全く評価していなかったが、それは間違いだった。本作における彼女の芝居は十分にレモンに匹敵する。だんだんと夫に影響されアルコール中毒にまで陥り恐らくは売春までしてアルコール代を手に入れるまでに落ちぶれ果てた女性を演じるレミックの姿はぞっとするほど真実味溢れている。

この堕ちていく様のプロセスが、最初の可憐な姿が印象的であればあるほどにリアルで物悲しい。特にバラ園でジョーが泥酔している時、カースティンが父親(チャールズ・ビックフォード)の寝床に押しかけるシーンがあるのだが、その時に「パパはあたしのものよ」と実の子供を叩いてしまう。
このシーンが、この子供もまた片親に過度な愛情を求める深層的な弊害が生み出されるであろう将来を暗喩してるかのようで、ぎくっとさせられる。それくらい本作のレミックの演技は名演だった。


■やはり名演のジャック・レモン


酒とバラの日々 酒とバラの日々 酒とバラの日々
本作が製作されるにあたって、監督決定の前にまず主役が決定された。元々はグレゴリー・ペックで会社側は考えていたが、当時40代半ばのペックとリー・レミック(1935−1991)だと年齢的に釣り合いが取れないということでジャック・レモン(1925−2001)の夫役が決まった。ちなみに14年後レミックは『オーメン』(1976)でペックと共演することになる。

そして、会社側はジョン・フランケンハイマーに監督を依頼しようと考えていたが、ジャック・レモンが
「深刻な問題をテーマにした脚本だから、ユーモアを織り交ぜられる監督がいい」と、ブレイク・エドワーズを推薦したことにより、エドワーズの監督が決定した。

もし本作がレイ・ミランドのような深刻なタイプの役者に演じられていたら、見ている側も耐えられないほどのものになっただろう。やはりレモンとエドワーズというコメディにも精通した2人が参加したからこそ、最初のユーモア溢れる人間描写がだんだんと深刻味を帯びている過程を描けたのである。

中でもジョーとカースティンがアルコール依存症を克服する決意をしたのもつかの間、カースティンの父親のバラ園に隠している酒ボトルを泥酔しながら探すジョー=レモンの姿が鬼気迫るものがありぞっとさせられる。そして、見つけた酒を妻の存在を無視して一人延々と飲み干すのである。まさに「妻よりも酒」=アルコールが何よりも優先され崩壊していく様を見事に演じあげているシーンだった。

レモン自身も本作にかける意気込みはすごく拘束着のシーンにおいては、発作を起こしている芝居がやがて歯止めが利かなくなり、エドワーズ自身が慌ててレモンを取り押さえるほどレモンは役にのめりこんだという。


■結末に何を見るか?


酒とバラの日々
本作の結末について
「私はこの作品を見て希望を与えたかった。そのためにまず依存症は深刻だと訴えかけた」とエドワーズは言ってはいるが、実際的には、アルコール依存症だったジョーは禁酒を実行し、仕事を手に入れ娘と共に暮らす生活を送っているが、カースティンはジョーと娘への愛情よりもアルコールを選び、アルコールを手にするために売春をする屑の生活に戻っていくのである。

本作の結末に対して、「愛してるのなら、妻を何としても引き止めるべき!」「妻は引き止めてほしかった」というごく当然な感情が沸き立つだろうが、それは現実的に無理な話である。妻は明確にアルコールに逃げることを宣言している上に、ジョーは今始めて娘と向き合い、妻以上に娘のことを考え、そういうカースティンを突き放したのである。

そして、アルコール依存症は愛情で解決できるほど甘い問題ではないのである。私もかつて昔の恋人の薬物依存症を断ち切らそうとしたが、24時間監視することに自分自身の心血をつぎ込むことが出来るだろうか?と問われれば無理だった。自分の生活を放棄してまで人一人を救うことなど無理であるし、相手の人間の甘えである。結局その恋人は私からも友人達からも見捨てられ消息不明になり2年の歳月が経っている。

まずは本人の意思が強くないと、その人間を引っ張りあげる事など無理な話である。アニメや感動ドラマと現実は違うのである。
愛情や友情でも敵わない敵はうんと存在するのである。

ちなみに本作のラストとして、ジョーのアパートを出て行ったカースティンがパブを覗き入っていくラストも撮影されていたが、これではあまりにも救いがなさ過ぎるということで使用しなかったらしい。


■ヘンリー・マンシーニの名曲


本作は『明日なき十代』(1960)『日曜日には鼠を殺せ』(1964)『ヘルター・スケルター』(1976)の脚本で有名なJ・P・ミラー(1919−2001)が1958年にテレビ用に書いた脚本を元に映画化された。

本作の撮影から一年後に、ブレイク・エドワーズはアルコール依存症を克服し、以降一切アルコールを口にしなくなったという。

ちなみに今やスタンダード・ナンバーとなった「酒とバラの日々」を作曲したヘンリー・マンシーニと作詞したジョニー・マーサーは1961年に『ティファニーで朝食を』の「ムーン・リヴァー」でアカデミー主題歌賞を受賞したコンビでもあり、本曲でも1962年のオスカーを受賞した。

一方アカデミー主演男優賞にジャック・レモンが、主演女優賞にリー・レミックが、そして、美術監督・装置賞(白黒)、衣装デザイン賞(白黒)もノミネートされたが受賞には至らなかった。

− 2007年6月17日 −


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