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八つ墓村 (1977・松竹) | |||||
| ■ジャンル: ミステリー ■収録時間: 151分 ■スタッフ 監督 : 野村芳太郎 製作 : 野村芳太郎 / 杉崎重美 / 織田明 原作 : 横溝正史 脚本 : 橋本忍 撮影 : 川又昂 音楽 : 芥川也寸志 ■キャスト 萩原健一(寺田辰弥) 渥美清(金田一耕助) 小川真由美(森美也子) 山崎努(多治見要蔵・久弥ニ役) 夏木勲(尼子義孝) |
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■あらすじ 空港で働く寺田辰弥(萩原健一)のもとに訪れた一人の老人。辰弥の今は亡き父親の実家の血が絶えそうなので是非とも戻ってきてくれと言うことだった。しかし、辰弥の目の前で突然老人はもがき苦しみ死んでしまう。葬儀も兼ね始めて岡山の故郷八つ墓村を訪れる辰弥と親切な森美也子(小川真由美)の近辺で起こる第二、第三の殺人・・・やがて辰弥の父親が起こしたという32人惨殺事件の過去を知ることになるのだが・・・ ■狭い村社会の濃い血のめぐりに惹きつけられる現代人 空前の横溝正史ブームの中『犬神家の一族』(1976)の大ヒットを尻目に本作品は、黙々と2年半の日々をかけて作り上げられた。7億円の巨額の費用をかけて北は岩手県南は鹿児島県の孤島という大ロケーションが行われた。 失われつつある辺境の村=古き日本の自然と営みに対するノスタルジーを感じさせる作品である。ちなみに私の父方の山口県の実家は、平家の落ち武者の隠れ里ゆえ、この作品で出てくるような風景が現在も延々と広がっている。この里に帰ると「熊が山から降りてきた」などという話や、「圧倒的な僻地の持つ」空気に圧倒され、熟睡できないのだが、だからこそショーケンが、村の初日の夜に夢でうなされる気持ちが良く分かる気がした。 圧倒的な静寂の中で自然の音と家屋の軋みの中でただ毎日時を過ごすようなもっと昔の時代にこの里ではどんな営みが行われてきたのだろうか?私の父親が辰弥のように10代で都会に出てきたその時代背景。この当時父親と同じような地方から都会に出てきた人たちにこの映画はどういう風に映ったのだろうか? そんなことをふと考えながら見てしまうほど、全体的に不思議なノスタルジーに満ちた作品である。隔離された社会で、娘をさらって監禁する要蔵の姿を見ていると実際に、私の父親の里でもそんなことが行われたことがあったのかな?そんなことをふと思い巡らしてしまう。 あの純朴な中国地方の辺境の村の人々の闇の部分を覗き込む物悲しさもこの作品の魅力なのである。だからこそ、山本陽子のような女盛りの美女を見ていると色々想像してしまうものなのである。この人も女としての悦びを感じたい夜があるんじゃないかとそんな時どうしてるんだろうと? 横溝正史の物語が、多くの人々の心を捉えて離さないのも、元々は私達の父母の多くは地方出身者であり、そんな地方の閉塞感の中で、はちきれんばかりの性的欲望に包まれ汚しあい=Aそして、慰め合っていたかもしれないという陰鬱な空想を張り巡らせる不思議な感覚が蘇えってくるからではないだろうか? 創造してみよう。日本家屋。虫のなく音。蚊帳。自然の汗。夫は山に泊り込みで仕事をしており。女盛りを持て余す女。近所の若い青年。想像でしか性欲が発散できず。夜の娯楽はただ一つだけ。私たちもそういう原始的な性欲のほとばしりを感じたいと思っている。だからこそ横溝作品の世界に引き付けられているのである。 ■日本映画の基本。それは季節に密着した作品を撮ること 「都会も田舎も変わらなくなったというけど、そうじゃないわ」 この美也子のセリフに説得力を持たせるロケーションの美しさ。この作品の舞台は1977年である。まずは尼子の残党が映し出され、そこに風光明媚な滝の絵が映し出される。岡山県にある「日本の滝百選」の一つ神庭の滝である。 さらに後半で映し出される鍾乳洞の妖艶な映像。「猿の腰掛」「鬼火の淵」「龍の顎(あぎと)」いう名前からして何とも魅惑の和音を感じさせる。この洞窟のシーンは日本各地の9箇所の洞窟を組み合わせて構成したシーンである。北は岩手県の滝観洞(鎧武者発見のシーンと「天の岩戸の滝」のシーン)、岡山県の満奇洞(小梅が殺害される「千枚田」のシーン)、山口県の兼清洞、秋芳洞(美代子と八つ墓村を一望する高台)、景清洞(尼子の怨霊がとりついた美也子が辰弥を追いかけるシーン)、大正洞、高知県の龍河洞、南は鹿児島県沖永良部島の水連洞、昇竜洞で撮影された。 この洞窟のひんやり感と、外気の夏真っ盛りぶりのギャップがこの作品の魅力でもあるのである。邦画のサスペンスの魅力は、多くの点において、「四季」を利用するか?もしくは汗臭い「夏の暑さ」を出すことなのである。 ■8人のサムライ 400年前の尼子の落ち武者8人の侍達が何気に豪華で、首領尼子義孝に夏八木勲、その部下に田中邦衛とさらに、『七人の侍』(1953)の一人稲葉義男まで出演しているのである。冒頭、のちに八つ墓村となる集落を見下ろす姿なぞ『七人の侍』を意識したシーンに間違いない。ちなみに脚本の橋本忍は、『七人の侍』の共同執筆者でもある。 まさに『七人の侍』外伝。落ち武者狩りにあってしまった古今東西無数に存在した無念の魂の結晶的な映像的迫力に満ちていた。そんなこの三名優の眼差しがぐぐっと来る。無言で様々な感情表現が出来ることが、映画俳優として認められる存在感なのである。 ■たたって!たたってー! ![]() この実際は実在しない尼子義孝を演じる夏八木勲(1939− )が素晴らしい。この作品は明確に怨念に由来する義孝、要蔵、美也子を演じる三人の圧倒的な存在感で確立された作品なのである。 「たたって!たたってー!」 このセリフの迫力。この瞬間こそが夏八木勲の魅力である。生首がかぱっと目を見開く様相など、まさに日本的な暗黒の様式美≠ノ満ちたシーンであった。ある意味歌舞伎の要素を組み込んだ誇張が存在するからこそ、この映画の怨霊≠フ要素は明確に分かりやすいのである。 そして、ラストに炎上する多治見の屋敷を見つめながら突如として現れる8人の落ち武者の怨霊達がかっかと満面の笑みを浮かべるシーン。結局は400年の時を経て一族滅亡した多治見一族に対し、美也子の死により、尼子=森一族も滅亡したのかと思いきや、実は美也子の下に、冒頭に登場した夏純子様演じた和江が生き残っているではないか?恐らく彼女は全く意識せずに辰弥とくっついて、まだ達成されていない八つ墓村殲滅を達成しようとするのではないか・・・?う〜ん。面白い想像力を膨らませてくれる作品である。 それにしても、この映画の独特の誇張された圧倒感が、なんとも怨霊といったものもしくは、人間が人間を無残に扱った報いは必ず受けるものなんだろうという思想に、説得力を与えてくれている。 ■金田一寅次郎の登場 夏八木勲と小川真由美。そして、最恐の山崎努という「負」のパワーみなぎる映像を程よく緩和してくれる存在が、「寅さん」こと渥美清(1928−1996)扮する金田一耕助の存在である。私は吉岡秀隆より若い、いわゆる『男はつらいよ』世代ではないのだが、28本は見ている「寅さん」が好きである。 そんな私にとって、渥美清が絶対にミスキャストな金田一を演じたと言うことは、逆に最高にうれしいのである。この当時渥美は山田洋次作品のゲスト出演以外は「寅さん」のイメージを大切にし、様々な映画の企画を葬り去っていた時期である。そんな時期に金田一を演じることを望んだ渥美清は、相当に気持ちを入れてこの作品に参加したのである。 しかも、「寅さん」とは全く違うキャラクターではないか。電話応対はしっかり出来、言葉使いも丁寧で、それでいて温かみを感じる風土史を研究しているオヤジのような雰囲気がたまらなくこの映画の陰鬱さの緩和剤の役割を果たしてくれているのである。 特に圧巻は、「おいちゃん」下絛正巳との対面シーンだろう。ある意味新鮮で面白いシーンである。ちなみに横溝正史は金田一のイメージが一番近いのは「この作品の渥美清である」と言及している。 そして、もう一人、寺田辰弥を演じるショーケン(1950− )のうまさ。この人は本当に映画という媒体を愛している俳優だろう。役柄上それほど目立つ動きは見せない役柄だが、こんな役柄でさえもショーケンの色気に満ちている。何よりも独白シーンの声音の渋さは、ちょっと最近の俳優には見受けられない天武の才能だろう。 ちなみに辰弥の少年時代を、吉岡秀隆(1970− )が演じている。本作が彼の映画デビュー作である。 ■小川真由美・山本陽子・中野良子 ![]() 本作に登場する3人の女優がまた魅力的で素晴らしい。美也子扮する小川真由美(1939− )は見事としか言いようのない存在感を示している。その妖艶さと物腰は、大人の女の魅力に包まれている。最近の30代の女優にはこのレベルの大人の女の物腰がどうしても演じられない傾向にある。それは恐らく精神年齢の未熟さから端を発しているのだろう。 そして、賛否両論の終盤の化け猫の様相で辰弥に襲い掛かるシーン。洞窟の中でこだまする嗚咽の叫びと共に追いかけてくる姿は、怨霊そのものであった。こういった女の情念の化身が嘘偽りなく演じることが出来たのも、彼女が培ってきたバレエ・舞踊の素養からだろう。 とにかく、こんな大人の女性になら「人生の闇にひき込まれてもいい」と諦めきれるほどに、全編に渡る知性的且つ理性的なその姿からも、のちの情熱的過ぎる妖艶さを匂わせてくれているのである。この変貌の予兆の提示ぶりの見事さこそ女優としての器の大きさ≠セろう。 一方、辰弥の義理の姉春代を演じる山本陽子(1942− )は、しっとりとした美しさに満ちていた。生殺し状態で女盛りを削り取って生きているこの女がかなり気になる。そして、意外に魅力的だったのが、他の作品ではそれほど魅力的に見えない中野良子(1950− )が、この作品においては夏目雅子ばりの美貌で輝いていたことだ。 ■桜吹雪のなか乱れ咲く狂気の赤い花 ![]() そして もう1人の主役「田治見要蔵」扮するは山崎努(1936− )である。とにかく60年代から70年代の山崎努は冒険をしていた。80年代くらいからデ・ニーロのように冒険をほとんどしなくなってからは魅力的ではなくなったが、この頃のこの男には、狂気が存在していた。 役者にとって「狂気」は「色気」を遥かに超越する魅力なのである。それは昔の三国連太郎、夏八木勲、成田三樹夫、渡瀬恒彦、つい最近までの佐藤浩一と渡辺謙、といった魅力的な役者には必ず取り付いている魔物のようなある一定の時期のみ持ちうる最高峰の魅力である。 そんな最高な状態の山崎努が演じたこの要蔵の役柄は、その役柄を飛び越え、ある種「神的な」ぞっとするまでの「死神」のような迫力を生み出した。恐らく、彼に白塗りのメイクをさせていなかったならば、その素晴らしき演技力をフィルター無しで見る状態になり、ショックが強すぎただろう。 多くの鑑賞者は、白塗りのメイクは、そのぞっとするまでの恐怖を安易に煽るためと考えるだろうが、実際の所は名優が鬼気迫る芝居を見せつけた場合のフィルターとして、和らげる効果も込めてのマスク的な要素での白塗りなのである。 この白塗りの芝居こそが、名優のなせる業であり、演技に情念が篭っていないと、それは全て形だけのこけおどし芝居に成り下がるのである。試しに山崎努のあの衣装に思いをめぐらして欲しい。あの殺戮の時の頭に懐中電灯二つをくくりつけ、ふんどしをちらつかせながら猟銃と日本刀を手に殺戮するあの姿。 その様相に、違和感を感じないのもそれは、衣装合わせの見事さも勿論だが、それ以上に山崎努の演技の作りこみの見事さなのである。舞台というものは衣装と共に時を過ごせるので、衣装を自分のものにしやすいが、映画における衣装は瞬間であることが多いので、その衣装を自分のものにすることが、まず映画俳優と呼ばれるに値するものたちの勤めなのである。『男たちの大和』などを見ていてもそうだが、ここ10数年の邦画の多くは、「芝居の一分前にその衣装を着ました」という役者が多すぎるのである。 こういう役者は、映画俳優失格であり、根本から思考し直す必要があるのである。 ■島田陽子。わずか数秒の出演。 ![]() まずは壮絶に妻おきさ(島田陽子)を無残にも斬り殺し、桜吹雪の中を疾走する「狂気の美学」。何かに突き動かされるように殺戮するその姿は、「怨霊」の持つ力そのものである。この疾走のシーンの美しさは、日本映画史上に残る名シーンである。32人の惨殺を下すその念の入り用。怨念は一族もろとも打ち滅ぼす。だからこそ、赤ん坊も刺し殺され、老婆も井戸に落とされ、止め撃ちされて殺されるのである。 この32人殺しのシーンがあるからこそ、老婆の「たたりじゃ〜」のセリフも恐怖を帯びるのである。後のシーンで、辰弥が洞窟の中で要蔵が駆け寄ってくると妄想するシーンがあるのだが、あのシーンは初めて見る人が一番ぞっとするシーンだという。ちなみに最初に殺されるおきさに扮する島田陽子は『砂の器』に対する感謝の念でのカメオ出演である。
■「道行のテーマ」 とにかく芥川也寸志作曲の音楽の数々が素晴らしい。和風の壮大さに満ちた何か悲しい業といったものを感じさせる「メインタイトル」と、メルヘンチックでありながら妖艶さを感じさせる「道行のテーマ」が特筆すべきスコアである。特に「道行のテーマ」の素晴らしさは筆舌しがたく実際に聞いてみるべきである。 しかし、このスコアが流れる中、母がエッチしていた「龍のあぎと」で辰弥は美也子と禁断の行為を致すのだが、なんとも2人の悦びよりも無常観の感じる閉鎖的な慰め合いにも似たラブシーンである。 この音階を聞いていると、実際のところ現代社会で生きている多くの人たちも、「それぞれの村社会」を持っていて、その中で逃れにくいしがらみの中で、狭っ苦しい快楽の中で咽び・・・人生を過ごしているのだろうか?とも考えさせるのである。 ■怨霊の完結の予兆を示す終幕こそ相応しいラストだった ![]() 本作が今一つ評価されない点は、『砂の器』と同じように犯人による独白が一切ない点だろう。映画的にはどうしても金田一映画というと犯人の独白シーン→そして自殺という流れを期待してしまうのである。恐らく、この作品はたたり=怨霊≠フ現実感を描いてる分だけ、そういったある種野暮な展開は避けたのだろう。 しかし、そうした演出により底冷えするようなたたり=怨霊≠フ恐怖を感じるラストになったかというと疑問である。金田一は辰弥の実の父親も尼子一族が祖先であると暗ににおわせる終わり方をしているのだが、どうしてもその展開に、怨霊≠匂わすならば、ほとんど面識のない和江をさりげなく辰弥と接触させて、未来の怨念の完結を予兆させて当時ブームだったオカルト映画チックに終わるべきだったかもしれない。 『八つ墓村』は1949年に刊行された。そして、1976年に当初角川春樹は松竹と共にこの作品を第一弾で映画化しようと考えていたが、製作がはかどらなかったので、春樹自ら事務所を作り『犬神家の一族』(1976)を製作することになった。本作の撮影は1976年8月16日撮影開始し、ほぼ一年かけられて作られた。そして、14億円の興行収入をあげる大ヒットとなった。 − 2007年8月13日 − |
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