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ワールド・トレード・センター   WORLD TRADE CENTER(2006・アメリカ)
■ジャンル: ドラマ
■収録時間: 129分

■スタッフ
監督 : オリヴァー・ストーン
製作 : マイケル・シャンバーグ / ステイシー・シェア / モリッツ・ボーマン / オリヴァー・ストーン / デブラ・ヒル
脚本 : アンドレア・バーロフ
撮影 : シーマス・マッガーヴェイ
音楽 : クレイグ・アームストロング

■キャスト
ニコラス・ケイジ(ジョン・マクローリン)
マイケル・ペーニャ(ウィル・ヒメノ)
マギー・ギレンホール(アリソン・ヒメノ)
マリア・ベロ(ドナ・マクローリン)
スティーヴン・ドーフ(スコット・ストラウス)
フランク・ホエーリー(チック)
ワールド・トレード・センター
まさに期待はずれとは本作のような作品を言う。たしかに感動できる要素はあるが、映画という表現方法を使う必要性が全く感じられない作品。ただ単にニコラス・ケイジを使って感動巨編を作ろうと言う安易な印象がどうしても拭えない。

■あらすじ


2001年9月11日に米国同時多発テロが勃発する。早速現場のワールド・トレード・センターに駆けつけた港湾警察官のジョン・マクローリン巡査部長(ニコラス・ケイジ)達は、ビルの倒壊に巻き込まれ、ジョンとヒメノ巡査(マイケル・ペーニャ)以外の仲間は死亡してしまう。そして、生き埋め状態の2人の命も刻一刻と失われつつあった。


■映画とドキュメンタリーの境界線は明確に存在する


ワールド・トレード・センター
まず第一にこれほど閉鎖的な作品をわざわざ映画で撮る必要性があるのだろうか?もちろん感動的なストーリーではあるが、ニコラス・ケイジはドキュメンタリーを撮るにしては大スターすぎであり、見ている人の多くは、オリジナル・キャラとして見てしまうだろう。

そういった彼が25分過ぎで早くもビルの瓦礫の中に閉じ込められてしまうのである。そんなTVの再現ドキュメンタリーで十分描写できる内容をわざわざ映画化する必要性が感じられない
。映画のスクリーンで長時間にわたり閉塞感を出すこと自体が、あまり懸命だと思えないが、それを主役がしてしまうことは致命的ではないだろうか?

映画は記録ではなく、記憶であり、記録ならばドキュメンタリーで済むのである。
この作品を見て、感動すべきだと押し付けがましい人の意見を聞くと、「家族愛」の感動の押し売りはやめるべきだと言いたい。この作品において、テロの現実は何も描かれていないし、家族の絆、幸せを何もこの作品から感じなくとも、自分の家族から感じ取ればいい話なのである。

むしろ、事実を売り物に感動しないといけないというムードを漂わせていること自体が、映画監督としての自信のなさであり、ただの感動ドラマをこれだけの時間と予算を使って作り上げる事自体が愚かである。私はただ感動させるためだけにこれほどの作品を作ったこの人たちは非常に軽蔑に値する人々だと考える。このテロにおいては2000人以上の人々が犠牲になり、それ以上の人々が後遺症に悩まされている。

そういった中で、助かった幸せな人々を、金儲けのためとはいえ、事件からわずか数年後に大々的に宣伝し、公開する神経がどうしても理解できない。こういう事実はテレビでドキュメンタリーでやる形が最もいいと考える。
まだ続く悲劇の真っ只中で、歓喜の声を上げている人々を共に祝福しろと言う発想は、誠に平和ボケそのものの発想である。


■ニコラス・ケイジの新境地??


ニコラス・ケイジは、相変わらずの『コン・エアー』的な寡黙な男を演じているだけで、新鮮味がない。彼自身の中では新境地を開拓したということらしいが、ただ単に顔だけで表現することを課せられているだけであり、そこから新しいニコラス像は全く見受けられなかった。そして、相棒のマイケルも悪くないのだが、
結局のところ誰が演じても、瓦礫に閉じ込められている描写が1時間半も続けば誰が演じてもぐだぐだした展開に芝居云々の前に退屈なのである。

まさに表現は適切ではないが、ポール・ニューマンとスティーブ・マックィーンの『タワーリング・インフェルノ』を見に行ったら、25分で2人が閉所に閉じ込められ誰かの救済を待つばかり、という裏切られた展開を延々と見せ付けられるようなものである。

この閉じ込められる描写こそラストの25分で十分だったのである。


■WTCをピンポイントで攻撃することと無差別爆撃の違い


2人の女性陣も役柄が凡庸すぎて評価しずらい。マギー・ギレンホールもマリア・ベロも実にステレオ・タイプな役柄を演じているだけであり、中途半端に有名なだけに感情移入しづらい。予算をかけた作品だけに名のある役者で配役を固めたのだろうが、脇役の多くは無名にもかかわらず、ニコラス、マギー、マリアレベルの役者がこういう役柄をステレオタイプに演じている時点で嘘くささ満点に感じてしまう。

前半25分の勢いで作品を作るべきであった(この25分の緊張感は素晴らしい)。しかし、残りの90分のあざといまでのヒューマニズムな描写に政治的意図を感じずにはいられない。そもそもこのテロが起こった理由や、このテロの後に巻き起こしている要素など無視して、「広島の原爆」と同じ扱いで悲劇を訴えているところが、誠に共感しかねる。

アメリカは多くの国々にある意味無差別な攻撃をしてきた。しかし、このテロはWTCというピンポイント攻撃である。この映像を見ると911の悲劇を世界中に訴えることによって、ジョージ・ブッシュの対外政策を支持している気配さえうかがえて来るのである(これこそこの作品に協力した善意ある人々に対する裏切り行為なのだが・・・)。

オリバー・ストーンは
「あのテロの中で、助け合ってみんなの心が1つになるなど、いいことも起きていた。そうした光や希望を描きたかった」というコメントを発しているが、これほど大きな事件の中で描く事例が映画というスケールの中では明らかに狭い視点過ぎる。


■本作で最も魅力的だった役柄は・・・


ワールド・トレード・センター ワールド・トレード・センター
2人を救出するストラウスを演じるスティーヴン・ドーフのみが見事な芝居をしていた。正直こういう芝居も出来る役者なのかと感動させられるほどである。実のところドーフはかなり好きな役者なのだが、映画を見ている間はこのストラウス役を、ドーフが演じてるとは気づかなかった。つまりそれほど真実味溢れる素晴らしい芝居をしていたと言うことである。

当初はニコラス・ケイジの役柄を、ストーンはメル・ギブソンにオファーし、メル・ギブソンも出演を希望していたが、自身が『アポカリプト』(2006)を監督する時期と重なったので辞退した。次にジョージ・クルーニーを希望したがそれも辞退された。

そして、ヒラリー・スワンクをドナ役、ケヴィン・コスナーをジョン役にという計画をストーンはぶち上げたが、この案に対してパラマウント・ピクチャーは、ストーン=コスナー・コンビだと『JFK』(1991)のように何かの陰謀を暴こうとする作品だと観客は誤解してしまうのでダメだと言ったらしい。

ちなみに本作は6500万ドルの予算をかけて製作され、全世界で1億6100万ドルの興行収入をあげた。


− 2007年7月3日 −


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